第101話 こいつのために
『それじゃあ、会議は一時中断っ。一時間後ぐらいに中庭に集合って事で。じゃ、また後で会おう』
そんなアルゼレイの言葉で、作戦会議は一時中断を余儀無くされたのだった。
そして今、会議室にはアウセッツ王国以外の三カ国の代表達が退室した事で、番野達だけが残されていた。
そんな中、それまで項垂れていた八瀬がおもむろに番野の方を向いて、こう言った。
「すまん」
八瀬が、番野に頭を下げたのだ。
「本当なら、もっと穏便に済ませるつもりだったんだ。その為の手段も考えてた。だが、アルゼレイのやつに良いようにやられて、結局最悪な結果になっちまった。本当に、すまん」
一瞬驚いて言葉を出せないでいた番野だったが、調子を取り戻し、八瀬にやめるように言う。
「や、やめろよ! なんでお前が謝る必要があるんだ」
「いや、最終的にはやつの思い通りに最悪の事態にしてしまった、俺の力不足だ」
「だが……」
それでも頭を下げ続ける八瀬に番野が何かを言おうとするが、シュヴェルトはそれを手で制した。
何故、と、番野は理由を聞こうとシュヴェルトの方に顔を向ける。
番野が何を問おうとしたか分かっているシュヴェルトだが、彼女は敢えて何も言わなかった。ただ、視線で訴えかけるのみだった。
今は何も言うな、と。
「く……」
番野には、シュヴェルトがその視線の裏で抱いている思いを感じ取る事ができた。いや、正確には感じ取れてしまった。
それ程に、自身の肩に乗せられているシュヴェルトの手に力が入っていたからだ。
普段は横柄で自己中心的な八瀬にここまでさせて。
普段は凛とした態度で感情をあまり表に出さないシュヴェルトをここまで怒らせて。
(アルゼレイ=クラレッサ……!)
その瞬間、番野は己の中で、ある決心を固めたのだった。
○ ○ ○
それから、きっかり一時間後。
番野の姿は、アルゼレイ達各国代表の待つ、城内の中庭にあった。
「主役が、とうとうご登場のようだ」
「…………」
アルゼレイは番野の姿を見るなり、ニンマリと、実に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
(それにしても……)
アルゼレイから少し離れた位置にいる八瀬は、そんな様子を見せるアルゼレイを訝しげに見ていた。
(あいつは、どうしてあそこまで番野に興味を抱く? クーデターの様子を見ていたってのは恐らく本当だろう。だが、それでもあの反応は少し気になる。何か裏がありそうだ……)
「クク……」
その視線に気付いたアルゼレイは、不敵な笑みで以って応答した。
「ふん」
それに対して八瀬は、露骨に不愉快な表情をして返した。
「…………」
瞬間、八瀬のその無礼な態度にアルゼレイが機嫌を損ねるのではないかと各国代表達の間に緊張が走った。
だが、それは杞憂に終わった。
アルゼレイの興味が、八瀬から別の物へ移ったからだ。
番野護へと。
すると、つい一瞬前には機嫌を損ねるのではと思われていたアルゼレイだったが、まるで人が変わった様に機嫌を良くして話し始めた。
「さあ、それでは全員が揃ったところで、ボクがさっき考えてきた『力試し』のルールを紹介しよう!
まず一つ目。殺しはダメ。どちらにしろ、戦力が減ってしまうのは実に嘆かわしい事だからね。
二つ目。時間制限は無し。相対しているどちらかが降参したり、戦えなくなった時点で終了だ。戦えなくなった場合、同盟の誇る優秀な魔法使い達が回復魔法で対処するからご心配なく。
三つ目。あー、これが一番重要なんだ。特に、番野護君は聞いておいた方が良いと思うなあ」
「俺が?」
突然名前を呼ばれて、番野は驚き半分怪しみ半分といった様子で聞いた。
その時だ。たった一瞬だけだったが、番野にはアルゼレイが笑った様に見えた。
「っ……」
残虐。凄惨。冷酷。そんな言葉がない交ぜになった様な、例えるならば、獲物を目の前にした捕食者の様な笑顔だった。
そんな物を垣間見てしまった番野に可能だったのは、全身に走った戦慄をせめて表情に出さないという事だけだった。
既にアルゼレイの表情は、元に戻っている。
いや、あるいは初めからあの様な笑顔など浮かべていなかったのだろうか。
(いや、だがあれは……)
この時、番野は、八瀬がアルゼレイを危険視している理由が僅かだが分かった気がした。
僅かだけ。確かにこの時は、僅かだけだったのだ。
次の瞬間である。番野がアルゼレイの本当の恐ろしさを知ったのは。
そうして、アルゼレイは仰々しく両手を広げて、まるで舞台を演じているかの様な口調で言った。
「さて、三つ目。番野護は、各国の最高戦力と四連戦を行う事だ」
「おい!何だそりゃあッ!?」
それに反応したのは八瀬だった。
すると、否定を意味する声を上げた八瀬に、アルゼレイが続けて言う。
「君も含め、ここにいる代表達は知っている筈だよ。かの《英雄》は、ボク達が四人同時に戦ったとしても勝てる確率は低いって事をね。
そんなボク達を差し置いて彼と戦おうって言うんだから、ボク達以上の力を示すしかないよねえ?
かと言って、四人同時に掛かったんじゃあ今度は番野護君本人が潰されかねない。だから、一人ずつ戦って、全員を倒せたら実力を認めてあげるって事だよ。これ、とっても妥当な結論だと思うんだけど」
「だが、それだと一戦一戦の間隔はどうなんだよ! お前らと戦って、無傷で済ませられる訳がねえだろ!?」
「休み? そんなの無いよ。だってそうだよね? 四人全員が同時に戦っても勝てるか分からない相手と戦うんだから、この程度の試練、乗り越えてくれなくちゃねえ?」
「クソ、野郎が……」
もう何を言っても無駄だと判断したのだろう。八瀬は、アルゼレイを睨み付けて悪態をつく事しかできなかった。
すると、番野が八瀬に代わる様にして口を挟んだ。
それは必ずしも、アルゼレイの言った内容を否定する物ではなかったが。
「いいぜ。受けてやる」
「へえ?」
「なっ、お前!?」
八瀬が信じられないといった様子で言った。
しかし、それに反して番野の目は本気そのものだ。そこには、明確な意思が存在している。
番野は、アルゼレイを見据える。その視線には、濃厚な敵意が含まれていた。
「だが、俺がアンタの提案を受けるのは、俺があの野郎を倒すためじゃねえ。八瀬のためだ!
こいつはプライドが高いからな。滅多に人に謝ったりなんてしないんだよ。
だけどな、こいつはさっき、俺に頭を下げた! 最悪の事態に運んでしまった事を謝った! それはつまり、こいつのプライドが潰された事に他ならねえ!
だから俺は、こいつのプライドを取り戻すためにアンタの提案を受ける。そして、全員ぶっ倒してやる!」
「…………!」
「ああ。良い返事だね……」
番野の宣言に、八瀬が無言で俯いた。
番野の宣言に、アルゼレイが満足そうに笑った。
「それじゃあ始めよう。どうか、頑張って楽しませてくれよ?」
そう言って、アルゼレイは指をパチンと鳴らした。
直後、アウセッツ王城の中庭が異空間に変わった。