第6話 犯罪といえば、この魔法
茂みの中から現れたのは、先ほどまで死闘を繰り広げた魔術師、デスケとカクロスだった。
しかし、その様子は以前とはまるで違い、憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。
「教祖様、叡智の尖塔の拠点から戻って参りました。奴らは現在、近くの街の貧民窟を襲って邪神への生贄にする計画を立てているようです。完全に油断しているので、襲撃するには今が絶好の機会でしょう」
デスケが地面に跪き、恭しく頭を垂れながら言う。その姿は先程までの傲慢さをまるで感じさせない、敬虔な信者そのものといった様子だった。
カクロスも同じように跪き、熱い視線をこちらに向ける。その手には以前より少し簡素な杖が握られていた。
「こちらも無事に予備の杖を持ち帰ることができました。多少は怪しまれましたが、邪神の眷属に遭遇し、間一髪で逃げのびたと嘘をつき何とか誤魔化しました。この杖があれば、偉大なる教祖様のお役に立つことができます!」
それ、本当に誤魔化せてるのか? 直接言い過ぎな気もするが、まあ何はともあれ2人とも無事に任務を達成してくれたようだ。
わたしはうんうんと大きく頷く。
ぶーちゃんにポーションを飲ませている間、2人には一度叡智の尖塔の拠点に戻り、装備を整えるよう命じていた。
さっきの戦闘でローブがボロボロになってしまったし、カクロスに至っては杖が燃えてしまったからね。
そのついでに拠点内の様子を改めて確認し、襲撃しやすいタイミングを見計らってもらったのだ。
――そう、わたし達の次なる目標は、叡智の尖塔のメンバー全員を洗脳し、信者にすることだ。
彼らは放っておくとすぐに生贄を捧げようとするので、最優先で導く必要がある。
「2人とも、よくやってくれました。これで新たな迷える子羊たちを、正しい道へと導くことができます」
わたしの言葉に、デスケが感極まったように顔を上げ、声を震わせながら叫んだ。
「なんという勿体無いお言葉! 我らのような愚か者にまで、このような温かい言葉をかけてくださるとは……! 教祖様、次の命令をお聞かせください! この命に代えても、必ずや教祖様のご意志を完遂してみせます!」
「ああ! 教祖様にこの命を捧げられるのであれば、それこそが我らにとって最上の喜び! かつて所属していた叡智の尖塔も、今では塵芥としか思えません! どうか我らに、ノクヴァル教への奉仕の機会をお与えください!」
カクロスも同調し、2人は再び深々と頭を垂れる。その背中からは凄まじいまでの情熱が感じられた。
それにしても、すごい変わり様だ。ほんの数時間前まで仲間だった相手を、躊躇なく裏切ることができるほどだとは。洗脳の効果は思っていた以上だった。
わたしは残っていたポーションをぐびっと飲み込むと、襲撃計画の続きを――。
「んぐ……!? ごほっ、おええぇぇ……」
舌を刺すような強烈な苦味と生臭さ。あまりの不味さに喉が拒絶反応を起こし、吐き出してしまう。
一度栓を抜いた以上飲み切ってしまいたかったが、これ水分補給で飲めるようなものじゃないな……。
「きょ、教祖様っ!?」
「まさか、調合に失敗していたのか!!」
デスケとカクロスが悲痛な叫び声を上げる。彼らの顔が真っ青になり、目には絶望の色が浮かんだ。
せっかく貰ったものなのに、吐き出してしまって申し訳ないな。次からは飲むんじゃなくて、傷口に振りかけて使うことにしよう。
「くそ、俺はなんて罪深いことを……。教祖様にこんな物を献上した罪、この命で償います!」
「いや待て、このポーションを調合したのは俺だ。俺が責任を取る!」
2人は腰に提げていた解体用ナイフを抜くと、躊躇うことなく自身の腹に突き立てた。
磨き上げられた刃がローブを貫き、その身に深く食い込んでいく。鮮血が溢れ出た。鉄錆のような臭いが辺りを漂う。
