第11話 金欠の《フリーター》
(まったく。あの人達は何をやっているのやら……。わたしに気付いていてわざとあんな事をしているのか、それとも素なのか……)
番野達のいる場所から少し離れた場所で、少女はその様子を観察していた。
少女は、2人のそのあまりにも緊張感の無いやり取りに少しの呆れを感じながらも観察の目を休めていなかった。
たとえ、パンツ一丁の少年がシャクトリムシの真似をして《勇者》の少女に地面に叩きつけられている光景を目の当たりにしても。
(どちらにしても、あの2人が『幻影』で生み出した竜を倒した事に変わりはないです。
頭が悪そうに見えても、その気になれば最低でもアレを倒す程の力をあの2人は持っている。仕掛けるには、普通の方法では難しそうですね……)
『魔法』と呼ばれる力を扱うその少女は、その力を以って自然に溶け込む。
○ ○ ○
「痛い……」
「あ、ご、ごめん! つい! 」
「お、お前なぁ……。俺は今その『つい』で死にかけたんだぞ!? 体を叩くならまだしも、後頭部はダメだろ! 下手したら死ぬじゃないか! 」
「いや、だって目を開けたら目の前にパンツ一丁の男の子がいたら誰だって困るでしょ!? 」
少し恥ずかしそうにする美咲に問われ、番野は一瞬考える素振りをすると、自信を持って答えた。
「俺は、目を開けたら目の前にパンツ一丁で手ブラをした美少女がいたら興奮するけどな」
「うわー、無いわー。しかもちゃっかり条件付け足してるし……」
「ま、この程度の妄想には何秒もいらないって事だな。と、そうだ、美咲さん美咲さん」
「何? 」
「俺は、一体全体何を着れば良いんですかね……? 」
もしここが元の世界ならば現行犯間違い無しの人間の言う言葉とはとても思えない事を言う番野をもう1度見た美咲は、一応考えてみる事にした。
(まあ、番野君が変態になったのかそれとも元から変態だったのかはさておき、とりあえずは番野君が着る物を探さないといけないよね〜)
思った美咲は、キョロキョロと周囲を見回して、何か着れそうな物を探すが、
(そんなのある訳ないよねぇ……。うーん。葉っぱと葉っぱを繋いでフラダンサーっぽくするのも1つの手段ではあるけど……、いや、やっぱり無し。でも、だとしたら、他に何かあるかなぁ……? )
そして、考えること約10秒。美咲は結論を出した。
「番野君」
「ん? 」
と、パンツ一丁で応答する番野に、美咲は自分が羽織っているマントを脱いで無造作に突き出した。
服装の中で特徴的だったマントがなくなった事で、ふと見ただけでは普通の町娘と同じような格好になった美咲が頬を赤らめて言う。
「これ、貸したげる」
「い、良いのか?」
「仕方ないでしょ。ほんと、頭が良いんだか悪いんだか」
番野は差し出されたそれを、恐る恐る受け取るとすぐさま身に付けた。体の前後が隠れるように体に巻き、右肩のところで端を結ぶ。
(膝くらいまでしか隠れないけど、無いよりは断然マシか。また美咲に借りを作ってしまったな)
番野が美咲を横目で見ながら思う中、美咲は腰に提げた袋から水筒を取り出し、中の水を煽った。
喉を通るぬるい水に若干の不満を覚えながらも、口の中の水分を飲み終えた美咲は、口の周りを袖で軽く拭う。
そして、パンツ1枚にマントというなんとも微妙な格好の番野を見て言う。
「ほら、早く行くわよ。日が暮れる前に王都に着かないと、服を見ようにも店が閉まっちゃうでしょ? 」
「美咲、……」
すると、さりげなく言われた言葉に驚く番野に、美咲はおどけているような調子で言う。
「ま、お金が無いから買えないけどね〜」
「お、おう。そ、そうだよな。そんじゃ、早く行こうぜ」
「ええ。私も、色々見てみたいし! 」
「あ、おい! 」
そして、楽しそうに小走りで駆け出した美咲の後を番野が追いかけるという形で、2人はまた進み始めた。
○ ○ ○
(さて、色々と策を考えましたが、やはりこれが1番でしょう。わたしの特徴を活かしたこの作戦なら、きっと上手くいくはず……!! )
少女は、絶対の自信で以って動き出す。
○ ○ ○
再び歩き始めてから10数分が経過し、ようやく2人は視界に立派な城壁を捉えられる地点まで到着していた。
番野が遠目に見える城壁を眺めて言う。
「もしかして、あそこにあるでっかい壁の中がそうなのか? 」
「地図の通りだと、そうね。あそこで間違いないわ」
「て事は、やっとゆっくり休めるかもしれない場所にそろそろ着くって事だよな? やったぜ! 到着したらまずは宿で疲れを癒して……」
「お金、無いのを忘れずに」
「…………」
王都に近付いた事で気持ちを高ぶらせていた番野は、美咲に無慈悲にもどうしようもできない現実を突きつけられ、その場にドサリとくずおれた。
「夢ぐらい、見たって良いじゃない……」
「まあ、お金は向こうに着いてから考えるとして。まずは王都に入らない事には何も始まらないわ。だから、早く行きましょ? 」
「おう……」
美咲に言われ、番野はヨロヨロと立ち上がった。
「はぁ、まったく、仕方ないな〜。駄々っ子なんて言う歳じゃないんだから、しっかりしてよね? 」
「了解……」
番野が俯きがちに返答をすると、美咲は、やれやれと言いたげに腰に手を当てて嘆息した。
(ま、その気持ちも分からないでもないけどさー。私もできるなら今すぐここで寝たいし。だけど、何かしないと何も始まらない。何も、変わらない……)