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Vanguard(3)

 希望参加者全員が集められた説明会が終わり、解散となった宿舎には夜の十一時だというのに人影がまばらに見えた。

 某都市の郊外に建設されたこの宿舎は、最新の通信設備が完備されているそうで、電波ノイズや集団使用による回線速度の遅延なども一切無い、まさにオンラインゲームをやるためだけに建設された設備なのだという。

 大神一心は、夜闇を切り裂くように、煌々と窓から光が漏れ出すのを宿舎二階のバルコニーからぼんやりと眺めていた。

 手には食堂から適当に漁ってきた高そうなサンドイッチがあり、手すりには残りが置いてある。

 サラミか何かをハニーレタスかなにかで挟んだ、高級感あふれるサンドイッチを口に放り込んでから、もう片手に持っていた甘ったるいカフェオレで流し込む。

 一息。

 昼食後、すぐに始まった説明会のあとだから正直なところ空腹も限界だったのだ。

 人心地をようやくついてから、視界にバルコニーから見える景色を映す。


(あれが都心部で……その向こうに見えるのが海で、タンカーか何かの光かあれは)


 小高い山の上にあるこの施設からは都心が一望できる。

 深夜にもなろうかというこの時間でも――いやだからこそか。都会の摩天楼たちは夜闇に明るく光り輝いている。

 まるで、200万人もの人々が死と隣り合わせのゲームをしていることなど夢物語と言わんばかりに、そこには都会の日常的光景が繰り広げられているのだろう。


「やぁ。ここにいたんだね君は」


「あんたは……」


 佇んでいると、バルコニーの入り口から声を掛けられて。振り返り見れば、先ほどの説明会で見た覚えのある優男が一人。あの高そうなシャツを着込んでいた男だ。


「フェラーリだ」


「――は?」


「大蔵フェラーリ。僕の名前だよ」


 ――これまたすごい名前である。

 すごすぎて一瞬、名前だと認識できなかった。


「父が無類のフェラーリ好きでね。それから取ったらしい。なんでも最初は型番までつける予定だったらしいけど、さすがに英数字を名前につけるのは市役所に怒られたらしいよ」


 言いながらフェラーリさんはこちらの横に並ぶ形で手すりに背中をもたれさせた。

 彼も手には飲料の入ったコップを持っている。


「これかい? 厨房からくすねてきた酒さ。安酒だけどね」


 それをくいっと煽ってから熱っぽい吐息を彼は吐き出した。

 既に酔っているのかも知れない。夜風に混じって結構な酒臭さがこちらにも流れてきた。


「食堂じゃ、皆集まって酒盛りに晩餐会だ。君は参加しないのかい」


「生憎と、集団の中に居るのは――」


「――嫌いだって言ってたね。なるほどコミュ障だ。生きづらそうだね」


「それほどでもないよ」


 今の世の中、それなりに集団から外れていても生きていける。他人との接触は必須だけれど、集団の中にさえ入り込まなければ、後は個人と個人の会話でやっていけるものだ。


「なんとも寂しい生き方だね」


「ほっとけ」


 人に言われるまでもない。この生き方が寂しいなんて、誰にいわれるまでもなく自分が一番実感している。


「うんうん。よく判るよ、僕も集団なんて大っ嫌いだ」


 となりの高級車さんはそう言いながら夜空を見上げていた。

 遠く、星を見る瞳だ。実際には別の光景を浮かべているのかも知れない。


「金持ちをやっているとね、人って生き物が全部利害に見えてくるんだ。自分に得があるか、付き合うだけ損な人か」


 酒をあおり、一口。


「――やってらんないよね。そんな価値判断基準で世の中を見るなんて」


 言ってから、ケラケラと笑いながらフェラーリさんは続けた。


「金持ちなら、楽しみを追求すべきだ。世の中の贅沢を楽しんで、楽しんで――こんなにも楽しいことがあるんだぜ、ってみんなに知らせて夢になるべきだ」


 そう思わないかい、と問いかけられて、その通りだと素直に思った。

 金持ちなら、それが出来る。金がなければそれが出来ない。出来る立場の人間が、できうる限りの楽しみを見せびらかして、出来ない人の目標となる。モチベーションとなる。

 贅沢って言うのはそういうこと。余裕がなければ出来ないことで、余裕が無い人には雲上の出来事だ。

 そんな余裕に満ちあふれていそうな金持ちが、日常生活からして楽しみのない無味乾燥な生き方をしなければいけないなんて、そんな世界は――


「うん。ほんとうにその通りだ」


 ――そんな世界は、根本から何かが間違っているに違いない。

 だから、自分は素直にフェラーリさんの語る金持ちのあり方って奴に賛同した。

 この人は見事なまでに金持ちだ。どこからどう見ても分かりやすい金持ちで、鼻持ちならない存在で、しかし如実に羨ましい。そんな羨望と妬みの対象を見事に演じて見せている。


