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ななわ。

 勇者と魔王は対立する者。

 でもそれは、物語フィクションの話であって、ネコさんとカミュさんのことは、純然たる事実で。

 だから尚のこと、二人が戦わざるを得ないことになったことが、気になってしまう。

 二人の口から、ブランちゃんの話が一切出てこないことも。

 ネコさんは、一度ザ・オンを手にした、と言った。

 やってもいないことをあれだけ自身満々に言うイメージは、これっぽっちもない。から、それは確かなことなんだろう。でなきゃ、あんな夢も見てないはずだし。

 でも、そのままだと困る誰かが、裏にいた。

 今の所、ちっとも魔王っぽい所がないネコさんだけど、ザ・オンの人たちにとって、ネコさんは世界を征服した凶悪な魔王ほんとにちっともそんな感じしないけど。

 だから、歴代最強の勇者であるカミュさんに、討たせることにした。

 どうしよう、なんかこの仮定の時点でぷっつんしそう。マジでぷつる5秒前。MP5。初期魔法一発が限界だねこれは。…………うん、落ち着いた。

 それはまあ、世界を手にされたら、大体の人は困るだろう。

 街とか国とかじゃなくて、世界を丸ごとなんだから。

 それをしたのが、本当に凶悪な魔王なら。

 あと半歩でも踏み込んでいたなら、カミュさんを理解できていた。

 ネコさんにも、まんま当てはまる。

 ザ・オンの住人が、なにを以てネコさんを魔王としたかは、アイちゃんさん達にまた会えた時にでも聞くとして。ネコさんが魔族だから、とか、種族だけで理解することを放棄したのなら、こんなにもバカなことが、他にどれだけあるのか……。

 と言うか、まず、大元の疑問として。

 ネコさんはどうして、世界を手にしようと思って、実行して、実現させたんだろ……?

 カミュさんの為、って一瞬で浮かんでくるのは、ネコさんの影響なのか。

 はたまた、私がカミュさんのことを大事に想ってるからなのか。

 そんなことを、夕暮れの教室で課題を消化しながら考えていると、掃除用具用ロッカーが、一度だけ大きな音を立てた。フラグは回収される物? いいえ、へし折る物です。なのでスルー。

 ――ハクノ。

 ――なに、ネコさん?

 ――今、学校の方から、お前とは異なる魔力を感じた。なにかなかったか?

 ――掃除用具入れが、ひとりでに揺れたよ? …………なんか、人影、みたいなのが、うっすら、見えてる。透視してるみたい。

 ――視神経にも、魔力が馴染んだのだろう。それはすぐに調節できるようにした方がいいな。色々と視えてしまう。

 色々……、あ、ほんとだ。アイちゃんさんがいる。濃いクマ……、寝付けなかったのかな? あ、リヨウちゃん。……声は聞こえない、か。景色と重なってて、ちょっとごちゃごちゃだ。

 ――とにかく、これからカミュを向かわせる。できるだけ距離を取って待っていろ。

 ――分かった。

 と言うわけで、対角線状に距離を取って、体育座り。した所で、

「んしょ、っと」

 カミュさん登場。黒板からこう、にゅ、っと。なんか和んだ。

「よかった。すぐに済むから、じっとしててね」

「はい」

 初めて見る、真剣な表情。鋭い光を持つ瞳。けど、その右手にある剣には、見覚えがある。

 あの夢でカミュさんが持っていた、黄金の剣だ。

 ザ・オンの人々は、彼女を勇者と呼び、称えた。けれど同時に、強大過ぎるらしい力に、恐怖を抱いてもいた。

 魔族の人たちは、ただただ、彼女を恐れた。

 夢で見た時の彼女は、凜としていて。

 家に来た時の彼女は、鎧を身に纏っていただけの女の子で。

 家で生活を共にしてる彼女は、ネコさんが好きで、寂しがり屋で、ヤキモチ妬きで、甘えん坊で。

 今ここにいる彼女は、コワイ。

 ロッカーが勢いよく開いて、同時にカミュさんが、軽やかに跳んだ。

 そして、

「あ、カミュ、ちゃん」

「はぇあっ!? プリ――ちょ、まっ――ふぎゃっ!?」

「あう」

 棺桶を振りかざしていたシスターちゃんとごっつんこして、もつれ合いながら落ちた。女の子同士がもつれあう、ってちょっとどきどきする。

 それはともかく、あの棺桶どこからどうやって出したんだろ?


