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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第99話 奴らのプライド

 翌朝、朝食後の事である。

 番野は、『ちょっと付き合え』と言った八瀬に執務室に連れて来られていた。


(別段断る理由も無かったし、朝練も終わったから来てみたんだが……。一体どういう用があって俺を誘ったんだ?)


 とっくに入室してしまってからそんな事を考える番野を尻目に、八瀬は普段通り自分の椅子に座った。

 胸の前で腕を組んだ八瀬は、背もたれにゆったりと体を預けて番野に言う。


「少し話が長くなるかもしれん。まあ、気楽に座れよ」


 そう勧められて、番野は改めて背後を見るが、どこにも座るという用途を満たす物が無い。


「いや……。椅子、無いんだけど」

「そんぐらいそこにあるだろ。自分で持ってこい」

「呼んどいてなんだその態度は……」


 どうやら、今日も八瀬は絶好調らしい。


 八瀬の態度に少々の苛立ちを覚えながらも、番野は言われた通りに部屋の隅に置いてある来客用らしき椅子を持って来てそれに座った。

 そうして、番野は八瀬に問うた。


「で? 俺を呼んだ理由は?」

「ああ。今回の戦争に参戦するにあたって、お前にいくつか伝えておかなければならねえ事があってな」

「伝えておかなければならない事……?」


 番野が疑問を呈すると、八瀬は机の引き出しから何枚か資料を取り出した。そして、その内の四枚を番野に向けて放った。


 とっさに立ち上がって、番野はそれらを取った。


「おっと。おい、雑に扱い過ぎじゃねえか?」

「んなこたねえよ。ほら。良いから目を通せ」


 本当に大丈夫なんだろうかと内心で考えつつ、番野は戻って読み始めた。


 その資料の一枚目には、こう書かれていた。


【*極秘*同盟各国の保有する最高戦力について】


「すっげえ大事な資料じゃねえか! どうしてこんな重要な物をああやって投げ渡せるんだよ!?」

「心配しなくても、身内以外にゃ読めねえように夏目の魔法でブロックがかけてあるから大丈夫だ」

「そういう問題?」


 ここまでのやり取りを受けて、番野は、こんなやつが憲兵団長で良いんだろうかと、本気で考え始めた。


「あ。シュヴェルトの名前がある」


 資料を読み進めていた番野は、見覚えのある名前を見つけて思わず口に出した。

 ただ、他にも三名ほど名前が書かれているものの、どれも番野の知る物ではない。

 しかし、そこにあるのは人物の名前だけではなかった。同盟各国の誇る最高戦力。その能力までもが詳細に記されていた。


(だが、こんな物を俺に読ませてどうするつもりだ? 戦争と何か関係があるのか?)


 そこまで分かって、番野はそんな疑問を抱いた。


 すると、そんな番野の疑問を知ってか知らずか八瀬は、こう切り出した。


「そこにあるのは、明日お前が戦うかもしれねえやつらの情報だ。しっかり目ぇ通しとけよ?」

「ああ。ーーはァ!!?」


 八瀬のあまりにも自然な言葉の流れに一度は承諾してしまう番野。だが、すぐにそのおかしさに気付いて驚愕のあまり資料をぶちまけてしまった。


(お前も大概人の事は言えねえと思うんだが……)


 と、番野の取った行動に対して八瀬は思った。

 とはいえ、ここまで言っておいて説明しない訳にはいかないし、元よりそのつもりだった八瀬は、慌てて資料を拾い集めている番野を見ながら話し始めた。


「ま、あくまでも可能性の話に過ぎねえがな。それでも、その可能性が低い訳じゃあねえ。

 どうしてそんな可能性が出てくんのかっつーと、それは《英雄》の出した条件に関係してくる。野郎はこう言っていたとプランセスに伝えられたよな? 『戦場には、必ず番野護を連れて来い』と。これと、今お前が置かれてる状況とを鑑みれば、今回の戦争においてお前が大きな鍵を握っているだろう事は自ずと分かる筈だ。

