起・3
年一投稿出来んかった……これからもスローペースですが、よろしくお願いします(土下座
「――……あ?」
男の口から、ようやく音が漏れた。
無理もない。自ら足を踏み込んだとはいえ、まさか人助けを頼まれるとは予想だにしなかったのだから。
言葉の意味だけは理解できた。しかし、それ以外のすべては理解できなかった。
「……なんで」
「やっと来た、人間。生命維持装置に、異常。修理、できない。救出と、保護が、欲しい」
一歩、男は少年から後ずさった。なんで、としか発言していないが、そこには『なぜ自分なのか』『なぜ自分でやらないのか』等と言った思いを含めていたのだ。整理しきれないながらも漠然と形にしながら口に出さないでいたそれらの疑問に、目の前の少年はすべての答えを示して見せた。
心を見透かされた、とまではいかないが、年端もいかない少年の見せた鋭さに、わずかながらの警戒心が今更ながら生まれ、男の足を一歩下げさせる。
「助けなければ、こいつは死ぬ?」
「そう」
“生命維持装置”がどんなものかは知らない。しかし、それが故障したから助けを求めてきたということは、言葉の指す通り装置を用いる者の命に係わる事態となっているのだろう。
男は考える。助ける義理は無い。対称が女だろうと男だろうと、その点は変わらない。しかし、そばにいるこの子供の存在が、不安を抱かせた。
なにしろ出会い頭に銃を突き付け合ったのだ。その銃は未だ少年の腕の中にあり、断りでもすればそれを再び突きつけられ、体にいくつかの新しい穴を作らされる可能性もあった。
撃たれる可能性自体は低い、と男は考えている。撃てばせっかくの救出のチャンスを失うわけであり、一刻も早い救助を望むなら無為に暴力で脅すより、説得によって協力を取り付けるよう努力すべきだろう。時間が許すのであれば、だが。
ただし、少年が暴発する可能性もある。なんにせよ、少年の顔に何も浮かんでいないことが様々な可能性を生み出している今、下手を打てる状況ではなかった。
なので男は思考を一周させ、自らの行動原理で動くことにした。
「……報酬は?」
「――?」
「報酬」
傭兵の行動原理の一つ、報酬。依頼された行為への適当な対価を求めたのだ。
少年の頭が、考え込むように俯いた。すぐには思い浮かばないらしい。
「……なにが、欲しい?」
「特にない」
本気で悩んでいたらしく、男に条件を決めてもらおうとしたが、男の方はこの“塔”に入った時点で半分以上の目標は達成しており、また少年の存在を確認した時点で残りの予定の遂行は諦めた。残りの予定とは、簡単に言えば打ち捨てられた貴重品の回収である。しかし主を失った物資を有効利用するために持ち帰ることはあっても、押し込み強盗に成り下がったつもりはない。よって、今現在は特に望むものなどなかった。
しかし、それで困るのは少年の方のようだ。
「……なにも無い」
何か報酬となるものはないか。辺りを見回してみるが、報酬になりそうなものは、少なくとも少年の目線からは見つけられなかった。
「なら、手を貸す義理は無い」
故に男は、少年を突き放す。
少年の目が揺らいだ。
「……このまま、死ぬ」
「俺に利益が無い。タダ働きは、ごめんだ」
「……」
少年は押し黙ってしまった。情に語りかけてみたものの、男は情では動かない人間らしい。
ふと、少年の目線が下がる。その目に映るのは、自らの両手に抱えた銃。無言で構えた。
対して銃を突き付けられた男は、自らの銃を抜くことはせず、観察するように眺めている。
「――それで脅すか?」
「……」
男の問いに、しかし少年は無言を返す。
暴発寸前になったか、と男は冷静な思考で現状を把握した。
自分の行動原理に基づいた時点でこうなる確率が高いとは思っていたが、結局その通りになるのか。
だが、かといって命をくれてやるわけにもいかない。まだ生きていたいのだから。
そこで、男は“模範解答”を示すことにした。
「――それ」
「……?」
すっ、と男が指したのは、少年が抱える銃。
「それを寄越せ。それでいい」
男の言葉に、少年の体から力が抜ける。呆気にとられているようだ。予想外の言葉だったらしい。
「……これで、助ける?」
「現状なら、充分だ」
報酬として差し出すことを要求された銃をまじまじと見つめる少年の言葉に、男は簡単に返す。
それならさっそく、と少年は銃を渡そうとしてくるが、男はそれを止めた。
「成功したら貰う。まだ、うまくいくとは決まってない」
傭兵としての、彼なりの矜持があるらしい。
「……生命維持装置に、異常。通常、冷凍睡眠は、解除され、解凍、復帰する。それが、プログラム。けれど、異常あり。作動せず、解凍シークエンスが、始まらない。現状、冷凍睡眠装置の、補助装置で、生命維持。けど、長く持たない。このまま、死ぬ」
