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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第113話 招かれざる客

 まだ太陽が地平線から顔を覗かせた程度の早朝。

 まだ一般的な人間は寝静まっている時間帯に、城の中庭で黙々と剣の素振りをする者がいた。


「ふっ……! ふっ…….! ふっ…….!」


 頭上に掲げる時に息を吸い、振り下ろす時に鋭く吐く。

 そうする事によって身体に余計な力が入らず、極めて自然で素早い動作が可能となる。


 その繰り返しを、この早朝稽古で彼は既に一〇〇〇本近い数行っていた。額にはじんわりと汗が浮かんでいるがしかし、その呼吸に一切の乱れは無い。


 そうして、最終一〇〇〇本目。


「ふッ……!!」


 それは、それまでと比較して一際大きく息を吐き出し、スピードと切れ味も数段階上昇した一振りだった。


 その一振りは、芝を撫でていた風を斬り裂き、大気の流れを瞬きの瞬間程ではあったが完全に断った。


「ふぅぅ…….」


 その少年ーー番野護は、一仕事終わったとばかりに息を吐いて脱力し、剣を鞘に収めた。

 そして、今日の早朝稽古の様子を振り返ってみる。

 彼は、一昨日行われた最高戦力達との戦闘を乗り越えて、自身の実力が以前よりも確実に上がっているのを感じていた。


(だが、恐らくまだ足りない。“アイツ”を倒し切るには、多分まだ足りない。やっぱり、『昇格(レイズ)』が必要になるって事か……。今でどれだけ保つのか知らないが、少しでも長く維持できるようにしないと勝てねえ……。だからーー)


 まだ続けようと、柄に触れた時。


 パチ、パチ、パチと、賛美の拍手がどこからか番野に送られた。


「…………」


 番野は、僅かに体を緊張させて音のした方を向いた。


「やはり君はすごいな。前より格段に力が付いている。少し羨ましいくらいだ」


 そこには、うっすらと笑みを浮かべた制服姿のシュヴェルトが立っていた。


(一体いつからいたんだ? まったく気配を感じなかったぞ……。いや、シュヴェルトにとってはこれくらいは簡単な事のかもな)


 番野は、彼女にはまだ隠された実力があるのではないかと感じて内心で戦慄した。しかし、それは努めて表に出さないようにし、平然とした態度で尋ねた。


「なんだ、アンタか。何しに来たんだ?」

「ただ君の朝稽古を見学しに来ただけだけだ。何か得られる物があるのではないかと思ってな。邪魔だったかな?」

「いいや、全然気にならなかったよ。まるで誰もいないみたいだった」

「ふふっ。そうか。なら良かった。それで、稽古はまだ続けるつもりなのか? 見た所、少し物足りなさそうだが」

「一応、まだ続けるつもりだ。ついでに見てくか?」


 と、番野が誘いの言葉をかけるが、シュヴェルトはゆっくりと首を横に振った。


「いや、見学はもうよそう。見られていると分かった以上、君は少なからず私を意識してしまうだろうからな」

「いやー、実際そうでもないんだけどなぁ」


 無論、番野の言葉には「気配消すのが上手いし」という文章が続くのだが、シュヴェルトは顔を少しムッと怒らせて番野に訴える。


「全く意識されないのもそれはそれで気に入らんのだが……」

「えぇ……」


 褒めたつもりでいた番野は、そんな彼女の反応に困惑した表情を浮かべた。


「ハァ。まあいい。では、また正午に作戦会議で会おう」

「あ、ああ……」


 シュヴェルトは、それだけ言い残して手を振りつつその場から立ち去った。


「あ、えっと……」


 番野の疑問は依然として解消されないままであったが。


 ○ ○ ○


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「どうしたんだ、番野? そんな大きく息切らしてよ。さっきまで寝てたのか?」

「んな、訳あるか、よ……」


 息急き切った様子で会議室のドアを開いた番野に、八瀬がそんな言葉をかける。

 番野は、ドアを丁寧に閉めながら自身に降りかかっていた悲運を思い出す。


(クソ……! 会議室が二つあるなんて聞いてないぞ! 第一とか第二とか紛らわしい! しかも場所が離れ過ぎ……)


