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第46話 屋敷が倒壊した

<シャノン視点>


 20体の邪神の眷属が同時に腕を振り上げる。


「『魔力障壁(プロテクション)』っ!」


 ――ドガァァァァン!!


 咄嗟に展開した半透明の壁は一瞬で砕け散り、私の体は無数の触手による暴風雨に晒された。


「ぐっ……ぅあっ!」


 何度も地面に叩きつけられ、起き上がる間もなくまた殴り飛ばされる。腕の骨が折れてあり得ない方向に曲がり、激痛で意識が白く弾けた。


「うぅ……っ」


 立ち上がろうと力を込めるが、体が言うことを聞かない。辛い。苦しい。もう、何もかも投げ出してしまいたい。


 意識が闇に沈みかけたその時、脳裏に1人の少女の顔が浮かんだ。

 桃色の髪を揺らし穏やかに微笑む、私の……大切な人。


 彼女の顔を思い浮かべただけで、不思議と胸の奥が温かくなる。この地獄のような苦しみの中で、心が少しだけ安らぐのを感じた。


 ……会いたいな。


 立ち上がる気力も失くしたまま、そんな場違いなことを考えてしまう。死にかけているのに、私はただ、彼女に会いたいと願っていた。


 ぼんやりと、自分の左手に視線を落とす。そこには、私が常に身につけているブレスレット――『聖王の銀輪インヴィクタス・シルヴァー』があった。


 その中央に埋め込まれた純白の宝石はほとんどが黒く汚染され、今では白い部分は1%ほどしか残ってない。


 原因は分かっている。昨日リオラさんと丸1日過ごしてしまったからだ。


 このブレスレットはあらゆる状態異常や精神汚染を吸収し、持ち主を守る迷宮遺物(アーティファクト)。だが、吸い込んだ穢れを浄化するには時間がかかる。彼女と頻繁に会っていては浄化が追いつかず、すぐに許容量を超えてしまう。

 

 だから私は洗脳スキルの影響を受けないように研究室に引きこもり、彼女と会うことをできるだけ控えてきた。


 彼女の信者になることが怖かった。


 心を塗り替えられ、私が追い求めてきた『真理の探究』という目標を見失ってしまうのが、何よりも恐ろしかったのだ。


 洗脳されずに彼女と会うためには、聖王の銀輪インヴィクタス・シルヴァーが浄化されるまで何日か待たなければいけない。


「だから、私は……この戦いが終わってもリオラさんに会うことはできない……」


 こんなに痛い思いをして、必死に街を守り抜いても、数日間は彼女に会えない。


 辛い。苦しい。体の痛みよりも、その事実のほうがはるかに耐え難かった。



「……あぁ、気づくのが遅すぎました。私はもう、とっくに手遅れだったんですね」


 彼女を好きになってしまった。洗脳なんてされていなくても、私は彼女に変えられてしまったのだ。


 何よりも大切にしてきた真理への渇望はいつの間にか消え失せ、今私の心を占めているのは『彼女に会いたい』という想いだけだった。


 それならば、もうどうでもいい。心を塗り替えられても構わない。


 これが終わったら、彼女に会いに行こう。いつものように「頑張りましたね」と褒めてもらおう。


 だから――。


「……ここで死ぬわけには、いきません」


 ゆっくりと身を起こした。眼前では、邪神の眷属が再び12本の触手を振り上げている。私の魔法では奴らを倒すことはできない。だから、賭けに出ることにした。


「――『腕力強化(パワー・エンハンス)』『速度強化(スピード・エンハンス)』」


 敵に向けて、2つの強化魔法を同時に放つ。振り下ろされた12本の触手が空を切り、地面に叩きつけられて巨大なクレーターができた。


「……やはり、思った通りです」


 なぜ、あらゆる魔法も物理攻撃も効かないこの怪物に、リオラさんの洗脳スキルだけが通ったのかずっと疑問だった。


 だが、答えは単純だ。この怪物は『自分を強化するスキルや魔法』を防ぐことができない。


 だから『信者を強化する』という性質を持った彼女のスキルを自分に有益なスキルだと誤認し、無条件に受け入れてしまったのだ。

 


 この特性こそが、邪神の眷属の唯一の弱点だ。私は『腕力強化(パワー・エンハンス)』と『速度強化(スピード・エンハンス)』で奴の身体能力を限界まで強化した。


 急に自分の力が何倍にも膨れ上がれば、当然今まで通りの感覚では動きを制御できなくなる。私の狙い通り、怪物は力加減を誤って攻撃を外してしまったというわけだ。


 

「これならば、勝機はあります。『重量軽減(ウェイトリダクション)』」


 立て続けに次の魔法を詠唱すると、怪物の巨体が体重を失いふわりと浮き上がった。

 

