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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第108話 銀の短剣

「ッッッーー!!」


 総数一〇〇〇万本の矢が一斉に降り注ぐ。

 無論、この数を捌く事は不可能。しかし、切り抜けられなければ死あるのみ。


(骨が射ったくせにかなり飛距離がある。後退しても意味は無いか。だったらーー)


 であるならばと、番野は地を蹴った。

 射掛けられた矢よりも速く、自身に影が追い付くよりも速く、やがて彼は最高速度に達した。


 向かう先は骸の軍勢の只中。歩兵、騎兵、槍兵など四二四〇万の数の敵がひしめく陣中だ。

 一見するとただの自殺行為に見えるそれをーー


「へぇー。頭も良く回るじゃないか」


 番野の行動を『見ていた』アルゼレイは、しかし彼を素直に称賛した。


 いくら骸の大群と言えどその本質は非常に統制の取れた軍隊だ。

 素人ならまだしも、生前は熟練した兵士であった彼らが味方の陣中に矢を降らす様な真似をする筈が無いだろう、番野はそう推測した。

 敵中への突貫は、それ故の行動だったのだ。

 そして、肝心の結果は成功そのものだった。矢は一本たりとも番野の身を傷付ける事無く、地に広大な草原を作り出した。


「でも、問題はここからだよねぇ〜? 矢の雨霰を潜り抜けた次は、斬撃と打撃の音楽祭だ! くれぐれも、演奏中にぐっすり眠ってしまわれる事の無いよう、お願いしまーすっっ!!」


 死が蠢く戦場に、中性的な声の狂笑が木霊する。


「ーーーー」


 真正面の歩兵の骸がカラカラと嗤い、剣を振り上げて単騎で駆ける蛮勇を迎え撃つ。


「セェアアッッ!!」


 駆ける速度はそのままに、番野は骸を剣ごと斬り捨てる。


 骸の大軍勢に一条の矢が突き刺さった。


 骸らは演奏を聴きにやって来たたった一人の客を歓迎し、カラカラ、カラカラと軽快な音色を奏でる。

 殺伐とした戦場は、それだけで即興のコンサートホールへと変貌した。


「ーーだが、少しばかり音が単調過ぎやしないか!? こんな三流の演奏じゃ、つい割り込みたくなるってもんだ!!」

「アハハハハッ!!」


 軽口を叩きつつも、その動きは止まらない。動きを止めたその瞬間が、自分の終わりなのだから。


 とにかく、群がられれば終わりだ。ただ主人の命令に準じて行動するだけの彼らの中に仲間意識などは存在しない。

 それ故に、アルゼレイが「味方諸共敵を殺せ」と一言命ずれば全くその通りに動き、番野を絶命させる事だろう。


 だが、アルゼレイならそんな事はしないだろうと、番野は考えていた。


(アイツは、俺との戦いを楽しんでる節がある。だから、そうそう簡単に殺す様な真似はしない筈だ。俺が抵抗する姿を楽しんで、ゆっくりと殺しに来るだろうな。ま、これがアイツの隙な訳だが、良い趣味とは言えないな)


 槍兵の槍を中間で断ち、そのまま骸も斬りつつ、番野は突き進む。


(全体を相手にしなくてもいい。大将を倒せれば、それで俺の勝ちだ!)


