君より少し遅れて生きている
桜が舞う新学期、出会いの季節──春。
どこにでもあるような桜の木の下にあるベンチ。
そこに座り、冴えない顔つきで桜の木を見つめているのは同じクラスの塩対応で入学初日から有名になった寂室灯短髪で髪色は美しいラピスラズリ色。その美しさに初日から多くの男子が話しかけようとしたが、全員撃沈したらしい。
決して早い時間でもないのに、そんなにのんびりしてると遅刻しないか?
そんなことを思いながら学校に向けて歩く。
俺こと差海紡は、遠目から彼女を視認したが、特に接点がある訳でもないので、何事もないように彼女の座るベンチの前を通り過ぎる。
通り過ぎた時、桜を見つめながら彼女はゆっくり口を開く。
「”また会えたね”」
そんな言葉が聞こえて思わず俺は彼女の方に目線を向ける。
俺じゃないよな?
そう考えたが、明らかに俺を見て彼女は微笑んでいる。
可愛い……これは、初日から話題になる理由もわかる。
でも…少し何故か悲しげのある笑顔だった。
「初対面…ですよね?」
戸惑いながら咄嗟に出せたのはその言葉だった。
「うん、そうだね。」
俺は思わず目が点になる。そして会話にかなりの間が生まれる。
そんな混乱した俺を見て、また彼女は微笑む。
「えっと……遅刻しちゃうので行きますね。」
なんだったんだ?という思いもあるが、とりあえず学校に行こう。
そう考え、紡はトコトコと歩き、その場から離れる。
無事時間内に高校に着き、紡は周りを見渡す。
幸いにも中学の頃の友人がこのクラスに2人いるため、ぼっちになることは無さそうだ。
「いや〜俺昨日寂室さんに話しかけようとしたんだけどさ〜」
「どうだったんだ?」
「無理だった笑」
「だろうな」
もう一人の友達は苦笑いをする。
「ところで紡、春休みに言ってた病気は大丈夫なのかよ?」
友達の一人が話を変えて俺に聞いてくる。
「ああ、たまに症状が出るけど大丈夫だ。」
俺の病気は"時差病"
簡単に説明すると、周囲との時間が合わなくなって、普通の人から見ると俺の反応は少し遅れていたり、会話がズレていたりする。
「大丈夫じゃないだろ?今も返答までに4秒ぐらい経ってたぞ〜」
友達は呆れた顔でそう言い、再度病院に行くように勧めてくる。それが聞こえてきたのも俺からすると3秒ぐらい経ってからだった。
「大丈夫だってー」
「本当に?」
「ほんとに、ほんとに〜」
適当な返事をしてから紡は「うん?」と異変を感じる。なぜなら先程の「本当に?」という言葉は友達ではなく、聞き慣れない声─────いや、最近聞いたことある声ではあった。それに、ズレがなかったような…
はっ、と紡は声がした方向に振り向くと──────"寂室さんがいた"
「おい、紡。寂室さんとどういう関係だよ!」
俺の友達ならそんな事をすぐさま聞いてくると思っていた。だが、友達からの言葉は全く違った。
「どうして寂室さんと紡は会話ができているんだ?」
「えっ?」
その言葉に紡は驚く。
「明らかに紡の会話はズレていたのに、寂室さんはタイミングよく話していたんだ。」
友達の説明を聞いて寂室さんの方を向くと、ニコッと笑っていた。
考えられるのは二つ、偶然か…それとも"彼女も同じ病気か"
確かめてみるか…
紡はゆっくりと口を開く。
「君も俺と同じ病気?」
しまった!今のじゃ何の病気か分からないし、事情を知らないだろうから意味不明だよな。
「俺さ…」
そう思って説明を追加しようと再び口を開けようとした時
「少し違うかな…」
彼女からはそんな返答が返ってきた。
さっきので伝わってたのか…
安心するのもつかの間、似ているということはどういうことか?とまた疑問が出てくる。
「それはそうと、自己紹介がまだだったよね。"紡くん"。私は寂室 灯。よろしくね!」
「あ、ああ。よろしく。」