 さて、ここまで説明したが、お前は今どの程度話の本質を理解している?」

「ここで俺に振ってくるのか……。まあ、そうだな……」


 そう言って、番野は少し頭の中で情報を整理する。


「だいたい三割くらい?」

「はぁ……。俺は、資料も渡して、ヒントもいくつも口走ったんだぜ? たまにお前が本当にバカなんじゃねえのか心配になってくるぞ……」


 やれやれと額を押さえて八瀬は言った。

 そして、仕方ないといった風に続ける。


「あのな。お前は、本当に『最高戦力』の意味を理解してんのか? 国の看板は統治者だ。だが、国の武力の象徴は? そう。一個人で国の戦力として成立する『最高戦力』なんだよ。その証拠に、やつらはこれまでの数々の戦争で戦果を挙げて、数々の勝利を収めてきた。もちろん、やつらは『また俺達の出番だ』と気張ってるだろうぜ。

 だがよ、今回の戦争は訳が違う。そして、ハッキリ言うと、たとえ四人が一斉に野郎に掛かったところで勝てる可能性は低い。それも含めて、『番野護とか言うポッと出のやつ』に運命を委ねるしかない状況に、やつらのプライドが傷付かねえ筈が無い」


 確かにその通りである。

 身近な例を挙げると、ある部活動でエースとして活躍していた人間が、新しく入部してきた実力も不確かな新入生に大事な試合を任せなければならないような物なのだ。

 そんな時、エースとして活躍していた人間のプライドは、果たして傷付かないだろうか? 程度はあるだろうが、少しも傷付かないという事は無い筈だ。人間によっては、争いに発展する可能性もある。


 ただ、この場合での『争い』は、まだ取り返しのつくかわいい物だ。しかし、この問題は部活動だとか、そんな小規模な物ではない。国家規模の問題なのだ。

 だから、エース(最高戦力)新入生(番野護)の実力を試すという目的での『争い』が発生するのではないかと、八瀬は懸念しているのだ。


「…………」


 ここまで来て、ようやく番野は事の重大さを理解したらしい。沈黙して、一度大きく頷いた。


 八瀬は、そんな番野の様子を見て、はぁと、大きく息を吐いた。


「やっと分かったか? たく、もうちっと理解力を高めて欲しいもんだぜ」

「お前には初めから詳しく説明をして欲しいもんだぜ」


 番野に言い返されて、八瀬はどこか思い当たる節があったのか、一瞬ムッとした表情を見せた。

 しかし、すぐに表情を戻して番野に言う。


「まあ、そういう訳だ。やつらと戦う可能性があるからちゃんと目ぇ通しとけ。彼を知り己を知れば何とやらってやつだよ」

「……そういう事なら。と、待てよ?」

「どうした?」


 何か思い出した様に言い出した番野に、八瀬は何気なく聞いた。


 すると、番野が確認する様な口調で言った。


「俺、クーデターの時にシュヴェルト倒したよな?」

「そうだな」

「なら、あいつはもう俺を試す必要無いんじゃねえか?」

「なるほど。なら、そんなお前の疑問に簡単に答えてやろう。あの時、“シュヴェルトはまだ本気を出していなかった”」


 番野は、少しの間八瀬の言った意味が理解できなかった。脳裏で当時のシュヴェルトとの戦闘がフラッシュバックする。互いに全てを出し切ったギリギリの死闘を繰り広げていたと、少なくとも番野の脳は記憶していたのだが。


「まあ、あいつもあいつであの時の国の実態に不信感を抱いてたからな。だが、憲兵団長という立場上、無闇に反旗を翻す訳にはいかねえ。その結論が、『少しでも王国打倒の可能性のあるやつを殺さねえ様に本気を出さない』だったのさ」

「……マジで?」

「当たり前だ。本人確認済みよ」

「…………なるほど」

「それと、あとの三人も本気を出したシュヴェルトと同等の実力を持ってると思って良いぞ。ああでも、本気を出したシュヴェルトを知らねえから想像のしようもねえか。ハハハッ」

「……………………なるほど」


 言葉を並べていくに連れて色を失っていく番野の表情と目に、少し言い過ぎたかと、八瀬は内心で反省した。


「ま、まあ、そういう事だ。本当に実現するとは思えねえが、一応対策は練っとけよ?」

「………………………………なるほど」


 そうして、フラフラとした足取りで番野は執務室から出て行った。


 その後一日を、番野がまるで死人の様な顔付きで過ごしたのは言うまでもない。


【決戦の日まで、あと五日】

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