Golden dusk
目の前には敵が居る。
名称を【ドラゴントータス】。
ドラゴンに亀の甲羅を履かせたような形状の敵である。
十分な距離を取って、左の膝をつく。
右足は直角に。
右腕は相棒であるFN ファイブセブンのグリップを握りしめ、左手はマガジンの下部を支える。
照星を合わせ発砲。
独特のライフル弾に似た弾丸は秒速650メートルの速度で飛び出し、命中する。
発砲は三発。
狙いは甲羅、脚部、頭部の三箇所。
ぱっと、青白いエフェクトが二度散る。
意味は破壊不能オブジェクト。
この世界に於いて、それは万物をもってしても破壊不能の意味を持つ。
残り一発――三発目の弾丸は赤いエフェクトを頭部に散らす。
意味は急所にダメージヒットあり。
この世界《仮想現実》に於いて、それは万物を殺しうる絶対急所の意味を持つ。
ダメージの通過によって、敵はこちらを認識した。
咆吼――。
雄叫びばかりは竜そのものといった大音声。
再現された黄金の麦穂を揺らす音の爆裂。
周囲、金色に輝く一帯はこれより退避不能の戦場と化す。
敵の上部に赤いバーの表示。黒い部分が一ピクセルほどあるのは先ほどのダメージ分。
バーの上には名称の表示。
【ドラゴントータス】の名称はこの時初めて空中に描写され、この表示が消えない限り、この敵は何処までも追いかけてくる。
トータスは咆吼の後に突撃を開始する。
亀の割には竜の膂力で、圧倒的速度をもってこちらに迫る亀の甲羅。
片膝をついての射撃姿勢ではこれを回避する術はない。
直撃は死を意味する。
一撃をもって確定する絶対的死。
豪速をもって迫るそれは、しかし――横合いからの衝撃で躱す。
死は背後へ通り抜け、横倒しに倒れ伏すのは生の証明。
見上げれば、己を抱きかかえ跳躍した金色の髪をたたえた少女が居る。
それは黄昏の空に朱をまとい、麦穂の輝きを受けて更に鮮やかに輝く金糸の煌めき。
悠々と立つその少女に、俺は一言、声を掛ける。
「――頭部に一撃。それで十分だ」
少女は頷くと、天へと向けて両手を掲げる。
蒼光のエフェクト。
それはアイテム出現の意を持つ。
召喚された少女の装備アイテムは、掲げられた両手に収まり、システム上に再現された重量をもってまっすぐに振り下ろされる。
それは白銀。
それは大剣。
二メートルという、持ち手よりもなお大きい規格外の大段平。
万物を断ち割るという特化した意志を放つ圧倒的存在感。
少女はそれを眼前に突きだし、反転した敵と相対する。
おぉ――。
咆吼――少女が上げるそれは、黄金の空に高く響き渡り、世界を突き抜けていく意志となる。
果たして。
少女の突きだした大剣は一瞬の煌めきを描き、竜の頭部を切り裂き抜ける。
斬撃は一瞬。踏み込みは刹那の瞬きすら許さず。
斯くして、敵の上部に表示されていたHPバーは1ピクセルの余地もなく消え去り0となる。
飛び散る緑色のエフェクトは、エネミー消滅の意味を持つ。
少女は剣を一振りすると、蒼光のエフェクトと共にそれをストレージに仕舞い込む。
その光が消え去らぬうちに、少女は風に紛れて飛んでいく燐光を追いかけるように空を見上げた。
高き空は夕に染まり黄金の輝きを見せている。
ここは仮想現実――コンピューター上に再現された人工空間にして再現映像。
ここにある全ては幻で在り、虚構である。
あらゆるものに実態はなく、遍くものは幻想だ。
――ただ一つ、ここに生きる者たちの生死を除いて。
◆
VRMMO『終焉のヴァンガード』はデスゲームである。
話は二ヶ月前に遡る――。