時間のズレているため、俺と寂室さんの二人だけの時間軸?での自己紹介だった。
しばらくして、ズレていた分の友達からのツッコミが飛んでくる。
「おい、紡。寂室さんとどういう関係だよ!」
「え?ほぼ初対面の関係だけど…」
「寂室さんって不思議な人だよな…」
紡がそう呟くと、友達は急に変なことを言い出す。
「寂室さん?って誰だ?」
その様子を見て、寂室さんは自分の席へと戻って行った。
次の日、学校を休んで病院に行った。
あの後、何度も友達にやっぱりもう一度病院に行った方がいいと忠告を受けたからだ。
「差海さん〜」
名前を呼ばれね診察室に入る。
椅子に座って10秒ほどしてから
「症状についてはどうですか?」
と聞かれた。
「えっと?今も遅れて聞こえてます。」
すると次に返ってきた返答は。
「はい、診察は終わりです。今日なら入院しましょうか。」
と会話がまるっとスキップしてしまったように感じた。
その後も会話をしようとしたが、成り立たなく、途中にスキップするので話すのを諦めた。
なんというか、世界が遠くなっている気がする…
入院の扉が勝手に開くが誰も入ってこない。
なんとも不気味だった。
人と会話ができないのがこれほど辛いことだということを改めて思い知った。コミュニケーションができないことはストレスだ。
気づけば、窓の外を見ることが多くなった。
窓から見える大木の葉っぱが、瞬きをすれば紅葉に…また瞬きをすれば桜になっていた。
俺からするとズレて見える。
けど、周りの時間はいつも通り普通に進んでいる。俺は"すごく早く進んでいる"だから、紅葉だったのが一瞬で桜となってしまう。
俺は"バグ"のような存在なのかもしれない。
………ああ、疲れたな。
時間が早まってるけど俺って早く"死ねる"のかな?
ふとそんな疑問を考え出した時、また扉が開く。だが、紡はもうそんなことは気にしない。"どうせ誰かが来ていることを自覚できないのだから"
紡は顔を伏せる。
雨の音に紛れて不思議なことが起こる。
「寝てるの?」
久しぶりに聞いた人の声。
いや、幻覚だろう…
「おーい!」
ゆっくり見上げると、そこには───────
「寂室…さん?」
「名前覚えててくれたんだ?」
「なんで俺と話せるの?」
「なんで君だけ平気なの?」
「落ち着いて!」
「ほら、もうすぐ晴れるから気持ちも晴らして!」
彼女がそう言った直後、窓から日差しが刺してくる。すると、彼女の顔は太陽で照らされてよく見てた。
美しい…高嶺の花と呼ばれるだけの事はある。
「すぐにまた雨降るけど笑」
ザーーと雨が降りだし、再び部屋は暗くなって彼女の顔が見えにくくなる。
「どうしてわかるんだ?」
「だって前もそうだったから〜」
「前?」
「ううん?なんでもない。」
前も思ったけど、寂室さんって不思議な人だよな。そこから少し話した。久しぶりに会話をしたことが、紡の精神を回復させた。
「また来るね!!」
彼女は"また"と言ってくれた。今回のが奇跡だったのかと思うかもしれない。けれど、不思議と彼女にはまた会えるような気がした。
次の日も、また次の日も彼女は来てくれた。
それは俺にとって癒しで、どんどんと仲良くなった。
「連絡交換しようよ!」
紡は元気に寂室さんに告げる。
「あっ…もうこんな時間か…」
寂室さんは短く叫んだ。
紡は久しぶりにスマホを開く。すると、あることに気づいた。
「なんで…?」
3年前の記事には"寂室灯"が死んだ事件が書いてあった。
それだけじゃない、3年前ってことは俺は…"未来"じゃなくて"過去"に向かっていた
のか!?
紡の体は消え始める。
寂室さんは笑う。
「やっと私の時間に追いついてくれたね?」
紡は全てを理解する。
「違うよ…」
「え?」
「俺は"君より少し遅れて生きていただけだ"」
そのまま紡は消えた。
「寂しくないよ…」
寂室は病室で一人呟く。




