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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。  作者: 鷹津翔
第七章 リュミエール皇国
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第98話 あの時とは違うから

 リュミエール皇国『神皇』ユリアス=アルベールが四方四カ国同盟に対して宣戦布告を行なったその翌日から、アウセッツ王国の王都は異様な賑わいを見せていた。

 戦争の前という事もあってか、普段も賑わっている中央通りにはどこからか情報を掴んだ行商が多く行き交い、鍛冶屋は武器の修理や新調でてんてこ舞いになっている。


 今朝、夏目に起こされて朝食を済ませた番野は、気晴らしにと城下町に散歩に出掛けたのだが。


(なんて、暑さだよ……! こんなの、すぐに熱中症になってしまうぞ……)


 予想外の喧騒の中を、その隙間を縫う様に、少しでも空気の濃い場所へと目指して歩いていた。


(特需ってやつか、これ? まさか、教科書に太字で書いてある様な出来事を体験する事になるとはな。人生何が起こるか分かったもんじゃないって事だなぁ)


 しかし、その胸中には意外にもこの状況を憂うだけでなく、普通ではできない体験に対しての喜びの気持ちも浮かんでいた。とは言え、それもすぐにビニールハウスの中の様な空気への苛立ちによって息を潜めてしまったのだが。


 そうして、人混みの中にできた通路を半ば操られる様に進んでいた番野は、いつしか中央通りとは変わった暗い雰囲気を持つ路地に辿り着いた。


「ここは……」


 どこか見覚えのあるその路地が、昨日戻ったばかりの番野の記憶を刺激する。

 そして、いくつもの残酷な風景が脳裏を過ぎった事で、今自分がいる場所があの凄惨な事件が起こった場所であると認識した。


(……そうだ。俺はあの時、怖くて何もできなかった。だが、今はプランセスが王になった事で少しずつ緩和されているらしいが……)


 そう考えながら裏路地を歩いていると、番野の視界の端に路地の片隅で座り込む五歳か六歳くらいの少女の姿が映り込んだ。


(こんな、小さな子供が……。やっぱり、まだ解決には遠いらしいな。まあ、プランセスならこの後も上手くやってくれるだろうが……)


 あの時は、助けたくても助ける事ができなかった。あの時はまだ何の覚悟もできておらず、ただ自分の能力に浮かれているだけだったから。

 だが、もう以前の自分とは違うのだと、その一歩を踏み出す事ができると番野は自分に言い聞かせた。


 決死の思いで、少女に声をかける。


「ねえ、君」

「……?」


 少女は、とてもゆっくりとした動作で顔を番野の方に向けた。


 死人の様に、やつれている。


 この少女には、幼年の子供特有のふっくらとした肉感がまるで無く、手足は骨の形が浮かび上がってしまう程に痩せ細ってしまっている。


 同情などできなかった。自分自身がこの様な状態になった事が無いのに同情するのは失礼だと番野は思った。


(だけど、せめてこれくらいは……)


「…………」


 番野がショルダーバッグの中を探ると、少女は不思議そうな顔をしてその様子を観察し始めた。


「よし。あった」


 やがて、番野はバッグから水と食卓から掠め取ってきたバターパンを取り出し、少女に差し出した。


「これ、食べな」

「いい、の……?」

「ああ。もちろん」


 番野が言うと、少女は途端に目を輝かせてそれらを受け取り、頬張った。

 番野は、最後に水を飲みながら食べるように伝えると、その場を後にした。


 ○ ○ ○


「いかがでした、城下町の様子は?」


 城に戻った番野を出迎えたプランセスは、開口一番にそう言った。

 番野は、城下町のとてつもない熱気を思い出して、思わず襟を浮かせて空気を入れ替える。


「すごい賑わいだよ。いつもの三割増しぐらい賑わってるんじゃないか? やっぱり、戦争は稼ぎ時だからなのか?」

「その通りですわ。戦争が始まるとなれば、武器防具の修理や新調、兵糧の準備、民の避難などなどに莫大なお金がかかりますから。そこを狙って多くの商人達が出入りするのは自明の理ですわ」


