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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第106話 死闘、その果てに

「何ッ……!?」


 シュヴェルトは、確かに番野を斬った。


 ところが、剣を握る手に伝わって来たのは、肉を断ち切る感触でも、骨を叩き折る衝撃でもなかった。

 正確には、シュヴェルトの神経は何も感じ取っていない。

 まるで、空気を斬っているかの様な感覚。


(まさか……)


 そこで、シュヴェルトは一つの結論に辿り着く。


 すると、胴を断ち切られて大量の血を流す番野の姿が、空気に溶ける(・・・・・・)様に消えた(・・・・・)


「幻影か!!」


 その時、シュヴェルトは足下に危険を感じ、その場から即座に離脱する。

 直後、シュヴェルトが元いた場所を基点に巨大な火柱が上がった。それは、凄まじい速度で上空に舞い上がり、灼熱が仮想の空を焼いた。


(今のは確実にマズかったな……!)


 そして、シュヴェルトは一瞬で態勢を立て直し、周囲に視線を飛ばす。

 しかし、一周回ろうとどこにも敵の姿は見えない。


(姿を隠したか。ロクに隠れる場所も無いここで姿を隠すとなると、隠遁の魔法か。ならーー)


 すると、シュヴェルトはおもむろに剣を逆手に持ち替え、切っ先を地面に向けた。


「『疾れ、(ロイフスト=)雷電(ドンナー)』」


 そう呟き、地面に勢い良く剣を突き立てる。

 次の瞬間、シュヴェルトの剣を中心に、地を雷が疾った。


「う、っ……」


 その時、虚空から僅かに呻き声が漏れ聞こえた。


「ーーそこかッ!!」


 それを聴き逃さなかったシュヴェルトは、声の聞こえて来た方に飛び出した。


(クソ! あれで面攻撃とか反則だろ!)


 これまで魔法で姿を消していたものの、居場所が割れてしまった事でこれ以上の隠遁は無駄と判断。番野は、自身にかけた魔法を解いた。

 そうして、迫り来るシュヴェルトからバックステップで距離を取る。


「『(チェン)ーー」

「させんッ!」


 近接戦に備えて《勇者》に『転職(チェンジ)』しようとする番野だが、ほんの僅かだけシュヴェルトの方が速い。


「ぐあああっ!!?」


 シュヴェルトの斬撃をとっさに杖で受けた番野だが、接近戦の不得手な《魔法使い》になっているため容易に吹き飛ばされてしまう。


「そう簡単には逃さんさ!」


 吹き飛ばされた先、そこには既に番野が飛来するのを待つシュヴェルトの姿があった。


(う、そだろっ……!? いくらなんでも速過ぎだ!!)


 その姿をなんとか視認した番野は、即座に防御態勢を取った。


 シュヴェルトは、番野が飛来するのに合わせて剣の柄頭を振り下ろす。

 狙うは敵の鳩尾。衝撃で呼吸困難に陥らせて仕留めるのが目的だ。


 しかしーー


「ッッ……、が、あァッ……!!?」


 番野がその行動を見越して腕をクロスさせて防御していたため、シュヴェルトの狙いは外れてしまった。


 だが、その衝撃はかなりの物だ。


 番野は、まるで乱暴に扱われるオモチャの様に滅茶苦茶に地面にその体を叩きつけられた。

 その上さらに、直撃を受けた左腕の骨は砕けてしまっている。


 ーーそれでも


「終わりだ、番野護ッッ!!」


 それでもまだ、シュヴェルトの攻勢は終わらない。


(こんなところで、終われるかよ!!)


「『転職(チェンジ)』!!」


 真っ直ぐに突き下ろされる剣が自身の眉間を貫く刹那、番野は決死の思いで『転職(チェンジ)』を行使し、凶刃を斬り払う。

 直後、シュヴェルトの剣が耳を掠めて地面に突き立った。


「ッ、せあああッッ!!」


 番野は、鋭い痛みを感じながらも、これが好機とシュヴェルトの肩を斬りつける。


「ぐっ……!!」


 斬られた傷口から血が飛び散り、シュヴェルトが苦悶の表情を浮かべる。


(今ッ!!)