「…………」

 うん、近い。プリエちゃん近い。まつげ数えられるくらい近い。すごい綺麗。

「むぅ……」

 カミュさんが妬いてる。どっちにかはわかんないけど。ぷくぅ~、ってなってる。つんっ、てして、ぷひゅっ、てさせたい。でもなんかそらしちゃダメな感じだからできない。

「魔人化、少し、進んでる。だいじょうぶ?」

「はい。今の所は」

「それなら、よかった」

 本当に安心した様子で離れて、教室を見回す。

 ……普通の教室とシスターの組み合わせって、なんか、不思議な感じ。そわそわしててかわいい。

「おぅ?」

 カミュさんに膝に乗られて、変な声が出た。

 ヤキモチは、プリエちゃんに対してだったらしい。ほっぺはまだ少し膨らんでて、かわいい形の耳は赤くて。うなじと、ちょっと覗いてる肩甲骨が、なんだか色っぽい。少し、甘い匂いもする。

 その細い体を、これまた細い腕ごと、きゅ、と抱きしめたら、小さく跳ねた。引き寄せて、頬をすりすり。

「ん、ハクちゃ、んぃ……」

 すべすべ、もちもち、あったかい、かわいい。

 そう。カミュさんは、かわいいただの女の子。

 私がカミュさんのことで知っているのは、まだ、たったそれだけ。

 さっきみたいに、コワくて、かっこいいカミュさんのことは、なにも知らない。

「ねぇ、カミュさん」

「ふ、ぅ……、な、に?」

「私、さっき、カミュさんのこと、コワイ、って思ったんです」

 腕の中で、体が硬く強張ったのを感じた。

 内側まで浸透してくる程に温かかった体温が、急激に冷えていった。

 ぇ――、と漏れた声は、ひどく掠れていた。

 悲鳴をあげているように、心臓が激しく鳴っていた。

 見る人に元気を与えるような瞳は、ひどくひどく、怯えていた。

 こういう時、他にもなにかを言うべきなんだろう。

 カミュさんは、周りから向けられる恐怖に対して、人一倍、恐怖を感じるだろうから。

 でも、それが分かっていても、今の私にできることは、ただ正直な気持ちを伝えることだけだ。

「これから先、今日みたいなことは、また起こります。その時、カミュさんがまた剣を取って、対峙した時。私はカミュさんに対して、同じ感情を抱く」

「っ……、そ、うだよね……。うん、しかた、ない、よ。わたし、ほら、ばけ、もの、だから……」

 離れようとした体を更に引き寄せて、きつく抱き締める。

「あのね、カミュさん。人はみんな、化け物だよ」

 力なくもがいていた体が止まった。

「人はみんな、人の目には、化け物として映るよ」

 ただ、性別とか容姿とか年齢とか、色々な差があるだけで。

「人と向き合おうとすると、人は相手より優れてることばかりを、探そうとしちゃう。でも、そうやって浮彫になるのは、劣っていることばっかりで。こいつはこんなにもたくさんのモノを持っているのに、自分にはなにもない、って痛感しちゃって」

 腕に触れている手に、力が込められた。

「カミュさんはずっと、痛感させる側にいた。たぶん、近しい人にも」

 炎の中で泣いていた姿が脳裏を過ぎって、胸のとこが、締め付けられる。ネコさんとブランちゃんが来てなかったら、と思うと、イヤな未来ばかり浮かんでくる。

「生き物は、自分を守ることに特化してる部分があるから。化け物、って言う言葉を、認識を押しつけて、くずれちゃいそうな自分を保つことにした。踏み込むことで、今度は、完全に自分が死ぬ、そう、思ってしまった」

