第8話 ギスギスするのは良くないよね
カクロスが『静寂』を解除すると、ようやく世界に音が戻ってきた。風が木々を揺らす音と、遠くから鳥の声。
当たり前の感覚なのに、何だか懐かしい感じがする。これだけ完璧に音を遮断できていたのなら、隣の小屋の魔術師たちにも気づかれていないだろう。
わたし達は瓦礫の下から魔術師たちを掘り起こし、小屋から少し離れたところに横たえた。既に洗脳済みの茶髪の男も合わせて、7人が気絶している。
その全員が血だらけで、手足が変な方向に曲がっている者もいた。
「しかし、誰も命を落とさずに済みました。あなた達のご助力のおかげです」
わたしが労うと、カクロスは深々と頭を下げた。
「もったいなきお言葉! 全ては教祖様の深淵なる計画の賜物です! 我々はただ、その御心に従ったまで」
デスケも頷き、満足そうな笑みを浮かべる。
「さて、まずは彼らを治療しないとですね」
わたしはそう呟くと、倒れている魔術師たちの傷口にポーションを振りかけた。それから1人ずつ手を握り、洗脳していく。
金色の光に包まれながら、魔術師たちが次々と目を覚ましていった。
「ああ……なんと温かな光だ……。魂が浄化されていく……!」
「この御方こそが、我らが真に仕えるべき主……!」
魔術師たちが恍惚の表情で天を仰ぎ、涙を流す。ついさっきまで闇の刃でわたしを攻撃していた黒髪の男も、今はわたしの足元に跪いて頭を下げていた。
「教祖様、我らのような薄汚れた存在を導いてくださり、心より感謝します。どうかこのウルリクに、貴女様のために働く機会をお与えください!」
その瞳には感謝と畏敬の念が浮かび、先ほどまでの敵意は完全に消えている。無事に洗脳できたようだ。
……相変わらず、すごい変わり様だな。
「もちろんです、ウルリク。わたし達と共に、世界を幸福で満たしましょう!」
わたしは9人の魔術師たちを見回し、優しく微笑みかけた。皆熱のこもった視線でこちらを見つめている。
わたしは早速、世界を幸福で満たすための最初の作戦を説明することにした。
「――今からあの小屋を爆破しようと思っているんです。よかったら、皆さんも手伝っていただけませんか?」
△▼△▼△▼△
わたしが説明を終えると、9人の魔術師が静かに呪文を唱え始めた。
わたしとぶーちゃんは彼らの攻撃に巻き込まれないように、小屋から少し離れてその様子を見守る。
今回の作戦はシンプルだ。信者たち9人にそれぞれが使える最高威力の魔法を小屋に撃ち込んでもらい、気絶した魔術師たちを洗脳する。
カクロスの『静寂』で音を消す必要もない。音が聞こえた頃には、全てが終わっているからだ。
「フゴッ……」
ぶーちゃんが小さく鼻を鳴らした。緊張しているのだろうか、ゴワゴワとした毛が逆立っている。その背中を優しく撫でて、顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですよ。彼らはまだ、わたし達の存在に気づいていません」
こちらが圧倒的に有利な状況だ。
魔法の威力は、術式構築にかけた時間の長さに応じて上昇する。強力な魔法ほど複雑な術式と長い詠唱を必要とするため、威力の高い魔法を使うにはどうしても時間がかかってしまうのだ。
だから、魔術師同士の戦闘では奇襲のアドバンテージが非常に大きい。時間をかけて練り上げた強力な魔法を、一方的に叩き込むことができるからだ。
彼らの杖先に魔力が集まっていく。凝縮された濃密な魔力が陽炎のように空気を歪ませた。
信者達がこちらに視線を向け、小さく頷く。わたしは静かに頷き返し、右手を掲げた。
「邪神ノクヴァルの名の元に、彼らを救済してください!」
合図と同時に、9種類の魔法が放たれる。雷撃、竜巻、炎の柱、闇の大鎌、様々な属性の魔法が一つに融合し、一直線に小屋へと吸い込まれていく。
閃光。
それから一拍遅れて、天地を揺るがすほどの凄まじい爆発音がわたしの耳を貫いた。
「――――ッ!」
目と耳の感覚を一気に持っていかれた。あまりの眩しさに網膜が焼けるように熱い。頭蓋骨の内側で金属音が鳴り響いている。
「のんびり眺めている場合じゃ、ありませんでした……!」
後悔しながら、止めどなく溢れてくる涙を拭い目を開けると、木造の小屋は跡形もなく消し飛んでいた。
爆風で周囲の木々が薙ぎ倒され、舞い上がった土煙が月を隠している。
「……終わった、か」
ウルリクが勝ち誇った顔で呟いた。
土煙がゆっくりと晴れていく。そこには巨大なクレーターが残り、10人くらいの魔術師たちが見るも無惨な姿で倒れていた。
作戦は成功。敵戦力の大半を、この一撃で無力化できたようだ。しかし、安堵することはできなかった。
「……まだ、います」
わたしの視線はクレーターの中心、舞い上がる土煙の奥に注がれていた。信者たちがハッと息を呑む。
やがて煙の中から1つの人影が姿を現した。シャノンだ。
淡い水色の髪が、暗闇の中で幻想的に輝いている。漆黒のローブを纏い、腕には白い宝石が埋め込まれたブレスレット。わたしと同じくらいの歳の少女が、静かにそこに立っていた。
彼女の周囲には半透明の魔力障壁がドーム状に展開されており、その表面には細かい亀裂が無数に走っている。
だが、障壁の内側にいる彼女自身は、その美しい顔に僅かな驚きを浮かべているだけで、全くの無傷だった。
あれだけの攻撃で、無傷?? わたしなんて見ていただけで涙が出たのに。
というか、どうやって奇襲に気づいたんだ?