「……つまり、今は凍死寸前なのか」
「ちょっと違う。餓死に近い」
男には細かい言葉は分からずじまいだが、少年の身振りも参考にしつつ単語を元に推測しながら、何を言いたいのかだけはどうにか分かった。つまり早く助け出さなければ、この中にいる少女は何らかが原因となって死ぬということだ。
だが、疑問は残る。
「お前だけでは無理な理由は?」
この“塔”の中に男を招き入れ、今もこうやって、男にとっては分からない言葉だらけで説明するこの少年は、“塔”の中の機械についての造詣が深いはずだ。
ならばその知識でもって、この状況を抜け出せる方法を知っているのではないか。
そう思ったのだが、自ら『無理』とのたまったのだから、それ相応の理由があるはずだった。
「……もし、非常用装置、作動、機能、全停止。睡眠者、腕力、脱出、しかない。けれど、意識、回復しない、可能性、高い。脱出できない、場合、凍死、餓死。外からの、介助、必要。腕力、無い」
それが、少年の答えだった。
相も変わらず言葉はたどたどしいが、非常装置を作動させてもそれで終わりではなく、脱出の際に中に眠るものを担ぎ上げる為の体格や筋力が、自分の体では不足していると分析したらしい。
「脱出後に必要な措置は?」
「体温の回復、栄養の摂取。前者、達成、意識、回復、推測」
「……つまり、体を温めて飯を食わせろ、ということか」
「認識、問題ない」
はぁ、と男は一つ溜め息をついた。
「……眠り姫、か」
「――白雪姫? 知ってる?」
「なんだそれ。物知りの爺さんから、単語を聞いただけだ。ずっと眠り続ける姫君。転じて、なかなか起きない女を指すと」
ふん、と男は鼻息を一つ吐くと、少年に顔を向けた。
「まだ時間はあるか?」
「……あと、数ヶ月、持つ」
「なら、用意を整えるぞ」
くるり、と少女の眠る繭のような装置に背を向け歩き出した男に、少年が続いていく。
少年の方はすぐにでも救出を行いたかったのか、男にすぐさま追いつくと、顔を覗き込むように問うた。
「何の、用意?」
「体を温めるものと、食事だ。お前が要ると言ったんだろう」
「何を、用意?」
「お前がここで生きているということは、最低でも食料がある、体温を下げずに済むものがある、清潔な環境を保つものがある、ということだ。最悪、食料だけでも用意するぞ」
ふと足を止め、男は少年に向き直る。
「案内しろ」
短く、しかし少年にとってはかなりの強制力を持つ命令が、男より告げられた。
「ここが、備蓄倉庫。保存食料や衣料はここに集まってる」
「……保存食は、食えるんだろうな?」
「開封、してない、基本、賞味期限、消費期限、無い。安心する」
「たしかに。食いきれなかったら、すぐに腐ってそうな量だ」
少年が案内したのは、少女の眠る装置のあった場所から少し下に降った階にある、何とも広大な倉庫だった。
目の前には男の背丈の五倍六倍はありそうな棚が、人二人分程度が並んで通れそうな間隔を開けて、並んでいる。
棚自体の幅も広い。男が両腕を広げても届くかどうか。
左右を見れば、同じ形の棚がいくつもいくつも並んでいる。両手両足の指を使っても、数えきれないかもしれないほど。
しかも奥に目を凝らせば、さらに棚の並びがもう一列あるのが分かる。その時点で、男はここに何がどれだけあるのかを考えないことにした。
自分たちが必要とするものがあれば良い。そう思うことにして、少年に顔を向ける。
「毛布と飯だ。消化の良い奴が良いだろう。湯を沸かすものは?」
「ある。水、外、引いてる」
「……この町の近くの川か?」
「いや、地下水。汚染レベル、低く、安全、判断」
ふむ、と男は顎を手でつまんで考えを巡らせた。
「なら、それを使おう」
「毛布、デルタ列、保存食、ウィスキー列」
「……Dの棚とWの棚だな。なら、俺は毛布を取ってくる。お前は飯を見繕え」
「温かいもの、了解」
男の指示に少年は頷き、駆け出していく。
少年の後姿を見ながら男はふぅ、と息をついた。
「……ある意味、これは宝の山かもしれない――」
倉庫を見回し、男は呟く。
この倉庫の中身を独占できれば、今後は何もしなくても暮らしていけるだろうし、これを商売の道具にすれば、かなりの利益が出るだろう。
しかし。
「――が、俺の手には負えない」
この“宝の山”を利益に変えるには、相応の手腕が必要だ。
うまく動けずに不穏な行動をとったと思われれば、いらない注目とそれによる行動の制限を被るだろう。それを避けながら利益を出すのは、不可能ではないかもしれない。けれど自分にはそれを成すだけの能力は無い。そう自己評価した。