 この魔法はラモーナが得意とする生活魔法の一種だが、強化魔法としての側面も持つ。以前彼女はこの魔法を自分の体にかけて、大ジャンプするのに使っていた。


「『風撃砲(ゲイルブラスト)』ッ!!」


 荒れ狂う突風が軽くなった邪神の眷属を一気に空へと押し上げる。狙うは、遥か遠くに見える領主の屋敷だ。


 吹き飛ばされた怪物は大きな弧を描きながら風に運ばれ、領主の屋敷の屋根を派手に突き破って見えなくなった。



 倒せたわけじゃない。すぐに戻ってくるだろう。でも、時間を稼ぐだけならこれで充分だ。


 私は怪物たちに『重量軽減(ウェイトリダクション)』をかけ、『風撃砲(ゲイルブラスト)』で次々と吹き飛ばしていく。


 しかし、敵の数があまりにも多い。1体の邪神の眷属が私の詠唱を阻もうと触手を振り上げてきた。


 触手を防ぐには、魔力回路を2つとも防御に使わなくてはいけない。だが、それでは再び怪物に囲まれ、魔力障壁を叩き割られるだけだ。


「だからその一撃は、甘んじて受けましょう……!」


 1体でも多く領主の屋敷まで飛ばしてやる。攻撃を受けながらでも、魔法は撃ち続ける。


 迫り来る衝撃に備え両腕で顔を覆った、その瞬間だった。


「させるかよ!!」

 

 目の前に人影が飛び込み、私を庇って触手の一撃を受け止めた。


「ぐはッ!!」


 鈍い音と共に、見覚えのある山賊の男が吹き飛ばされる。


「今だ、聖水をぶっかけろ!!」


 荒々しい声が響く。振り向くと、山賊たちが大きな樽をドン、と地面に置いていた。

 

 吹き飛ばされた男が頭から聖水を被りながら立ち上がり、私を見てニヤリと笑う。


「クイムさんに聖水を貰ってきた! これがあれば何度でも復活できる! 俺たちが盾になるから、あんたはあの怪物を吹き飛ばしてくれ!!」


「……もちろんです」


 これ以上この街は壊させない。奴らが何度戻ってこようが関係ない。リオラさんが帰ってくるまで、何度だって吹き飛ばしてやる。


 彼女が今どこで戦っているのかは分からないが――彼女もきっと、それを望んでいるはずだ。


                 △▼△▼△▼△


「し、死ぬかと思いました……。あと少しで、建物の下敷きになるところでしたよ」


 完全に崩れ落ちた領主の屋敷。その瓦礫の山の頂上で、わたしは苦々しく笑った。


 一体どういう原理なのか分からないが、屋敷の天井を突き破って大量の邪神の眷属が次々と降ってきたのだ。


 わたしはその化物に触れて洗脳するという作業を、ひたすらに繰り返すはめになった。


 最初は次々と増えていく怪物の触手を避けるのに精一杯で、生きた心地がしなかった。しかし1体ずつ洗脳し仲間を増やすことで状況は逆転。屋敷が本格的に倒壊した中盤以降は、だいぶ楽になった。


 貧民窟の方から飛んでくる邪神の眷属を洗脳済みの邪神の眷属たちが拘束し、わたしがそっと触れるだけ。その繰り返しだ。流れ作業のようだった。



「流石に、もう飛んできませんよね? 貧民窟のほうを見ても、もう黒い影はありませんし……」


 気づけば、かれこれ300体以上は洗脳している。領主をこっそりと洗脳し戦争を未然に防ぐという計画も、これだけ派手に事を起こしてしまっては台無しだろう。


 わたしは小さくため息をつくと、気持ちを切り替えた。


「この惨状を見て兵士たちが駆けつけて来る前に、領主を探さないといけませんね」


 とはいえ、領主がいたであろう執務室は完全に瓦礫に埋もれてしまっている。まずは、この瓦礫の下に生き埋めになった人を助けるのが先決だろう。


「皆さん。瓦礫をどかして、生きている人を探してください。くれぐれも、丁寧にお願いしますね?」


 わたしの言葉に反応して、300体の怪物が一斉に行動を開始した。その光景は悪夢そのものだったが、彼らは12本の触手で瓦礫を軽々と持ち上げ、兵士や使用人たちを次々と救出していく。



 だが。


「おかしいですね。領主が見つかりません。瓦礫はもうあらかた片付いたのですが……」


 どうしたものかと立ち尽くしていると、1体の邪神の眷属が器用に瓦礫をどかし、地面に埋め込まれた取っ手付きの蓋を指し示した。


「これは……?」


 取っ手を掴んで蓋を持ち上げると、地下へと続く階段が見える。


「……そういえば、この屋敷には地下牢があるとロダンが言っていましたね。これのことでしょうか」


 もしかしたら領主は、地下牢でわたしが来るのを待っていたのかもしれない。あやうく行き違いになるところだった。


「皆さん、怪我をした人たちを教会まで運んであげてください。クイムが聖水を出してくれるはずですから」


 新たな指示を出すと、怪物たちは負傷者を抱えて教会へと向かい始めた。わたしはそれを確認し、狭くて暗い階段に足を踏み入れる。

 

 ひんやりと湿った石の壁に手をつきながら、慎重に地下へと降りていった。

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