Vanguard(5)
周囲には暗闇の中、緑色のワイヤーが張り巡らされている。
曲線と直線が縦横無尽に行き交い、漠然とした輪郭が浮かび上がる。
その表面に、種々のテクスチャが次々と貼り付けられていけば、視界一面に広がるのは円形の神殿じみた儀式場だ。
「おー、ここがゲーム世界か」
きょろきょろと周囲を見回し、現実の物と瓜二つの仮想空間を視覚的に堪能してから、自身の手足を確認する。
先ほどキャラクタークリエイトしたものと寸分違わぬ、新しい自分の手足がそこにある。
次に確認したのは、メニュー画面だ。コックピットを空中に表示させて、装備周りを一通り見る。
先ほどのチュートリアルジトこれも変わらない。
アイテム項目には回復薬が二個あるが、それだけだ。
初期の所持金は10000v。
世界内での通貨単位が果たしてどれ程のものか判断が付かないので参考程度だ。
しばらくは慎重に使おうか、それとも大胆に行くべきか。
「とりあえずは、最初の街に出てからだな」
ショップを見てからが一番話が早いと、出口を探したところで――異常に気が付いた。
「なんだ?」
円形の儀式場は、新規参入者が参加する際に必ずここから出現するという儀礼的な場所だろう。
その出入り口は一つ、ギリシアかどこかの神殿じみた施設の出入り口から音がする。
慎重に近づけば、それはここしばらくの間、聞き慣れた音であることがよく判る。
銃声と爆発音。それに含まれる剣戟のSEだ。
「どういうことだ?」
咄嗟に武器を装備する。腰のホルスターに備え付けられた初期武器であるCz-75は素直に飛び出してくれた。
「初期地点だから、武器の装備制限でも掛かってやしないかと思ったけれど」
装填室に初弾を装填しつつ、壁を背中に出入り口付近まで近づいてから通路の様子をうかがった。
どうにも、T字になっているようで、左右に道がある。両方共に、突き当たりには扉が有り、その先にマップはまだ続いているようだ。
一度顔を引っ込めてから、どちらに行くかを自問自答する。自分は背中を右の壁につけている。左が正面で、通路を右に曲がるのは背面という関係だ。
見た限りではどちらが正しいのか判断は付かない。
なら、右でいいかと思考してから一秒。一歩目から全力でのダッシュを決め込み、先ほどまでと同じように、扉の前で壁を背中にそっと向う側を覗き込む。
すると、そこに広がっていたのは、
「うっわぁ……」
――戦場だ。それも割と酷い類の。
ここは、どうにもロビーの二階踊り場になっているようで、入り口から向う側には手すりと階段が見受けられる。
明るいのは、採光と芸術のため、天井にステンドグラスと窓が幾つかあるからだが、それ以上に、天井に大穴が空いているのが最大の理由だろう。
廊下から覗きうる範囲に於いて、破壊の痕跡は見つけられない方が難しい。
「というか、瓦礫か。天井に大穴と言う事はテクスチャも破壊可能って事か」
どうにもそういうことらしい。となれば、隠れていても不安は募る。
戦闘音は幸いと言うべきか、階下から聞こえてくる。
「よしっ」
踏ん切りをつけてから姿勢を低く走り出し、手すりの辺りへスライディングから、流れる動作でそれを背に。
見下ろせば本格的に、戦闘が目に入った。
階下では、数十人の参加者が見える。全員が何かの物陰に身を隠しているか、背中を壁につけて表を警戒している。
(装備を見るに、前衛職か……剣を持っているが大半だが)
大体八割がたが剣を持って鎧を着込んだ前衛職だ。その形状や、本数にはバリエーションがあったけれど、攻撃に特化しているとみて間違いない。
その中に一人だけ大きな鎧と盾を持った、ドワーフっぽい小柄で無骨な外見の人間がいるが、
(あー。あれ、あのときのおっさんか)
キャラクタークリエイト時に、どうやらスキャニングを選んだらしい。昨日の説明会の時に見たままの顔がそこにある。そうして考えると、なるほどどうして、前衛の壁役らしい職業はイメージに合っていると言えるだろう。
そのおっさんも、今は扉付近の柱に背中をつけて表を伺っている状態だ。
(それもそうだろうな)
階下の扉からは、先ほどから絶え間なく飛び込んでくるものがある――銃撃だ。それも、大口径銃による固定銃撃。察するに、ここからでは確認できないが機関銃クラスの銃撃が絶え間なく扉から飛び込んでいる。
そこに、頻度こそそれほどでは無いが、火球や更にはロケット弾らしきものが飛び込んでくるのだ。
(まいったな。ゲームのシステムも攻撃手段も理解していないうちにこれか)
考えるまでも無く出口は完全に封鎖されている。顔を出したら最後、命は無いだろう。そして、経験上、この手の行為を仕掛けてくる相手というのは単体では無い。また、数人が示し合わせてという単位でも無い。大抵の場合、この手合いの相手は――
