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第4話 炎の槍

「あァ? まだ死んでなかったのかこいつ。懲りねえ豚だな」


 デスケが小馬鹿にしたような表情を浮かべた。彼の視線の先では、血塗れの身体から黒い煙を立ち上らせる黒焦げのイノシシが立っている。


「待て、油断するな。様子がおかしい」


「黙ってろカクロス! 心配しなくても、次で仕留めてやるよ」


 デスケが呪文を唱える。杖の先端で炎が螺旋を描き、瞬く間に槍の形を成した。空気の焦げる匂いが辺りを漂う。


「とっととくたばれ。『炎の槍(フレイムランス)』」


 轟音と共に放たれた灼熱の槍が獣の巨体へと一直線に突き進む。イノシシは臆することなく首を大きく振ると、鋼鉄のような牙を槍の穂先に向けて打ちつけた。


 ――爆発。


 ドゴォォォンッ!!と音を立てて炸裂した炎が血に濡れた体を包み込み、煙が立ち上る。デスケが勝利を確信したようにニヤリと口の端を吊り上げた。


 

 だが、煙が晴れるとイノシシは何事も無かったかのようにそこに立っていた。その目は不気味なほど静かだ。


「馬鹿な……効いてない、だと……!?」


 デスケの顔から余裕が消え失せる。

 

 わたしも驚いた。さっきはあのイノシシに瀕死の重傷を負わせていた炎の槍(フレイムランス)が、今回は全く通用していない。一体どういう変化なのだろうか。

 


 理解が追いつくより前に、イノシシはデスケに向かって突進を開始する。

 

 緑髪の男――カクロスが慌てて呪文を唱えた。

 

「『飛行(フライ)』」


 2人の体がふわりと宙に浮き上がる。イノシシは勢いのままに大地を強く蹴ると、砲弾のような速さで跳躍した。巨体が空中に浮かぶデスケを捉え、激突する。


「ぐああああッ!!」


 デスケの体が紙屑のように吹き飛び、地面に叩きつけられる。彼はそのまま何度も地面をバウンドし、森の奥へと転がっていった。



「ブルルルルルァァァッ!!!」

 

 イノシシが大地を震わせながら着地し、倒れたデスケを追って再び突進を開始する。その速度は、先ほどまで瀕死だったとは思えない。


 ……というか、明らかに速度が上がっている。

 もしかして、ノクヴァルが餞別だと言ってわたしにくれたもう1つのスキルは、洗脳した相手を強化するスキルなのだろうか。

 

 ただ洗脳するだけであれだけの速さになることはないし、そもそも普通は死にかけのイノシシが蘇ったりもしないはずだ。生命力を強化したのだとすれば、いきなり強くなったことにも納得がいく。

 

 

「ちぃっ!」


 カクロスが舌打ちし、上空から風の刃を連続で放つ。しかし血まみれの巨体はカクロスの攻撃を意にも介さず、真っ直ぐにデスケへと駆けて行く。


「くそッ……雑魚モンスターごときが……! 『魔力障壁(プロテクション)』ッ!!」


 デスケが息を荒げながら詠唱し、自身の前に半透明の魔力の壁を展開した。イノシシが大きく前足を振り上げる。


「ブオオオオオオォォォォッ!!」

 

 ゴギャッ!!

 

 蹄が障壁ごとデスケの胸を容赦なく踏み砕き、骨が折れる鈍い音が森に響いた。


「デスケ!!」

 

 カクロスの絶叫がこだまする。彼は圧縮した空気の弾丸を連続で撃ち出すが、獣は軽々とそれを回避し、カクロスを睨みつけた。男の顔に苛立ちの色が浮かぶ。


 カクロスがイノシシと睨み合っている隙に、わたしはデスケに駆け寄った。身を低く屈めて草の間を通りながら慎重に進み、やがて彼の傍らに辿り着く。


 ひしゃげた胸部、ありえない方向に曲がった手足。だが、かろうじて息がある。


 

「この力が本物なら、これで洗脳できるはずです……!」


 わたしはデスケの血まみれの手をそっと握った。

 その瞬間眩い金色の光が彼の体を包み込み、苦悶に歪んでいた顔が穏やかな表情へと変わる。


 

