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さんわ。

「お買い物に行きましょう」

 日は日曜日、時は朝。お茶碗片手に言った私に向けられたのは、当然ながら疑問の視線。

「付いてる」

「ありがとです」

 右のほっぺに付いていたご飯粒は、極自然にカミュさんの口へ。そういうのはネコさんとやる方が良いんじゃないでしょうか?

 ――恥ずかしいから無理。

 とにこやかに。

 勇者ともなれば心での会話など造作もないということか。流石勇者、やりおる。まあ、それは置いといて。

「いきなりどうした?」

「こっちを知るなら、それが一番手っ取り早いと思って。両手で足りるくらいには、街に行った方が良いかも」

 私自身、ほんとに片手か両手で足りる数しかこの町から出てないけども。人混みは好かんです。

「ふむ、確かにそうだな」

「この町、結構好きだけどね。静かで平和で穏やかでのんびりしてて」

「順応するの早いですね~」

「お前が言うな」

「ハクちゃんが言うことじゃないね」

 あれ~? そんな食べる手を止めてまで言うこと? 冷めちゃうからあったかい内に食べて欲しいんだけど……オムレツ、なんだか妙に上手くできたし。

「昨日の時点で十二分に疑問だったが、身体能力をコントロール出来ていることが未だに納得できん」

「物壊してないのは、ほんと驚きだよ。魔人化した人がまず苦労するのは、共通してそこだもん」

「と言われても」

 聴覚が鋭敏になったのは、昨日、実感した。体には変化を感じなかったけど、なんとなく、本当になんとなく、上がった気もした。……上がった、って言うより、戻った? ……ん、この方がしっくり来る。理由は不明。

 あ、生まれがコッチじゃないかもなこと……、帰ってからにしよう。

「まあ、それは些細なこととして、お昼前には出発しますから」

「……うむ」

「うん」

「あ、ネコさんはお留守番ね?」

「ふぉあ……?」

 何を言われたのか信じられない様子で、すごく間の抜けた声を出したネコさん。吹き出したカミュさんは、バイブに負けず劣らずの振動である。

「な、なぜ?」

 そんな震えた声出さなくても……。

「こっちのお店って、犬猫とかの動物は連れて入れないから」

「あ、あぁ、そうか、そういうことか。もしや嫌われたのかと思ったぞ」

「ならないよ、大好きだよ。元に戻ったら、その時にみんなで行こ、ね?」

 やけにどもりながら頷いたネコさんは、嬉しそうに食事を再開した。

「カミュさん、そろそろ食べてくださいね~」

「う、うんっ、くふ、あはは、ふぉあって、ふぉあって、ふふっ」

 当分掛かりそう。何はともあれ、賑やかになった好呂家の朝は、今日も平和に始まった。


 ワンピースのまま出かけるのか聞いた所、

「うん。こういう女の子っぽい服、着たことなかったから」

 玄関でくるり、と。髪と裾を舞わせるその姿は、どこから見ても可憐な乙女。眩しい笑顔に、なんとも和やかな気分になる。

「でも、黒だと日光を吸収するんで、暑いですよ?」

「だいじょーぶ、こっちの気候にはもう慣れたもん」

 どや顔かわいい。ブイサインはちょきちょきさせたらカニさんです。でもかわいい。

「カミュの環境適応力はずば抜けて高いからな」

 そんな簡単に済む話じゃないと思うけど、まあ、生まれた世界が違うならそうなのかも知れない。

「雪の荒れ狂う山で一週間も遭難したと言うのにぴんぴんしていた程だ」

 うん、やっぱり簡単に済む話じゃないと思う。

「ねえねえ、早く行こ! デンシャ、ってやつに乗るんでしょ? どんなの? 面白い?」

「面白いかどうかはともかくとして、そうですね……四角い鉄をくりぬいた乗り物、ですね」

「はぇ? そんなのがどうやって走るの?」

「車輪で線路の上を、しゃばーっと」

「魔動滑車みたいな物ではないか?」

 手をにゅ~んとしたまま首を傾げる私をよそに、カミュさんはぽん、と手を叩いて納得した様子。

「こっちにもあるんだね。あれも乗ったことないから、楽しみだな~」

 期待にきらきらを目を輝かせるカミュさん。

 ネコさんが、肩に飛び乗ってきた。

「色々危なっかしいことがあるかも知れんが、よろしく頼む」

「うん。お土産買ってくるから、暫く待っててね?」

「ああ」

「ハクちゃん、早く行こう!」

「はい」

 返事をすると同時に、カミュさんは駆け出した。サンダルであの速さとは。

「それじゃ、行ってきます」

 ネコさんは何も言わず頬に擦り寄って跳び、音を立てずに着地した。

 今日も元気な太陽の下に出て、戸締りを確認。

 分からない道を突き進むタイプではないらしく、敷地の入り口からカミュさんは手を振っていた。

 トートバッグをかけなおして駆け寄り、万一にもはぐれない様に手を繋ぐ。

「……どうかしました?」

 触れた瞬間、その肩が跳ねた。

「ぁ、ううん。……ねえ、私のこと、不気味とか、怖いとか、本当に思わないの?」

 ゼウスさんの直系関係のことなのは、なんとなく分かった。

 さっきまでの明るさはどこへやら。俯かれて表情は見えないけど、どんよりした暗さはハッキリ感じられる。

 やっぱり、不安なんだ。

 昨日のことがあるし、会ったばかりだし。

 まだ信じ切られてないことは分かってる。だから、私からもっと踏み込む。

「そう思ってたら、カミュさんと今、こうしてません」

 繋いだ手を、目の高さに持ち上げる。伝わってくる小さな震えは、何に対してだろう?

