第44話 弾圧
<コニー視点>
その日、貧民窟の広場は人で溢れかえり、不穏な空気に包まれていた。
原因は広場の中央に現れた200名ほどの兵士たち。ノクヴァル教の本拠地に、これほど大勢の武装した兵士が乗り込んで来たのは初めてのことだ。
住民たちが警戒するような表情で兵士たちの顔を窺い、肌を刺すような緊張感が場を支配する。
先頭に立つ隊長らしき男が、手に持った羊皮紙を広げて声を張り上げた。
「静粛に! これより領主様からの通告を申し伝える! 『ノクヴァル教』は人心を惑わし、国家に害をなす邪教だと判明した! よって、本日をもって一切の活動を禁ずる!」
一瞬の静寂。そして、爆発のようなどよめきが広場を揺るがした。
「何だって……? どうして急に……」
「ノクヴァル教が邪教だと!? ふざけるな!!」
彼らの怒りは当然だった。領主の悪政で破綻寸前だった街を立て直し、温かい食事と住処を与えてくれたのがノクヴァル教だ。邪教だなんて、口が裂けても言えないはず。
口々に上がる抗議の声に、隊長は勝ち誇るような口調で続ける。
「なお、教祖リオラは先ほど滞りなく逮捕されたと通信石で連絡があった。抵抗は無意味だ!」
「嘘だろ……!?」
「リオラ様があんな奴らに捕まるはずが……」
あちこちから疑念の声が聞こえてくる。教祖様の実力を間近で見てきた私も、到底信じられなかった。
「嘘じゃない……。俺は見たんだ。今朝、教祖様が兵士に連れられて領主の屋敷に向かって行くところを……」
群衆の中から1人の男が震える声で呟いた。
「何だと!? それは本当なのか……?」
「ああ。この目で見た。手枷を嵌められて……」
男の証言に、隊長は上機嫌そうに笑った。
「ははは、馬鹿な女だ。あいつは『大人しく投降しなければ信者どもに軍を差し向ける』と脅しただけで簡単に捕まったそうだ。それが罠とも知らずにな! あの女が捕まれば、次は信者どもの弾圧が始まるだけだというのに」
「そんな……。じゃあ、教祖様は俺たちを守るために……?」
「ふざけるな! リオラ様を返せ!!」
怒号が広場を埋め尽くす。皆の目には涙と、燃えるような怒りが宿っていた。
怒り狂う民衆を前にして、隊長は明らかに動揺していた。剣の柄に手をかけながら、去勢を張って叫ぶ。
「ま、待て! 愚かな真似はよせ! 教祖は人質になっているんだぞ! 貴様らが騒げば、教祖の命がどうなるか……!」
「人質だと!? ふざけるな!!」
人混みを掻き分けて出てきたのは、広場でよく劇をしている青年だった。彼は隊長の前まで一気に詰め寄ると、その胸ぐらを荒々しく掴んだ。
「リオラ様が捕まっているなら、俺たちの手で助け出すだけだ!!」
青年の拳が隊長の頬に直撃し、骨が砕ける鈍い音が響いた。硬い石畳にドスンと背中を叩きつけられて、隊長が苦悶の声を漏らす。
「そうだ! 教祖様は俺たちが助け出す!」
群衆が雄叫びを上げて、兵士たちの周りを取り囲むように迫っていく。
兵士達が顔を引き攣らせ、震え声で囁き始めた。
「おい待て。話が違うぞ! 戦争にはならないんじゃなかったのか?」
「領主様は、教祖を人質にすれば信者どもは大人しく従うはずだと……!」
顔を血まみれにした隊長が忌々しげに吐き捨てる。
「くそっ、計画が狂った……! やむを得ん。全員鎮圧しろ! 抵抗する者は切り捨てて構わん!」
その号令で、兵士たちが一斉に剣を抜いた。だが、ただの兵士が武力で私たちに勝てるはずがない。
「うおおおおっ!」