ゴボリ、と音を立てて彼らの口から赤黒い液体が吐き出されていく。そして2人は一言も発さずに、虚ろな目をしながらうつ伏せに倒れてしまった。
「うぇ……ま、待ってください!」
わたしは半分パニックになりながらも彼らに駆け寄った。辺りを見回すと、目に入ったのは床に転がる緑色の瓶。
急いでポーションを拾い上げ、2人の傷口に思いっきりぶちまけた。
△▼△▼△▼△
2人を治療したわたしは、彼らの案内を受けて叡智の尖塔の拠点を目指して歩いていた。もっとも、まだ貧血気味の2人はぶーちゃんの背中に揺られながら移動している。
しかし、信者が熱狂的になり過ぎるのも考えものだな……。今回のように些細なことで腹を切られたら困るぞ。元は悪人だったとしても、わたしは人類全員に幸せになってほしいのだ。
彼らが特殊なだけだったらよいが、教義を作るときは念の為、自分よりも教祖を優先するのはやめるよう書いておこう。
「教祖様、ここが叡智の尖塔の拠点です」
20分ほど歩いてからデスケが指差したのは、鬱蒼とした木々が密集しているだけの空間だった。
日が沈み暗くなったせいか、目を凝らしても建物の輪郭すら見つけることができない。
「とても家があるようには見えませんが……」
「拠点が邪神の眷属に見つからないよう、隠蔽魔法を施しているのです」
なるほど、わたし達以外にもノクヴァルを信仰してる人がいるのか。あの祠に参拝客が集まるから、その近くにある隠れ家がうっかり見つかってしまわないように、という事だろう。
わたし以外の眷属と会うことがあったら、ぜひ仲良くしたいな。
カクロスが軽く杖を振り、呪文を唱える。すると目の前の空間がぐにゃりと歪み、細い道が現れた。
隠蔽魔法を解除したのだろう。そのまま少し歩くと、ようやく建物が見えてきた。
そこは、想像していたよりもずっと素朴な場所だった。木で造られた大きめの小屋が2つと、その傍らには小さな薬草園。
周囲の闇に溶け込むようなその姿は、まさに「隠れ家」という言葉がしっくりくる佇まいだ。
わたし達は茂みの陰に身を潜め、そっと様子を窺う。小屋の窓からいくつかの人影が動くのが見えた。カクロスが目を細める。
「敵の数は18名。この時間帯であれば、ほとんどが小屋の中に居るでしょう」
「わたし達だけで勝てるでしょうか?」
思わず不安が口をついて出る。こちらの戦力は貧血気味の魔術師2人と、イノシシのぶーちゃん、そして非力なわたしだけだ。正面突破は厳しいので、上手く洗脳して頭数を増やす必要があるだろう。
「奴らの大半は俺と同等か、それ以下の実力です。奇襲が成功すれば、勝機は充分にあるはず。……指導者であるシャノンをどうにかできれば、ですが」
デスケが顎に手をやり、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
――シャノン。わたしを奴隷商人から買い取った、あの水色の髪の少女だ。儚げな印象であまり強そうには見えなかったが、まさかこの組織の指導者だったとは。
「彼女の実力は我々の中でも飛び抜けています。『魔力回路移植実験』の唯一の適合者にして、『真理の器』とも呼ばれる存在。先代の指導者が実験の失敗により亡くなった際も、全会一致で彼女が新たな指導者に選ばれました」
カクロスの説明に、ゴクリと唾を飲み込んだ。見た目に反してとんでもない実力者らしい。
「では、どう倒しましょう」
「気づかれる前に始末するのが最良です。お任せください。俺は風魔法の専門家です」
頭を悩ませるわたしに、カクロスが不敵な笑みを浮かべた。
その緑色の瞳には、専門家というよりは犯罪者というほうが似合うような、妖しい光が宿っている。
「上級魔法『静寂』。叡智の尖塔のあらゆる犯罪行為は、いつもこの魔法から始まります」
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