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Vanguard(2)

 VRMMO『終焉の(End of)ヴァンガード(Vanguard)』は特異な経緯を以て製作が開始された仮想現実大規模多数参加型オンラインゲームである。

 最先端技術を惜しみなく使用し、製作されたこのゲームは超国家的プロジェクトチームによって先行研究されていた「仮想現実空間構築実験」の研究過程に製作された、更なる情報収集のための過渡的サンプリングの一つである。

 インターネットの次の世代を担う最先端研究として注目を集めていたこの研究は、参加するためのデバイスとして脳波干渉を採用する。形としてはメガネに近いそれは、着用すると端末から脳波に対して特定の電波が送られ、それに反応した脳波を今度はデバイス側が受信する。その送受信によって、デバイスと脳は接続され、コンピューター側に構築された第二の脳によって構築された擬似的な仮想世界へと“意識”が誘導される。

 その仮想世界内で行われるのは直感的インターフェースや人間のモーションを感知して反応を返すモーションインターフェースとも違う、第三の、言わば脳からのダイレクトインターフェースとでも形容すべき新時代の技術である。

 SF世界でよくあったインターネット世界への意識ごとのダイヴ。それが現実の物となったのに等しい。

 試験段階での成功を収めたこの研究と実験は、第二の段階として大人数からのデータフィードバックを必要とした。

 しかし、意識を丸ごとダイヴするというこの実験に対する倫理的、または精神的安全の保証が完全に話されておらず法的保護も得づらいのが現状であった。

 それらを解決するために、新たなゲームデバイスとしての普及と、説明。そしてゲームシステムのみに仮想現実を限定することによる安全性の確保を彼らは考え出した。

 その結果生み出されたのがVRMMO『終焉のヴァンガード』である。

 舞台は終わり行く世界『ラストリア』。

 プレイヤーはオープンフィールドで構築された広大なファンタジー世界を旅し、町や村で得られるクエストやストーリーをクリアしながらその世界で生活することとなる。

 最終的目的は、世界中央にある大樹の地下に存在するという魔王の城へ向かい、世界の終焉を止めること。

 一定期間の情報収集を目的とした、大規模オンラインゲームの提供は超国家プロジェクトという背景も在り、その倫理性の議論と共に大々的に宣伝された。

 また、ある程度の普及を目的としているため想像以上に低価格で提供されたデバイスは、予約注文が殺到し、ついには全世界規模での爆発的普及を果たすに至る。

 参加登録者数は全世界で一千万人以上。アクティヴユーザーは二百万人を突破し、連日のサーバー落ち騒ぎと共に大反響を記録する。

 政府の公的機関が運営するという他に類を見ないオンラインゲームは、開始数ヶ月の不安定機関の後に安定期を迎える。

 その頃にはのべ参加者は三倍に膨れあがりながらも、アクティヴユーザー数は保ち続けると言う完璧なゲーム運営を行うに至っていた。

 しかし、事件はその頃に起こる。

 事の発端はゲーム開発者の責任者であり、研究チームの主任の一人でもあった厳島という男の暴走であるとされる。この日本名を持つ研究者はゲームを通じてある仕掛けを施していた。

 それは、脳波干渉を行うデバイスの根幹プログラムを書き換え、対象者の意識をロックしてしまうと言うプログラミング。

 仮想現実世界からの脱出を禁じられたプレイヤー達は『ラストリア』に閉じ込められ、そこで一つの宣言を聞いたという。


『――本日から、この世界での死は現実の物と同じ意味を持ちます』


 厳島のデスゲーム宣言は、プレイヤー達には夢物語のように捉えられたと推測されている。事実か事実でないか判断が付かない彼らが、それを試そうと自殺を始めなかったのは奇妙なことに厳島の行い故であった。