男は“宝の山”から目を逸らす。とりあえず今は、この棚のどれかにある毛布を探し出さなければならない。
少女が、眠っている。雪のように透き通った白い肌をしているが、その下には確かに暖かい血液が廻っているようで顔色は薄く紅に染まっていた。
年端のいかぬ少女なのだろう。あどけなさの残る愛らしい顔立ちに違わず手足や体の線は細く、不用意に力を入れれば折れてしまうのではないかと思わせる。
儚さと未完の美しさを秘めた少女の姿は、ただ一点、誰かに剃り上げられたかのように頭髪の存在しない頭部のみが、僅かな違和感を発生させていた。
ふと、少女が重く閉じられていた瞼を開けた。
「……?」
少女は身を起こす。その体には、毛布が巻かれている。
「あっ……!」
だがその下に、衣服のようなものは身に着けていない。いわゆる全裸の状態だ。
それに気づいたのか少女は赤面し、毛布をさらにきつく巻く。
外からは体のどこも見えないように、と何度か巻き方を工夫し、納得する巻き方が出来たようで、ふう、と息をつく。
ふと、周囲の状況が気になった。
「――ここ、どこ?」
その口から出たのは、かすれ声。まるで喉に詰まりものがあるかのような感覚だ。渇いた喉を空気が爪を立てながら通り過ぎる感覚に、とっさに唾を飲もうとするが、体から絞り出そうとした水分は、雀の涙ほどしか出ない。その僅かな水分を喉が我先にと貪ってきたせいで喉が窄まり、急いで呼吸をしようと大きく広がった気道に、いまさら滲み出てきた唾が飛び込む。
途端に咽た。けほけほ、と苦しい咳が続く。この状態ではまともに呼吸が出来ない。とにかく酸素を、と大きく吸い込んだ呼気でさらにむせ返った。窒息しそうになる。
酸素が無くなり、頭がぼうっとして今にも気を失いそうな刹那。
「――大丈夫か?」
頭上から、声が降ってきた。
声のすぐ後に、背中を擦る感覚。丸まった背筋を上下するその感覚は、力強く、優しい。
その感覚に集中すると、どうにか咳が止み、呼吸が落ち着いていく。少女の咳が一応の収束を見せたのを見計らったのか、少女の目の前にコップが差し出された。中には水が満たされている。
「少しずつだ」
心配の台詞をかけてくれた声と同じ声が、聞こえた。
少女はコップを受け取り、声の通り一口分だけ口に含み、水分に飢えていた口内を湿らせて、残りを飲み込む。
ぜいぜいとしていた息が、整い始める。さらに一口、水を口の中に入れた。今度の水分は、少しずつ喉を湿らせていく。ようやく、少女は自分の意志で深呼吸をした。また一口、水を飲んだ。
「焦るな。まだ体が驚く」
正直、少女は喉が渇いて仕方ない。今すぐにでもコップの中の水をすべて飲み干したいくらいだ。
だが、語りかける声がそれを制止する。こちらの体を慮ってのことだ、と確信した少女は、素直に声の指示に従うことにした。そもそも咳き込んだだけで死にかけるほど、体力が低下している。飲み干す途中で咽かえりそうな気がしていた。
時間をかけてゆっくり、一口ずつ飲んでいく。その間も、背中を擦る感覚は優しく続いていた。少女の呑み込む水が、確実に彼女の体に吸収されるのを手助けするかのように。
どれくらい経っただろうか。こくこくっ、と少女がコップの水を飲み干した。いつの間にか背中の感触は無くなっていたが、ふたたび咽たり具合が悪くなるといったことはなさそうなので、不安は無い。
ふぅ、と一息つくと、少女はコップを抱えながら、顔を上げる。
目に映ったのは、人間の後姿。外套に隠れて、体型は分からない。しかし、おそらくこの人が、コップを差し出してくれた人なのだろう。
「あ、の……」
やっと紡いだ声は、蚊のように細いものではあったが、先ほどのように嗄れてはいなかった。しっかりと声を発せるようになったことに安堵しながら、もう一度、と目の前の背中に声をかけた。
「あのっ」
「……」
ようやっと聞こえたのか、目の前の人影が振り返る。目つきの悪い、若い男だ。青年と呼んでいいだろう。黒い髪は短く切られており、しかし手入れされている様子はない。
黒尽くめの装束の上に同色の外套、首元には緑色の布とゴーグル。装束の露出は少なく、上腕が見えている程度だ。しかも手首から先は、人差し指のみ露出しているグローブを付けている。
そのグローブをしている手に持っていたのは、何かの器だ。湯気がその器から上がっていた。
「あの、おみず、ありがとうございました」
「……別に」
必死に絞り出したとはいえ、少女の声はまだ小さいものだ。けれど外界から切り離され、静かすぎるこの場所では、意思の伝達に不都合はないらしい。
少女から送られた感謝の言葉に、男はそっけなく返した。声も最初に水をくれたものと同じだから、この男が少女の窮地を救ったのだろう。
