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第50話 エピローグ

 それから数日が経った。300体の邪神の眷属が暴れたことによって街は壊滅的な被害を受けたが、信者たちと協力してなんとか復興を進めている。


 洗脳した邪神の眷属たちが復興作業を手伝ってくれるおかげで、作業の進みは予想以上に早い。

 

 彼らが瓦礫の山を片付け、まるで職人のように家を建て直していく光景は、早くも新たな街の名物となりつつあった。


 ぷにぷにとした触手を器用に使い懸命に働く姿が、何とも愛らしいのだ。


「問題なのは、食費が嵩むところですよね。邪神の眷属は大量の食料を必要としますから……」


 わたしが成長速度を強化した野菜は種を植えてから数十秒で収穫できるから、信者たちの食料には困ってない。だが、邪神の眷属は野菜を食べてくれないのだ。


「このまま邪神の森で魔物を狩り続けていたら、いずれ魔物も絶滅してしまいますし……食料の安定供給は緊急の課題ですね」



 一方わたしの方はというと、前領主から引き継いだ仕事の数々に忙殺される日々を送っていた。


 山積みの書類、ひっきりなしに教会を訪れる商人たちへの対応、そして前領主が作った理不尽な法律の改正。全てが初めての経験で、頭がパンクしそうだ。


「はぁ……」


 ようやく仕事が一段落し、教会の大浴場で大きく息を吐く。温かいお湯が疲れきった体を癒し、心にも少しだけ余裕が戻ってきた。


「いつまでもこうしていたいところですが……そうもいきません。早く上がって残りの仕事も片付けてしまいましょう!」


 気合いを入れ直し、髪をタオルで拭きながら自室へと戻る。窓の外では静かな夜空に月が浮かび、優しい光が部屋の中をぼんやりと照らしていた。


「……ん?」


 その月明かりに照らされたあまりにも奇妙な光景に、わたしは思わず足を止めた。

 

 誰もいないはずの部屋で、わたしがいつも着ている修道服が動き回っている。


 床には先日アリシア洋服店で買った服が散乱し、修道服から生えた6本の触手がその服を嬉しそうに持ち上げていた。


 傍らにはお絵描きでもしたのか、色とりどりのクレヨンまで転がっている。


 

 何でこんなに散らかしているんだろう……。でも、服が服を眺めている光景というのは、なんだかシュールで面白いな。


「ふふっ、何をしているのですか?」


 思わず笑みをこぼしながら話しかけると、修道服はイタズラが見つかった子どものようにビクッと大きく震えて服の陰に身を隠そうとする。


「別に、隠れなくてもいいんですよ? あなたが服を好きなのは知っていますし、それはあなたに買った服なんですから」


 わたしの言葉に安心したのか、修道服はこわばらせていた体から力を抜き、もぞもぞと動き出した。やがて隠れていた服の隙間から、躊躇いがちに1本の触手が差し出される。


 その可愛らしい仕草に、わたしは自然と両手を伸ばして触手を握りしめた。


 すると突然修道服がぐにゃりと歪み、黒い塊のような姿になってわたしの体を包み込んだ。そして徐々に形を変え、別の服へと変化していく。


「これは……」


 驚いて姿見を覗き込むと、そこには真っ黒な生地に上品なフリルがあしらわれた、可愛らしいワンピースを着た自分が映っていた。


 床に転がっている、アリシア洋服店で買ったワンピースとよく似たデザインだ。


「もしかして……あなたが服を欲しがっていたのは、変身する服の種類を増やすため、だったのでしょうか」


 

 確かにわたしも、たまには修道服以外の服も着たいな、なんてことを考えたこともあった。


 でも、修道服に変身した邪神の眷属は、その身を盾にしてわたしを守ってくれる鎧でもある。戦闘が苦手なわたしにとって、修道服はまさに生命線なのだ。


 だから他の服を着るなんていう選択肢はなかったんだけど……。


「この子が他の服に変身してくれるなら、防御力を損なうことなく色々な服を着ることができます!」


 改めて、姿見の中の自分を見つめる。くるりと一回転してみると、スカートがふわりと優雅に広がって美しかった。


 やはり、とても素敵な服だ。だが、胸元に刺繍された見慣れない模様に、わたしは首を傾げた。


 黒胡椒と金貨を組み合わせたような、独特のデザイン。床に広げた元の服を見返してみても、こんな意匠はどこにも入っていない。


 でも、この模様はどこかで見たような……。


 

