ザ・ハイ・スクール・カウンセラー・ライフ
はじめまして。
稲山って言います。
県立青山高校という学校でスクール・カウンセラーをやっているんですが、
ここの学生達はみな誠実でいい子ばかりです。
なので滅多に俺の出番はないのですが…
今日はちょっと違ってました。
ある晴れた日の放課後、カウンセラー室
ガラ…
「あの…」
「あ、1-2の三上ちゃん?どうぞ、中に入って」
彼女は1-2の三上 葵ちゃん。作文コンクールで何度も表彰された有名人です。
「今日はどうしたの?」
「うん…。稲山さん、実は私みんなに隠し事してるの。ホントは隠し事なんてしたくないんだけど、このこと知ったらみんな私を嫌いになるだろうから…でもいつバレるか恐くて仕方ないの」
「そうなんだ…」
以外だ。成績優秀で恵まれたお嬢様でもある彼女にも悩みがあるなんて…
「もしよかったら、俺にその隠し事を教えてくれないかな?」
「え?…あ、うん…でも…稲山さん」
「何?」
「教えても私のこと、嫌いにならないって約束してくれる?」
「あぁ、嫌いにならないよ。誰だって隠したい事の一つや二つあるからね。もちろん、俺にも隠し事はあるし。そんなことで嫌いにはならないよ」
「ホントに?」
「もちろん、約束する」
「うん、わかった。じゃぁ、言うね?」
さて、どんな隠し事なんだろうか?
こんなかわいい女の子の隠し事なんだから、かわいらしいものだと思うけど。
「稲山さん、実は…」
とにかく、どんな隠し事でも受け止めてあげなければ…!
「私、実は…!」
さぁ、かかって来い、隠し事!
「実は私、宇宙人なの!!!」
三上ちゃん、それは反則だろ。
「しかもあの冥王星人なの!!!」
“あの”って…
その筋では有名なんだろうか。
「どうしよう、稲山さん!こんなことがみんなに知れたら、私はミステリーサークルを描いて農家の方々に迷惑をかける奴だって蔑まれてしまうわ!」
「あの、三上ちゃん?」
「私はミステリーサークルなんて描きません…あんなマネ、同じ宇宙人として恥ずかしいわ。それに人間をUFOでさらってチップを埋め込むなんて最低よ!」
「三上ちゃん落ち着いて」
飛ばしすぎだよ、三上ちゃん。
「えっと…三上ちゃんは宇宙人なの?」
「うん、そうなの。宇宙人なの。詳しく言えば冥王星人なの」
へー…ふーん…そーなんだ
「えっと…三上ちゃん。疑うわけじゃないんだけど、宇宙人っていう証拠はあるの?」
「あるよ…だって私は」
「?」
「だって私は“ぺけぺけ電波”を発っせられるのだから!!」
OK、OK、
落ち着け、俺。
「う…う…私も最初は驚いたわ、自分が“ペケペケ電波”を扱えるなんて…」
「…三上ちゃん、“ペケペケ電波”って、何?」
「うん、“ペケペケ電波”はね、私達宇宙人だけが扱える特殊な電波なの。お花やウサギさんと会話ができるテレパシー電波なんだ」
なんかもう、異文化交流だよ。
「あ、稲山さん。実は私、もう一つ悩みがあって…」
「…何かな?」
「教育実習生の植山さんって人…私、あの人が恐いの…」
「なんで?優しくていい人でしょ?」
「だって…だってあの人」
「CIAエージェントなんですもの!!」
これが個性をのばす“ゆとり教育”の結果なのだろうか?
のばしすぎだよ、文部科学省。
「あの人私をエリア51に連れていくつもりだわ、あそこで私を解剖して“ペケペケ電波”の謎を解明するつもりなのよ!!稲山さん…私、恐い…」
俺も恐いよ、三上ちゃん。
しかしどうするべきだろう?本人は自分を宇宙人だと本気で思ってるようだし…
ペケペケ電波という言葉が出てくる時点である意味宇宙人なんだが。
なにはともあれ、彼女がこのまま変な勘違いで苦しみ続けていくのは見たくない。
真実を伝えるべきだろう。
というかこっちの世界に連れ戻すべきだ。
「私堪えられない。自分の“ペケペケ電波”を悪用されるなんて…あれはウサギさん達と仲良くするための…」
「…三上ちゃん!!」
「え!?何?」
「落ち着いて聞いてね。三上ちゃん、君は、宇宙人なんかじゃないんだよ」
「…え?…アハハ、何言ってるの、稲山さん。だって私は“ペケペケ電波”を」
「三上ちゃん、“ペケペケ電波”なんてないんだよ!!」
「…嘘よ、だってウサギさん達と…」
「この町にウサギなんていないよ。全部キミの思い込みなんだ!」
「違うよ!ホントに会話できるもん、テレパシーだもん!」
「君は人間だ!普通の成績優秀な女の子だ!普通に生きるんだ!!」
「…なんでそんなこと言うの?パパやママや周りの友達だってそうよ…みんな私はいい子だって、成績優秀でいい大学に入って、いい会社に就職するんだって…」
「…三上ちゃん…?」
「私は…私は宇宙人だもん!冥王星人だもん!いい子なんかじゃないもん!!」
俺はその時、三上ちゃんの本当の隠し事がわかったような気がした。
三上ちゃんは絵に書いたような“いい子”だ。
コンクールに何度も入賞して成績優秀でおしとやかで上品で…
でもそれは彼女が作ったんじゃないと思う。きっと周りが押し付けた“彼女”なんだろう。
それに三上ちゃんは苦しんだんだ。
いい子でいなければならない、期待に答えなければならない…
「違うもん…宇宙人だもん…いい子じゃないもん…」
だから自分を宇宙人にしたんじゃないだろうか。
そうやって自分を助ける為に…
確かにそれは現実逃避なだけかもしれない。
しかし、彼女にとって現実はあまりにも重過ぎた。
彼女にとって宇宙人になることが、そんな現実に打ち勝つ唯一の方法なんじゃないだろうか?
だとしたら、彼女から宇宙人というもの取り上げて現実に突き落とすことが必ずしも正しいのだろうか?
「…三上ちゃん」
「…?」
「三上ちゃんは宇宙人だよ」
「え?」
「三上ちゃんは“ペケペケ電波”も使える筋金入りの宇宙人だよ、冥王星人だよ!」
「…うん、そうだよ!私は宇宙人なの!」
「そうとも、宇宙人さ!」
これでいい。現実と向き合う力はこれから少しづつ着けていけばいいんだ。
「ところで稲山さん!ちょっと質問していいかな?」
「あぁいいよ!何だい?」
「稲山さんは何星人なの?」
「…はい?」
「だって普通の人は宇宙人なんて話、信じないでしょ?信じてくれるのは同じ宇宙人ぐらいだわ!で、稲山さんは何星人なの?教えて教えて!」
「…土星人…デス」
俺は優しい嘘をついたけど、
それと同時に大事な何かを捨ててしまった気がしました。