「喉は、大丈夫か?」
「あ、はい、おかげさまで」
「なら、飲め」
男は手に持った湯気の立つ器を、少女に差し出す。
「……これは?」
「飯。スープだが、飲んで腹の足しにしろ」
「――あっ」
男が器に入ったものを説明すると同時に、きゅるるぅ、と腹の虫の鳴く声がした。
発信源は少女だ。恥ずかしかったのか、顔を赤くして俯いてしまう。
その様子を見て、男は微かに笑った。
「腹が減ったと体が答えるのは、無事な証だ」
男の言葉に、少女はさらに顔を赤くする。
「――が、いきなり腹に物を入れるのは良くない」
先ほどと同じように、少しずつ飲めと言っているようだ。
少女は素直に頷き、器を受け取る。
「さっき出来たばかりだ。熱いから冷ましながら食え」
コップを受け取りながら、男は少女に忠告した。少女も理解したようで、ふぅふぅと、金色に輝く独特のとろみを持ったスープに息を吹きかけ、冷ましながら飲み始める。
ひと口飲んで、少女はこのスープに心当たりを見つけたらしい。
「――ん。コーンポタージュ……」
「……へぇ。当てたか」
男が箱を持ち上げ、そこに書いてある文を目で追いつつ、少女の発言に正解と返した。
はにかみながら少女は、“コーンポタージュ”と判別したスープを、さらに少しずつ、冷ましながら飲んでいく。
「……あったかい。おいしい」
「焦らず飲め。お前は思ったより、衰弱している」
「そ、そうなんですか?」
少女は意外そうな顔で男を見た。
男の方は腕を組み、観察するように少女を見ている。
「ながい眠りから目覚めてすぐだ。それに、腹が減っていた」
「あ、あまり蒸し返さないでください!?」
“コーンポタージュ”というらしいスープを口にしたためか、声の音量が少し上がった。そのことを確認した男は、少女に向かって口を開く。
「そのコーンポタージュも、飯を食えるようになるためのきっかけ。固形食も食えるようになれば、全快だろう」
「そうなんですか? わかりました」
少女は、男の言葉を素直に信じる。命の恩人であるのだし、体もまだ本調子とは言えないのだから。
「……まぁ、ここにいれば、すぐ回復するだろう」
男の言葉に、はたと少女は気付いた。
目を覚ました時、いの一番に思い浮かんだ疑問が、まだ解消されていないことに。
「あの、ここは、どこなんですか?」
意を決して、聞いてみた。
「――さぁな」
「えぇっ!?」
しかし帰ってきたのは、たった一言。簡潔過ぎる言葉に、少女は目を見開いた。自分を介抱してくれたというのに、この場所のことを何も知らないというのだ。
目の前にいる男さえ何も知らないというのなら、ここはどこだというのか。
そうして初めて、少女は周囲の様子を窺った。
広い部屋だ。弧を描いている一方向の壁以外は垂直で、その垂直な壁のそれぞれには出入り口だろう四角い扉があるのが見て取れた。
弧を描く壁には大型のモニターが掛けられている。画面に光は灯っていない。
窓のようなものすらも開いていないが、それなのに中の様子が把握できるのは、部屋の四隅や“辺”から光が溢れているからだ。
眩しいほどではなく、かといってモノの姿かたちを把握できないほど暗いわけでもない。
そんな光の中で、少女は長椅子に横たえられていた。
「……ここは、どこなんでしょうか」
「――……俺たちは“塔”と呼んでる」
少女の呟きに、男も呟くように答える。
「けど、塔に関しては、お前の方が知ってると思うが」
「……えっ?」
続いた男の言葉に、少女は目を点にして首を傾げた。
その様子に、男は呆れたような口調で言葉を返す。
「……お前は、ここで眠っていたんだぞ?」
「あ、はい。なんでか分かんないですけど、裸で……」
自分で口にした言葉に赤面しながら、少女は俯いてしまう。
その様子を横目に見つつ、微妙に噛み合わない会話に、男は一つの可能性に思い至り、気が重くなった。
「……お前」
「は、はいっ」
男に声を掛けられ、少女は慌てた様子で視線を男に戻す。その様子も男は気にせず、言葉を続けた。
「眠りに入る前の記憶が、無いのか?」
「えっと、そうだと、思います……たぶん?」
首をこてん、と傾げながら、少女は苦笑いで男に応えた。
その様子に男は半眼を返す。記憶がないという事実を受け入れきれてないのか事態の重さを分かっていないのかはたまた、ただ呑気なだけなのか。少女の能天気な返事に、何かしらの反応を返すことさえ億劫になったらしい。
はぁ、とため息一つで胸の内に全てをまとめて押し込めた男は、前がかりになっていた姿勢を戻して、呟いた。
「まぁいい。話は、お前の弟に聞く方が早いかもな」
「……弟?」