「これは一体、どういうことですか」
シャノンが魔力障壁を解除し、端的に質問した。その凍てつくような視線は、彼女を半円状に取り囲む9人の信者たちに向いている。
その涼やかな顔は無表情を装っているが、指先は苛立ったように小刻みに震えていた。
シャノンが動揺するのも当然だろう。彼女からすれば、つい先程まで仲間だった魔術師たちが、何の前触れもなく先制攻撃を仕掛けてきたのだ。
でも、これも全てはシャノン達を正しい道へと導くため。救済のための攻撃なのだ。驚かせてしまったかもしれないけど、少しだけ我慢してほしいな。
信者たちの中から、ウルリクが一歩前に出た。
「我々は真の主にお仕えすることを決めた。偉大なる教祖、リオラ様だ」
その言葉に、シャノンの眉が僅かに動く。チラリとこちらに視線を向けた。
「何を……言っているのですか、ウルリク。正気に戻ってください。彼女はただの奴隷でしょう。我々の研究材料でしかないはずです」
「教祖様に何たる不敬を! このお方こそが、この世界に救いをもたらす唯一絶対の存在! 我らを導き、救ってくださる真の光なのだ!」
ウルリクが突如激昂した。それだけではない。他の8人もシャノンに対し、静かだが刺すような敵意を向けている。
うーん。元仲間同士でギスギスしているのは、見ていて気まずいな。人が喧嘩してるところって、どうにも苦手だ。早くシャノンも洗脳して仲良しに戻してあげないと。
のんびりそんな事を考えている間にも、シャノンは説得を続けていた。理知的な顔を僅かに歪めながら、必死に言葉を紡ぐ。
「私達には理想があったはずです。感情を排し、真理の探究のために全てを捧げるという崇高な理想が。そのために、貴方は立場を捨てて叡智の尖塔の門を叩いたのではなかったのですか!」
「理想? そのようなもの、教祖様が与えてくださる絶対的な幸福の前では、塵芥に等しい。我々の唯一の望みは、この身の全てを捧げて教祖様のお役に立つこと。ただそれだけだ」
「その通り」
ウルリクの横から落ち着いた声が響いた。岩を操る魔法を使っていた茶髪の男だ。
「我々は悟ったのだ。今まで追い求めてきたものが、いかに無価値なものだったのかということを」
「ランドルフ、貴方は騙されています。どうか目を覚ましてください!」
シャノンの声に、初めて悲痛な色が混じった。冷静さを保っていた彼女の仮面が、少しずつ剥がれ落ちていく。美しい水色の瞳が絶望に揺れた。
「ああ、シャノン。お前はまだ、真の光を知らないのだ。この胸を満たす、絶対的な幸福を。だが安心しろ。教祖様は誰にでも等しく救いの手を差し伸べてくださる、慈悲深いお方だ」
信者たちが口々にわたしを称賛する。その声に促されるようにわたしはゆっくりと前に出て、穏やかに微笑みかけた。
「お久しぶりですね、シャノン」
「貴女を殺してから、まだ半日しか経っていません。……確かに心臓を貫いたはずです」
「そうですか。あまりにも多くの事を経験して、なんだか殺されたのが昔のことのように感じます」
奴隷として売られ、生贄になり、邪神と会った。そしてスキルを貰い、自分を殺した相手を洗脳して回っている。本格的な戦闘も今日が初めてだった。本当に、目まぐるしい一日だ。
シャノンは混乱した表情で首を振った。その顔には疲労の色が滲み、明らかに衰弱している。
「どうやって生き返って……。いえ、それよりも彼らに何をしたのですか?」
洗脳スキルは持っていることがバレた瞬間に処刑対象になる。当然、人に話すことはできない。
……誤魔化すか。
「わたしは何もしていませんよ。彼らは邪神ノクヴァルの光に触れて生まれ変わったのです。シャノン、わたし達と共に来ませんか? 邪神ノクヴァルは全ての罪を赦します。きっとあなたも幸せになれるはずです!」
実際、シャノンのことは一番に洗脳したいと思っていた。仲良くなれると思っていたし、奴隷商人から助けてもらったときは、本当に嬉しかったからね。その後殺されたけど。
「何を言ってるのか、さっぱり分かりません。彼らを、私の仲間を返してください……」
彼女の肩が小刻みに震え、苦悶に満ちた吐息が漏れた。わたしは大きく両手を広げて語りかける。
「彼らは自らの意思でノクヴァル教に入信したのです。さあ、シャノン。わたしの手を握ってください。わたし達の仲間になれば、あなたもすぐに幸せになります。あなたは救われるのです!」
シャノンが怯えたように後ずさる。
「先制攻撃を仕掛けてきたかと思えば、今度は自分を殺した相手を平然と仲間に誘ってくる……。異常です。貴女の思考も……その能力も。これほど強力な精神汚染は、聞いたこともありません」
シャノンが腕に嵌めたブレスレットを眺めた。出会ったときには真っ白だった宝石が、黒く濁り始めている。
彼女は少しの間押し黙ると、覚悟を決めたように小さく息を吐いた。
「魔法を使った痕跡は無い。であれば、これは精神に干渉する何らかのスキルによるもの。……貴女を殺せば、彼らも元に戻るでしょうか」
シャノンの右腕に、青白い閃光が走った。空気が弾ける乾いた音が連続し、美しい水色の髪が静電気で逆立つ。
「――『雷撃』」
指先から放たれた巨大な稲妻が大地を削り取りながら走り抜け、わたしの視界を白く染め上げた。
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