Episode1 Dog Fire~冥府の番犬~
「聞き込み、一通り終わりましたよ」
ユウキとアリスは疲れたように、ソファにもたれかかる。
いくつかの書類を机に置き。
夜遅くまで働いた体をいたわる。
「容疑者は絞れましたが、意味があるのですか?」
アリスには犯行の立証が、不可能に思えた。
DNAコネクタの力は未知数だ。力は人智を超えている。
「姉ちゃん、忘れたのか? 容疑者が特定できれば、異能力が分かる」
ユウキが恋歌の居る部屋を、見つめた。
異能力。この世界の者なら、誰でも持っている存在だ。
遺伝子に組み込まれた進化が。一人に一つ不思議な力を与える。
アリスにとってそれは、当たり前の存在だった。
悪用抑制のため、全世界で異能力は戸籍などと同等に扱われる。
「重要個人情報だから。確信がないと、防衛軍にも見せてもらえないけど……」
「彼女の力があれば、可能と言う事ですか……」
「うん。世界中のあらゆるデータに、即時アクセスできる恋歌ならね」
夏樹恋歌。彼女はデータ化されたものなら、いつでも閲覧できる。
例えネットワークに接続されてなくても。紙面のものでも。
データならば、即座に検索可能なのだ。
欲しい情報が特定できれば、ハッカーいらずでもある。
データ量は膨大なので、検索前に相当な絞り込みが必要なのが欠点だが。
「恋歌、データベースにアクセスして。容疑者の異能力を調べてくれ」
「う~ん。余り感心は出来ないけど……。非常事態だもんね」
恋歌は部屋にこもったまま、腕ドアを軽く開けた。
気絶させたはずなのに、動くことが出来た。
共犯者の可能性が低い事から、異能力に秘密があると睨んだ。
「現状の最有力容疑者は。鈴木エンジョウ。二十八歳。男性」
ユウキ達は聞き込みで容疑者を絞った。
襲撃された施設には、共通点があった。
全ての施設にとある会社が関係していたのだ。
関係する施設を知ることが出来るのは、社員か元社員。
そこでユウキとアリスは、大勢の社員に聞き込みを行った。
その中でも、最近止めさせられて。最も評判が悪かった社員の名前を口にする。
「仕事サボって、ゲームしてたらしいです。悪気を一切感じなく」
本人曰く、仕事がないから暇つぶしとのこと。
ならばと仕事を与えたら、『自分がやるような仕事じゃない』と蹴ったらしい。
上司から与えられた仕事はやるが。数日後には同僚に押し付けていた。
やる気がないや傲慢と言うより。舐めているという評価だ。
今回の犯人と、一致した部分があるとアリスが言い出した。
全てでなく施設の一部破壊。愉快犯染みた連続性など。
「こういう時、姉ちゃんの経験は頼りになる」
二年先輩のアリスは、様々な悪意と戦っていた。
その為、性格から行動パターンを把握できるのだ。
「ビンゴ。鈴木エンジョウ。彼は炎を操る異能力の持ち主」
「シンプルな能力だね。でもそれじゃあ……」
「気絶後の謎が解けないね」
恋歌の分析によると、炎自体は体から出さなくても良い。
犬とは違う方向から飛んできても、違和感がないようだ。
ただこの手の異能力は、発動時に体を動かす。
力を籠める時、無意識に動く。ユウキもそうだから分かる。
あの時犬は、頭がぐったりして動いた形跡はなかった。
「ユウ、実際に戦って、気になったことはありますか?」
「いくつか。まず、あの体を纏う炎だ。DNAコネクタは動物の特徴を突いた怪物"ヒュメラ"にするけど」
今までの事例で、身体からエネルギーが溢れた報告はない。
あの炎は鈴木の異能力で、演出している。
「あんな事したら疲れやすいし。なにより攻撃に威力が出ないだろ」
犬との戦いを見ると、あっさりダウンしている。
爆発の威力はすさまじかったが。
防火施設を燃やす火力にしては、弱い気がする。
