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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第100話 遊興屋

 会議当日。アウセッツ王国王城内の会議室には、リュミエール皇国との決戦を間近に控えた四方四カ国同盟各国の誇る最高戦力が集結していた。


 アウセッツ王国:『王国憲兵団団長』八瀬巧・『団長補佐』シュヴェルト=リッター=ブリッツ

 サヘラン共和国:『共和国軍総司令官』ファレス=ウィレム

 ロッサム王国:『金庫番』ヤング=アダムス

 クラレス第一帝国:『神祖』アルゼレイ=クラレッサ


 以上の五名が、各国の誇る最高戦力である。


 彼らは、室内の円卓にそれぞれの国の方角に沿って着席している。


(やっぱ、こうして全員が集まると変に緊張しちまうんだよなぁ。まあ、まだ俺が慣れてねえからだろうけどよ……)


 そう思った八瀬は、襟元に少し空間を作って空気を入れた。


 やはり、各国の武を象徴する者達だけあって、その身に纏う覇気は常人のそれを遥かに凌駕する。

 ただでさえ、“たった一人でも戦場に出ただけでその場の兵士全てが震え上がる”と言われている者達だ。そんな人間が四人も集結しているこの会議室は、『異界』と表現してもいいぐらいに通常の空間とは雰囲気が異なっている。

 同盟という名目上、戦闘こそ発生していない。

 が、もしもそういったしがらみの無いままに顔を合わせていれば、即座に国家を代表した戦争が起こる危険性は極めて高いだろう。


 王国憲兵団団長として最高戦力の一角に数えられている八瀬だが、つい先日まで一般人だった人間にとって、この環境は些か厳しいと思われる。こういう事もあって、八瀬は自身を最高戦力に数えていないのだ。

 とは言え、八瀬が今こうして出席ーー生存していられるのは、誰あろうプランセスの計らいの賜物なのだが。


「して、憲兵団長よ」


 そんな独特な緊張感の中、初めに口火を切ったのは『歴戦の雄』『衰え知らず』と言われるサヘラン共和国軍総司令官ファレス=ウィレムだった。

 ファレスは、立派に蓄えた白髭を撫でながら、室内にいる『異物』を睨み付けた。


「お主の横に居座っておるその小僧……一体何者じゃ?」


 その一言で突如として露わになった存在に、ロッサム王国のヤング=アダムス、クラレス第一帝国のアルゼレイ=クラレッサが注目する。

 本来ならば、各国の武を代表する者しか集まらないこの会議に見ず知らずの謎の少年が居座っているのだ。その反応も当然と言える。

 しかし、それはこれからその少年について説明しようとしていた八瀬にとって、話の導入をする上で大きな助けとなった。


 ほら立てと、八瀬は少年の背をポンと叩いた。


 少年は驚いて八瀬を見るが、八瀬が起立した事でその意味を理解し、自身も席から立つ。


 少年が横に並ぶと、八瀬は少年の肩に手を置いて話し始めた。


「会議を始める前に、アンタらに紹介したいやつがいる。概要は先日の伝令にあった通りだが、今日が初顔合わせになる。こいつが、今回の戦争の鍵を握る男ーー番野護だ」

「其奴が……」

「なるほどねぇ」

「フフ……」


 番野護という名前に、三人はそれぞれ違う反応を見せる。

 ファレスは、品定めをする様に眺めて。

 ヤングは、瞳に反感の色を滲ませて。

 アルゼレイは、面白そうに微笑んで。


 三様の反応を受けて緊張が増したのか、番野は唇を引き結んだ。


 八瀬は、そんな番野の様子を見て、無理もないとその場で割り切った。


「まあ、そういう事だ。伝令書にもあった通り、今回はこいつを中心に作戦を立てるつもりだ」

「あいや、それちょい待った」


 と、八瀬の言葉の流れを真っ向からせき止めたのは、ヤングだ。

 ヤングは、番野を指差して訝しげな視線を向ける。


「伝令書にあった内容は読んだ。だが、そいつは真実なのかよ?」

「どうして、そう思うんだ?」

「百歩譲って本当にそいつがこの戦争を終わらせる鍵になるとしてもだ。こんな野郎に姐さんが倒される筈がない! あれは、俺達を納得させる為のでっちあげなんじゃねえのか?」

「ワシも、同意見じゃなあ。此奴の吐いた言葉はほとんどが私怨の戯言に過ぎぬが、言いたい事は理解できる。それは、お主とシュヴェルトを除いたワシらが皆思うておる事じゃ」


 ファレスは、一呼吸置いて続ける。


「“その小僧に、あの男を倒し得る力が本当にあるのかどうか?”、という事じゃ」

「…………」


 その問いに、八瀬は無言で応答する。


(なるほど、想定した通りの展開だ。ああ。爺さんが思ってたより闘志剥き出しになってる以外はな! クソッ。こりゃ何言っても裏目に出ちまうパターンじゃねえか!)