 わたしは確信した。ノクヴァルから授かったこの『洗脳』スキルは、確かにわたしのものになっている。金色の光が、洗脳が発動したことの確かな証拠だ。


 この力さえあれば、世界から争いを無くすことができる。奴隷が生贄にされることも無くなる。

 安堵と興奮に胸を高鳴らせながら後ろを振り返ると、空中で浮遊しているカクロスと目があった。彼の顔が驚愕で歪む。


「馬鹿な……。何故お前がここにいる。お前は心臓を抉り出されて死んだはずだ!!」


 カクロスが風の魔法を放った。不可視の鎌がわたしの首へと迫り――横から飛び出してきたイノシシの身体に受け止められる。分厚い皮膚が切り裂かれ、鮮血が舞った。


 

 わたしはカクロスを見上げ、ゆっくりと口を開いた。胸の前で手を組み、自然で穏やかな笑みを心がける。


「もう、無益な争いはやめませんか?」


「……なんだと?」


 カクロスは困惑した様子で眉根を寄せ、何かを堪えるようにわたしを見つめた。


 ノクヴァルから授かった『洗脳』には、触れた相手を信者にする以外の、もう1つの効果がある。それはわたしの目を見て、声を聞いた相手に、好意を抱かせるというものだ。

 

 その効果は蓄積し、接する時間が長いほど好意は増していく。このスキルなら、空中にいる魔術師にも攻撃することが可能だ。わたしは必死に言葉を紡いだ。


「邪神ノクヴァルは慈悲深く、そして寛容です。きっとあなたの罪もお赦しになります。過去なんて関係ありません。あなたには、やり直す権利があるんです。これからは世界平和のために生きませんか? あなたは変われるのです!」


 ――頭の中に、理想の姿を思い浮かべる。それは慈愛に満ち、穏やかで、争いの絶えない世界でも誰1人として見捨てない、そんな教祖の姿だ。

 

 だが、現実のわたしは理想とは程遠い存在だった。優しさも足りないし、穏やかでもない。それでもやらねばならないのだ。


 この荒れ果てた世界に秩序をもたらし、真の理想郷を作るためには、誰もが心から慕う完璧な教祖の存在が不可欠だ。


 たとえそれが本心からの言葉でなくても構わない。わたしは人生の全てを賭けて、理想の教祖を演じるのだ!


「あなただって本当は優しい人のはずです。これからは敵ではなく、仲間として手を取り合って助け合いませんか? きっとわたし達は分かり合えるはずです!」


 カクロスの眉がピクリと動いた。先ほどまでの殺気立った表情が和らぎ、代わりに戸惑いと……そして、どこか陶酔したような眼差しに変わる。


「何を……馬鹿なことを……」


 絞り出すような声だった。しかし、その声には怒りよりも、むしろ助けを求めるような響きがあった。彼の表情が目まぐるしく変わる。

 

 わたしは語り続けた。数分ほど説得するとカクロスがそっと目を伏せ、何かを噛み締めるように沈黙した。

 そして、穏やかな眼差しで深く頷く。


「お前……名は?」


「リオラと申します。わたしと共に世界平和を実現しましょう!」


「そうか、リオラ」


 突風が吹き抜ける。


「この感情は、俺の理性を蝕み真理への道を曇らせる。ならば、その根源を断つべきだ。――『竜巻(トルネード)』」


 カクロスが生み出したのは、暴れ狂う大気の奔流だ。全てを押し潰すような、巨大な空気の渦が形成されていた。耳をつんざくような轟音と共に木々が根こそぎ引き抜かれ、巻き上げられていく。


 わたしはイノシシの足にしがみつき、風に攫われまいと歯を食いしばった。腕がプルプルと震える。両足が地面から離れ、半分宙に浮いていた。


 砕け散った木片が雨のように降り注ぐ。

 この手を離した瞬間わたしの身体は細切れになり、骨の1本も残らないだろう。


 

 ……うーん、駄目だったか。洗脳スキルは効いていた。だが、好意を持った相手を平然と殺せる人間もいる。ノクヴァルの言っていた通りだ。


 ――だから、念の為もう1つの作戦も同時に進めていた。説得は失敗。好意では、これが限界だ。では崇拝ならばどうだろうか。

 

 洗脳にかかったイノシシは死の淵から復活し、魔術師たちの攻撃からわたしを庇うような動きを見せた。


 これに賭けるのなら、すべきことは単純だ。たった数分、あの魔術師が目覚めるまでの時間を稼ぐだけでいい。

 

 そしてわたしは、既にそれをやり遂げている。


「――教祖様に何してやがる、カクロスッッ!!」


 爆炎が空を覆い尽くし、焼け焦げたカクロスが絶叫と共に地面へと墜落した。

お読みいただきありがとうございます!

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