『それではみなさんには実例をお見せいたしましょう!』


 そういって、厳島は皆の前で空から現れた巨大なドラゴンに喰われたのだという。

 続いて空中に投影されたのは、デバイスを着用してモニターの前に座る一人の男の映像。

 ライブと右上に表示されたそれは、少しの間、何の変化もなかったが、デバイスに一瞬稲光が走ると、男が一度脈打ち、カメラの前に転げ落ちてきたのだという。

 ドアップで映し出されたのは、瞳孔を完全に開ききり、鼻と耳と目から血を流した男の顔。

 消え去った厳島に変わって、マイクを取った別の男は、次のように明るく告げたという。


『――とてもわかりやすい実演でしたね。厳島さんに拍手を!』


 その声に拍手が上がったのかどうなのか。それはこちら(現実)に伝わってきていない。

 以上の事は、先だってこのゲームに介入し、死んでいった某国の特殊部隊な軍人さんをモニタリングしていて得た情報だという。


「――おわかりいただけましたかね?」


 暗い室内でスクリーンに今までの情報を提示しながら口頭説明していた白衣の男がそう言うと同時、室内に電灯がともされスクリーンが自動的に持ち上がっていく。

 対して、整列されたパイプ椅子に長時間座っていた聴者は一様に暗い表情を浮かべている。

 当然だ。眠いのである。

 時刻は既に夜の十時を巡っている。この部屋に集合したのは昼過ぎだ。約九時間以上はこの場で説明を聞き続けたことになる。暗い顔にもなろうというものだ。


「理解はしたさ」


 そんな眠気の入り交じった暗鬱とした空気の中、挙手をしながら最前列に座っていたがたいのいい男が一人立ち上がった。

 角刈りに四角い顔といったいかにもな体育会系の男だ。身長も高く、着ている白のTシャツは筋肉に押し上げられてぱんぱんに張り詰めている。


「理解はした――それで、俺たちはいつからゲームを始められるんだ」


 背後、座っている他の参加者達もうんうんと同意の頷きを返す。


「いやはや、みなさんの気持もごもっともですなぁ」


 一方で、研究者然とした白衣の男は九時間以上話し続けていたというのにまったく疲れを見せずにいた。細い柳のような身体に、針金のようなフレームのメガネを鼻の上に乗せている。

 機械的に貼り付けられた笑顔を浮かべながら、この男はずっとその場に立ち続けていた。参加者の視線を受けながら、ずっと。


「しかし、当方にも説明義務という物がありましてね。いやはや、これがなんとも面倒極まりない。手続き上の必須というやつでして」


「ご託はいい。俺は今失われたく時間が我慢ならないと言っているんだ」


 研究者のお為ごかしな答弁をばっさりと切り捨てた男は、今度は聴者の方を振り向いた。

 大きな身振りで両手を広げると、右腕を胸に叩き付ける。


「俺は、このゲームに妻が参加している」


 オープンβからの参加者だった、と彼は説明した。


「妻は、このゲームの中でまだ生きている。俺はそれを助けるためにここに来た。九時間の間に、妻の状況は悪化したかも知れない。そうだとしたら俺はこの状況と、俺自身を許すことが出来ないだろう」


 一息。


「他の皆も、それだけの理由を背負ってこの場に来ていると思うのだがどうだろうか」


「――大層な理由だね」


 次に立ち上がったのは、最後尾に座っていた優男だった。奇妙な柄の高そうな服を着ている。仕立てが半端じゃなくいいというのは、安物の蛍光灯に照らされているだけだというのに光沢を放つ衣服が自ずと物語っている。


「僕は金のためだよ。お、か、ね。株式トレードにも飽きてきたところだったんだ。このゲームをクリアすれば、莫大な褒賞を手に入れられる。僕はそれを目当てに来たのさ」


 聴者には事前に分厚い契約説明の冊子が配られている。

 その中にある成功報酬の項目には、一生涯の生活保障と、百億円の分割報酬がしっかりと明記され約束されていた。


「貴方みたいなたいした理由は持っていないけれど、皆だって大差ないと僕は思うんだけどどうだろうね」


 最後列から一同を見回しながら金目当ての優男は告げた。

 それに頷く者、憤慨する者、後ろめたさから目を逸らす者と皆様々だ。

 最初に立ち上がった妻がうんたらの男は腕を組んで顔を真っ赤に染め上げている。

 怒りを堪えている様相だ。

 そんな優男とは遠く離れた、出入り口付近にひっそりと佇んでいた自分もうんうんと頷きを返す。

 ついでに拍手も盛大に送った。

 なるほど、二人の意見は大神一心の中では大変に立派すぎて頭が上がらないほどだ。

 デスゲームに参加する妻を助けるためというのは余りにも美しすぎて、高尚だし、金のためというのも自分の欲にまっすぐで純粋だがしかし生活して行く上では必須とも言える心得に違いない。