「……期待してなかったが、やっぱり忘れてるのか」
その言葉に、少女は痛いところを突かれたように丸まって「すみません」と小さく呟いた。男はその様子を横目に見つつ、少女の横たわっている長椅子に座り、言葉をかける。
「別に、謝ることじゃない。思い出せないなら、思い出せないでも構わない。俺には必要なことじゃない」
「はい……ごめんなさい」
どうしたものか、と言いたげな鼻息を吐きつつ、先ほどまたもや謝罪した少女を見やる。
そんな少女をどう扱うべきかと男が考えていると、別の方向から声がかかった。
「――起きた?」
男より音程が高く女性に近い、しかし妙に抑揚の無い声だ。声のした方向に目を向けると、男よりはるかに低い背丈の少年が、手に袋や皿を抱えてやってくる。
その少年に、男は応えた。
「そうだ。今のところ、体の異常はない」
「……よかった」
男の話を聞きながら、少女の横たわっていた長椅子の近くに備えられていたテーブルに、数枚の皿と何かの包みを置く。
そして少女に向き直り、観察するように少しのあいだ目線を向けると、小さく頷いて口を開いた。
「――おはよう」
「え、あ、お、おは、よう、ございます」
突然かけられた起床のあいさつに、少女もどうにか言葉を返す。
「――体に異常はないが、記憶障害がある。お前の事は分からんそうだ」
男が追加の報告事項を説明した。その言葉に、少女はさらに小さくなろうとする。
だが、少年は気にしていないらしい。
「想定、済み。記憶障害、問題、冷凍睡眠装置、欠陥。それを、了承、使用」
「……へぇ」
欠陥を知りながら何故、と思いつつ、それ以上は自分の範疇を超えると思ったのか、男は追及することなく相槌を打つだけに留めた。
“傭兵”である彼には、そんな事より大切なことがある。
「……これで、契約履行か?」
男の言葉に、少年は男へ向き直った。
「そう。ありがとう。報酬、持ってくる」
「――だったら聞かせろ」
くる、と踵を返して“報酬”を持って来ようと歩みを進めかけた少年の足を、男の声が止める。
振り返りながら少年は、怪訝な目を向けた。
その目に構わず、男は言う。
「ここから先、お前らで何をする」
「……なにも」
少年が答える。だが要領を得ないものだ。
その答えに、元から鋭かった男の目が、さらに細くなる。気になったらしい。
姿勢が前かがみになり、少年からさらに話を聞き出そうという体勢になった。
「――へぇ」
「……考えていない。すること、無い。何も、無い。だから、何もしない」
「そして、溜め込んだ物資で、死ぬまで生きると」
身も蓋もない男の言葉に、わずかに動きを止めた後、少年は頷く。
少年の回答を聞いた男は途端に興味を失ったように姿勢を正すと、一息に立ち上がった。
「なら、良い。邪魔をしないなら、どうでもいい」
本当に興味を失ったらしい男は少年に向き直ると、あらかじめ約束していた報酬を要求する。
少年もそれに応じて“報酬”を取りにいこうと振り向いて部屋を出ようとした矢先、男の背に向けて声が掛けられた。
「――あ、あの」
「……ん?」
小さく、震えた、それでも意を決したような、か細い少女の声だった。
その声に応えたかどうかは分からないが、男は少女に向き直る。
男の目が少女を正面から見据えた。先程は見せなかったその鋭さに、少女の背中に嫌な汗が滲む。それでも、と体に巻く毛布を強く握りながら、その口から言葉を紡いだ。
「あの、私、記憶が無いんです」
「……知ってる」
今更か、と男の目が続けている。同時に鋭さも増した。
しかし少女は引かない。言葉が口から出たことで、堰を切ることが出来たのだろうか。言葉が続いていく。
「――記憶が、さっき起き上がってからしかなくて、いま知ってるのは、この部屋と、あなたと“私の弟”の外見と声だけなんです」
「……憐れめと?」
「いえ、違います」
男の言葉を、今度はざっぱりと即座に少女は切り捨てた。同情を求めているわけでは無いらしい。
「私、なんにも分からないんです。ここがどこかも、あなた達がここにいる理由も、私がここで――“塔”で眠っていた理由も」
いつの間にか、少女の眼は男の眼を、正面から見据えていた。
少女の眼に、惑いや躊躇いの揺らぎは無い。
「だから、知りたいんです」
少女は自らの望みを口にした。とてもとてもシンプルな望みを。
「外に出たい。そこで色々なことを知っていきたい。それが私のやりたいことです」
「……それで?」
男は先を促す。少女の言葉に興味を持ったらしい。
しかし。
「それで……どうしよう?」
また少女はこてん、と首を傾げた。強い意志を宿していた眼は点になり、今後の展開を何一つ想定していなかったと言わんばかりの、とぼけた表情になる。
