異世界でカフェ店員として働いています! ~前世で書いた小説の登場人物たちが来店してきました~
私は今、王都で人気のカフェで働いている。
そんな私の前世の職業は「小説家」だ。
♢♢♢
私は新卒で入社した会社を五年勤めた末に退職し、その後はカフェでアルバイトをしながら小説を書いていた。
鳴かず飛ばずの日々だったが、あるコンテストに入賞した作品『聖女デイジーは初恋をあきらめない』がヒットし、ようやく小説家として日の目を見ることができた。
それから作品をいくつか発表したのち、私の寿命は終わりを迎えた。
――そして生まれ変わった、異世界に。
どうやら自分で書いた小説の世界に転生したようだ。
どうしてその事実に気づいたかというと、私の代表作のヒロイン、デイジーがカフェに来店したからだ。
***
その日も私は開店準備を終え、扉にかかった看板を「OPEN」にひっくり返した。
「いらっしゃいませ~」
お店に入ってきたのは、ハニーブラウンの髪に空色の瞳を持つ、小柄で可憐な少女。
私は彼女を一目見てすぐにわかった、自分が書いた小説のヒロインだと。
そして彼女が腕を絡めている隣の男の顔を見た。
(え、その男は誰?)
***
ここで私の代表作『聖女デイジーは初恋をあきらめない』のあらすじを説明しよう。
ヒロインのデイジーは、ハニーブラウンの髪に空色の瞳を持つ、小柄で可憐な少女。
ある日突然聖女の力に目覚めた彼女は、伯爵家に養子に迎えられ、貴族向けの学園に編入した。
そこで王太子フェリクスと出会い、初めての恋に落ちる。
だけどフェリクスには婚約者のプリムローズがいた。
プリムローズは妖艶な容姿を武器にして、周りの男たちを次々と籠絡していく。
フェリクスはふしだらな婚約者に振り回されるのに疲れ、清楚で一途なデイジーに惹かれていく。
プリムローズは数多の男と浮気した罪を問われ、婚約破棄されて修道院送り。
そしてデイジーとフェリクスは永遠の愛を誓う。
***
デイジーは初恋相手の王太子フェリクスとの恋が実り、王太子妃になるのだけども。
今、デイジーの隣にいる男はどうみても王太子ではない。
フェリクスは輝く黄金の髪に、澄んだ海のようなサファイアの瞳。長身で引き締まった体躯に、理知的で甘やかな色気を放つ絶世の美男子だ。
今デイジーの隣にいる男は、黒髪に薄茶色の瞳、中肉中背の塩顔イケメン。
(似て非なる世界なのかしらね?)
次の日、デイジーは違う男と連れ立ってきた。
その次の日も違う男。
男にしなだれかかって猫なで声で甘えている様は、どうみても友人の距離感ではない。
今だって、ケーキの食べさせ合いっこをしているし。
大切に産み育てた娘が、急に遠い存在になってしまったような一抹の寂しさを感じる。
子ども、前世でも今世でも産み育てたことないけれども。
デイジーはいつだって個室をご所望だ。
「今日、個室空いてますかあ?」
「本日はすでに個室の席は埋まっておりまして」
「えー残念。ジェフさまぁ、個室空いてないんですって」
(ジェフ様とやら、その女はやめとけ。毎日とっかえひっかえ違う男と来ているよ)
告げ口したい気持ちをぐっと堪え、今日も笑顔で接客する。
***
常連客の伯爵令嬢クララが来店した。
いつもテイクアウトを利用するクララ様は、今日もスイーツのショーケースを覗き込んだ。
「いつもありがとうございます。今日は何になさいますか」
「季節のフルーツタルトを五個いただけるかしら」
クララ様は上品に微笑み、一番人気のスイーツを注文した。
私がタルトを箱詰めしていると、クララ様がぼそりと呟いた。
「あーみたらし団子が無性に食べたいわあ」
私は耳を疑った。
「つか、この世界にあるわけないか。はー鮭茶漬けとか食べたい」
クララ様のぼやきは続く。
私は意を決して彼女に尋ねた。
「あの、お客様。つかぬことをお伺いしますが、『カツ丼』ってご存じですか」
クララは目を見開いたあと、豪快に笑い出した。
「もしかして、あんたも転生者!? やばいウケる!」
予想はしていたけど、あっけなく貴族令嬢の面を脱ぎ捨てた、ざっくばらんなクララ様に驚く。
「はい。ここだけの話、転生者です。同じ境遇の方に初めてお会いしました」
「ねえねえ、ここって小説『聖女デイジーは初恋をあきらめない』の世界なんだよ。あんた知ってた?」
「薄々勘づいていましたが、やはりそうでしたか。私、その小説の作者です」
「え、うそ、やば、早乙女センセなの?! あたし、大ファンですっ! 握手してくださいぃぃ」
クララ様はショーケースごしに私の手を取ると、ブンブンと上下に振ってきた。
まだ幼気な小学生女児だった頃に、お年玉で小説を買ったのだそうだ。ありがたや。
「あたしはさ、前世はお金に苦労したから貴族に生まれ変わってラッキーって感じ。でも、たまに懐かしくなるんだよね、お茶漬けとか」
クララ様の身の上話を一通り聞いて、私は本題に入る。
「ところで、ヒロインのデイジーと面識あります?」
「デイジーね、同じ学園だよ。あたし、小説のデイジーは大好きだけど、この世界のデイジーって全然キャラが違うから近寄らないことにしてる。原作のイメージ壊してほしくないからさあ」
クララ様は栗色の巻き毛を指にからませながら、小説の登場人物たちが学園にいることを説明してくれた。
そこへ貴族令嬢三人組が来店してきた。
クララ様はいつの間にかショーケースの裏側に回り込んでいて、私に耳打ちしてきた。
「ほらほら、噂をすれば! 悪役令嬢のプリムローズの登場だよ」
プリムローズは可憐なドレスを着て、爽やかな笑顔を振りまいている。
小説と違いすぎる!