「っ……、そんな、の、そ、そいつが、よわい、だけじゃん……」

「うん。生き物はみんな、よわくてよわくて、本当に弱い。今のカミュさんは、私よりも弱い」

 途端、なにかが溢れ出して、なにかに止められた。

 床を踏み鳴らして、私を見下ろすその瞳には、怒りの感情ではなく、ただただ、恐怖だけがあった。

「私は弱くなんかないっ!」

 感情が、一気に爆発した。

「いっぱいがんばったんだ! ノワールを! おば様を! お城のみんなを守る為に! いっぱい! いっぱいがんばった! 救ってくれたから! そばにいてくれたから! 約束をずっと! ずっと! ずっと守って! 守り続けてくれたから! 私よりもうんっと強いノワールを、ほんの少しでも支えられるようにって! 隣にずっといられるようにって! 暴走しそうな力を抑えて! 抑えて抑えて抑えて抑えて抑えて抑え続けて! なんどもなんどもあの日のことを夢に見て! あの言葉に心を凍り付かされそうになって! それでもがんばった! 血を吐いても! 内蔵がぐちゃぐちゃになっても! 体が千切れそうになっても! がんばってがんばってがんばってがんばってがんばり続けたんだ! 強くなったんだ!」

 涙を流しながら肩を上下させる姿は、とても幼く見えて。

 誰かが、例えそれが、カミュさんを利用しようとする誰かであっても、支えて繋ぎ止めないといけない。

 そう、強く思った。

 立ち上がると、一歩退かれた。

 目を合わせると、また一歩。

「カミュさん」

「っ……!」

「強くなることはできても、強くなりきることは、誰にもできないよ」

 後退しようとした足が止まった瞬間、両手を掴んで引き寄せて、抱きしめた。

「……ぇ……っ、や、はな、はなしてっ! はなしてっ!」

「だ~め。ほら、よしよし。よしよ~し」

「ぁぇ、ぅ、っぅ、ゃ、ぁ……」

 力が抜けていって、まず、膝がくずれた。支えて、ゆっくり座りこんで。頭をゆ~っくり撫でながら、背中を優しくたたいて。

 カミュさんからも抱き締めてくれて、そして、首もとに顔をうずめて、静かに泣き出した。

 溢れていた力が、だんだん静かになっていく。少しずつ、カミュさんに還っていく。

 脳裏に、なにかが過った。

 ノイズみたいなものが走って、白黒の花畑が見えたり、見えなくなったり。けど、そこで戯れている女の子達は。ネコさんと、カミュちゃんと、ブランちゃんだけは、鮮明に見えて。ブランちゃんがまた、今度は、悲しそうなだけじゃなく、泣きそうにもしながら笑って、口の前に指を立てていた。

 ――ミュウちゃんを、よろしくね?

 答えるかわりに、ミュウちゃんを抱く腕に、力を込める。

「コワイ、って、また、きっと思う」

「っ、ぅんっ……!」

「でも、化け物、なんて、絶対に思わない」

「ぅんっ……!」

 ぎゅうっ、とお互いの鼓動を、しっかり、ハッキリ感じるくらい、密着して。

「今まで、いっぱい、いっぱい、がんばったね」

「っ――! ……ぅん……、うんっ……!」

 がんばってがんばって、がんばり続けた、一生懸命な女の子は、それからたっぷり、いっぱい、泣いた。

 泣いて泣いて、泣き続けた。


「そんな訳で、ミュウちゃんは自分に素直に正直になろう。なりまくろう」

 他人からの恐怖に恐怖しているのは、他ならぬミュウちゃんが、力を怖がってるから。なら、自分の力を見てコワイと思っても、それでも変わらず傍にいてくれる人がいる、ってことを思い知らせればいい。ネコさん以外にも、そんな人がいるんだ、ってことを。

 と思っての提案だったけど、肝心のミュウちゃんは腕の中できょとんナウ。

 体勢状、上目遣いでかわいいけど、目元、真っ赤になっちゃってる。いっぱい、泣いたもんね。

「ぁむ」

「っ……、……?」

 唇でかみついて、そっと舌を這わせてみる。涙の塩っ気と、ほのかな甘い味。なんでだろう? チョコより甘い、気がする。おいしい。ミュウちゃん、甘くておいしい。かわいい。