 その瞬間、距離を取ろうと考えた番野がシュヴェルトの腹部に足を蹴り出す。


「いいや、それは悪手だったな」


 ところが、シュヴェルトは表情を素に戻し、余裕を感じさせる調子でそう言った。


(まさか、ありゃ演技だったのか……!?)


 番野は、予想外の事に目を見開いて驚愕する。

 流石のシュヴェルトも、斬られればその痛みから隙が生じるだろうと番野は考えていたからだ。

 それが、よもや怯みすらしないとは予想だにしていなかった。


 シュヴェルトは、蹴り出された番野の足が当たる寸前に掴み取る。


「フッーー!!」

「な、うおおっ!!?」


 そして、筋力を強化し、番野を頭上ま(・・・・・・)で振り上げた(・・・・・・)


 番野は、凄まじい速度で移り変わる景色と浮遊感から、次に自分がどのような目に遭うか察する。


「これでもまだ、意識を保っていられるか!!」


 言って、シュヴェルトは番野を地面に向けて思い切り振り下ろす。


 その直前、番野は意を決して叫んだ。


「『転職(チェンジ)』!!」


 その叫びの本当の意味を、もちろんシュヴェルトは理解していない。しかし、それでもそこに尋常ならざる覚悟が込められているのを感じ取った。


 猛烈な速度で地面が迫る。


 こんな速度は今更どうしようもできない。このままモロに食らえば最悪死ぬだろう。そう、番野はおもった。


(だからこそ、流れに身を任せるッ!! ちょっとだけ手は加えるけどなあ!!)


 そうして、番野が顔面から地面に投げつけられる刹那ーー突如として地面に人一人分の『穴』が開き、彼はその暗闇に吸い込まれた。


「馬鹿なっ!?」


 直後に穴は閉じ、シュヴェルトが食らいつく様な勢いで『穴』の中に消えた番野に叫ぶ。


(ツガノは、彼はどこに消えた!? それに、あの『穴』は……!?)


 いや、精神を乱すな。これこそが彼の狙いなのだと、シュヴェルトは自身に言い聞かせる。

 疑問は絶えない。しかし、己のやるべき事はただ一つ。


(私に挑む者を、全力を以って屠る事ッッ!!)


 シュヴェルトは、スウッと眼を細める。


(貴様はどこかで私の隙を狙っているのだろう。だが、隙など与えんさ。姿を現した瞬間、叩き斬ってくれる)


 精神を集中させ、剣に眠る雷竜の魂を喚び起す。


「さあ、来い(起きろ)力を貸せ(敵を喰らえ)滅ぼすべき(雷を産め。いざ)我等の敵が現れるぞ(、墜し滅ぼさん)……!!」


『ーーッッッッ!!』


 シュヴェルトの口上に雷竜が応える。


 シュヴェルトの麗しい金色の髪が、透き通る紫に染まる。

 紫電が迸り、地を焼く。

 その様は正に、三日で国一つを滅ぼした、一千年を生きた竜を彷彿とさせる。


 その時、


「ッーー!!」


 シュヴェルトの背後の空間に、黒い『穴』が現れた。


(そこだッ!!)