「さ、行きましょう。時間は有限なんですから」

 とりあえずこの空気を払拭しようと、手を引いて駅への道を行く。小さく声を漏らしただけで、カミュさんは静かに付いてくる。

 白と黒のワンピースでどっちも白髪だからか、すれ違った数人から二、三度見された。

 やっぱりかわいいよね、カミュさん。明日からもっとかわいいから期待していやがれものどょ――噛んだ。

 そんなこんなで駅に到着。ホームに向かって右に広がる小さい広場では、小学生が元気にサッカーをやってる。うん、ここなら車も来ないから安心。親御さんがベンチで舟を漕ぐのも納得。でもステージに上がって遊ぶのは危ないのでちゃんと見ててください。

 左っかわの駐車場には、車が二台。うん、とっても静か。

 あれっきり静かなカミュさんの手を引いてホーム内へ。切符を買って、並んだお土産の脇を抜ける。

 乗り場のベンチに並んでかけ、水筒を取り――たいけど、カミュさんにしっかり握られてできない。どうしましょう。

 後五分か十分なら、なんとか我慢できるか。

「私が持ってる力ってさ」

「え? はい」

「……なんか、歴代最高だか最強、なんだって」

 嬉しいことだと思うけど、それならこんなに暗く言わないだろう。

「だからさ、人はもちろん、魔物とか、他の種族からも、口を揃えて、化け物、って言われ続けてさ」

 化け物、ね。じゃあやっぱり、カミュさんが異様なまでに怯えるのは、そのせいか。

 どうにかして、そんなことない、ってこと、思い知らせてやらないと。

「かわいくて、かわいくて、それから、かわいいのに、カミュさん」

「全部同じだよ」

「まだそれくらいしか知りませんもん」

 言うと、小さく笑みを零してくれた。ほら、こんなにかわいい。

「ありがと。……別にね、周りからそう言われるのは、どうでも良かった。けど、お母さん達にまで、言われてさ」

 ぎゅっ、と力が込められた。

「頭の中、ぐちゃぐちゃになってさ、気づいたら家を壊してた。三歳の子供がだよ?」

 声に涙が混じった。

「やっぱり化け物なんだ、って、思っちゃって……!」

 ベンチの一部が砕けた。私の手が無事なのは、魔人化の影響だろう。それでも凄く痛いけど。当時のこの娘の心は、どれだけの痛みを受けたのか……。

「もう、とにかく消えたくなった」

「そんなの許さない」

「へ……?」

 なにやら呆気に取られた様子のカミュさん。

「え、どう、して?」

「どうしてって、一緒にいたいからに決まってます。なに当たり前なこと聞いてるんですか?」

「え、いや、え? ごめん、ちょっと待って」

「はい」

 頷いた隣でカミュさんは膝を抱え、顔を埋めた。あ、手、離れた。おぉ、くっきりばっちり手形が。

 とりあえず喉を潤しましょうそうしましょう。むぎむぎ麦茶のむのぎの茶~。

 やっぱりお茶は麦茶だね。一番ほっとする。

「えと、さ、ハクちゃん」

「はい?」

 くぐもった声で呼ばれて見ると、カミュさんは赤い顔で正面を向いていた。

「なんでしょう?」

「うん、その、今のって、本心?」

「今の? ……一緒にいたいからに決まってます?」

 首を傾げて、自分の言葉を復唱する。

 向けられた視線は、弾かれた様にまた前へ。ついで頬の赤みが増し、小さく頷かれる。

「本心ですよ? はい、麦茶」

「あ、うん、ありがと」

 両手で持って喉を鳴らす女の子のかわいさは異常。ほら、白い肌にうっすら汗まで滲んで、妙な色気まで出てる。そういえば、昨日寝る時思ったけど、カミュさんって良い匂いするんだよね……、落ち着くって言うか、懐かしいって言うか、凄い安心できた。

「なんででしょうね?」

「ふぇ? なにが?」

「……いえ。暑いですねぇ……」

 と言いつつ肩に寄りかかる。

「いやあの、ハクさん? 言動に、不一致が見られるのですが?」

「カミュさん、やっぱり良い匂い……」

 なんでだろ? ずっと前にも、誰かとこんな風に寄り添って……。

「すいません、眠くなって、きちゃいました……」

「え!? ちょ、ここで寝られたら私どうにもできないよ!? ねえ!」

「ぁ、これ、ほんとに――」

 だめかもです。

 言葉を紡ぎ切ることはできず、意識は穏やかな暗闇に包まれた。


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