第9話 空間転移
シャノンの放った雷が、瞬きの間に眼前に迫り来る。
視界を埋め尽くすほどの光と熱。戦闘用のスキルを持っていないわたしでは、この速度の雷は避けられない。濃密な死の気配に全身が硬直し、頭が真っ白になりかけた、その時。
「「「教祖様!!」」」
信者たちの叫び声が響き渡り、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。半透明な5枚の壁が盾となって現れ、雷を阻む。
パリンッ!
ガラスが砕け散るかのような音を立てて、一番前の魔力障壁が跡形もなく消し飛んだ。
パリン! パリンッ!! パリンッ!!
雷は立て続けに魔力障壁を貫いていく。砕け散った破片がわたしの頬を掠め、血が噴き出た。
「お願いします。持ち堪えてください……!」
祈るような気持ちで障壁を見つめる。
4枚の壁を貫いた雷は、それでも尚凄まじい熱量を保ったまま最後の障壁へと突き刺さった。
――バギィィィィンッ!!
これまでで最も大きい破壊音。衝撃波が突風となってわたしの髪を巻き上げる。咄嗟に腕を上げ、防御の姿勢を取った。
だが、予想していた痛みが訪れることはなかった。
雷は最後の障壁を砕くのと同時に、凄まじい光と熱を撒き散らしながら霧散した。
空気が焼けたような匂いが辺りに立ち込める。地面に視線を落とすと、そこには雷が抉った巨大な黒い焦げ跡が、わたしの足先まで一直線に続いていた。
思わず息を呑む。
「一体どれだけの魔力があれば、こんな威力の魔法を撃てるんですか……?」
シャノンが使った雷撃は、先ほどの奇襲で信者の1人が使った魔法と同じだ。しかし、その威力には天と地ほどの差がある。
信者9人が放った渾身の魔法は、シャノンが展開したたった1枚の魔力障壁に阻まれ、完全に防がれてしまった。
それに対し、シャノンの雷撃は信者5人の魔力障壁を破壊する威力を持っていた。
人によって得意な魔法は違うから、単純に比較することはできないが……シャノンの魔術師としての実力は、想像してたよりも遥かに高いようだ。
これ、大丈夫かな……。
不安が顔に出ていたのだろう。デスケがわたしの前に進み出て、力強く頷いてくれる。
「教祖様は我々がお守りします!『炎の槍』ッ!!」
彼が杖を掲げると、その先端から炎が吹き出して渦を巻き、燃え盛る紅蓮の槍へと姿を変えた。
「喰らえッ!」
咆哮と共に放たれた槍が、一直線にシャノンへと襲いかかる。
だが、シャノンは迫り来る炎の槍を涼しい顔で見ているだけだった。槍の穂先が彼女の白い肌に触れる寸前――その姿が蜃気楼のように揺らぎ、掻き消えた。
「なっ……どこへ!?」
「――デスケ、後ろだッ!」
信者の1人が声を上げる。しかしデスケが振り向いたときには、空間転移により出現したシャノンがその右腕に揺らめく水の刃を纏っていた。
「しまっ……」
デスケが炎の槍を解除し、魔力障壁を発動させようとする。だが、シャノンの魔法が届くほうが早い。
「少し寝ててください」
氷のように冷たい声。鋭く伸びた水の刃がデスケの体を貫き、彼は悲鳴を上げる間もなく地面に崩れ落ちた。
「デスケッ!!」
「遅いです」
反撃する間もなく、シャノンの姿が再び消えた。もう一度背後を取り、死角から攻撃するつもりだろう。
信者たちが背中を合わせ警戒する。
「空間転移の後には必ず隙がある! そこを全員で叩くぞ!」
術式を構築し、シャノンの出現に備える彼らの頭上に、無数の空気の弾丸が降り注いだ。
「ぐあああああっ!!」
「くそっ、どこから……!?」
信者が2人、血を吐きながら地面に倒れる。ハッと顔を上げると、夜空に黒いローブをはためかせながら舞い降りるシャノンと目が合った。
上空に空間転移したのか!!
