②絶対絶命!
——朝、ホテルで朝食を済ませた僕達は、高知の観光地を巡る事にした。
だが僕は、和也と二人きりで旅をした事に、後悔を覚えた。
和也の、小学生のような、悪ふざけのせいだ。
はりまや橋という小さな赤い橋では、川へ落とされそうになったし、高知城では狭い部屋に閉じ込められた。
バスで向かった桂浜という海岸では、犬のフンを見つけては、僕に投げつけてくるのだ。
特に酷かったのは、高知名物の鰹のタタキを食べようと、二人で入ったレストランでの出来事だ。
少し目を離した隙に、鰹の切り身が、半分も減っているのだ。
当然、犯人は目の前にいる、このクソ野郎だ。
やはり問い詰めても、知らないの一点張り。
僕は、絶望の溜め息をついた。
最悪だよ、こいつ。
旅をして、ノンフィクション小説を書くのは名案だったが、こんな事なら一人旅で良かった。
レストランを出ると、僕は気を取り直して、スマートフォンでホテルの予約をする。
今日は出費を控えるため、宿泊費の安い、古いホテルを選んだ。
◇ ◇ ◇
夜、九時を過ぎた頃だった。
小腹が空いた僕達は、コンビニへと出かける事にした。
ホテルの裏は、薄暗く湿っぽい路地。
そこに、個人で経営しているような、小さなコンビニがあった。
静かな店内に入ると、お店のおばさんが一人、レジにいる。
こちらを、チラリと見た。
一瞬、和也の姿を見失ったが、彼は駄菓子コーナーにいた。
まさか、またスルメのお菓子を買うのだろうか。
イカ臭いから、もう買わないでほしい。
「しかし、あれだな……」
スルメのお菓子を手にした和也が、背後にいた僕に話しかけてくる。
「なに?」
「ノンフィクションの小説を書くのが、今回の旅の目的だったけど、これだと普通に観光しただけだな」
「うん。やっぱり、変わった事が起こらないとね。ノンフィクションは難しいね」
「そうだな。なにか事件でも起こらないと、面白くもなんともないな」
「事件?」
「そうだよ。例えば、今ここに包丁を持った、コンビニ強盗が現れるとか。それを俺達が、激闘の末、とっ捕まえるとかさ」
「でもそんな事、あるわけ……」
——金を出せっ!
男の野太い声が響いた。
僕達がレジの方に目を向けると、ニット帽にマスクとサングラスをした男がいた。
手には、出刃包丁が握られている。
僕は、驚きと呆れで、ポカンと口を開いた。
呆れというのは、今まさに、コンビニ強盗の話をしていたからだ。
こんな事が、あるのだろうか?
まるで、漫画か小説だ。
強盗が、五メートルほど離れた僕達の方に、顔を向ける。
「お前ら、そこにおれや! 大人しくしちょけよ!」
強盗の激しい土佐弁に、僕達は動けなくなった。
しかし和也は、なぜか嬉しそうにしていた。
小声で、僕に話しかけてくる。
(おい圭太。面白くなってきたな……)
(いや、面白くないよ)
(とっ捕まえようぜ)
(だめだよ、やめた方がいいよ。コンビニ強盗って、かなり追いつめられた人がするんだよ。何されるか、分かったもんじゃないよ)
(大丈夫だって。俺に任せろよ……)
「おんしゃーら、何をボソボソ、話しゆうがなや! 後ろ向いちょけや! いらん事せられんぞ!」
強盗の怒鳴り声に、僕は怖気付いた。
強盗は再び、レジのおばさんに顔を向ける。
だが、おばさんはお金を出す素振りも見せず、強気な目で、強盗に向かって大きな声を出した。
「あんた、やめちょき! 警察、呼ぶぞね! はよう、いに!」
なんと、おばさんは、強固な態度を示したのだ。
憤慨した強盗は、おばさんのパーマ頭を荒々しく掴む。
そして、包丁をおばさんの首元に突きつけ「うるさいわや、はようせえや!」と怒鳴った。
強気なおばさんも、包丁を突きつけられたら、堪らない。
悔しい表情で、仕方なくレジを開けた。
男は素早く手を突っ込こむ。
クシャッと札を握りしめると、ポケットに押し込んだ。
長居は無用とばかりに、男は素早く出入り口に向かった。
すると、大きな影が強盗に飛びかかった。
和也だ!
ドスンッ!
強盗の背中に飛びつき、押し倒す。
強盗の持っていた包丁が、カランと転がった。
「この野郎!」と和也は、強盗のサングラスやマスクを剥ぎ取った。
強盗は白髪の多い、六十歳くらいの男だった。
「兄ちゃん、やるやんか!」
おばさんは和也を褒めると、外へ飛び出し、大声で叫んだ。
「誰か来とうせ! はよう警察呼んでぇ!」
僕が外を見ていると「おばちゃん、どういたで?」と、近所のおじさん達が、集まってきた。
僕は再び、和也と強盗に目を向けた。
和也は倒れた強盗の上に、馬乗りになっていた。
やはり、和也は強い。
しかし、ここで強盗の思わぬ反撃。
シューと音がしたかと思えば、和也が「目が! 目がぁぁぁ!」と、顔を押さえて苦しみ出した。
強盗は立ち上がり、膝をついた無抵抗の和也を蹴り倒す。
僕は一瞬、強盗がスプレーの様な物を持っている事に気付いた。
そうか!
痴漢撃退スプレーみたいな物を、和也の顔に噴射したんだ。
さすがの和也でも、これは堪らないだろう。
さらに強盗は、包丁を拾い上げると、倒れている和也の首に刃先を向ける。
そして僕を、ギロリと睨んだ。
その瞬間、僕は全身の毛が逆立つほど恐怖を覚えた。
足の裏が地面に張り付いたように、一歩も動けなくなってしまったのだ。
強盗は、荒い息づかいと共に、僕を脅してくる。
「おいチビ! 逃げたよったら、こいつ刺すきにゃあ!」
やばい、どうしよう……。
つづく……




