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『傾国の妖精』シリーズ

異世界でカフェ店員として働いています! ~前世で書いた小説の登場人物たちが来店してきました~

作者: 柊 花澄
掲載日:2026/05/01


 私は今、王都で人気のカフェで働いている。

 

 そんな私の前世の職業は「小説家」だ。


♢♢♢


 私は新卒で入社した会社を五年勤めた末に退職し、その後はカフェでアルバイトをしながら小説を書いていた。

 鳴かず飛ばずの日々だったが、あるコンテストに入賞した作品『聖女デイジーは初恋をあきらめない』がヒットし、ようやく小説家として日の目を見ることができた。

 それから作品をいくつか発表したのち、私の寿命は終わりを迎えた。


 ――そして生まれ変わった、異世界に。


 どうやら自分で書いた小説の世界に転生したようだ。

 どうしてその事実に気づいたかというと、私の代表作のヒロイン、デイジーがカフェに来店したからだ。


***


 その日も私は開店準備を終え、扉にかかった看板を「OPEN」にひっくり返した。


「いらっしゃいませ~」


 お店に入ってきたのは、ハニーブラウンの髪に空色の瞳を持つ、小柄で可憐な少女。

 私は彼女を一目見てすぐにわかった、自分が書いた小説のヒロインだと。

  

 そして彼女が腕を絡めている隣の男の顔を見た。


(え、その男は誰?)


***


 ここで私の代表作『聖女デイジーは初恋をあきらめない』のあらすじを説明しよう。


 ヒロインのデイジーは、ハニーブラウンの髪に空色の瞳を持つ、小柄で可憐な少女。

 ある日突然聖女の力に目覚めた彼女は、伯爵家に養子に迎えられ、貴族向けの学園に編入した。

 

 そこで王太子フェリクスと出会い、初めての恋に落ちる。

 だけどフェリクスには婚約者のプリムローズがいた。

 プリムローズは妖艶な容姿を武器にして、周りの男たちを次々と籠絡していく。


 フェリクスはふしだらな婚約者に振り回されるのに疲れ、清楚で一途なデイジーに惹かれていく。

 プリムローズは数多の男と浮気した罪を問われ、婚約破棄されて修道院送り。

 そしてデイジーとフェリクスは永遠の愛を誓う。


***


 デイジーは初恋相手の王太子フェリクスとの恋が実り、王太子妃になるのだけども。

 今、デイジーの隣にいる男はどうみても王太子(フェリクス)ではない。


 フェリクスは輝く黄金の髪に、澄んだ海のようなサファイアの瞳。長身で引き締まった体躯に、理知的で甘やかな色気を放つ絶世の美男子だ。


 今デイジーの隣にいる男は、黒髪に薄茶色の瞳、中肉中背の塩顔イケメン。


(似て非なる世界なのかしらね?) 


 次の日、デイジーは違う男と連れ立ってきた。

 その次の日も違う男。

 男にしなだれかかって猫なで声で甘えている様は、どうみても友人の距離感ではない。

 今だって、ケーキの食べさせ合いっこをしているし。

 

 大切に産み育てた娘が、急に遠い存在になってしまったような一抹の寂しさを感じる。

 子ども、前世でも今世でも産み育てたことないけれども。


 デイジーはいつだって個室をご所望だ。

「今日、個室空いてますかあ?」

「本日はすでに個室の席は埋まっておりまして」

「えー残念。ジェフさまぁ、個室空いてないんですって」


(ジェフ様とやら、その女はやめとけ。毎日とっかえひっかえ違う男と来ているよ)

 