信者の1人が兵士の鎧に拳を叩き込み、鉄の鎧がメキメキと凹んだ。
衝撃に耐えながら慌てて剣を振り下ろす兵士の刃を素手で掴み、再び同じ箇所を殴りつける。凄まじい音を立てて鎧が粉々になり、さらにもう一発。
兵士はがら空きになった腹に強打を食らい、胃の中のものをぶち撒けながら倒れた。
「何だこいつら、異常に強いぞ!」
「応援を呼べ! 早く!!」
あちこちで兵士の悲鳴が上がる。広場はもはや一方的な蹂躙の場と化していた。
人数も、1人1人の強さもこちらが上だ。いくら訓練された兵士といえど、教祖様に強化された街の住民全員を敵に回して無事でいられるはずがない。
「――『水刃』」
私は足先に魔力を集中させ、薙ぎ払うように蹴りを放った。研ぎ澄まされた水の刃が分厚い鉄の鎧を切り裂き、兵士3人が血飛沫を上げて崩れ落ちる。
街のあちこちから駆けつけてくる増援の兵士たちも、怒り狂った信者たちの波に飲み込まれてあっという間に無力化されていく。
「くそっ……仕方ない。全員、ポーションを使え!!」
血まみれの隊長が、震える手で懐から小瓶を取り出した。その中では、赤黒く光る液体が不気味に揺れている。
「隊長!? しかし、それは最終手段だったはずです! 理性を失っては、俺たちは……」
「このままでは奴らに殺されるだけだ! それに、これだけの数の信者が暴徒と化して領主様の屋敷に雪崩れ込むところを想像してみろ! もはや、これを使うしかないのだ!!」
隊長の切羽詰まった声に、他の兵士たちも覚悟を決めたようだった。彼らは一斉に同じ小瓶を取り出し、その中身を呷る。
直後、兵士たちの体から黒い蒸気が立ち上り、ブチブチと肉の繊維が断ち切れる音が響いた。
「ぐっ、ぎぃ……ああああああああああっ!」
彼らの体が膨れ上がり、見るも悍ましい姿へと変貌していく。
人の形を失い黒い肉塊となった体から、ぬらりと光る12本の触手が生えてきた。
「あの触手は……教祖様の触手と、同じ?」
工場でスライムを討伐したときに、教祖様が使っていた触手とそっくりだ。
増援で来た兵士も合わせて、およそ300体ほど。巨大な黒い怪物となった彼らは、触手を猛烈な勢いで振り回し信者たちに襲いかかった。
――ヒュンッ!!
「「「ぐあっ!!」」」
横薙ぎに振るわれた1本の触手が、10人ほどの信者を纏めて薙ぎ払う。空中に弾き飛ばされた彼らは数軒の家を突き破り、やがて瓦礫の向こうに見えなくなった。
「接近戦は不利だ! 全員俺の後ろに下がれ!『光の槍』!!」
白い閃光が凝縮し、凄まじい熱波が肌を撫でる。
叡智の尖塔の魔術師が放った光の槍が怪物の体を直撃するが、怪物の表皮には傷一つつかない。
怪物は触手を長く長く伸ばすと、魔法を放った男を真上から蝿のように叩き潰した。
「うわぁああっ!」
触手の射程が想像以上に長い。それに加えて、あの光の槍ですら全く効いていないのが最悪だ。あれほど強力な魔法が無効化されるとは思わなかった。
「この化物どもがッ! 山賊スキル『雷鳴月砕』!!」
「『紅蓮斬』!」
山賊の男が雷を纏わせた斧を怪物の頭に振り下ろし、元兵士の男が炎を宿した剣で足元を斬りつける。
――ガキンッ!! キィンッ!!
鋼鉄を叩くような鋭い音が二度響き、斧と剣が弾き返された。
「嘘だろ……」
呆然と呟く2人の体を触手が絡め取り、頭から地面に叩きつける。石畳が陥没し、彼らはそこに埋まってピクリとも動かなくなった。
信者の中でも指折りの実力者だった山賊たちですら全く歯が立たない。冷や汗が頬を伝った。
──ドゴォォォンッ!!
