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にわ。

 暗い暗い、赤い空が、そこには広がっていた。

 下から聞こえるのは、立て続けに起こる爆音、怒号、悲鳴、断末魔の叫び、この世にある負の感情全部を込めた様な声々。

 なんとなく、浮いてることを理解した。

 首を上に向けて見れば、そこには燃え盛る巨大なお城と、色とりどりの閃光を放つ何か。

 反転して下を向けば、地を埋め尽くす数の人間と、伝説上の生物であるドラゴンや、見たことのない形をした生き物達が争っていて。

 これはネコさんが言っていた、魔王軍対勇者軍の戦いなんだ、と理解した。

 ドラゴンが吐いた炎は、人を灰にして地を焦がす。

 誰かが放った眩い閃光は、ドラゴンを縦に二分して地を揺らす。

 角を生やした人間の鎌は、人間の胴体を切り裂く。

 お城から放たれた砲弾は、敵味方関係なくバラバラにする。

 これは、ネコさんの世界では当たり前なのかな?

 ――者共おおおおっ!! 剣を収めよっ! 剋目せよっ!

 これだけの轟音が鳴る中で、その声は一切の淀みなく響き渡った。

 静まり返り、誰もが目を向けた先は、お城の最上階にあたる部分。左手に黄金の剣を握り、銀に輝く鎧に身を包み、掲げた右手に何かの首を持つ純白の少女が、威風堂々と立っていた。

 その奥で、青白い光が弾けた。気付いたかも知れないのは、紅い少女と、棺桶を背負った少女と、小柄な銀髪の少女。

 ――魔王――――はこの勇者! カミュア・アトワイトが討ち取った! 魔王軍は武器を収め、降伏せよ!

 勇者が掲げる首は、漆黒の髪が横一線に斬られていて、鮮血が滴っていた。

 どよめきは魔王軍から起こり、転じて人間達は声を上げ始め。

 ――オオオォオオオオオォオオオオッ!!

 空間さえも震わすときの声へ変わった。

 あの首は偽者だ、と。見た瞬間、私はどこかで直感していた。


 どこからか聞こえてきた鶏の鳴き声に、意識が浮上する。

「…………あ、さ?」

 間違えようのない太陽の光が、窓から差し込んでくる。

 ぼやける視界の真ん中には、仰向けに眠るネコさん。

 えっと、……あ、そうだ、魔力をあげて、そのまま……。鶏は、この辺だと小学校……二キロは離れてるのに。

「ぁ、まじん、か……?」

 起きれば既に魔人。ネコさんは言っていた。

 自覚してしまえば、大きな音はもちろんのこと、些細な音も聞こえてくる。子供たちの元気な声、井戸端会議の内容、どこかのテレビの音と入り混じって、聞き取ることは出来ないけど。

 聴覚以外に変化を感じないのは、これって――。

「存外勘がいいのだな」

 チョコトーストの最後の一欠片を食べさせ、背中を撫で。

 餌付けしてる気分……、間違ってない、のかな? 和むからいっか。細かいことは細切れにしちまいな、っておばあちゃんも言ってたし。

「そう、何も一度の魔力供給で完全な魔人になる訳ではない。お前の場合は、まず聴覚からだったのだ。昨夜も言った通り、一度にもらう魔力は微々だからな。身体機能は軒並み上がっているだろうが。もう少し右、あぁ、そこだ、ふぅ~」