 どうだと言わんばかりに自慢気な顔をするプランセスに、番野は人差し指を立てて言う。


「だが、一つ問題がある。それだけ人が出入りするって事は、その分それに紛れて敵が入って来る可能性も高くなるって事だよな。アンタは、これに対して何か対策してるのか?」

「ええ、まあ、それなりには。一応、憲兵を巡回させてはいますが、その他に(わたくし)の『目』を王都中に忍ばせていますわ」

「『目』?」


『目』という単語を聞いた番野は、プランセスの顔をまじまじと見つめる。

 すると、プランセスは少し頬を染めて恥ずかしそうに他所を向いた。


「ま、まあ、『目』と言っても、もちろん(わたくし)自身の目ではありませんのよ? (わたくし)の能力の比喩ですわ」

「能力? もしかして、アンタも何か職業(ジョブ)を?」

「そうではありませんわ。そういえば、貴方にはまだ話していませんでしたわね。実は(わたくし)、ハーフヴァンパイアなんですの」


 その告白を聞いた時、初めは、ふーんと聞き流す様にしていた番野。しかし、頭の中で何度か反復する内に、プランセスの言葉の重大性に気付いて噛み付く様な勢いで聞き返した。


「ハー、フ……って、アンタそれ本当か!?」

「ええ。そうですわ。まあ、半分だけですので、いくつか使えない能力があるんですけれどね。それでも、こうして太陽の下を歩けるのは(わたくし)が最も誇れる事なんですのよ?

 と、話が逸れましたわね。『目』というのは、(わたくし)が王都中に潜ませている(わたくし)自身の影の事ですわ。何か異変を感じたら、すぐ察知できるようになっていますのよ」

「……なるほどな。だいたい分かった」


 プランセスがハーフヴァンパイアだという衝撃の事実を知らされた番野だったが、努めて深く事情を聞き出そうとはしなかった。

 それは、単に今は必要ないという事もあるが、リュミエール皇国との戦争を間近に控えて且つ他国との駆け引きもしなければならないプランセスに余計な思考をさせないようにという配慮もある。


(しかも、今はただでさえ王都の警戒に神経使ってるんだ。俺がいらない質問をする事で、そっちに気が向かなくなるような事態にはなって欲しくないしな)


 それでは、今必要な質問をしようと、番野はプランセスの方に顔を向ける。


「ところで、これからはどういう予定になってるんだ?」

「そうですわねぇ。今日明日はそこまで重要な用はありませんが、明後日には少し大事な事がありますわね。これは、貴方にも関係のある事ですわ」

「俺も、関係のある事?」

「ええ。明後日、四カ国のそれぞれの最高戦力がここに集う予定になっていますの。そこで、作戦立案などが行われる事になっていますわ」


 ふむ。と、番野は作戦立案などに関しての自分の関係性を考える。


「それ、どこに俺と関係があるんだ?」

「ユリアスが貴方を必ず連れて来いと言った事はお伝えしましたわね?」

「ああ」

「その事から、貴方にこの戦争を終結させる鍵があるのではないかと踏んだ最高戦力の四人が、貴方と直に会って話がしたいと言い出したのですわ。まあ、貴方に拒否権はありませんが。

 そういう事ですので、貴方には明後日、この会議に出席していただきますわ。よろしくて?」

「……分かったよ。出席する。それで、その他には何かあるのか?」

「いいえ、貴方に関係する物は特に」

「そうか。分かった」


 そう言って、番野は城のドアを開ける。


「どうぞ、お姫様」

「あら。それではお言葉に甘えて」


 プランセスは、ドレスの裾を摘んで優雅に礼をした。

 その後に続いて番野も城に入る。


 そして、別れ際。番野は、執務室に戻るプランセスに言った。


「戦うのは俺達だが、この国を引っ張って行くのはアンタなんだからな! 無理はするなよ?」

「はい。お気遣い、ありがたく受け取らせていただきますわ!」


 最後に軽く会釈をして、プランセスは執務室へと戻って行った。


 その後番野も、明後日の会議へ不安を残しながらではあるが、自室に戻った。


【決戦の日まで、あと六日】

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