第116話 女王覚醒
「一体、どういうことですの……!?」
プランセスは、自分の目の前で起こっていることが整理できないでいた。
何故、こんな時に。
このままでは、折角の講和が。
このままでは、自分の国の民たちが。
何故。何故。何故。何故……!
「女王。御無事ですか?」
「あ……シュヴェ、ルト……」
そこに、やや険のある表情をしたシュヴェルトが現れてプランセスに声をかけた。
彼女は、シュヴェルトの姿を見ると安堵したように顔の筋肉を緩めた。そして、シュヴェルトに事の詳細を尋ねる。
「シュヴェルト。これは、一体何なんですの? 何が起こっているんですの?」
私の姿を見て安心はしたが、どうやらまだ錯乱しているようだなと、シュヴェルトは彼女の様子を結論付けた。シュヴェルトは、至って落ち着いた様相を呈してプランセスに報告する。
「アルゼレイ殿と意見を交わした結果、これは敵ーーリュミエール皇国の思惑であろうという結論に至りました」
「リュミエールの!? でも、自分達の幹部を殺して何の得があると言うの?」
「得と言えば、あの男の話していた内容から分かるかと。あの男の話の内容から考えるに、彼は講和に対して積極的だった筈です。そんな彼を“消した”ということは、彼の思想が邪魔だったから。そして、講和会議というこの場。そんな場所で味方の人死が出れば、それは政治的に非常に大きな意味を持ちます。つまり、この事をあたかも私達がやったという風に言いふらせば、リュミエールは場合によっては他国の援助を受けられ、同時に邪魔者も消せるという訳です」
「そんな……。でも、証拠は!? 証拠があれば、向こうの自作自演だと分かる筈!」
「申し訳ありません。彼らの仕業だと証明できる証拠は掴めませんでした」
「な……。そう、ですの……」
シュヴェルトの返答に、プランセスは意気を消沈とさせる。
「女王」
しかし、そんなプランセスにシュヴェルトが詰め寄る。落ち込む暇など与えないと言うかのように。
「もうこうなってしまった以上、リュミエール皇国との戦争はもう避けられません。もう、後戻りはできないのです」
「しかし、シュヴェルトーー」
「ではお尋ねしますがーー女王は、このまま戦って我々の国民を守るか、それとも敵に蹂躙されるのをここでただ眺めるだけか。どちらになさいますか?」
「え……?」
シュヴェルトの発した厳しい言葉に、プランセスが困惑の声を上げた。
すると、シュヴェルトは頭を下げて話を続ける。
「いえ、申し訳ありません。ですが、女王。貴女は、一国の王として国民を守る義務があります。そして今が、まさにその時です。その過程で確かに我々の兵士達の犠牲が出るでしょう。しかし、それは仕方の無いことです。我々王国憲兵団は、そのために存在しますので」
「だったら、私は……」
「女王。貴女は分かっている筈です。今ここで、貴女がすべきことを」
「私の、すべきこと……」
プランセスは、悲嘆に閉じ込められそうになっていた思考回路を再び解放して大きく息を吸い込んだ。
〇 〇 〇
そのとき、番野の耳朶を雷が打った。
「聞きなさい、皆の者ッッッッ!!」
それは、誰あろうプランセスの声だった。
「プランセスさん……?」
雷とも形容できるその猛烈な怒号に、番野だけでなくこの場に集う全ての人物がプランセスの存在に視線を集中させた。
そして彼女は、一斉に向けられた視線に僅かの焦りも見せずに高々と言い放った。
「たった今、私達はリュミエール皇国の奸計に陥り、最早戦争を避けられぬ状況となってしまいました。相手は大国同士の戦争を単身で終結まで導いた、《英雄》です。もちろん彼以外にも強力な将兵がリュミエール皇国にはいます。ええ。武力の面だけで見れば、私達に勝るとも劣らない物を持っているでしょう。
--だから、私は敢えてこう言います。“それがどうした”、と。
私達はこれまで、リュミエール皇国以外にも数々の外敵を共に駆逐してきた同志です。その結束は、まさに血にも似た物と確信しています。
--怖れるな。奮い立ち、武器を取れ。そして、我らが故郷を、民を、共に護りましょう。同志諸君よ」
プランセスの、決意に満ちた奮起の言葉は、番野らの閉塞していた意識に浸透し、徐々に勇気を覚醒させて行く。
(そう、だよな……。ここまで来てしまえばもう、後戻りはできない。覚悟決めるしかないって事か……)
俯いていた者らは皆顔を上げ、その胸に決意を固めた。
そんな中、八瀬はどこか満足げな表情を浮かべていた。
(まさか、ここに来て姫さんのカリスマ性が開花するとはな。状況自体は悪い方に進んじゃいるが、こりゃ不幸中の幸いってやつだな)
憲兵団長としては僅かだが、その付き合い自体は番野らと出逢うより前に遡る。まだ囚われの身だった時から彼女を知っている八瀬にとっては、王女としての気概を確認できた事が嬉しかったのだろう。
そして、事態が一旦の落ち着きを見せたのを見計らってプランセスがガーランドの遺体を丁重に葬るように指示を出し、ファレスとヤングが動いた。
「はぁぁぁ……」
すると、プランセスは椅子にどさりと崩れ落ちて大きな息を吐いた。しかし、安心しきることは決して許されない。次の行動、さらにその次の用意を始めなければ総力戦となるであろう今回の戦争には間に合わない。
だから、休息などあり得ない。
号令。そう、戦端を開く決意を固めた号令を。
「これを持って、私達アウセッツ王国はリュミエール皇国との戦争に臨むことを四方四カ国同盟に提案いたします! アルゼレイ殿」
「同盟の各国王に通達、だよね? うん。もうやってるよ」
「どうもありがとうございますわ。事態は一刻を争いますので」
プランセスの瞳に決意の火が灯る。彼女はもう、囚われていた頃の--地上に焦がれ、しかしダメだと諦めていた頃の彼女とは違う。国のため、民草のためと自ら剣を取り立ち上がらんとする一国の王そのものだ。
「さあ、決戦ですわ……!」