 こうしている今も、陣形の両翼から骸が中心に向かい、周囲の骸が続々と番野の前に立ち塞がり、もしくは横や背後から襲い掛かって来る。

 番野は、骸一体一体が攻撃を仕掛けて来るよりも速く、かつ正確に斬り、穿ち、道を作って行く。


「ハアアッッ!!」


 そうして、これで何百体目だろうかと頭の中で考えながらまた骸を一体斬り捨てていた時。


 ブオッ、と番野の鼻先を何かが掠めた。


「ーーッ!?」


 チクリとした痛みを一瞬感じ、それが馬上から放たれた槍による物だと認識する。


 槍が使用者の元に引き戻され、その持ち主たる騎兵の骸が次の攻撃の用意を整え、即座に次弾を放つ。


「フッーー」


 大気を貫きながら猛進して来る槍に対して、番野は逆に向かって行く。

 首を僅かに傾けた刹那、穂先が耳の薄皮を削いだ感触を感じた。

 必要最低限の運動で攻撃を回避した番野は続く動作で槍を中間で切断、敵の攻撃手段を絶ち、騎兵の槍を経由して騎馬に飛び乗った。


「ーーーー!!」


 慣れない騎手の騎乗に、骨だけの忠馬が無声の(いなな)きを上げる。


「っとと。悪いな、すぐ退くから倒れるのだけは止してくれ、よッ!」


 番野は荒々しく揺れる馬上でバランスを取り、すぐさま背から飛んだ。


「ーー!」


 飛び上がった番野の姿を、付近の骸らが目で追い掛ける。


「おっ」


 番野は着地点となる位置にいる骸が剣を高く掲げるのを目にした。

 それに伴い、その周りにいる骸も各々の武器を宙に掲げる。

 空中にいる番野が着地する前に、着地点の周辺にいる自分達が回避のできない空中で殺してしまおうという魂胆なのだろう。


(脳ミソ無くなってんのに、よくもまあそんな事思い付くもんだなぁ! だが、そうそう簡単に引っかかってやる訳に行かねえんだよッッ!)


 そう考え、番野は脳内にとあるイメージを思い浮かべる。


「『転職(チェンジ)ーー」


 それは、常に予告状と共に登場し、スマートに仕事をこなせば忽然とその姿を消している、そんな人物。

 誰にも捕まる事の無い、まるで煙の様な《職業(ジョブ)》、それはーー


「《怪盗》』ッ!!」


 能力発動と同時、番野の勇者装束が夜に映える純白のタキシードに変貌し、頭には純白のシルクハットが現れた。

 その様相は、まさにもう一つの月と称しても差し障りの無い程煌びやかで、挑戦的だ。


 剣先が迫る。

 しかし、世紀の大怪盗はこの程度の危機で止まりはしない。


 次の瞬間、骸が突き出す剣先の上にはそこに片足で立つ瀟洒な《怪盗》の姿があった。


「さあ、踊ろうぜ? 勇猛なガイコツ諸君」


 そう言った番野は、ハットを押さえてなんと武器や骸を足場(・・・・・・・)にして空中散歩(・・・・・・・)を始めた(・・・・)


 下や前方から繰り出される攻撃を寸前で身を翻して回避して行く様は、まるでミュージカルの主人公を思わせる。

 この舞い踊っているかの様な華麗な身のこなしこそ、《怪盗》の持つ特徴の一つと言えよう。


「ああ、スゴイ……! スゴイよ、番野くん! やっぱりキミはボクを楽しませる天才だ!」

「なら、年俸は三億以上で交渉開始だな!」

「クク……。少しも減らないねえ、その口。うるさいから、黙らせてしまおうか」


 その時、アルゼレイが凄絶な笑みを浮かべたかと思うと、彼はおもむろに右手を軽く挙げた。


「アルゼレイ……!!」


 それは紛れもなく弓兵への攻撃準備の合図で、意思を失くした人形達は躊躇い無く弓に矢を番る。

 今、番野は骸らの頭上を絶賛散歩中だ。

 そんな状況での一〇〇〇万本の矢の掃射が意味するところは、番野が思い付く限りただ一つ。


(味方諸共、俺を射ち抜こうってのか!?)