「片耳だけでも、すごく沢山聞こえる」

 休日のお供、白ワンピースに着替えてお戯れ。

 聞こえ過ぎて疲れると物申した所、ネコさんがどこからか取り出したのは黒い耳栓だった。それを嵌めたらあら不思議、左耳からはなんにも聞こえなくなった。

 騒音で眠れない人にあげたら大喜びしそう。

「慣れさえすれば調節できる。そうだな、その頃にまた頂くとしよう。この姿なら、あれで一月はつのでな」

「ん、分かった」

「おぉ~、昨日の今日だと言うのに、的確にツボを撫でおるわ~」

 夢のこと。カミュアさんの叫びで唯一聞こえなかった、ネコさんの名前のこと。

 今はただ、こうしてネコさんとのんびりしていたくて、触れなかった。

「ねぇ、ザ・オンって、どんな世界なの?」

「ん? どんな、か。う~む、世界を言葉で表現すると言うのは難しいな」

「……確かに、そかも」

 地球ってどんなとこ? なんて聞かれても、青と緑の星です、としか私は言えない。間違ってる訳でもないし。そもそも、そんなこと聞かれないだろうし。

「人間に加え、魔族、エルフがおることは変わらんな。だが、魔物と精霊の類がここまで少ないのは驚きだ」

「へぇ――へ?」

「道理で、このニッポンという島国は平和な訳だと、妙に納得――なんだ? おかしなことを言ったか?」

 手が止まってしまった私に向けられる瞳からは、自分の発言に対する疑問が見えなかった。

「え、と、エルフとか魔物とかって、この世界にも、いるの?」

「ん? エルフやら魔族やらは、世界によって違うが、魔物がいない世界など、神々の住まうアヴァロンだけだ。多かれ少なかれ、どこにでも存在する」

「そう、なんだ……」

「辺り一帯自然ではあるが、ここまでは来んさ。大抵は奥深く、人の手の届かぬ場所にいるからな、心配するな」

 不安を先回りして答えてくれたけど、同時に疑問が浮かんだ。

「……でも、ネコさんって魔王でしょ?」

「なんだ、疑っているのか?」

 じと目かわいい。

「ううん。ただ、ネコさんの気配? 力に引き寄せられる、みたいなことはないの?」

「あればとっくに姿を現しているだろう。もう七日経っているのだぞ?」

「ネコさんの力が感じられないくらい弱かったからだよね、それ」

「…………あ」

 ネコさんがぽかんと口を開けた時、

「ごめんくださ~い」

 そんな声が聞こえた。

 私もネコさんも、同時に肩を跳ねさせる。

「魔物とどっちがよかった?」

「魔物だな」

 なんという即答。

「……て、いや待てハクノ、お前、なぜ分かった?」

「夢で見た」

「な――」

 目を見開いたネコさんは一旦放置して、玄関に向かう。

「今開けます」

 鍵を外して、ドアを開いたそこには、

「こんにちは! 魔王を追ってきました、カミュア・アトワイトです!」

 熱気にも太陽にも負けない、眩しい笑顔で敬礼する勇者さんがいた。


「きゃー! なになに! なんでこんなかわいくなっちゃってんのよノワールったら! 抱かせろー!」

「ぬぐわっ! き、貴様離れんか! 昔っから事あるごとに引っ付いてきおってからに! ハクノ! 見とらんで助けろ!」

 招き入れたカミュアさんは、早速熱烈なハグをみまった。当のネコさんは嫌がってるけど、本気じゃないっぽい……。

「ところでカミュアさん、ここまでその格好で来たんですか?」

「え、うん。なんか、道行くみんなびっくりしてたけど、そんなに変かな?」

「変ではありませんし、寧ろ似合ってますけど。鎧に剣は、この国だと危ない人に見られます」

 夢で見た銀の鎧ではないけど、鎧って時点でアウト感がとんでもないことに。

「おい、なぜ私を無視する?」

「サイズは同じくらいだと思うんで、これ着てください」

 タンスから差し出したるわ、黒ワンピ~ス。

「お、ありがと~。いやぁ、結構暑かったんだよねぇ」

 受け取ったカミュアさんが胸をぽんと叩くと、全身の鎧が音もなく消えた。肌着は汗を吸ったようで、殆ど透けてらっしゃる。

「着替えの前にシャワーですね。使い方、分かりますか?」

「いや、何から何までごめんね~、分かんないから教えて?」

「はい」

「おい、だからなぜ私を無視する?」

「…………カミュアさん、こっちです」

「うん」

 お風呂であれこれ説明して戻れば、ネコさんは毛繕いに勤しんでいた。

「まったく、カミュの奴ぬお? どうした?」

 小さな温もりを抱きしめて、その場に座る。

「なんか、もやもやした」

「は? もやもや? 暑さにやられたのか?」

「……分かんない」

 よく分からない、苦しい。