 シュヴェルトは即座にそれを察知。


「ご、あっ……!!?」


 振り向きざまに、番野を断ち切った。

 しかし、彼女はある確信を以って番野に向けて手を突き出す。


 その手は、番野の体を易々と貫いた(・・・・・・)


 そして、その先でシュヴェルトは確かにその手に掴んだ。


「捉えたぞ、ツガノマモル……!!」

「ま、ッ……!?」


 剣を大きく振りかぶった、番野の襟首を。


 シュヴェルトは既に看破していたのだ。番野が幻影を囮に本命を用意している事を。

 だが、先程全く同じ方法で番野の攻撃を受けている。


「二度目は、無い……!!」


 滾る憤怒が宿った視線が番野を射抜く。


 次の瞬間、シュヴェルトは番野の体を引き寄せ、彼の腹部を剣で貫いた。


「う、ごぶっーー」


 番野は内臓を破壊され、逆流して来た血液を口から盛大に吐瀉した。


 シュヴェルトは、それを一身に被りながらも、決して嫌な表情は浮かべなかった。

 自身とほぼ互角に渡り合った事に敬意を払っているからだ。


「終わりだ。君の負けだよ、ツガノマモル」

「ーーああ」


 番野は、シュヴェルトの体にもたれかかり自身の敗北を受け入れる。


 そして、


「同時に、お前の負けだよ。シュヴェルト」

「ッーー」


 シュヴェルトは、首筋にチクリとした鋭い痛みを感じた。


 瞬間、それが番野の剣で(・・・・・・・・)あると理解して(・・・・・・・)、彼女は諦めた様に笑い、剣を鞘に収めた。

 すると、それに伴って紫に変わっていた髪は元の金色に戻り、体からの放電も止み、いつの間にか自身が殺した『番野護』もこの場から跡形も無く消えていた。


「まさか、幻影だったとは。体温、気配、感触。どれを取っても本物()と相違無かったぞ。一体、どんな手品を使ったんだ?」

「原理自体はさっき使った幻影魔法と同じだよ。ただ、少し多めに魔力を込めたんだ。その分、消耗も激しいけどな」


 番野が用いたこの策は、彼が初めて夏目と対峙した際の前哨戦であった『幻影の黒竜戦』からヒントを得た物だ。

 同じ系統の魔法なら、空間に自身を投影しただけの『ただの幻影』ではなく、彼女と同じ様に『質量を持(・・・・)った幻影(・・・・)』を生み出せるのではないかと踏んだのだ。


 《罠師》の能力で作った『穴』を利用した作戦も同様に確証の無かった賭けではあったが、番野にとっては幻影を用いた作戦の方が重大だった。

 そも、シュヴェルトの様に熟達した戦士を戦闘において出し抜くには、薄っぺらな嘘では足りない。それこそ、自身の肉、骨すら断たせでもしない限り明確な決定打を打ち込む隙は生まれない。


 だから、番野は“死ぬ気”で魔力を注ぎ込み、結果として『もう一人の自分』を“殺させた”のだ。


 シュヴェルトは、その表情に僅かの無念を滲ませつつ、勝者たる番野を称賛する。


「よもや、『自分』を斬らせるとはな。ああ。確かにアレは君そのものだった。それ故に、アレを目の前で死なせるのは気分が悪かったのではないか?」

「まあな。目の前で『自分』が死んでくのを見るのは全然良い気持ちしないよ。だが、勝つためなら、やってやるさ」

「……そう、か。私は、その覚悟を正当に評価しよう。だが、次は『彼』だ。『彼』は、私達とは根本からして違う生き物だ。故に、何をしてくるかは私でも予測不能だ。そんな相手に、君は如何にして戦う?」


 “負けるとまでは言わないが、確実に勝てるかと言われるとそういう訳でもない”と、シュヴェルトは暗に語っていた。


 それを背中越しに聞いた番野は、その言葉の本当の意味を自ずと理解した。

 そして、その意味を踏まえた上でシュヴェルトに言った。


「どうもこうも無い。アイツが何をしてこようと、俺が勝てば良い(・・・・・・・)。それだけの話だろ」

「っ……」


 それは、シュヴェルトの問いにきちんと答えているとはとても言えない答えだった。

 しかし、


「ーーふふ」


 彼女を満足させるには、十分だったようだ。


「ああ。勝って来い」

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