 散々城の構造について内心で文句を言った後、番野は部屋の中心に用意されているテーブルの席に掛けた。


「これで、揃いましたわね?」


 それを見たプランセスが再度確認するように言う。

 すると、その場に集う番野、八瀬、シュヴェルト、ヤング、ファレス、アルゼレイの全員が一様に頷いた。


「よろしい。それでは、来るリュミエール皇国との全面戦争に向けた作戦会議を始めましょう」


 そうして、プランセスのその一言で作戦会議が始まった――かに思われた。

 その宣言は、突如として現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)によって無に帰した。


「ッ……」


 壊れてもおかしくない程の勢いで開かれたドアに、会議室内にいた全員が一斉にそちらを向き、緊張した雰囲気を漂わせる。

 しかし、そこから現れたのは番野のよく見知った顔だった。


「偵察隊・石川つぐめ、帰った……!」

「石川……!?」


 尋常ならない様子で額に大粒の汗をいくつも浮かべた石川を見て、番野は驚きの声を上げた。

 そう。彼は、ここ数日城内に石川の姿が見当たらない事を不思議に思っていたのだ。


(しっかし、偵察か……。目立ちたがりだったコイツが、成長したもんだぜ)


 すると、名前を呼ばれた石川が一瞬番野の方を向き――


「っ、ぁ……」


 何か言いかけて、口を噤んだ。

 そうして、自らに課された役割を果たすべく、自身の持ち帰った情報を口にした。


「報告は二つある。よくある言い回しだけど、良い情報と悪い情報、どっちから聞きたい?」

「では、先に悪い情報からお聞きしますわ。石川さん、お話しくださいな」

「わかった」


 プランセスからの答えを得た石川が、懐から一枚の羊皮紙を取り出してそれを読み始めた。


「敵は、自国の領域に非常に強力な防御結界を展開。それの強化をしてる。推定強度は、最大位階の魔法一発なら容易に耐え切れる程の強度、らしい」

「“らしい”、というのは?」

「王宮魔法使い達に敵の防御結果を少し解析させたんだ。その場で戦闘が起こる可能性があったから威力偵察はしなかったけどな」


 石川が事情を説明すると、ファレスが自身の真っ白な顎髭を撫でながら言う。


「なるほどのう。確かにその判断は正しいわい。下手に手を出して壊滅したのでは元も子もないからのう。じゃが、それは現時点での話じゃろう? 最終的な結界の強度の見込みはどの程度になっておる?」

「あいつらの見解じゃあ、おおよそ最大位階の魔法で四、五発は耐えるぐらいの強度になるらしい」

「ふむ。それはまた……」

「最大位階を四、五発ってオマエ、尋常じゃねえぞ!?」


 石川の報告に、ヤングが驚きのあまり取り乱す。

 すると、そんな彼とは対照的に落ち着いた様子のシュヴェルトがヤングの方を向いて言う。


「だが、その程度の芸(・・・・・)当ならば《・・・・》あちらの魔女はやってのける筈だ。一時は城を隠蔽するどころか、周辺を迷宮化させたこともある程だからな。ただ自国の領域に防御結界を張り巡らす程度ならば造作も無い。無論、これについても対策を練る事に変わりは無い。一度落ち着く事だ」

「……あ、はい」


(うわぁ。目に見えて落ち込んでるなあ、アイツ)


 番野は、飼い主に叱られた飼い犬の様にしょぼんと俯くヤングを見て思った。


 そんな二人を尻目に、石川は報告を続ける。


「とまあ、以上が悪い情報だ。次に良い情報なんだ

 が……」

「“だが”……? どうしてそこで言い淀むんだい? 話す事が良い情報なのなら、何も臆する事は無いだろう」


 話そうとしている内容とは裏腹に、やや声のトーンを落として言葉を濁す石川にアルゼレイが鋭く突っ込む。

 指摘され、「まあ、そうなんだけどさぁ」と、石川は頭を掻きながら言った。


「良い情報と言えば良い情報なんだが、場合によっては爆弾に早変わりする代物だ。だけど、上手くいけばこの戦争を戦わずに終結させる事ができるかもしれない」

「え……」


 石川の不可解な報告に、番野は眉をひそめた。

 しかし、彼以外の人間は皆事情に気付いたらしく、それぞれ気を引き締めて“それ”に備える。


 そうして、石川はドアの方に顔を向けて、その向こう側にいる何者かに呼び掛けた。


「入っていいぞー!」

『ああ』

「ッッ……!!?」


 その声は、非常に整然としていて、ドア越しでも本人の誠実さが垣間見えた。

 しかし、番野は全く異なった印象を感じていた。


 猛獣。誠実さという名のベールを目深に被り、その上からさらに理性の鎖に繋がれた猛獣。

 番野は、そこでようやく自分が剣の柄に手を掛けていることに気付いた。


 ドアがゆっくりと開かれ、その人物が姿を現わす。

 そこから現れた、身長が二メートルに迫る程の巨漢は、その大きく発達した体躯に見合わない丁寧な礼をして言った。


「俺は、『リュミエール皇国親衛隊隊長』ガーランド=クロムウェルだ。此度の戦争について話をしに来た」

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