「から、しばらくこうさせて」

「……まあ、いいが」

 ネコさんとカミュアさんの間に、確かな絆みたいな物が感じられて。お互いに全く遠慮がなくて、そんな二人を見ているのが、嫌だった。……初めてだ、こんなの。

「……ねえ、ネコさんは、いつかザ・オンに帰るの?」

「ああ。例え留まろうとした所で、世界がそれを許さんからな」

「どういうこと?」

 鼓膜を叩く水音と、陽気な歌声の中、

「世界と言うのは、中々に面白くてな」

 そう言ったネコさんの声は弾んでいた。

「世界と世界の間には、時空間を断絶する壁がある。神々でさえも、極一部の者しか越えられない壁だ。無論、我らが超えることはできん」

 超えられない……のに、ネコさんもカミュアさんもここにいる。てことは。

「どんな時に、超えちゃうの?」

 驚かれた様な気がしたのは一瞬で、聞く間もなく話は続いた。

「二通りあってな。一つは、神に連なる者が干渉した時だ」

「巫女さんとか?」

 御家に伝わる神様とか、それに近い存在を奉ってたり。

「そういうことではない。文字通り、神の血を引く者のことだ」

「おぉ、なんか凄そう。…………あれ?」

 ネコさんがここにいるのは、カミュアさんが飛ばしたから。え、つまり……。

「カミュアさんは」

「ああ。カミュの――アトワイトの祖は、全知全能の神ゼウス。神々の頂点に座す、絶対神だ」

 やけにあっさりと、とんでもない事実を知らされた。

「アトワイトの直系である者は、いつでも好きな時に世界から世界へ渡ることができる。持って生まれた力によって、幾らか制限が掛かるらしいがな。その辺あいつは天賦の才とでも言うのか、枷はないそうだ。実際、だからこそ私はここにいるのだろうしな」

 ネコさんがそんなことまで知ってるのは、それだけカミュアさんが、ネコさんを好きだから、なのかな?

「そしてもう一つ、私が面白いと思うのがこれだ」

「え? あ、壁を越える?」

「ああ。世界の至る場所、この部屋の中でさえ、多くの境界線があるだろう?」

「境界線」

「そう。例えばこのテーブルの下に行くとき、足と足の間から入る」

 軽快に飛び降りたネコさんが、テーブルの下に入る。覗き込むと、真ん中で尻尾を揺らしていた。

「今、私が超えたのは、この空間と外を分ける境界線だ。……魔力を張ったが、見えるか?」

「うん」

 足と足の間に、黒く薄い壁がある。

「四方をそれで囲めば、ここは一つの世界として成立する」

「……世界って、そんな簡単にできるものなの?」

「何を以って世界とするのかは、今もハッキリしていない」

 と言うか、することはないだろう、と苦笑して続ける。

「が、諸説ある中の一つに、全方位が閉ざされた空間に生物がいること、とあってな。なるほど、と私は思ったのだよ」

「どうして?」

「さあな。しかしだ、この集合住宅、アパートと言ったか。その一室であるここは、ヨシロハクノの世界だろう?」

「……あ、うん、確かに」

 そっか。この部屋も、閉ざされた空間。てことは、おぉ、この日本だけで億近い数の世界があることに。

「おぉ、すごいよネコさん。世界が沢山あるよ」

「っ! あ、ああ、そう、だな」

 見開かれた金の瞳に写る、笑顔の私。こんな風に笑ったの、初めてかも。

「こほん。境界は、何かが超える度に少しずつ歪んでいく」

「うん」

「そうして限界を迎えた境界を超えた時、そのモノが世界に相応しくなければ、相応しい世界へ飛ばされる。世界の意思によってな」

「う……? どういうこと?」

 世界に相応しいかどうか? どうやって判断するの、そんなの……?

 テーブルの下から出てきたネコさんに合わせて、体を起こす。膝に乗ったその背中を撫でると、優しい感触が返ってくる。

「一定以上の魔力を持ち、それに気付かない者。気付いていて隠している者は、どちらも危険因子でな。前者はいつ暴発するか分かったものではないし、後者はやがて暴走する恐れがある」

「うん、なんとなく理解できる」

 そういう、世間一般の普通とは違う力があったら、それを持ってる人は、良くも悪くもどこかで歪む。

「話が早い。そんな爆弾がうろつくのは、世界からすれば不安でしかない」

「……だから、爆発しても大丈夫な世界に……?」

 ネコさんは頷いた。

「それって、その人達の意思は?」

「世界が優先する物は、個ではなく全。一人二人消すことで億を救えるのなら、安い代償だろう」

 飛ばされた人は、別の世界で生きる。確かに、そういうことを望む人なら、それは願ったりなことかも知れないけど、そうじゃない人は、何を思うんだろう?

