10話:嘘をつかない理由
――二千十四年五月二十一日水曜日。四月に引き続き茹だる様な気候が続く中、藍騎は、裏庭で授業をサボタージュしていた。裏庭は、人は滅多に来ない上に、校舎の窓からは殆んど死角になっている。唯一、見えるのが一階女子トイレだけである。それより上の階は木の葉が邪魔でよく見えない。そんな裏庭の木の根元で寝ていた藍騎の上に突如、何かが影を作った。
「えっ、人?わわぁっ、きゃっ」
ドサッと言う音とともに、咄嗟に対応できないほどの質量が藍騎の上に落ちた。
「うぎゅっ」
蛙の鳴き声にも似た悲鳴が藍騎から発せられる。そして、次に、慌てて意識を戻した藍騎は、頬を紅潮させる。目に入ったのは、水色と白のストライプ。
「な、なっ」
慌てふためく藍騎より慌てふためいたのは、上に落ちてきた女性だった。
「きゃっ、きゃぁあ?」
それも、疑問系の叫び声。
「えっと、ごめんなさいね、驚かせてしまったみたいで」
その声に藍騎は聞き覚えがあった。
「せ、先輩じゃないですか。えっとその大丈夫です」
「あら、キミ、スカートで隠れててわからなかったけど、あの時の新入生君?」
藍騎の現状は、身体を起こしたせいで女性のスカートを捲り上げた状態で、また、別の角度から見れば、スカートを被ったように見えなくも無い状態だ。無論、藍騎には、女性の顔が見えていない。
「えっと、どういう状況です?」
「んと、キミが、私のスカートに首を突っ込んでいる?」
質問に質問で返される形となったが、端的に言えばそうだろう。
「まっ、いいかな」
自分の痴態を待ったく気にしないあたり、図太い神経を持っている。
「ところでキミは、何でこんなところで寝ていたのかな?」
「いえ、ちょっと気分が優れなくて」
藍騎は、ありきたりな嘘を吐く。
「嘘ね。間違いなく嘘」
しかし、彼女はそれを嘘と断定した。ありきたりな嘘だが、本当に体調が悪い事だって考えられる。特に、この日のような暑い日は、木陰で涼んでいてもおかしくはない。それを断定すると言うのは一体全体何故だろうか。
「えっと、キミ、名前なんて言ったっけ?まあ、いいかな。私はね、嘘が分かるのよ。キミは分かりにくいけど、今のは確実に嘘だって分かったわ」
嘘が分かると言うのは、この頃の藍騎にはいかにも信じがたい話だった。まあ、後に、彼は、「真偽を見抜く魔女」と呼ばれた姫と出会っているので、あながち、その後ならば、信じたのかもしれない。
「そ、そんなわけ……」
「そんなわけあるのよ。えっと、そうそう、紫藤藍騎君だったね」
彼女は、ようやく思い出した藍騎の名を呼んだ。
「じゃあ、そうね……」
首を傾げ、暫し考える。その様子はさながら、童女の様であり、また、女性の様でもあった。
「まずは、スカートから顔を出してくれる?」
藍騎は、長時間見ていた表面積の少ない布地から目を離し、そして、頭に被っていたスカートを脱いだ。このように記すと変態の様にしか見えない。
「それじゃあ質問。全てに、いいえ、で答えてね」
そう言って、質問を始めた。
「妹はいる?」
「いいえ」
藍騎には妹はいる。しかし、「いいえ」で答えろと言うのだから「いいえ」で答えた。
「弟はいる?」
「いいえ」
藍騎に弟はいない。
「姉はいる?」
「いいえ」
藍騎に姉はいない。
「兄はいる?」
「いいえ」
藍騎に兄はいない。
「彼女はいる?」
「いいえ」
藍騎は付き合っている人などいない。それに今までにそう言った経験もない。
「以上、五個の質問で、答えに嘘があったのは、一つだけだね」
数は正解。
「妹さん、いるんでしょ?」
そして、答えも正解。
「どうして分かったんですか?」
「さっきも言ったでしょ。私には嘘が分かるの」
このことにより、藍騎は、彼女に嘘をつくのを止めた。まあ、彼女が本当に嘘が分かるわけではないと言う事実を、後に彼は知ることになるのだが――。