(クランだな)
大体はFPSのオンラインゲームの用語、という認識だがやっていることもそのままなので、便宜上そう呼ぶ。
クランというのは、言い換えればギルドやチームと言ってもいい、あるいはサークルと言った集団組織の手合いだ。大体は、ゲームの仲間内での集まりと言ったところで、言葉的には氏族という意味だったか。
彼らの内の大半は、FPSに限らず、集団でプレイするタイプのオンラインゲームにチームプレイ的な役割をもたらすためのチームとして機能し、それは純粋にゲームを楽しむ為のものが多い。
クランに参加すれば情報交換も行えるし、メンバー間での交流も出来る。コミュニケーションを取りながらプレイできるゲームが大多数を占めるオンラインゲームにおいて、遠距離の仲間と定期的に連絡試合ながらゲームできるというのは中々魅力的だし、一つの売りだろう。
無論、ほとんどは何の問題も無い、ゲームを普通に楽しむためのクランだ。だが、何事にも例外はある。その例外の内の一つがスコアを上げるために談合などを繰り返すクランだ。
大抵は仲間内で、ボイスチャットによる話し合いや、あらかじめ決めたポイントで殺し合うことによりスコアを上げる。それだけならまだクラン内でのやりとりだから百歩譲ってましな部類とする。チームプレイが主なFPSのオンライン対戦においては、そのやりとりは中々に致命的だが、仲間以外には普通に撃たれるからだ。
最も最悪なのはリスボーン地点と呼ばれる、復帰地点に対し、組織的に待ち伏せをし襲いかかる手合いだ。それを効率的に行うクランは、手のつけようがない場合が多い。
そして、今目の前で行われているこの行為はリスボーン地点でないにしろ、この神殿がシステム上、そういった役割を持っていると理解した上で――待ち伏せている。
(新人狩りか――それも、組織だったたちの悪い)
更にそれをデスゲームでやっているというのは、輪を掛けてどうしようもない連中だと言う事だ。
そういえば、契約書にも、研究員の事前説明にも、ゲーム内の治安や空気がどうなっているのかについて一切触れられていなかった。
(意図的に伏せていたな、これは)
額にコツリと銃を当てて、考える。
いやほんと、勘弁して欲しい状況である。たいていの場合、こういった状況は詰んでいることが大半なのだ。相手は集団で、しかもこのゲームに対する知識という点で絶対的アドバンテージを持っている。
対してこちらは、確か二五〇人ほどのメンバーが居たと記憶しているが、
(階下には、数十人しか居ないじゃないか――ッ!)
死んだのか、それともまだキャラクタークリエイトが終わってないのか。サーバーが違う、と言う話は聞いていないので、純粋に初期地点が複数存在するという可能性も在る。
逆に言うなら、それだけの情報を隠されていたという事に他ならないわけで、なるほどどうして、あの研究員たちはやり手だったらしい。
事前にゲーマーたちが逃げそうな情報は隠せるだけ隠して、都合の良い部分だけを紹介する。口ぶりでは過去幾度か、このゲームに対して介入者を送り込んでいたようだから、状況は少なからず関知していたのだろう。そして告げたら逃げ出された経験も然り、という事だ。
(半ばはめられたようなものじゃないか、こんなの)
開始早々の八方塞がりだ。出入り口が一つしか見当たらない以上、顔を出したら死ぬ状況では打開のしようがない。
「相手の配置や状況の把握がもう少し高い精度で出来たなら――」
「お困りのようだね」
「――お?」
そんな、思わずといった呟きを聞きつけたのか、手すりを背中にしゃがみ込んでいた自分の隣に、すっと寄り添う影が一つ。
小柄な身体に、特徴的なアニメ声。
見れば、ふわふわのピンク色の髪を二つに結わえ、ふりふりのこれまた桃色と白を基調とした服に身を包んだ少女が居る。
「え、えぇっと……」
余りの場違い感に戸惑いを隠せずにいると、向こうが先に口を開いた。
「後衛職を選んできたからね、君の手助けをするよ」
「い、いや、手助けをしてくれるのはありがたいけど」
指を指し、
「――誰?」
問われた少女は数瞬の間、かわいらしくきょとんと首をかしげていたが、やがて合点がいったのか両手を打ち鳴らすと、
「そういえば、この格好だったね」
と自分の姿を見下ろし確認してから、
「分からないのも無理はないかもしれないね」
ストレージから、これまたマジカルな、☆のついたステッキを取り出すと告げた。
「フェラーリだよ。大蔵フェラーリ☆」
「――――――え?」
瞬間、凍り付いた。
いや、だって。え? えぇ? えぇぇ……?