第5話 洗脳した
<カクロス視点>
「ぐ……うぅ……っ!」
掠れた呻き声が、焼け付く喉から漏れ出た。灼熱の炎に飲み込まれた俺の身体は醜く焼け爛れ、皮膚が焦げる忌まわしい臭いが辺りを漂っている。
背中から地面に叩きつけられたのだろう。折れた骨が内側から肉を突き破り、息をするたびに激痛が走った。
――俺の体を焼いたあの炎は、間違いなくデスケの『炎の槍』だった。デスケが開発した魔法の中でも特に残虐な魔法の1つで、槍のような形に圧縮した炎を相手に突き刺し、体内で爆発させる。
その威力が、以前とは比べ物にならないほど上昇していた。炎の槍は確かに強力だが、俺の竜巻を易々と突き破り、そのまま広範囲を焼き尽くすような威力ではなかったはずだ。
空を焼き焦がすほどの熱量。まるで別人のようだった。
あそこまで強力な力をいつの間に……?
そして、なぜ俺に向けたのか。
共に魔術結社「叡智の尖塔」で学び、幾多の困難を乗り越えてきた仲間。彼が俺に牙を剥く理由など、どこにも見当たらないはずだった。
朦朧とする意識の中、魔術結社での日々が脳裏を駆け巡る。
叡智の尖塔は、メンバーのほぼ全員が国際指名手配中の違法魔術結社だ。
その目的は、真理への到達。真理とは、この世界の根源だ。古代文明の残した文献によれば、この世界は創造神の魔法によって創られたのだという。
それならば、この世界を成立させるあらゆる魔術的な法則を理解し、制御することで、世界を創造した原初の魔法――創造神と同じ力を手に入れることができるはずだ。
それこそが、我々の求める真理だった。
その崇高な目的のためならば、多少の犠牲などは些事だ。人体実験、封印された魔導書の探索、村を犠牲にした生贄の儀式など、あらゆる非合法な手段を用いて真理を探究した。
深遠な知性を理解できない凡人どもは騒いだが、知ったことではない。
メンバーの多くが、国の研究機関を追放された者たちだった。神童と持て囃された俺も、ここでは数多の才能の1つに過ぎない。
厳しい修練の日々。膨大な魔導書の解読。そして、仲間たちとの共同研究。
中でもデスケは、俺にとって特別な存在だった。同じ時期に入会し、互いの才能を認め合い、常に競い合ってきたライバル。俺はあいつに確かな友情を感じていた。
あいつが裏切るはずがない。困惑、焦燥、怒り、無力感。あらゆる感情が浮かんでは消え、考えが纏まらない。
そんな俺の前に、桃色の髪をした少女が立っていた。神によって造形されたとしか思えない、この世の理を超越したような美しさの少女だ。
真紅の瞳で俺を見下ろしながら、その少女は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですか? ひどい火傷です……。少々、やり過ぎてしまいましたね」
彼女の声を聞いた瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。怒りと絶望に震えていたはずの胸の内に温かな光が差し込むような、不思議な感情が心を埋め尽くしていく。
俺は平静を装いながら、彼女に言葉を返した。
「やはり、さっきの攻撃はお前の仕業か。デスケに何をした……?」
「そんなに警戒しないでください。わたしはただ、あなた達を救うために来たのです」
薄っぺらい言葉。だが、彼女の声を聞いただけで脳が甘く痺れていく。その瞳を見た瞬間に先程まで抱いていた怒りや絶望が急速に薄れていき、代わりに強烈な親愛の情が湧き上がってくる。
しかしその不可解な感情の昂りと同時に、俺は強い恐怖を感じていた。
――これは本当に俺の感情なのか?
普段の俺ならば、こんな小娘に心を揺さぶられることなど万に一つもないはずだ。こんな事は一度も無かった。何かがおかしい。自分の心を塗り潰されていくような、確かな違和感。
理性が警鐘を鳴らしている。俺の生きる理由だった、真理への渇望が別の感情に塗り替えられていく。
今すぐにでも逃げ出すべきだ。しかし切り札である竜巻も炎の槍に撃ち抜かれ、もはや、指の1本も動かすことができない。
「お前……一体何なんだ」
「この世界から争いを無くし、全人類を幸福へと導く者です。ノクヴァル教に入信して、あなたも幸せになりましょう!」
彼女の声は甘く、深く、まるで魂に直接囁きかけるかのようだった。思考が鈍る。否応なく彼女に従いたいという感情が湧き上がり、理性が崩れていくのを止められない。
「殺せ。これ以上俺を汚すな……!」
言葉とは裏腹に口元が緩みそうになるのを必死で押さえ込む。額にはじっとりと冷や汗が滲み、背筋を悪寒が駆け抜けた。これは好意などという生易しいものではない。もっと根源的な、抗いがたい渇望だ。
少女が柔らかな微笑みを浮かべた。
「命を奪っても、何も解決しません。あなたは生まれ変わるのです! 我らが主、邪神ノクヴァルの聖なる光であなたの魂を救済します。ノクヴァル教に入信し、これからは正義のために生きるのです!」
少女が1歩、また1歩と近づいてくる。やがて、彼女の細く白い指がそっと俺の額に触れた。ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
「あ……あぁっ……!」
金色の温かな光が体を包み込む。それと同時に、心の中で何かが弾けた。今まで俺を縛り付けていた負の感情が、雪解け水のように流れ去っていく。代わりに、心の奥底から言葉にできないほどの歓喜が湧き上がってくるのだ!
ああ、俺は何という過ちを犯していたのだろう。彼女こそが真の救世主。我らが進むべき道を示す光なのだ。
「もう苦しむことはありません。さあ、共に真の理想郷を築きましょう!」
その言葉は、恵みの雨のように魂に染み渡った。目の前の桃髪の少女の姿はもはや恐怖の対象ではなく、絶対的な信仰の対象へと変わっていた。
俺はゆっくりと、しかし確かな意志を持って焼け焦げた地面に膝をつく。
「教祖様。この身の全てをノクヴァル教に捧げます」
もはや、仲間の裏切りも、真理の探究も、全てがどうでもよくなっていた。今この瞬間、俺の世界は教祖様を中心に回り始めたのだから。
△▼△▼△▼△
森の中、わたしは洗脳した魔術師2人に貰ったポーションをイノシシに飲ませていた。
「ぶーちゃん、流石に飲みすぎではありませんか?」
「ブモオオオ!」
もう10本目だ。デスケとカクロスによってつけられた傷は既に治りきっており、炭化した毛も元通りになっている。
まあ、頑張ってくれたから良いんだけどね。彼はこの戦いの功労者だ。見上げるほど大きいこのイノシシを、わたしは「ぶーちゃん」と名付けた。
ぶーちゃんのゴワゴワとした硬い毛を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。それからフゴッフゴッと鼻息を漏らして、頭をわたしの手に押し付けてくる。
「ふふっ、くすぐったいですよ」
思わず笑みがこぼれた。
そういえば、わたしも喉が渇いたな。自分を殺した相手との戦いなんて初めてだったし、どっと疲れた。
ガラス瓶を取り出し、コルクの栓を抜く。緑色の液体を口に流し込むと、瞬間、強烈な苦味に襲われた。
「うっ、ぐぅ……おぇ……」
苦味の後から不自然な甘さが追いかけてきて、口の中で2つの味が粘っこくまとわりついてくる。
まっっっっずい。ぶーちゃん、よくこんなの飲めたね……。
ポーションをだばーっと吐き出していると、突如茂みがガサガサと揺れ、2つの影が現れた。
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