「あと頭部だけ火力が強かった。頭の周辺だけ、妙にぼやけていたんだ」
「炎……。犬……。頭部……」
恋歌が扉から腕を出した。
「ユウ、アリスさん。今すぐ犯人と戦える?」
「僕は大丈夫。でも奴の秘密が分からないと、また逃げられるんじゃ……」
「秘密なら分かったよ。今のユウの違和感でね」
恋歌はその能力から、誰よりもDNAコネクタに詳しい。
この手の任務がユウキ達に来るのも、それが理由だ。
なにせ彼女はユウキが居ないと、手を貸せないのだから。
「犯人は地獄じゃなくて。冥府だったようだね」
***
夜の街。二人は堂々と歩く、一人の男性を見つけた。
防衛軍の身分証を見せて、彼に話しかける。
「鈴木エンジョウですね? お前の事は調査済みです」
「僕とは初めましてじゃないよね? 昼間戦った仲だろ?」
男性、鈴木エンジョウは二人に振り返った。
チャラいとかではなく、キョトンとしている。
なぜ話しかけられたのか、本当に分かっていないようだ。
「お前の動機は分かっています。会社をクビにされた、逆恨みですね?」
「いや。俺が働くべき場所じゃないんで。それは恨んでないです。でも……」
声にもチャラさや軽さはないが。
人を舐めた雰囲気を漂わせている。
「あの会社、俺をブラックリストに登録したらしいですよ。そのせいで再就職に困っちゃって」
「当たり前だろ。仕事サボってたんだろ? しかも君は前科ありだ」
恋歌の調査によると、鈴木エンジョウは過去にも会社を辞めている。
その理由は、今回と同じことだ。
それが重なって、企業間のブラックリストに載ったとのこと。
「サボってないです。仕事なくて、暇だったんで遊んでいただけです」
「仕事与えてもやらないっていってましたよ?」
「あんな小さな仕事、俺がやるべきじゃない。俺はもっと大きな事がしたい」
アリスは呆れた。彼は典型的な無能な人間タイプだ。
現状の能力を把握せず、やたらと出来ると思い込んでいる。
証拠を提示していないのに、白状したのもそのためだろう。
「俺、悪い事してないんで、邪魔しないでくれます? あんな会社、潰れた方が世の中のためなんで」
「君の正義なんてどうでも良いよ。説教しに来たわけじゃないから」
ユウキはニヤリと笑って、剣を手元に召喚した。
刃先を向けて、右手の中指で犯人を指す。
「パーティ前の散歩してやるぜ。ワンちゃん」
「そう言う見下した態度、モラハラですよ? 成敗しないと」
鈴木エンジョウはポケットから、正方形のコンセントを取り出した。
スマホの充電器の様な見た目だが、アリスには分かった。DNAコネクタだと。
彼はコンセント部分を、自分の胴体に突き出した。
炎に包まれると同時に、肉体が魔犬に変化する。
昼間に戦ったヒュメラと、姿が同じだ。
「今度は逃がさないぜ。世の中ペロペロワンちゃん」
『やってみますか? 無理だと思うけど』
「あれ、喋れるの!? あ、人間だからか」
炎の犬は口から火球弾を吐き出した。その際頭を動かしている。
昼間の戦いでユウキは異能力を殆ど使っていない。
だから知らない。ユウキに遠距離攻撃は通用しないと。
ユウキは右腕を突き出した。
飛んできた火球弾が制止する。
「サイキック能力。それが僕の異能力さ。返品だ」
ユウキは念力で掴んだ火球弾を、炎の犬にはじき返した。
上空から別の火球弾が飛んで、それを打ち消す。
今度は頭が動いた気配はない。
両者の姿が煙で遮られる。
どちらも相手を視認出来ていないはずだが。
ユウキの頭上から、火球弾が接近する。
「嗅覚と聴覚が犬と同等の鋭さになるから。見えなくても位置は掴まれるのか」
ユウキは頭上の火球弾を、念力で掴んだ。
その直後、ユウキの左右から別の火球弾が二発同時に飛んでくる。