「あっ、思い出しました。前の領主の屋敷に飾られていた剣や盾に刻まれている紋章ですね」


 でも、どうして邪神の眷属がこの紋章を? 何か領主と関係でもあるのだろうか。


 考え込んでいると、ふと机の上に置かれた一枚の大きな紙が目に入った。窓から差し込む月明かりに照らされたその紙には、クレヨンで書かれたであろう、拙い字が並んでいた。


 

『ありがとう』


 

 床に落ちていたクレヨンは、このカラフルなメッセージカードを書くために使ったようだ。


「ふむふむ。もしかしてわたしが服をたくさん買ってあげたから、そのお礼を言いたかったのですか?」


 わたしがそう言うと、ワンピースの裾から2本の触手がにゅっと現れ、大きなバツ印を作って見せた。


「……あれ? そのリアクションは、もしかして外れですかね?」


 でも、他に感謝されることなどあっただろうか。


 ……ああ、この子の食事として毎日魔物を与えているから、もしかしてそのことかな?


「まあ理由が何であれ、感謝してくれてるのは嬉しいです。これからもよろしくお願いしますね、触手ちゃん!」


 そう言って微笑みかけると、触手はわたしの頬を優しく撫でた。ひんやりとした感触が、お風呂上がりの火照った肌に心地良かった。


                 △▼△▼△▼△


 自室を出て、執務室へと向かう。前領主が住んでいた屋敷は先日の戦いで倒壊してしまったので、今は教会の執務室で仕事をしているのだ。


 執務室の中に入ると、シャノン、コニー、ラモーナ、そしてクイムが大きなテーブルを囲んで座っていた。


「あ、教祖様! こっちこっち! 一緒にメロン食べよ!」


 わたしに気づいたラモーナがぶんぶんと大きく手を振ってくる。その右手には、ずっしりと重そうなメロンが抱えられていた。


「あら、教祖様。ちょうど良かったわ。今切るところだから少し待ってちょうだい」


 そう言ってコニーが席を立ち、棚からナイフを取り出す。


「ありがとうございます、コニー。ちょうど何か食べたいと思っていたんです」


 お礼を言いながら、空いていた椅子に腰を下ろす。このメロンは、元領主のダグラスが仕入れてきた種を、わたしのスキルで急成長させて作ったものだ。



「はい、どうぞ」


 コニーが差し出してくれた皿には、綺麗に切り分けられた瑞々しいメロンの果肉が乗っている。口に入れると、芳醇な香りと脳がとろけるような甘さが一気に広がった。


「最高に美味しいです! これは、いくらでも食べられますね!」


「はい、何度食べても驚かされます。貴女が育てた作物は、どれも格別の美味しさですから」


 そう言って微笑むシャノンの手元を見ると、彼女はメロンの乗った皿の隣に、もう一つ別の皿を置いていた。


 そこには、緑色の細長い野菜……セロリが山のように盛られている。そして彼女はメロンを一口食べると、間髪入れずにセロリをボリボリ齧るという、謎の食べ方をしていた。


「わたしの知っているメロンの食べ方とは少し違うのですが……。それ、本当に美味しいんですか……?」


「もちろんです。美味しいものと美味しいものが組み合わされば、より美味しいものが生まれるのは必然。このメロンの濃厚な甘みと、セロリの爽やかな風味、そしてシャキシャキとした食感がとてもよく合うんです」


「そうですか……」


 独特な理論を理路整然と語るシャノンに困惑してしまう。うーん。わたしにはまだ早すぎる境地なのかもしれない。



「……おいしい。もっとたべたい」


 それまで静かにメロンを味わっていたクイムが、おもむろに立ち上がった。そしてまだ切り分けられてないメロンを両手で掴むと、大きく口を開けて皮ごと食べ始める。


 ――ガブッ、ゴリッ、ムシャッ!!