「私はカミュによって、ここに飛ばされたからな。なにより、私自身がザ・オンに帰りたがっている以上、むやみに飛ばされることはあるまい。いやはや、やはり面白い物だ、世界と言う存在は」

 明るく笑うネコさんに反して、私の心は暗い。

 帰りたいと思うのは、それはきっと当たり前だ。いきなり見知らない場所に連れて行かれたら、早く帰してよ、って誰でも思う。

「ネコさんは、どうして帰りたいの?」

 でも、聞かずにはいられない。

 口は勝手に、疑問を吐き出していた。

「なに、私はザ・オンが好きだからな。それだけだよ」

 静かな言葉に込められていた、収まり切らない熱。

 ネコさんは、カミュアさんによってこっちに飛ばされた。カミュアさんは、いつでも世界を渡ることが出来る、超能力を持つ女の子。

 なら、ネコさんが、カミュアさんに一言、帰りたい、とそう言えば――

「は~、さっぱりしたぁ」

 思考で手が止まってる間に、カミュアさんがシャワーを終えた。

 無駄な脂肪の一切が見受けられない細い体と紅潮した肌に、なんとも言えない色気を感じる。頬に張り付いた髪も、原因の一つかも。

「冷蔵庫に、水が入ってるので」

「開けて良いの?」

「はい」

「では、遠慮なく。お~、涼しい~」

「おい、長時間開けておくなよ? お前の家ではないのだから」

「と、そうだった。って、ノワールん家でもないでしょ~?」

 ご冗談を~、みたいな感じの笑顔は。

「いえ、ネコさんは私が拾ったので、ここはネコさんの家でもあります」

 それは、ささやかな所有権の主張だった。今ネコさんと一緒にいるのは、この私なんだぞ、と。そんな、浅ましくて醜い、勝手な独占欲だった。

「へ……?」

「はい」

 見事にぽかんとした表情で固まり、その手から500mlのボトルが落ちた。開ける前で良かった。

「まあ、そうなるな。狭苦しいのは何だが、不思議なことにもう慣れた」

「……ぇ、そう、なの?」

「ああ」

 そういえば、全然文句言われてない。

「え、て言うかノワール、拾われたってどういうこと?」

「いや、どういうことも何も、お前が弱体化なんぞかけるからだ。この姿を維持するだけで手一杯な上、昨日は雨。コイツに会っていなければ、本気で危なかったぞ」

「そんな弱ってるようには見えなかったけど……思い切り元気だったよね?」

「会っていなければ、と言ったろう? あの数分前まで声も出せず、雨を凌ぐだけで精一杯だったのだ」

 脳裏を過ぎったのは、雨の中で一切濡れてなかったネコさん。

「そういえば、なんで濡れてなかったの?」

「薄い魔力障壁を張ると同時に弾いた、とそうだな。折角の機会だ、お前も基本的なことは習得した方が良いだろう。魔物にも会うだろうからな」

「え、普通に会いたくない」

 魔物が私の想像している様な、ゲームに出てくる様な存在なら、会いたくない以前に見たくない。あんなのを目の前にして正気でいられるなんて、主人公達は絶対おかしい。

 けれど、そんな私の願望は虚しく、無理だ諦めろ、と一刀の下に切り伏せられた。

「……うん」

 抱く腕に、そっと力を込める。ネコさんのまなざしは、温かい。だからかも知れない、そんなに深刻に考えなくても大丈夫、と思えたのは。自分が、より醜悪な存在だと思ったのは。

「あ~、まさかそんなことになるとは思ってなかった。余計な敵とかに感づかれない様にって思ってだったけど、ごめんね?」

「ん? うむ。では、この件はこれで手打ちだ」

 お互いをよく分かってるんだな、とまたもやもやした物が、胸に渦巻いた。

 もう、いい加減理解した。

 これは嫉妬だ。こんなに、ヤな感情だったんだ。どうしたら、良いのかな……?