 卓の下で、八瀬は指で膝をトントンと叩く。これは、八瀬が思考を巡らせている時の癖だ。

 なるべく穏便に済ませられる方法を、何とか捻り出そうとしているのだ。


 そんな時、これまで傍観に徹していたアルゼレイの発した言葉が事態を急変させる。


「ボク、良い事知ってるんだけど。聞いてみない?」


 ポツリと、挑発でもするかの様な口調でアルゼレイは言った。


「実はあのクーデター事件の時、ボクも現場に居たんだけどさあ。少年君と戦う時、彼女はまだ本気を出していなかったんだよねぇ。しかも、ほとんど相討ちの形で決着した。これって、本当の意味で“打倒した”って言えるのかなあ?」

「ほう……」

「それなら、確かに……」


(こい、つ……!! この遊興屋が……!!)


 アルゼレイのセリフに、八瀬は内心で舌打ちをする。


 本来ならば、この様な言葉は『証拠が無い』と、一蹴されてしまう。

 しかし、アルゼレイが発した際には、その常識は容易に覆ってしまう。


 アルゼレイが『神祖』と呼ばれているのには、二つの理由がある。

 一つは、建国の祖という意味で。

 もう一つは、自身の正体を大衆、特に自国民に知られないようにする為に。


 現在、クラレス第一帝国を治めている皇帝は一五代目となっている。が、これはあくまでも表向きの方便に過ぎない。

 真実、初代から現在の一五代まで、皇帝は“変わらずアルゼレイのまま”なのだ。短い期間で皇帝が変わったのではない。三〇〇年もの間、アルゼレイが帝位に就いているのだ。

 無論、アルゼレイは人間ではない。だが、ただのバケモノでもない。


 彼は、『真祖』なのだ。


 始祖の分体。吸血鬼を統べる一個体である彼は、多くの能力を有している。

 その内の一つに『影の中を移動する』という物があり、アルゼレイは、それを使ってクーデターの現場に秘密裏に来ていたのだ。


(おーおー目の色が変わってる変わってる。これは随分と面白い事になりそうだね、番野護くん?)


 そうして、アルゼレイの言葉は、ファレスとヤングが初めから抱いていた、『番野護』に対しての不信感をさらに増長させた。


「そういう事なら話は別になってくるのう。実力も不確かな小僧にワシらの命運を任せる様な事はできんわい」

「ああそうだぜ! 実力が分からない以上、信頼なんてできる訳がない!」

「チッ……」


(最悪だ……。俺とした事が忘れていた。アルゼレイは、何よりもまず己の楽しみを優先して行動する遊興屋だ。そんなやつが、この戦争で鍵になる、身元もハッキリしないとびきり怪しい人間の実力を体感したいと思わない筈がねえじゃねえか!)


 すると、ギリリと奥歯を噛み締める八瀬に、アルゼレイはトドメと言わんばかりに場の全員に提案する。


「では、こうしようじゃないか。そこの番野護くんに、自分の実力をボク達全員に見せてもらうとしよう。結局のところ、ボク達に勝てないようじゃあ《英雄》くんは絶対に倒せない訳だし。うん、それが良い! キミ達も異存は無いだろう?」

「うむ」

「ああ!」

「…………」


 その提案に、シュヴェルトこそ無言だったものの、ファレスとヤングは快諾してしまった。


(クソッ……! 最悪の流れだ。これじゃあもしかすると、やつら、本気で番野を潰しに掛かってくる可能性がある……! そうなりゃ番野は……)


 八瀬は、話をむしろ悪い方向に進めてしまった自分の失態を悔やんだ。

 昨日は、最悪の事態を想定して番野に資料を手渡した。

 だが、そうはならないようにと入念に準備をした。

 しかし、結果として最高戦力二人に敵対ーーいや、それ以上の感情を抱かせた状態で番野にぶつけてしまった。

 そんな失敗を、八瀬は悔やんだ。


 アルゼレイは、笑った。

 ただ、自分の楽しみが増えた事を笑った。

 あのクーデターが起こる以前から、番野には目を付けていた。《裁定官》との戦いの時も、あの場でこの才能が潰えるのは惜しいと思ったから手を貸した。

 立ち塞がる敵を何度も倒して来て、その度に成長した番野を見て来た。

 その度に、戦いたいと思っていた。それが、叶ったのだ。

 戦争? 自分達への影響? そんな事は関係無い。

 ただ、愉悦を満喫できればそれで良い。

 だから、笑った。


(さあ、ようやく願いが叶うんだ。せいぜいボクを楽しませてくれよ?)

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