 それに気付いた番野の顔が一瞬にして驚愕と恐怖に支配された様を見て、アルゼレイが哄笑する。


「アハハハハッ!! そう、その通りだよ! ボクは、ボクの兵士諸共キミを射とうと思ってる!」

「テ、メエ……! 自分の兵士だろ!? その掃射で、一体どれだけ死ぬと思ってる!?」

「いやぁ、その認識はちょっと違うよ番野くん。彼らはもう死んでる。だったら、二回、三回死んだって同じだろう? それにボクが喚んだらまた復活するんだしね!」

「完全に狂ってるな、アンタ……!」

「…………」


 番野の罵倒に、アルゼレイは不気味な微笑みを返した。


「放て」


 一声。それが合図となり、無慈悲な大量の仲間殺しが始まる。


「う、そだろ……!?」


 一切の逡巡も無く放たれた矢は、一〇〇〇万の山を描いて番野に向けて豪雨の様に降り注いだ。


 ○ ○ ○


「……ふん」


 目の前に広がる屍の野原に、アルゼレイは不満げに鼻を鳴らした。

 番野が剣山みたくなり果てる姿こそ見られなかったが、これでは流石に戦闘続行は不可能だろう。


(所詮はこの程度、か。これくらいの実力じゃあ、『奴』には勝てない。彼女の事は、ボクらに任せるんだね)


 でも、ハッキリ言って可能性は少ないけれど、とアルゼレイは自身の考えに付け足した。


「さて、もう戦闘は終わり。帰って良いよ。お疲れ様」


 アルゼレイが労いの言葉をかけると、それを聞いた骸らはまるで満足した様に一斉に土に還って行った。


「……ん?」


 しかし、アルゼレイは眉を寄せる。

 なぜなら、そこには“一つの大きな不可解”があったからだ。

 召喚した骸らは全て撤退させた。そうすれば自ずと現れる筈の物が、そこには無かったのだ。

 いや、正確には“いなかった”。


「ご、ふっ……」


 それが一体何であるか気付いた時、アルゼレイは口から血を吐き出していた。

 痛み。激痛。今まで味わった事の無い、何の誇張も無しに“死んだ”と思える程の痛み。

 それは、横腹から伝わってアルゼレイの全身を蝕む。

 傷口が熱い。少なくとも、彼はこれまで自分の体からこのような青い炎を出した事は無い。


 チラと横を向くと、既に閉じかけている黒い穴を背にした番野がいた。

 彼は、先程までとは違う、《魔法使い》のローブを身に纏っていた。


「……やられたね。まさか、生きてるとは」

「ま、あればっかりはアンタの兵士に助けてもらったと言っても遜色無いけどな」

「どういう、事かな……?」

「上にいるままじゃどうやっても死ぬと思ったから、わざとアイツらの中に落ちた。そしたらあとは簡単。アイツらが勝手に積み重なって来て、盾の出来上がりよ」


 さらりと言ってのける番野に、アルゼレイが苦笑する。


「……ハ。キミも、大概人の事言えないぐらい鬼畜じゃないか……」

「アンタの兵士が勝手にやったんだから、あれはノーカンだよ」

「それを言われると、何も言い返せないね……」


 アルゼレイが言い終えたのを見計らって、番野は握っていた短剣(・・・・・・・)から手を離した。

 アルゼレイは、自分の横腹に突き刺さっている銀の短剣を見つめて怪訝そうに番野に問う。


「これは、何だい……? 銀の短剣の様だけど、形状が不思議だ」

「十字架だよ。知らないか? 俺のいた世界じゃあ、知らない人がいないぐらい有名な対吸血鬼兵器なんだが。真祖も吸血鬼の仲間だろ?」

「否定は、しないけど……。だけど、なるほど。どうりでこんなに効く訳だ……。このボクでも、もう死にそうだよ……」

「て言っても、一回ぐらいじゃ死にやしないだろ、アンタみたいなのは?」

「死にかけの真祖に対して、かなり辛辣だね、キミは……。ま、事実だ、けど……」


 最後の方はもう強がりだろう。事実、アルゼレイの体は半分が炎に包まれていた。


 番野は、体の随所が灰になって崩れ始めているアルゼレイに問う。


「勝敗は?」

『……キミの、勝ちだ』


 最期には、その言葉だけが戦場に虚しく響いた。

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