「本題だが、お前はなぜこの世界へ? 止めを刺さなかったこと、転移させたことも、もう良いが」

 言われてカミュアさんは、頬を緩ませる。

「勇者なんて称えられてもさ、やっぱり普通に人間なもんだからさ、ノワールがいない世界なんか、意味ないなって。だから、ホントにあんたを追ってきただけなんだ」

 人間……、うん、カミュアさんは、どこから見ても人間だ。ネコさんが大好きで、殺すことなく助けて、追い掛けてきて、可憐に笑う。

 どこにでもいる、優しい色をした、女の子だ。

「みたいだな」

「えへへ」

 呆れつつも笑うネコさんと、頬を染めてはにかむカミュアさん。純粋に、良いなと思った。けど、それはそれとして。

「カミュアさん」

「ん? なに?」

「体、ちゃんと拭いてください」

「へ? ……あ゛っ!」

 冷蔵庫の前には、大小数個の水溜りが、ぽつぽつと出来ていた。

 やれやれ、とでも言うようなネコさんの溜息が、なんだか大きく聞こえた。

 で、片付けの後。

「カミュ、なぜここが特定できた?」

 あぁ、と思って、私もカミュアさんを見る。

 ワンピース、似合ってます。白と黒のコントラストって良いよね。てきとー言いましたごめんなさい。似合ってるのはほんとです。かわいいです。

「それがさ、昨夜までは全然感じなかったんだけど、今朝になったら妙にハッキリ感じてね。あ、この先にノワールがいる、って」

「……?」

「お前の魔力を貰ったことで、私が回復したからだろう」

「なるほど」

「え、ハクちゃん、ノワールに魔力あげたの? ちゃんと合意の上で?」

「はい」

 いきなり愛称をつけてくるとは、リア充か(偏見)。

「驚き呆れる程素直にな」

「四、五回ため息ついてたもんね?」

「私でなくともそうなる」

 うんうん頷くカミュアさん。反応からして、魔力をあげることがどういうことかは知ってるっぽい、……知ってて当たり前……?

「魔人がどういうものかまでは、いくら口で言った所で分からんからな。そこが気がかりではあったが、全く慌てることなく順応したよ。その上、少しずつ魔人になっていくことにも感づいていた」

 一泊置いて、

「なんと言うか、コイツがこの世界に生まれたことが不思議でならん」

 なんだかとんでもなくフラグっぽいことを言われた。

 でも、こうしてネコさん、カミュアさんと会って、話を聞いて。そこにおばあちゃんの話を加味して考えると、地球ここじゃないどこかで生まれた可能性も、十分ある。気がする。……言った方が良いかな?

