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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第102話 老兵

「なっ……これは……?」


 突如として急変した景色に、番野は明らかな動揺を見せる。


 つい一瞬前まであった王城は何処ぞへ消え、代わりに砂の地平線が現れた。

 同様に、芝だった地面は粒の細かな砂地に変化していた。


 番野は、足下の砂を手に取り、確かに本物の触感である事を確認する。


「これ、本物だ。一体、何がどうなってるんだ……」


「不思議じゃろう?」


「ーーッ!?」


 いきなり背後から声を掛けられ、番野はとっさに距離を取る。


 番野の背後にいた人物ーーファレスは、右手に大きな戦斧を携えている。

 ファレスは、距離を取った番野に構わず言葉を続ける。


「これは、『訓練用仮装結界』と言うらしい。どうやら、結界の内部を特定の環境に変化させる事ができるようでの、どの様な環境下の戦闘も行える優れ物だそうじゃ。

 そして、この結界は外部からはおろか、内部からも破壊不可能じゃ。

 ふふ。つまり、この場所では好きに暴れられるという事じゃよ」

「案外楽しそうだな、ジイさん」

「応ともよ。この世に生を受けてから六一年。強者と戦う事だけがワシの楽しみじゃからのぅ。

 さてーー」


 そうして、話が長くなったとばかりに、ファレスは戦斧を砂の大地に叩き付けた。


 番野もそれを合図と受け取り、《勇者》に『転職(チェンジ)』して剣を抜いた。

 久し振りに味わう、体の底から力が湧き上がってくる感覚が番野を高揚させる。


 ファレスは、番野の準備が整ったのを認めると、裂帛(れっぱく)の気合いを込めて咆哮した。


「では、始めようかのおッ!!」

「……ッ!!」


 番野は、ビリビリと体の芯に染み渡る様な咆哮を受けながらも地面を蹴った。


(クソッ! 砂だからあまり踏み込めない!)


 しかし、それでも一五メートルはあった距離を二秒で縮めたのは流石と言えよう。


(猪突猛進大いに結構!! それが若さと言うもんじゃあッ!!)


 だが、それほどの時間があれば、ファレスには十分だった。

 真っ直ぐに突き込んで来る番野の剣を、ファレスは戦斧の側面で受け止める。


「はああッ!」

「ふんッ!」


 全体重を乗せた番野の突きだったが、二メートルを越すファレスの巨体は全く動じない。


「……ぐおっ!」


 それどころか、《勇者》になった番野をパワーで押し退けたのだ。


 ファレスの常人を超えたパワーによって吹き飛ばされた番野は、態勢を崩しながらも何とか着地する。

 その後、すぐさまファレスの様子を確認する。


(動きは無し。ならーー)


 再び番野が動く。


 ファレスは、一瞬垣間見えた番野の構えから、次の攻撃を予測する。


(あの構え、またもや刺突か。さて、今度はどこから来る?)


 眉をひそめ、神経を集中させる。

 すると、左手の方向に、剣を突き出す寸前の番野の姿を視認した。


「そこじゃあああ!!」


 ファレスは、戦斧の柄の先を左手で掴み、渾身の力で番野を横薙ぎに真っ二つにする。

 だが、


(そう来ると思ってたぜ!)


「ぬっ……!?」


 戦斧の刃が体に触れる直前、番野は構えを解いて、高速で振り抜かれる戦斧の側面に飛び乗ったのだ。

 さらに、足を強く踏み込んで戦斧の刃を地面に埋める。


(決まったッ!!)


 出たとこ勝負であったが、成功した事で番野の顔から思わず笑みが零れる。

 そして、身動きの取れなくなったファレスに剣を袈裟斬りに振り下ろした。


(これほどの芸当を即興でやってのけるとは、凄まじい少年じゃの、番野護。なるほど。確かにこれならば推薦される(・・・・・)のも無理はないのぅ)


 ファレスは、番野のその一連の動作を見て感服した。

 だが、番野が一瞬見せた笑みに、内心で嘆息する。


(じゃが、まだ足りんよなぁ)


 ファレスが戦斧から手を離した。

 そして、番野の振るう剣の軌跡を見ないまま、おもむろに左手を剣の下に差し出すとーー


「な、あっ……」


 刃を掴み取ったのだ。左手で。


 その神業に、番野の思考は思わず停止してしまう。


「ふん」


 その隙に、ファレスは番野を左手だけで目の前に宙吊りにする。

 そうして、手を離して番野を空中で解放した。

 もちろん、ただ解放するだけでは済まない。

 目的は、逃げ場の無い空中に番野を離し、自身の右拳を叩き込む事。


「うおおおおお!!」

「……あ。はっーー!!?」


 直撃する寸前に番野はようやく状況を理解して、防御のために腕をクロスさせる。


 だが、僅かに間に合わない。


 ファレスの強力な拳が、番野の鳩尾にピンポイントに突き刺さる。


「ご、がハァッ……!」


 拳が捻じ込まれて、肋骨や内臓が、ミシミシと悲鳴を上げる。


「ふんぬっ!」


 ファレスが拳を振り抜き、殴られた番野は軽々と宙に舞う。

 そのまま、三メートルほど打ち上げられた番野の体は、空中でめちゃくちゃに回転しながら地に落ちた。


「か、はっ……」


 番野は、腹を押さえながら、酸素を求めて必死に空気を吸おうとする。

 が、それは叶わない。肺が強いショックを受けたせいで、一時的な呼吸困難に陥っているせいだ。


(強い……。尋常じゃない……)


