第105話 雷の戦乙女
「っ……」
(またか……。普通の時ならまだ大丈夫だが、こう、弱っている時にはかなり堪えるな……。吐きそうになる)
ぐわんぐわんと、つい先刻味わった脳が揺れる様な感覚を少しでも和らげようと目を閉じる。
そして、舞台が整った。
「ッ……」
地上を照らす太陽の眩しさに、番野は思わず目を手で覆った。
先程まで木漏れ日程度にしか陽の光を浴びていなかったためだろう。番野には、仮想とは言え、それが余計に眩しく感じられた。
やがて、目が慣れ、手を離す。
そうして、番野の目に映ったのは、帯剣したシュヴェルトの姿だった。
(ここで来たか、シュヴェルト……! 相変わらず、すげえプレッシャーだ……)
舞台は、アウセッツ王城の中庭。奇しくも、クーデターの時とほぼ同じシチュエーションだ。
「まったく……。アルゼレイ殿も嫌味な事をする」
シュヴェルトは、これを仕組んだ者を察したのか、微妙な表情を見せた。
そして、一度俯いて首を振り、雑念を振り払う。
ゆっくりと、しかし優美な動作で、剣の柄に手を添える。
「ツガノ。私は、これから貴様を殺すぞ」
「…………」
番野は、その言葉に乗せられた殺意を確かに感じ取った。
その時、そこにいたのは、自らの討ち果たすべき敵を前にした一人の憲兵団長だった。
(本気、だな……)
番野は、右足を少し前に出し、剣を構えた。
シュヴェルトも、それに呼応する様にスラリと剣を抜く。
ただ、その動作の中におかしな点があった。
それは、鞘から抜かれる剣が、蒼い稲妻を纏っている事だ。
「剣が……」
「ああ。これは、この剣に宿る雷竜の力による物だ。竜は、私の闘争心が昂ぶるのに応じてこうして放電するんだ。
あの時は、貴様を殺してしまう訳にはいかなかったからな。だが、今回はそんな制約など無いからな」
「いや、待て待て! アルゼレイが殺すのはダメって言ってただろ!」
と、シュヴェルトの間違いを番野が指摘する。
ところが、シュヴェルトは全く動じた様子も無く番野に返す。
「いや、私はサツキから聞いているぞ。貴様が一度、自ら蘇生魔法を用いて復活した事を。であれば、もう一度死んだところで大差無いだろう」
「めちゃくちゃ言うなぁ……。死ぬのって、結構辛いんだぜ?」
「ならば、死ななければ良いだけの話だろう。つまり、私に勝てば済むという事だ。
ーーさて、少し長くなってしまったな。そろそろ始めるとしよう」
そう、シュヴェルトが言った時だった。
『ッッッ……!!!!』
天から、一筋の竜がシュヴェルトの身を喰らいに落ちた。
「な、何だっ!?」
番野が驚きのあまり声を上げる。
『本気だ』
舞い上がる土煙の中から、そんな厳かな声が聞こえて来た。
次の瞬間、番野は自分の相手の正体を知る事になる。
(な、こいつは……)
轟、と土煙が払われ現れたのは、その身に紫電を纏う一匹の竜。
実力を認めた相手だけに見せる、正真正銘シュヴェルトの本気。
「『雷の戦乙女』。英雄よ。貴様の全力を以って、見事、私を討ち果たして見せよ」
ビリビリと身を打つ、猛烈な殺気と威圧感。頬を、冷汗が流れる。
「応……!!」
しかし、番野は一歩も引かず、力強く応じた。
「ッッ……!!」
シュヴェルトの纏う紫電が、一層輝きを増す。
「真・紫電ーー」
「反の形・其の参ーー」
一方は、必殺の刺突。
もう一方は、絶対反撃の構え。
不利な状態ながら、それを承知で、雷を統べる戦乙女は地面を蹴り出した。
「一閃ッッッ!!」
「『水嶺壁』ッッッ!!」
番野の使用した技は、突きで攻撃して来る相手の刀身に切っ先を僅かに当てて突きの軌道を逸らし、体の伸び切った相手を斬るという、対刺突専用の技。
だがーー
「ぐぁっ……」
その技自体は成功したものの、シュヴェルトのあまりの速度にタイミングが微妙にずれてしまった。
シュヴェルトの剣が、番野の左肩を切り裂いた。
雷竜の雷によって全身の筋肉を刺激して強化している今のシュヴェルトは、普段の三倍以上の速度で動く事ができる。
(スピードは、ヤングとほぼ同じ。だが、それはあいつとの戦いでもう慣れた!)
左肩の痛みは、すぐに意識から消え去った。
反撃の態勢から即座に攻撃姿勢へと切り替える。
正眼の構えを解き、半円を描く様にして剣を自身の左側に持って来る。
「ハアッ!!」
通り過ぎざま、番野は剣を薙いだ。
普通ならこれで決まる。
しかし、対するは雷を統べる超人。常識など通じる筈が無い。
一瞬、バチッ、というスパーク音がしたのを番野は耳にした。
その時、番野の剣は、何かによって叩き落とされた。
(なんで……!?)
その瞬間を、番野は視界の端で目撃していた。
スパーク音とほぼ同時、尋常ではない速度でシュヴェルトが剣の柄頭で番野の剣の腹を打ち落としたのだ。
それは、全く人間離れした挙動。
番野は悟る。
これを超えなければ、《英雄》と渡り合う事は不可能だ、と。
この程度でいちいち驚いているようでは、一生同じステージに立つ事はできない、と。
だからーー
(だから、何をしてでも、どうなってでも……勝つ!!)
素早く体を反転。回転の勢いを乗せて剣を袈裟に振る。
「ほう」
それを、シュヴェルトは感心した様な声を出して剣で防いだ。
「あのまま背中を切りつけてやろうと思っていたんだがな。なかなか良い勘をしているじゃないか」
「俺は、アンタを倒すんだ。だから、これくらい当然だろ?」
「ハハッ! それもそうだな。だが……!」
シュヴェルトは、力任せに剣を振って番野の剣を弾く。
「ぐっ……」
(なんて、力だ……!)
ダン! と、シュヴェルトが地面を蹴る。
瞬きの間に、シュヴェルトは態勢を崩した番野に肉迫した。
「しまっーー」
「貴様の力では、まだ早いッ!!」
そう告げて、シュヴェルトが斜めに剣を振り下ろす。
刹那。
「イーー」
「ハアッッ!!」
何か言おうとした番野を、シュヴェルトは一片の容赦も感じさせない一撃で以って斬り捨てた。