「そうだね……あ、そうだ。肝心の相性はどうだったのさ?」

 悩んでる間に、話は進む。

「あいしょう?」

「ただ貰えば回復する訳ではなくてな。お互いの魔力が合っていなければ、最悪両者共に死ぬ」

 その言葉は、どうしてだろう? とてつもない重量を持っている筈なのに、葉っぱより軽いものに聞こえた。

 私とネコさんは、何があってもそうならない。そんな、確信めいた直感があった。

「が、そこはなんの心配もいらん。私とコイツの魔力は、質がほぼ一致している。ズレも数%、いや、零コンマ程度だろうな」

「えぇ~……いよいよもって不思議だね。……それはそうと、ハクちゃん」

「はい?」

 話を変えたカミュアさんはもじもじといじらしく、かわいらしい。学校にいたら二日に五回は告白されるタイプと見た。

「あの、さ、わ、私も、ここにいさせて、もらっちゃ、だめかな?」

「良いですよ?」

 幾らかの間を置いて、軽っ、とネコさんとカミュアさんはぴったり同時に驚いた様子だった。

 サブカル文化が発達したこのニツポン帝国、乙女の頬染めと潤んだ瞳の上目遣いに勝てる物はないよね。冗談です……半分だけ。

「住むのは全然問題ないんですけど、日用品とかどうします?」

「そこは心配ナッシング! 見ててよ~……せぇりゃっ!」

 元気に立ち上がり、肩を回してカミュアさんが腕を突き出すと、壁の向こうに部屋が見えた。小動物のぬいぐるみとかいっぱいあって、すごいファンシー。

「こうやって空間を繋げば、お引っ越しも楽々なのです!」

 うん、確かに楽だよね、これ。小物と着替えを何式か持って来るだけで良いし、忘れてもすぐ取りに行けるし。

 でも、これ……、あ、ネコさんも同じこと思ってる。

「あの、カミュアさん」

「なあ、カミュ」

「んぁ?」

 早速お引っ越しを始めようとしてたんだろう。穴に片足突っ込んだ体勢で振り返られる。

 向こうから見たら、壁から足が……、どう足掻いてもホラーですよね。まあ、それはともかく。

「これ、ここに住む意味なくないです?」

「これは、ここで暮らす必要があるか?」

 ぴしっ、とカミュアさんと空気が固まった。開けられた穴も、どこか気まずい感じを出してる気がしないでもない。

「いえ、さっきも言った通り、住むことは問題ないんです。けど、そうして、いつでも行き来が出来るのであれば、こちらに身を置く必要性が感じられない気がしまして」

「私は魔力が不足しているから、当分そっちで暮らすことは出来んが、と言うか、死んだことになっている以上、簡単に帰れんが。お前は、特に困った事態に遭っている訳でもないだろう?」

 当分暮らせない。つまり、当分帰れない。

 真っ先に嬉しさが込み上げてきた。直後に襲ってきたのは、自己嫌悪だった。

「……わたし、いらないこ……?」

「はい?」

 思わぬ発言に、すっとんきょうな声が出た。

 いやだって、裾握り締めて涙浮かべてぷるぷるしてるもん。急にそんな状態変化されたら、誰でもビックリする。アリさんが蝶に変わった時くらいビックリする。落ち着け私。

「わたしが、おっきいちからもってるから? それがこわいから?」

「力? ゼウスさんの直系とは聞きましたけど、怖いなんて思ってませんよ?」

「ふぇ……?」

 本格的に泣き出してしまいそうだったカミュアさんは、目をぱちくりさせた。ネコさんも、少しだけ反応した。

「こわく、ないの?」

 寧ろどこをどう怖がれば良いのか。

 おっぱい飲んでる子猫さんから恐怖要素を探せ、みたいな気しかしない。なにそれ超難問。

「ほんとに? ほんとのほんとに、かみゅのこと、こわくない?」

 ミニ白乃が脳内で悩んでる間に、カミュアさんの顔が目の前にあった。

 まゆをハの字に、黒い瞳を潤ませ、頬を紅潮させて、引き結ばれた唇はぷっくり鮮やかで。四つん這いのその姿が、幼い雰囲気とは正反対に蠱惑的で、惹き込まれそうになる。

 でも、どこか冷静な部分が、ほんの少しだけ、少女の生い立ちを考えさせてくれた。

 勇者と称えられた、神々の王の血を引く、年端もいかぬ少女。

 ある程度を遙かに上回るであろう魔力を持つこの娘は、周囲から何かを押し付けられることが、生の半分以上を占めてるのかも知れない。

 きっと、同い年くらいの少女は、けれど、それらに応え続けてきたんだろう。

 力が怖いから、自分も怖い。

 力への評価が、自分への評価。

 まず見られるのは、力だったのかな? 力が原因で何かあったから、そう思う様になったのかな? ……今は、関係ないか。

「うん、ほんとのほんとに、かみゅちゃんは怖くない」

 今は、不安に揺れるこの娘を、真っ正面から受け止めよう。

 ふわふわの髪を撫でて、ほっぺたを撫でて、涙を拭って、頬をうにょん。

「ぷはっ!」

 ネコさんが吹きだし転げ落ちて、お腹を押さえて蹲った。ツボに入ったらしい。

 カミュアさんは、

「うゅ~、あにひゅふの~?」

 嬉しそうに、目を弧にしてる。

 手を離して、また頭を撫でる。もっとして欲しいのか、私とカミュアさんの膝がくっついていた。

「いらない子なんかじゃない。かみゅちゃんは、ここにいて良いんだよ? ふあんな時は、わたしもネコさんもいるから」

 あぁ、そうだ、ここにはネコさんがいる。この娘がここで暮らす意味は、それだけで十分だったんだ。好きな人の傍にいることが、この娘には必要なんだ。

 たったそれだけのことだった。

 だから、私とネコさんの言葉が、カミュアさんには、存在否定に聞こえてしまった。

 それは、誰でも不安になっちゃうよね? ごめんね? もう、そんなことしないから。

「きょうからよろしくね? かみゅちゃん」

 両手を包み込んで、少し下から覗き込む。

「えへへ、よろしく」

 少女の手の平から伝わってくる体温は、心安らぐ温かさだった。


 一日にも満たない二人暮らしは終わり、三人暮らしが、また新たに始まる。



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