その姿に、男の目が半眼になった。予想だにしなかった答えに呆れたらしい。
「……外に出たければ、“弟”に頼め」
「あ、はい。あ、あと着るものも欲しいです」
「……あるか?」
「――ある」
横目で問うた男の声に少年は答え、あの広大な倉庫へと向けて駆け出した。
男の口から、はぁ、とため息が漏れる。どうもこの姉弟に、自らのペースを乱されて敵わないようだ。
「――ここで、地上に出るのか」
「使うの、ひさしぶり。けど、整備、万全。安心する」
「お前の言葉を信用する以外に方法が無いのが、つらいな」
「すっごい広いですねぇ!」
男の呆れ声、少年の平坦な声、少女のはしゃぐ声が、それぞれ目前に広がる空間へと飛び込み、反響して帰ってくる。
男たち三人が立っているのは、あの備蓄倉庫ほどあるかと思えるくらいに広大な“個室”の中。備蓄倉庫と同じ階層に存在し、遥か見上げるほど高く、人が何人並べるか数えるのも面倒に思えるほど幅の広い鋼鉄製の扉を開いた先に広がっていた空間。そんな“個室”の奥の壁へと、三人は歩いていく。
少年が奥の壁に辿り着くと、その壁に備えられていた小さな箱の前で立ち止まる。
「――何か、つかまって」
少年の指示を聞き、男は壁に備えられていた取っ手に掴まった。少女もそれに続くように、男の隣で取っ手に掴まる。
二人の様子を確認したのか、少年が箱に手を伸ばして指を動かした。
その途端、男たちが入ってきた扉が音を立ててゆっくりと閉じ、部屋は暗闇に閉ざされる。
だが、すぐに赤い照明が灯り、隣に誰かいるのかといった程度は分かるようになった。
操作を終えた少年は箱の前を離れ、男の隣に立つと壁の取っ手をしっかりと握る。
「なにが――」
――男が言葉を発しきる前に、ふわり、と体が浮き上がる感覚を感じた。
「わっ」
「エレベーター、降下中」
「……この馬鹿でかい部屋全体が、エレベーターか」
少年の言葉に、男は感心したように、しかしどこか呆れたように呟く。
「なんでこれだけ、広いんだ」
「物資運搬用搬入口。最良の、状態、ここだけ」
「――こ、こわい……!」
「掴まれ。他にもあるのか」
「ある。けど、使えない」
「い、いつまで続くの!?」
「あと……一分、くらい」
「しばらく我慢しろ」
言葉に甘えて男の上着を握る少女を宥めつつ、男は少年から情報を引き出そうとしていた。
対する少年は、淀みなく男の質問に答えていく。
いくつか少年から情報を聞き出した男は、いよいよと身の内にある最大の疑問をぶつけてみた。
「――この“塔”は、何のためにある?」
「……」
少年の言葉が、ここに来て詰まった。
わずかな沈黙の後、少年は口を開く。
「……知らない」
「……そうか」
男はすぐに引き下がった。少年の言葉に疑問の余地が無いわけでは無かったが、これ以上の情報を引き出すことは難しいと判断したようだ。
と、ここで、横やりが入る。
「――そういえば」
「あ?」
少女だ。男の服にしがみついているのは変わらないが、覗きこむように男の顔を窺っていたその眼からは、幾分か恐怖が薄れているように見えた。
今度はどんなことを言い出すのかと身構えさえ取った男に、またもや少女は状況にそぐわないことを口にする。
「名前、お互いに知らないままですね」
「……ああ」
男は、それだけしか応えなかった。
少年の方にちらり、と目線を向けてはみるが、少年はそっぽを向いて無視を決め込んでいる。
少女への対応を、男に丸投げしたようだ。
「まぁ、といっても私も、自分の名前を忘れてたんですけれど」
「……その為に、“プレート”があるんだろ」
「はい、そうでしたね」
えへへ、と、はにかんだ笑みを浮かべた少女は、首にかけていた小さな金属片を取り出し、手の平に置いた。
長方形の角を削り取ったように丸めたこの金属片には、小さな文字と数字が刻まれている。
それを少女はしばらく眺めていたが、服の襟から中に入れると男に向き直った。
「それによると、私は“ソラ”という名前らしいです。弟の名前は“クロ”」
“クロ”と呼ばれた少年が、ちら、と“ソラ”と名乗った少女を見やるが、何も言わずに目線を戻す。
それに気づかない様子で、少女は男に問うた。
「――あなたのお名前は?」
少女が質問した途端、部屋が揺れた。
少年が手摺から離れて壁の小箱を操作する。どうやら到着したらしい。
「解放……離れて」
地鳴りのように低い騒音の響きの中で、少年が手招きで二人を呼び寄せる。
二人とも素直に少年に従って、壁から離れた。
目の前の壁と床との間から、光が漏れ出ている。外の光だ。
わぁ、と声がした。少女の声だ。その眼は“外”の光を反射しながら、それ以上の輝きが宿っていた。