「恋歌の推理はたよりになるなぁ」
左右の火球弾を迎撃するように。
青く光る剣が、ユウキからミサイルの様に発射された。
手に握った剣を分身させて飛ばす、分身剣と言う技だ。
『え? な、なんで……?』
同時火球弾を防がれて、炎の犬は動揺している。
ユウキは火球弾を、敵の足元に投げ返した。
巨大な爆風が発生して、犬を覆っていた炎がかき消される。
「中々の手品だったぜ。双子トリックならぬ、三つ首トリックとはね」
炎が消えた後に現れたのは、首が三つある犬の姿だった。
「コネクタと異能力の組み合わせによって。双方の進化が促進されるらしいな」
「お前のタネは調査済みです。お前は体の炎を使って、二つの頭部を隠していた」
「昼間、僕が気絶させたのは真ん中の頭だけだ。三つの頭部が残っていれば、お前の意識は保つ」
これが恋歌が見抜いた、今回のトリックだった。
鈴木エンジョウは三つ首の犬に変身した。
意思決定をする脳もまた、三つに分身したのだ。
「異能力を使う際、隠した頭部を動かせば。相手の不意もつけるしね」
「お前の隠れてゲームをするサボり癖が、その発想をさせたのですね」
「手品タイムは終わりだ。鈴木エンジョウ、パーティは御開きだぜ」
動揺して体を震わせる、三つ首の犬。
全ての頭から、同時に炎を放とうとチャージを始めた。
『さあ! 発射前に全部の頭を倒さないと当たるよ!』
「それで爆風に乗って、また逃走? まあ、無理だね」
ユウキは剣を構えたまま、敵の頭上に飛んだ。
空中で体を一回転させる。半分まわった所で、左右に分身が出現した。
「チェックメイト!」
そのまま剣が振り下ろされて、同時に全ての頭部を切り裂いた。
着地と同時に、分身は消滅する。
『あ、あ……』
全ての頭にダメージを追った、三つ首犬は地面に倒れる。
そのまま鈴木エンジョウの姿に戻り。体のコネクタが外れた。
飛び出したコネクタは、刺し込み口が破損して使用不可になる。
「残念だったな! 当分冥府には帰れそうにないぜ!」
***
ユウキは上司に報告書を提出した。
任務を受けて即日解決は、高く評価されたが。
恋歌の力で、勝手に個人情報にアクセスしたため複雑な気分になる。
鈴木エンジョウは逮捕されたが、裁判はずっと先だ。
DNAコネクタは最近出回ったもの。まだ法整備が進んでいない。
被害地域の狭さから、規制が進むのはずっと後だろう。
「あんまり部隊所属って、柄じゃないんだけどなぁ……」
報告が終わると、ユウキは正式に部隊配属される。
DNAコネクタに対抗する部隊。ヒュメラ犯罪対策班に所属となった。
今回はメンバーの顔見せをしておけとの事だ。
ユウキを合わせて四人らしい。
少なく思えるが、それだけDNAコネクタに対抗できるものが少ないのだ。
早速他のメンバーがいる、会議室に入ったユウキ。
「あれ? 誰も居ない……?」
『居るよ~。リモートで入ってま~す』
「恋歌か……。顔映さないなら、通信機で良くない?」
机にはもう一台パソコンが置いてある。
最後の一人も、リモート参加とのことだが、顔は映っていない。
これでは顔見世になっていない。
表示された見覚えある名前を見て、ユウキは苦笑いをする。
その人物が隊長はありえない。なら最後の一人が隊長になるが……。
「遅れましたが、五分以内にはついているので問題ないでしょう」
「あぁ……。やっぱり、姉ちゃんが隊長か……。そんな気はしたんだ!」
この部隊は意図的に知り合いだけで、構成されている。
DNAコネクタに対抗するには、最初から連携が取れる者同士が良いのだろう。
「ではこれより。チーム、ブルークローバーの初会議を始めます」
「勝手に仕切るなよ。っていうか、勝手に部隊名を決めるな!」