「君ならそう言ってくれると思ってたさ」


 フェラーリさんはそう言いながら満足そうな笑顔を見せて、一人酒をあおった。

 今度はコップの底が真上を向くほどに。一息で残りの全てを飲み干した。


「君は、大神一心だろう」


 問われ、素直に頷く。


「うん。都市伝説、キルレシオ・ワンハンドレットの男。FPSの天才、大神一心。聞き覚えがあるよ」


 言われて驚いた。


「よく知ってたな。ほとんど自分の情報なんて表に出てないのに」


「ああ、うんそうだね。君に関する情報はほとんど無かった。君が成し遂げてきた戦果ばかりはごろごろと転がってるのにね」


 そうなのだ。

 自分は割とテストプレイやオンラインゲームには参加しているし、大抵はメーカーからの指定が無い限りはプレイヤーネームも統一して【OGAMI】でやり抜いている。

 だから、戦果自体はそれなりの知名度があって、一人歩きして都市伝説にもなっている。

 キルレシオ・ワンハンドレッドもその一つ。かつて大規模オンラインゲーム内で回線おちの影響でたった一人になったチームが、相手チームを倒しきったという都市伝説に由来するそれは、実際の所は単なる事実そのものでしかない。


「敵から奪い取った武器を次から次へと使用して、ばっさばっさとなぎ倒し、気が付けば戦場に立つのは君一人だったとか」


「それは違う」


 ただ、たった一つだけ間違った情報があるとすれば、


「自分は手持ちのハンドガンとナイフ以外使ってない」


 そういうことだ。敵の武器を拾ったり、ましてやそれを使用したりなんてしていない。

 弾薬の補給もなく、初期装備のハンドガンとナイフオンリー。

 それだけで何とかしていくのが最初期からの自分のセオリーだ。

 まぁ、もっとも、これもメーカーの意向に左右されまくりの自分ルールだったりするのだが。

 個人的にFPSを楽しむときは、そのルールを犯したことは一切無い。


「今度はこっちが驚いた――僕もあの手のゲームは幾度となくやったことがあるけどそれはまた奇跡に等しい才能だね」


 目をぱちくりとさせながらフェラーリさんはそんなことを言う。


「そんなことない。ゲームシステムに保証されているんだから、難しいだけで、誰にだって出来ることだ」


 自分からすれば、システムに保証されていない金稼ぎをやってのけているフェラーリさんみたいな人の方が才能に満ちあふれているように思える。それも実生活に役立つ才能だ。

 才能に貴賤があるとするなら、間違いなく自分のこれは下の下だろう。


「うんうん、実にその通りだね」


 フェラーリさんは何だか楽しそうに頷いた。


「僕が君の事を知っていたのはね、なんてことはない、君にテストプレイを依頼したメーカーの数社の株を僕が持っているからさ」


 だから株主説明会なんかで知り合った役員から情報を得られたのだという。


「なるほど」


 そんな情報経路じゃ仕方ない。メーカーとは基本的にメールのやりとりばかりだけど、実際にあった回数だって一度や二度じゃ済まないのだから。


「そんな才能を持ってる人間に一目会ってみたかったのだけど――思った以上にいい人そうだね、君は」


 何より面白そうだ、とフェラーリさんは付け加えた。

 自分は彼をおもしろがらせるような何かをした覚えはないのだけど、どうにも楽しまれているらしい。楽しんでもらえているならまぁ、それでいっかと気にしないことにした。

 話も一段落した辺りで、少しの沈黙。

 少しだけ手持ちぶさたにしてからフェラーリさんは大人らしい態度で切り出した。

 

「うん。ゲーム前に君と話せて良かったよ。ところでコントローラーを使わないゲームだけど大丈夫かい?」


「問題ない。アクティヴモーションセンサー型のFPSでもリザルトを落としたことはないから」


「そっか。それを聞いて安心した――じゃあ、また明日」


 告げて、最後に一言。


「ゲームが面白いといいね」


 そのあっさりとした物言いが、何だかデスゲームに望む前日だなんて到底思えなくて。


「ああ、フェラーリさんも楽して金が手に入ると良いね」


 そうだね、と笑いながら去って行ったフェラーリさんのことが何だか割と気に入った。

 見上げれば星空がある。

 もしかしたら、現実世界で見た最後の星空になるかも知れないその光景を少し目に焼き付けてから。

 ちょっとだけの感慨と共に、フェラーリさんを見習ってあっさりとこの場を立ち去り眠ることにした。

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