壁が、男の背丈を少し超えた辺りで止まる。男が横を見ると、少年が小箱に手をかけていた。壁が途中で止まったのは、少年が操作したからのようだ。
少女は小走りで、外に出た。
「すごい。まぶしい! 砂がいっぱい!!」
まだ目が慣れていないのか“塔”の傘の陰にいるにもかかわらず、少女は目を細め、額に手を当て、さらに影を作る。
そして影の外に見える砂の大地と廃墟の姿を見つけ、呟いた。
「ここ、砂漠なんだ。あの建物に、人は住んでいないのかな……?」
「……記憶障害で“コーンポタージュ”に“砂漠”。よく知ってるな」
「記憶障害、部分的。自分、名前、忘れる、重傷。でも、記憶、全部、無くならない」
少年の言葉に、ふうん、と興味なさげに生返事を返して、男は口と鼻を緑の布で覆い、ゴーグルをかけた。外に出る準備だ。
男が準備を終えると少年も続こうとしたのか、布で自らの口と鼻を覆ったうえで、フードを被る。
少年が支度を終える前に動き始めていた男が外に出ると、気付いたのか少女が男に振り向いた。
「……ここは、どんな世界なんですか?」
「――……生まれたときから、こうだ。この光景しか知らない」
少女の質問は簡潔であり、また男の解答も簡潔だ。
そしてその結果は、不毛なものだった。
男はこの“世界”を表現するに相応しい言葉を知らず、またもし喩え表現できたとしても、少女が理解できるかは分からない。なにせその“表現”を知らなければ、理解することはできないからだ。
そうですか、と寂しげに少女は呟く。
男はそんな少女の様子を見、ふん、と鼻息を一つ吐くと、しぶしぶ、といった調子で口を開いた。
「――けど、その質問、答えられるかもしれない奴は、知ってる」
「えっ!?」
少女の驚いた声。少年も顔を男に向ける。
対する男は、その反応に一応の釘を刺した。
「期待はするな。俺より、長生きしてるだけだ」
「だ、だいじょうぶです! 今はどんなことでも知りたいですから!」
少女は興奮しながらも、男の言葉に了承を返した。
「――あ、でも、あなたに聞きたいこともいっぱいあります。ちゃんと聞かせてくださいね?」
「……ふん」
どうやら少女に釘を刺そうとしたら、逆に男が釘を刺されたようだ。
“あれ”に押し付けようと思っていたが、この少女から解放されるには時間がかかるらしい。
「……報酬は?」
ふいに、第三者となっていた少年が、言葉を紡いだ。
男の行動原理の一つを、覚えていたらしい。
それに困惑した様子を見せたのは、少女だ。なにせ報酬に出来そうなものを何も持っていないのだから。
「――えっ!?」
「……」
少女と違い、落ち着いた反応を見せた男は、ふん、と鼻を鳴らすと、少女に条件を付きつけた。
「“そいつ”の名前は、教える。無料だ。だが、“そいつ”のところへ運べ、というなら――報酬を寄越せ」
「えぇっ!? 私なにも持ってませんよ!?」
「なら歩いて行け。場所も、無料で教える」
「……地図は?」
「やる。コンパスも」
「対価は?」
「いらない」
「……なら――」
「まったまった、待って下さい! なんで歩いていく前提の交渉なんですか! というかなんでクロが交渉してるんですか!」
「違うのか?」
「……安く、済ませる。旅の、基本」
「違いますしそんな基本知りません!」
少年が途中から仕切り始めた男との交渉を、少女が遮った。このまま少年に任せてしまうと、徒歩で移動しなければならないことになると気付いたらしい。
介入してきた少女に怪訝な顔を向けた男と少年を一喝し、少女は男に再度向き直った。
「知らない土地で地図を貰ったとしても迷うだけです。連れてってください」
「――報酬は?」
「私の命で」
言い切った。
少女は、その言葉の重要性を分かっているのだろうか。生殺与奪権を男に差し出すと、言いきったのだ。それをもって報酬にすると。
音が鳴る。男の背後から。少年だ。少年が“報酬”として差し出したはずのあの銃を構え、男の背中を狙っている。
男がその契約を認めようものなら、即座に銃の引き金を引くのは分かった。
「……脅迫か?」
「えっ? ……あああっ、やめなさい!」
男の言葉で、少年の起こした行動を知った少女が、少年を止めるために前に出ようとする。
しかし、男は少女の腕をつかんで止めた。
驚きに目を見開く少女。少女を盾にされるのかとさらに身構える少年。二人の様子を感じ取りながら、男はゆっくり口を開いた。
「……高すぎる」
「――えっ?」
男の言葉に、少女の目が点になる。少年も顔には出さないながら、狙う銃口がわずかにぶれた。しかしそれに構わず、といった風に、男は言葉を続けた。
「高すぎる。人間二人を運ぶだけの仕事に、人ひとりの命は高い」