「二人ともご立派、ご立派」


 ハラショー、ブラボーと賛辞を送りつつ自分の座席に着席する。

 先ほどまでは、ちょっとおなかの調子を崩してトイレに行っていた。戻ってきたら、お二人の大演説が開始されている始末。

 ちなみに、研究者の人が話してくれた内容は渡してくれた冊子に全部書いてあって、トイレついでに、大体熟読してきたのであった。


「何がおかしい、少年」


 さて、まだ話が続くならまた居眠りでもしようかと考えたところで、最前列の男が食いついてきた。


「おかしいなんて思ってないさ」


 本当に、心底これっぽっちも。


「ならその反応は何だ。小馬鹿にしているのでなければ何だと言うんだ」


「ああいや、これは単なるコミュ障という奴で」


「なに?」


「ついでに言うと集団の中に居るのが我慢ならない性質で――賞賛自体は純粋ですとも」


 話しかけるとテンパって、集団に見つめられるとどうにも落ち着かない気持になる。

 単にそんな小心者だってだけで、どんなテンションで賞賛していいのかまったく想像も付かなかったから多少投げやりになっただけなのである。

 最前列の男はと言うと、なにやら苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべ納得のいかないご様子。

 少し考えた末に、男は言った。


「少年。悪いことは言わないから、お家に帰りなさい。お前のような子どもの居るべき場所じゃないんだ、ここは」


 なるほど、男はどうにもいい人のようだ。

 妻を慮ってここに来ることからも十分に察しが付いていたけれど、これは善意と筋肉の塊のような人だ。きっと自衛官かその辺りの職業なのでしょう。責任感も強そうで、頼りになるおっさんである。


 だが――ただひとつ。勘に障ったことがある。

 だからスイッチを切り替えて、席を立ち上がり、男に向かって敢然と言い放つことにした。


「――勘違いするなよおっさん」


 唇を舐め、


「ここには愛しの誰かを救いに来たわけでも、ちょっとばかしの小遣いほしさに来たわけでもない」


 右手を突き出し、指さしながら、告げる。


「――俺は、ここにゲームをやりに来たんだ」


 それ以外の理由など、大神一心には必要ない。そもそも、ここはそういう場のはずである。

 理由は様々あれど、そも窮極的な目的はただ一つ。

 ゲームをやる。

 それだけだ。


「じゃまして、ごめんなさいね研究員の人。話を続けて」


 言う事言って満足したので改めて座席に着く。

 おっさんはというと、更に顔を真っ赤にして憤慨しているのが見て取れたけど研究員の人が立場無さそうにしているのをようやく察したのか、座席に座り直した。

 そんなおっさんが最前列に座っている威圧感に怯えながら、研究員の人は機械的な笑顔で言った。


「そ、それじゃあみなさん。今日はもうお休みいただいて、明日の十時からゲームを始めたいと思います」


 それまでは各自、割り当てられた部屋でどうかゆっくりとお休みくださいと。

 そう告げて、逃げるように去って行った。

 後に残されたのは、長時間の説明を聞かされてぐったりとした聴者達と、怒り憤慨するおっさん。そして金持ちの優男に、ほか多数。

 前方、既にしまわれたスクリーンに説明の始まり、描かれていた一文を思い出す。


「世界の救世主となって欲しい」


 呟き、なんのこっちゃと一人笑う。

 だが、事実、ある意味に於いて間違ってはいない。

 これからここに居る皆が挑むのは、世界が救える否かという生死を賭した二者択一なのだから。


 「面白いゲームだといいな」


 そうあることを心から望みながら、大神一心は席を立った。

 


 

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