「相変わらず豪快ですね……」


「ん。しあわせ」


 クイムは口の周りを果汁だらけにしながら嬉しそうに顔を綻ばせた。シャノンといい、うちの教団は変な食べ方をする子が多いな……。



 甘いメロンで一息ついた後、わたし達はそれぞれの仕事に取り掛かる。


「よし、邪神の眷属と戦ったときは全然役に立てなかったから、こういう書類仕事では役に立たないとね! 頑張るぞー!」


「ええ。その気持ち、よく分かるわ。一緒に頑張りましょう」


 拳を握りしめて気合いを入れるラモーナに、コニーが優しく微笑みかける。


 皆でペンを走らせていると、不意にバァン!と執務室の扉が開いた。


 息を切らして飛び込んできたのは、前領主のダグラスだ。


「大変だ、リオラ! 我が娘よ!!」


「娘じゃないです」


「東のオルド領と西のユオリア領の領主たちが手を組んで、この街に攻めてきた!!」


 ダグラスの報告に、思わず眉を顰めた。


「なんだか急な話ですね。どうしてそんな事になったのですか?」


「ああ、実は俺は20年前にオルド領との戦争で敗北し、それからずっと賠償金を払い続けてきた。だが、その賠償金を先日完済したのだ」


「完済したなら問題は無いはずよね。どうしてそれが攻撃の理由になるの?」


 コニーが不思議そうに首を傾げる。


「オルド領からすれば、手間をかけずに富を吸い上げることのできる都合の良い財布を失ったのだ。それに加え、この街は人も増え、目覚ましい発展を遂げている。奴らは我々ノクヴァル教が新たな脅威として成長し切る前に、この街を直接支配してしまおうと考えたのだろう」


「そ、そんな……。街の再建もまだ終わってないのに……」


 ラモーナが不安そうな声を上げる。確かに、特に広場の周りは破壊の痕跡が酷く、まだ家がない人も大勢いる。


 復興の真っ最中であるこのタイミングを狙われたのは、かなりのピンチと言わざるを得ない。


「それなら、攻勢に出るべきよ。長期戦になれば住民たちの負担も増える。こんな状況だからこそ、一刻も早く決着をつけたほうがいいわ」


 コニーが鋭い眼光で言い放つ。だがラモーナは首を横に振った。


「だ、駄目だよコニーちゃん! 今はみんな連日の復興作業で疲れてるし……。それに、私たちが市壁の中で防衛に専念すれば、教祖様の作る野菜で何日だって籠城できるはずだよ! その間に敵の補給部隊を倒せれば、食料が尽きて撤退してくれるはず!」


「甘いわ、ラモーナ。今回守り切ったとしても、敵はまた力を蓄えて攻めてくる。根本的な解決にはならないわ。敵の領地に攻め入り、逆にこちらが支配するべきよ。今こそノクヴァル教の真の力を見せつける時だわ」


 2人の意見が真っ向から対立する。全員の視線がわたしに集まった。


「リオラさん、どうしますか? 侵攻か、それとも防衛か。この選択は街の……いえ、ノクヴァル教の命運を左右する重要なものになります」


 シャノンが期待を込めた目で問いかけてくる。


 

 だが、もちろん答えは決まっている。わたしの目標は、この世界から争いをなくすこと。そのために、世界を征服することなのだから。


「もちろん侵略します……それも、1人も傷つけずに、です!」


「「「え?」」」


 皆がポカンと口を開けて固まる。


「わたしの洗脳スキルでオルド領とユオリア領の全住民を信者にします。そうすれば、血は一滴も流れません!」


 他の領地を積極的に侵略するわたし達は、きっと世界中から非難されるだろう。悪の教団と罵られてしまうかもしれない。


 だが、全人類を幸福にするためならば、どんな汚名も甘んじて受け入れよう。


 世界を征服し、あらゆる戦争をなくす計画――その次なる目標は、オルド領とユオリア領。2つの領地の同時攻略になりそうだ。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!本作品は一旦ここで区切りとなります。

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