男の言葉に、少女は狼狽する。
「た、高いならいいじゃないですか! お得でしょう!?」
「仕事の難度にそぐわない報酬は、安かろうと高かろうと警戒すべきだ」
「わ、私はただ――」
「――だから」
畳み掛ける。男はここで問答をする気はないようだ。
「だから、別の仕事も頼め。俺からも、話を聞くんだろう?」
そういうと、男は少女の顔を見た。つまり複数の依頼を男に頼み、少女の命をその報酬としろ、と言っているようだ。
少女の顔に理解の色を見つけると、男は少女から手を放して少年に顔を向けた。
「――お前は知ってる。俺は、依頼が成功しなければ報酬を貰わない」
「……」
よく考えろ、と男は言外に告げる。少年もそれを覚ったのか、男の言葉からしばらくして、銃口を下げた。
その様子を見届け、男は少女に顔を向ける。
少年が銃を下ろしたことに胸を撫で下ろしたらしい少女は、男の目線に気づいて顔を向けた。
「あの……?」
「……契約成立だ」
ぼそり、と男は呟いた。
「え?」
「おまえに、外の世界を見せてやる」
男の言葉に、少女の目が輝く。
喜色を満面に浮かべ、体ごと男に向き直った。
「――本当ですか!? ありがとうございます! 外の世界かぁ……! やったやったやった!!」
「少しは落ち着け……」
途端にはしゃぎだす少女。
そのはしゃぎように、男は元からの仏頂面な表情をさらにしかめる。何をそんなに嬉しがるのか分からない、とでもいうように。だが、強く諌める気は無いらしい。
しばらく喜びを体で表現していた少女は、男に面と向かいなおった。
そして興奮をそのままに男の服を掴み、引っ張り始める。前に進みたくて仕方ないらしい。
「じゃあ行きましょう! まず、その『長生きな人』に会いに行きます! そしていろんなお話を伺って、それが終わったら、他にもいろんな人にお話しを聞きに行きます! これ、私の命で足りますか!?」
目を輝かせ、先の事を語る少女が、男の目を捉えた。
そうして質問を受けた男は、正直に答える。
「――このままなら、足りない」
「……そうですかー」
男に意見をざっぱりと切り捨てられた少女だが、その程度で諦めるつもりは毛頭ないようだ。
――なぜなら、目は未だに輝いているから。
「じゃあ、お手伝いをします! お仕事とか、身の回りの雑用とかを手伝うことを、さっきの“依頼”の報酬にします! 私の命と同じように、で良いですよね?」
「……はぁ」
ため息。
男のものだ。これは諦めの溜息であり、つまり依頼を了承して受けることにした、ということになる。
この少女はどうしてなかなか、記憶が無い割には強からしい。
記憶がない癖に自らの「労働力」を報酬にするとは、と男は少し感心するが、思い返せば少女がここまで立ち回ったのも、男がヒントを与えたせいだから、ある意味では自業自得である。溜め息にはそんな思いも含まれているようだ。
決まり! とはしゃぐ少女とその傍に控えた少年を視界に入れ、男は溜め息をもう一度吐いた。そのまま振り返り、ついて来い、と手招く。
男のしぐさに二人とも従い、三人は歩き始めた。
大地には巨大な足跡。人間のモノのように見えて、そうではない。
人間よりはるかに大きな足跡。生物のような丸さの無い、角ばった跡。少女が珍しげに、大地に点々と続く足跡を追っていくと、巨大な、跪いた姿の人影が見えてきた。しかし、人にしては角ばりすぎている。
だから少女は、外から来た存在に、あの人影の事を問うてみた。
「あの、“あれ”、なんですか?」
「――……VA」
「……ぶい、えー?」
「そう呼んでるだけだ」
詳しくは知らん、と言い捨てると、男はVAと呼んだ巨人へと歩みを進めていく。少女も男にそれ以上を聞こうとはせず、ただ知ることが増えた、とばかりに「ぶいえー、ぶいえー」と呟くのみ。
少年はそんな光景を後ろから眺め、そして後ろを振り返った。見えるのは“塔”の根元。
白亜の湾曲した外壁に手を添わせ、誰にも聞こえないように呟く。
「……彼女は、起きた。“お前”は、どうなる?」
そして振り向き、巨人――VAの元で少年を待つかのように佇んでいた男と少女の元へ、歩き出した。
――世界が、音を立てだした。
小さな小さな軋みかも知れない。誰の耳にも届かない、細すぎる金切り音かも知れない。
しかして世界は動き始める。けれどその音が聞こえる存在は、ここには無かった。居なかった。
だから世界が動き始めた瞬間、その中心地は、とてもとても静かだった。
読了、ありがとうございました。
これにて起の章、完結です。次は承の章になる予定です。けど、多分それ一年後ですね(爆
なるべく早く作って投稿したいと思ってはいます。遅筆でまことにすいません。
それではっ!