男を誑かす妖艶な悪役令嬢はどこいった?
めちゃくちゃ好感度の高い美人じゃないの!
絶世の美女なのは小説どおりだけど、なんだこのヒロインムーブは。
プリムローズは、フルーツタルトを美味しそうに食べ、幸せそうな笑みを零している。相席した令息達はそんなプリムローズに見惚れている。
「ねえねえ、早乙女センセ! おもしろいことになってきた! デイジーとフェリクスも来た!」
来店してきた男女七人グループの中に、デイジーと王太子フェリクスがいるではないか!
Oh⋯⋯なんという修羅場。
完全に野次馬と化した私とクララ様は、ショーケースの陰から様子を伺う。
生フェリクスやばい。女子の憧れを詰め込んだ王子様キャラだけあって、キラキラオーラが半端ない。
デイジーはフェリクスに纏わりついてるわね、ってことはやっぱり本命はフェリクスか。
でもフェリクスの視線はプリムローズに釘付けだ。デイジーのことは全く眼中になさそう。
てか、彼はめちゃくちゃ執着を拗らせた目でプリムローズを見つめてるんだが。どゆこと?
プリムローズもちらちらフェリクスを見てるな。あれは好きな男を意識してる顔だ、うん。
「プリムローズって学園でも品行方正で、浮気とかするタイプじゃないよ。かといって、フェリクスと親密って雰囲気でもないんだよね。婚約者同士なのによそよそしいっていうか」
クララ様が小声で説明してくれる。
(これはひょっとして、拗らせ両片思いってやつか?)
フェリクスの幼馴染で赤髪の騎士アルフレッドが、能天気キャラなのもびっくりだ。
小説では無口でクールなイケメン護衛騎士なのに。どうしてそうなった?
しかもデイジーに密かな恋心を抱くはずの彼が、悪役令嬢の取り巻きのディアナに熱い視線を送ってる。この状況は何?
(私が書いた小説とかけ離れた展開になっているみたいだけど、それはそれで面白いじゃないか!)
ここの世界の人たちは皆生きていて、自分の意志を持っている。
小説の強制力なんてものがあるのかは不明だけれど、自分の力でどんどん未来を切り開いてほしい。
この子たちの生みの親として、そう願わずにはいられない。
「クララ様、私はあの子たちの行く末が知りたいです! この世界でみたらし団子を作ってみせますから、これからもあの子たちのこと教えて下さい!」
「オッケー、早乙女センセ! みたらし団子楽しみにしてるから!」
クララ様は屈託のない笑顔でサムズアップした。
――数か月後、ついにみたらし団子が完成した。
恋人同士らしき雰囲気の、一組の男女が来店した。
手を恋人つなぎしたまま、彼女の方がショーケースを熱心に覗き込んでいる。
「あ、みたらし団子だわ!」
そこには、みたらし団子を蕩けるような笑顔で眺めているプリムローズと、そんな彼女を愛おしそうに見つめるフェリクスの姿があった。
フェリクスはショーケースのみたらし団子を全て買い上げ、私は喜びをかみしめながら箱詰めをした。
「お買い上げありがとうございます!」
その三十分後。
「えーみたらし団子売り切れなの?! 楽しみにしてたのにぃ」と、ショーケースの前でぼやくクララ様がいた。
了