 告げ口したい気持ちをぐっと堪え、今日も笑顔で接客する。


***


 常連客の伯爵令嬢クララが来店した。

 いつもテイクアウトを利用するクララ様は、今日もスイーツのショーケースを覗き込んだ。


「いつもありがとうございます。今日は何になさいますか」

「季節のフルーツタルトを五個いただけるかしら」

 クララ様は上品に微笑み、一番人気のスイーツを注文した。

 私がタルトを箱詰めしていると、クララ様がぼそりと呟いた。


「あーみたらし団子が無性に食べたいわあ」

 私は耳を疑った。


「つか、この世界にあるわけないか。はー鮭茶漬けとか食べたい」

 クララ様のぼやきは続く。

 私は意を決して彼女に尋ねた。


「あの、お客様。つかぬことをお伺いしますが、『カツ丼』ってご存じですか」


 クララは目を見開いたあと、豪快に笑い出した。

「もしかして、あんたも転生者!? やばいウケる!」

 予想はしていたけど、あっけなく貴族令嬢の面を脱ぎ捨てた、ざっくばらんなクララ様に驚く。


「はい。ここだけの話、転生者です。同じ境遇の方に初めてお会いしました」

「ねえねえ、ここって小説『聖女デイジーは初恋をあきらめない』の世界なんだよ。あんた知ってた?」

「薄々勘づいていましたが、やはりそうでしたか。私、その小説の作者です」

「え、うそ、やば、早乙女センセなの?! あたし、大ファンですっ! 握手してくださいぃぃ」

 クララ様はショーケースごしに私の手を取ると、ブンブンと上下に振ってきた。

 まだ幼気な小学生女児だった頃に、お年玉で小説を買ったのだそうだ。ありがたや。


「あたしはさ、前世はお金に苦労したから貴族に生まれ変わってラッキーって感じ。でも、たまに懐かしくなるんだよね、お茶漬けとか」


 クララ様の身の上話を一通り聞いて、私は本題に入る。

「ところで、ヒロインのデイジーと面識あります?」

「デイジーね、同じ学園だよ。あたし、小説のデイジーは大好きだけど、この世界のデイジーって全然キャラが違うから近寄らないことにしてる。原作のイメージ壊してほしくないからさあ」

 クララ様は栗色の巻き毛を指にからませながら、小説の登場人物たちが学園にいることを説明してくれた。



 そこへ貴族令嬢三人組が来店してきた。

 クララ様はいつの間にかショーケースの裏側に回り込んでいて、私に耳打ちしてきた。

「ほらほら、噂をすれば! 悪役令嬢のプリムローズの登場だよ」

 プリムローズは可憐なドレスを着て、爽やかな笑顔を振りまいている。


 小説と違いすぎる! 

 男を誑かす妖艶な悪役令嬢はどこいった? 

 めちゃくちゃ好感度の高い美人じゃないの!

 絶世の美女なのは小説どおりだけど、なんだこのヒロインムーブは。


 プリムローズは、フルーツタルトを美味しそうに食べ、幸せそうな笑みを零している。相席した令息達はそんなプリムローズに見惚れている。


「ねえねえ、早乙女センセ! おもしろいことになってきた! デイジーとフェリクスも来た!」


 来店してきた男女七人グループの中に、デイジーと王太子フェリクスがいるではないか!

 Oh⋯⋯なんという修羅場。

 完全に野次馬と化した私とクララ様は、ショーケースの陰から様子を伺う。


 生フェリクスやばい。女子の憧れを詰め込んだ王子様キャラだけあって、キラキラオーラが半端ない。

 

 デイジーはフェリクスに纏わりついてるわね、ってことはやっぱり本命はフェリクスか。

 でもフェリクスの視線はプリムローズに釘付けだ。デイジーのことは全く眼中になさそう。

 てか、彼はめちゃくちゃ執着を拗らせた目でプリムローズを見つめてるんだが。どゆこと?

 プリムローズもちらちらフェリクスを見てるな。あれは好きな男を意識してる顔だ、うん。


「プリムローズって学園でも品行方正で、浮気とかするタイプじゃないよ。かといって、フェリクスと親密って雰囲気でもないんだよね。婚約者同士なのによそよそしいっていうか」

 クララ様が小声で説明してくれる。


(これはひょっとして、拗らせ両片思いってやつか?)

  

 フェリクスの幼馴染で赤髪の騎士アルフレッドが、能天気キャラなのもびっくりだ。

 小説では無口でクールなイケメン護衛騎士なのに。どうしてそうなった?

 しかもデイジーに密かな恋心を抱くはずの彼が、悪役令嬢の取り巻きのディアナに熱い視線を送ってる。この状況は何?


(私が書いた小説とかけ離れた展開になっているみたいだけど、それはそれで面白いじゃないか!)


 ここの世界の人たちは皆生きていて、自分の意志を持っている。

 ()()()()()()なんてものがあるのかは不明だけれど、自分の力でどんどん未来を切り開いてほしい。

 この子たちの生みの親として、そう願わずにはいられない。


「クララ様、私はあの子たちの行く末が知りたいです! この世界でみたらし団子を作ってみせますから、これからもあの子たちのこと教えて下さい!」

「オッケー、早乙女センセ! みたらし団子楽しみにしてるから!」

 クララ様は屈託のない笑顔でサムズアップした。



――数か月後、ついにみたらし団子が完成した。


 恋人同士らしき雰囲気の、一組の男女が来店した。

 手を恋人つなぎしたまま、彼女の方がショーケースを熱心に覗き込んでいる。

「あ、みたらし団子だわ!」


 そこには、みたらし団子を蕩けるような笑顔で眺めているプリムローズと、そんな彼女を愛おしそうに見つめるフェリクスの姿があった。


 フェリクスはショーケースのみたらし団子を全て買い上げ、私は喜びをかみしめながら箱詰めをした。

「お買い上げありがとうございます!」

 

 その三十分後。

「えーみたらし団子売り切れなの?! 楽しみにしてたのにぃ」と、ショーケースの前でぼやくクララ様がいた。



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