怪物たちは信者を蹂躙するだけでは飽き足らず、無差別に街を破壊し始めた。真新しい家が触手の一撃で粉々に砕け散る。そこは、私たちが最初に作った家だ。
教祖様と一緒に設計図を書き、シャノンさんに魔法を教わりながら信者全員で作った。
できあがった家は不恰好だったが、それでも教祖様は褒めてくれた。今ではもう、私1人でもあの時より遥かに上手く作ることができる。
それでも、私は皆で必死に学んだあの日々が大好きだった。悪臭が漂い、ボロボロの廃屋が並ぶだけの貧民窟を皆で立て直した、あの思い出の日々が。
「ふざけ、ないで!! 山賊スキル『飛拳空牙・乱舞』ッ!!!」
怒りに任せて拳を固め、空中を連続で殴りつける。拳から放たれた無数の衝撃波が怪物に殺到し、轟音と共に炸裂した。
だが、ダメージを与えた様子は全くない。怪物は私の方を振り向きすらせずに、無造作に触手を振るった。
「がっ……はっ……。ぅ……!」
顔面に凄まじい衝撃を受け、石畳に叩きつけられる。口から血の塊が溢れ出し、意識が急速に遠のいていく。
注意して構えていたはずなのに、避けるどころか一歩も動くことができなかった。あの触手は、それほどまでに疾い。
「ぐっ……!」
なんとか体を起こそうとすると、視界の端でラモーナが血を流しながら倒れているのが見えた。
周りを見渡せば、倒れているのは皆よく知った顔ばかりだ。
共にこの街を発展させるために汗を流し、教団でのかけがえのない時間を過ごした、大切な仲間たち。
ガシャン、とひときわ大きな破壊音が響く。音のした方に顔を向けると、広場の中央に建てたばかりの教祖様の銅像が、触手の一撃で無惨に破壊されていた。
仲間が、建物が、街が、壊されていく。教祖様と共に築き上げた理想郷が、絶望的な力によって踏み潰されていく。
「う……うぅ……」
何とか立ち上がろうとする。だが、その頭上から巨大な影が落ちてきた。
見上げる間もなく触手が真上から私を叩き潰し、全身の骨が砕ける痛みが襲いかかった。
激痛に呻く。もう駄目かもしれない。でも、このままじゃ終われない。私は震える手を空に向けた。
「お願い……届いて……。『炎の玉』!」
小さな火の玉が空へと打ち上がり、花火のように弾けて眩く光った。
光に反応した怪物がゆっくりと私に近づき、12本の触手を大きく振りかぶる。
その全てが一斉に叩きつけられ、命が尽きる――そう思った瞬間。
「――合成魔法『獄炎』」
凛とした、だけど聞き慣れた声が響き、怪物の体が黒い炎に包まれた。
全てを無に帰すはずの、漆黒の炎。しかし怪物は業火の中から無傷で姿を現す。
「ふむ。やはり、合成魔法も効きませんか」
上空から舞い降りる小柄な影。漆黒のローブに、日の光を浴びて美しく輝く水色の髪。
――シャノン・ニーグル。かつて教祖様が『教団の最高戦力』と評した、私の師匠だ。
「シャノンさん、来てくれたのね。ごめんなさい。私、街を守れなくて……」
「いえ、私こそ気づくのが遅れてごめんなさい。そして、よく呼んでくれました」
師匠はゆっくりと歩み寄り、私の頭を優しく撫でる。そして、普段は決して見せないようなぎこちない笑みを作ると、安心させるように言った。
「後は任せてください。彼女が留守の間、この街を守るのは私の役目ですから」
お読みいただきありがとうございます!
もし少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、下にある「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」マークから作品の評価や、ブックマークをしていただけるとすごく嬉しいです!