 正直なところ、番野はファレスの実力を軽視していた。

 所詮は老人だと。だから、体力にアドバンテージのある自分には敵わないだろうと。


 しかし、それは全くの勘違いで、大変な見くびりだった。

 確かに、体力的なアドバンテージは存在するのかもしれない。だが、その様な差を埋めてもなお余りある程に、ファレスの培ってきた経験は豊富なのだ。

 だから、これまでに体験してきた攻撃はファレスには通用しない。


(だったら、体験した事の無い攻撃で決めるしかない……。それも、一撃で……! まったく、トンデモないジイさんだぜ……)


 さてどうしようかと考えながら、番野は無理矢理身を起こした。


(ふむ。意識を刈り取ったつもりじゃったが……。素晴らしい根性じゃのぅ)


 鳩尾を強打して酸欠状態になってもまだ動く番野に、ファレスは感心した。


(最近の若い衆は、根性の無い者ばかりかと思っておったんじゃがーー)


 ファレスが感慨深く思っていると、突如、自身の視界から番野の姿が掻き消えた。


「…………」


 ファレスは急激な展開に驚きながらも、戦闘時に意識が他所に向いていた事を猛省する。

 そして、すぐに周囲の気配感知に集中を割き、


(背後か!)


 自身の背後から攻撃の気配を感じ、即座に迎撃する。


 戦斧による振り向きざまの一撃は、背後から剣で斬り掛かってくる番野の体を斬り裂いた。

 だが、ファレスは目撃する。


「な、にっ……!?」


 今しがた斬り裂いた番野の姿が、空中で霞の如く消え失せた(・・・・・・・・・)のを。

 ファレスは理解した。

 今、自分が斬ったのは、番野が体術で生み出した残像だと。


(なら、本物はどこじゃ!?)


 ファレスは、今一度気配感知に意識を集中させる。


 すると、答えはすぐに、文字通り現れた。


「こっちだッ!!」


 声は、下の方から聞こえた。


 番野の姿は、ファレスの懐にあった。

 腰を落とし、腕を後ろに引いて。


 その構え方を見て、ファレスは番野が次に仕掛けてくるであろう攻撃を察した。


(ほう、そちらも行けるのか! 多芸な奴じゃて!)


 じゃが、と、ファレスはほくそ笑む。


(この足場では、満足な踏み込みもできまい?)


 そう。砂の地面では足が沈み込んでしまうため、拳に限らず、ほとんどの攻撃の威力は半減してしまう。

 ファレスが初めの位置から動かずに後手に徹していたのは、攻撃後に番野が態勢を崩したところを狙っていたためだ。


 だがそれも、砂に足を取られてしまったらの話。


 番野の足は、砂に沈んではいなかった。


(何故……ッ!?)


 浮いているのかと、ファレスは疑う。


(ジイさんには分からねえだろうぜ。アンタは、《フリーター》の能力を知らないからな)


 番野は、ファレスの懐に潜り込む直前、《魔法使い》に『転職(チェンジ)』して足場となる砂の上に防御壁を張っていたのだ。


 右足を踏み出す。

 番野の震脚により生じた衝撃波は、周囲を爆裂させた。


(これは、マズイ……!!)


 死の気配を感じたファレスは、とっさに後ろに飛んで少しでもダメージを減らそうと試みる。

 しかし、それは何か壁の様な物に阻まれてしまう。


(なんじゃとッ!?)


 番野が、一切の衝撃を逃がさないようにと、ファレスの周りにも同時に防御壁を張り巡らせていたのだ。


 番野が、拳を打つ。


「ハアッ!!」

「ぬおおおおおッ!!」


 直後、砲弾にも勝る番野の全力の拳が、ファレスの腹部に突き刺さった。


「ぐ、ごふっ……!」


 ファレスは、堪らず口から赤い血を溢れさせた。


「ふぅぅぅ」


 勝負の決着を、番野は悟った。

 拳を引き、ファレスに背を向ける。


「少し、待て……」


 その背に、ファレスが途切れそうな意識を何とか繋ぎ止めつつ、呼び掛けた。


「番野護よ……。お前さんは、何故、戦う……?」


 振り返らず、番野は答える。


「待ってるやつがいるからだ」

「ほ……ほう、そうか……。其奴は、女か……?」

「ああ。美咲は、俺が必ず助け出す」

「ふ、ふ……」


 何気無く尋ねた筈だったが、ファレスは思いも寄らぬ収穫を得られて満足そうに笑った。


 その収穫とは、


(ワシも、随分と歳を取ったもんじゃのぅ……)


 ごくありふれた物だったが。

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