戦闘開始から1分足らずで、3人も倒された。これ以上数の優位が減るのはまずいな……。
ストン、と静かに着地したシャノンを残った信者たちが即座に取り囲む。
「怯むな! 囲んで攻撃を続けろ! 空間転移を使う隙を与えるな!」
怒号と共に、信者たちが魔法を乱射する。
空間転移による神出鬼没の攻撃は厄介だが、弱点もある。複雑な術式と膨大な魔力を必要とするこの魔法は、強力だが発動までに時間がかかるのだ。
シャノンの術式構築速度がどれだけ速いとしても、既に術式の構築を終えている彼らの魔法より早く発動することはできないだろう。
四方八方から迫る魔法の豪雨に、シャノンはドーム状に展開した魔力障壁で全身を覆った。
次々と魔法が着弾し、轟音が大気を震わせるが、障壁にはヒビすら入らない。
「――でも、これで動きは止まりました」
魔力障壁を使っている間は、他の魔法は使うことができない。彼らが魔法を撃ち続けている限り、シャノンは動けないはずだ。
つまり、今がチャンス。わたしはぶーちゃんの背中に飛び乗り、頭を優しく撫でた。
「ぶーちゃん、行きますよ! あの子に向かって、まっすぐ突っ込んでください!」
「フゴォォォッ!」
ぶーちゃんが雄叫びを上げ、大地を蹴った。凄まじい勢いで加速し、シャノンが立てこもる半透明のシェルターへと突進していく。
高速で迫る魔物を前にしてもシャノンの表情は変わらない。きっとこの巨体による突進を防ぎ切る自信があるのだろう。
だが、それでいい。わたしの本当の狙いはシャノンではない。
――ズドォォォンッ!!
ぶーちゃんの牙が音を立てて魔力障壁に激突し、弾かれる。
その直前に、わたしは彼の背中からふわりと飛び降りた。
「まずは、こちらの戦力を増やします!」
わたしの視線の先、シャノンの足元付近には、先ほどの奇襲で吹き飛ばされ、気絶している魔術師が何人もいた。
デスケとカクロスから貰ったポーションもまだたっぷりある。倒れている魔術師全員を洗脳し、ポーションで回復させれば戦況は大きくこちらに傾くはずだ。
空中を舞いながら、倒れた魔術師に手を伸ばす。指先が彼の頬に触れる――その寸前だった。
「『炎の柱』」
ゴオオオオオッッ!
シャノンが短く呟くと、わたしの足元から突如として炎が吹き上がった。咄嗟に空中で身をよじる。だが、完全には避けきれない。伸ばしていた右腕を業火が貪るように焼いていく。
「う、あぁぁぁっ!」
「教祖様ッッ!!」
全身を駆け巡る激痛に、思わず悲鳴が漏れる。地面に倒れ込むようにして転がり、何とか炎から距離を取った。
右腕は皮膚が焼け爛れ、肘から先が真っ黒に焦げている。震える手でポーションを取り出し、腕に振りかけた。
「うぅ……」
ジュワッと音を立てて白煙が上がり、皮膚が再生していく。だが、骨の芯まで響くような痛みは消えてくれない。
激痛の中で、わたしは混乱していた。
魔力障壁を張ったまま、炎の魔法を使った?
どうやって……⁇
人間は、2つの魔法を同時に使うことはできない。
デスケだって、炎の槍を解除してから魔力障壁を使おうとしていた。
人体の構造上、魔力障壁を張りながら攻撃魔法を使うことは不可能なはずなのだ。
それなのに、どうして彼女は別の魔法――あの炎の柱を発動することができた?
「教祖様、ご無事ですか!」
ランドルフが近づいてきて、わたしの治りかけの腕を見て顔を青くする。
「ええ、なんとか……。それよりもランドルフ、教えてください。なぜシャノンは魔力障壁を維持したまま、別の魔法を使えたのですか? あんなこと可能なのですか?」
わたしの問いに、ランドルフは苦々しく顔を歪めた。
「我々には不可能です。人間が体内に持つ魔力回路は、通常1つ。ゆえに、魔術師は2つの魔法を同時に使用することはできません」
うん、そう思っていた。わたしは魔術師ではないが、そのくらいなら知っている。
……あれ?
魔力回路、という言葉。最近どこかで聞いた気がする。
そうだ。
そういえば、デスケとカクロスが言っていた。
「シャノンは、魔力回路移植実験の唯一の適合者……!」
ランドルフが静かに頷き、わたしの言葉を肯定する。
「ご推察の通りです。他者から摘出した魔力回路を幼児に移植し、定着させる。千人以上の死者を出し、闇に葬られた研究ですが……その狂気の果てに生まれた唯一の成功例が、彼女なのです」
つまり、世界で唯一魔力回路を2つ持つ彼女だけが、2つの魔法を同時に使用できるというわけだ。
……これ、どう倒せばいいんだろう。
信者たち9人の集中砲火を防ぎきる強力な魔力障壁を張り続けたまま、高火力の攻撃魔法まで使うことができる。
攻略する方法が分からない。目の前の美少女が、災害か何かに見えてきた。
でも。
考えろ。方法はあるはずだ。自分の頬をパンッ!と叩いた。
「ここで彼女を仲間にできれば、世界征服に大きく近づく、という事でもあります!」
敵が強ければ強いほど、仲間にしたときに頼もしい。わたしはニッコリと笑みを作り、思考の海に身を沈めた。
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