「はぁ……、ミュウちゃん、おいしぃ」

「…………?」

 きょとんナウナウ。くりり、と大きな瞳には、なんて言うのがいいかな? なんか、あぶない感じになってる私がいる。ネコさんと会って。ミュウちゃんと会って、色んな私と初めましてしてる。

 きゅ~、とだきしめて、体をすり合わせて、熱を混ぜる。

「よしよぉし。ミュウちゃ~ん、い~っぱい甘えていいんだよ~? したいこと、なんでもするよ~?」

「…………」

「ん……、ぅん。そうそう」

 そ~、っと背中に腕が回された。そして、

「ちゅう、したい」

 ぽしょり、かわいいかわいいささやきが、鼓膜を揺らして。

 胸の奥と、お腹の奥が、きゅうっ、と鳴るのを、確かに感じた。

 心臓が、生まれて初めて、過剰に動いてる。

 恋をすると、激しい動悸によって引き起こされる息苦しさを心地よく感じる。そうして人は、恋をしていることに気付く。

 昔、おばあちゃんが、すごく優しくて、あったかい笑顔と声で、教えてくれた。

 ねぇ、おばあちゃん。私、好きな人ができた、かも。

「うん。じゃ」

 あ、と続けようとしたら、肩を強く押されて、熱が離れた。

 やったのは、もちろんミュウちゃん。だけど、もう、すごい、すっっっごい、真っ赤になって、口をぱくぱくさせてる。それは、自分がなにをされたのか、なにをしたのかを、遅れて理解した、そんな感じだった。

「ミュ」

「早く帰ってごはん食べてお風呂入って寝よう! ノワールもお腹すっからかんにして待ってるから!」

「あ」

 そうだった。今放課後だった。わ、もう真っ暗。

「そだね。帰ろう。全部あ~んして、洗いっこして、ぎゅ~、ってしながら寝よう」

「ふぉあっ――!?」

 ネコさんと同じ反応してる。かわいい。

 手を取って立ち上がらせて、少し待ってもらって、荷物をまとめて、固く手を繋ぐ。

「ぁぅ……、ぇと、その……、……ぅん……」

 真っ赤っか~になって、空いてる手で口許を隠して、上目にチラ見しながら、かすかに頷いて。もう、心臓がすごい。

「終わった?」

 ドアから半身を、にゅん、っと。ザ・オンの女の子はみんなデフォで和ませるの? プリエちゃん無表情だからか、かわいい仕草されるとより和む。

「ミサキちゃん、から、伝言。今は、その子のことだけ、考えて、あげて、って」

 続けて、少し、うつむいて。

「泣きそうで、でも、すごく、優しい目、してた」

 …………これは、プリエちゃんの、この表情は。もしかして。

「プリエ、その、ミサキちゃんのこと、好きになったの?」

 そう。正に、恋する乙女、と言うか。表情に変化はないけど、頬がほのかに朱くなってて、目が、なんだかとろけてる様で。

 ぴくん、と細い肩が跳ねた。

 幾らかの間が空いて、ゆっくり、顔を上げて。

「す、き……?」

 そう、呟いて。

 目が自然と見開かれて。

 かぁ~っ、と。一気に真っ赤になった。なんでこんなかわいい子ばっかりなんだろう?

 でも、そっか、みぃちゃんが……、落ち着いたら、いっぱいお返ししよう。

 ――ハクノ~……、はやくかえってこい~……、はらが、はらが~……!

 あ。


「やっっっと帰ってきたかばかものめっ! おかえりっ! さあ! さあさあさあさあさあ! 早く腹一杯の半熟とぅろっとろのオムレツを用意しろ! ってぅおうっ!? き、貴様、プリエっ!? なぜここに――いやそんなことはどうでもいい! カミュと縁が繋がっているのだからさほど不思議でもない! さあ、ハクノ! オムレツを! 私に! 貴様の! オムレツを! よこせぇえぇええいっ!」

 ぽてん、と。

 お出迎えと同時に、二本足で立ち上がれる程激烈なリクエストで力を使い果たしたようで、ネコさんは倒れた。

 うん。ホント、ごめんなさいでした。


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