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第38話 言葉を教えた

 あれから数日が経ち、街は元の賑わいを取り戻していた。

 

 道行く人々の表情は明るく、あちこちから賑やかな話し声が聞こえてくる。その光景に自然と頬が緩むのを感じた。


 

 わたしが大通りに足を踏み入れると、周囲が急にざわつき始める。


「お、おい見ろよ! リオラ様だ!」


「本物の教祖様だ……! ああ、なんと美しい……!」


「我が家の息子も、いただいた聖水ですっかり元気になりました。ありがたやありがたや……」


 あちこちから熱のこもった視線を感じる。中にはその場で跪き、祈りを捧げ始める者までいた。


 わたしは多少気恥ずかしさを感じながらも、教祖らしく穏やかな笑みを浮かべながら手を振った。


 その瞬間に「わああああっ!」と鼓膜が破れそうなほどの大歓声に包まれる。


 毒の泉の一件で聖水を無料配布したのもあり、今ではこの街の住民のほとんどがノクヴァル教の信者になった。そのせいで、わたしが街を歩くたびに大騒ぎになってしまうのだ。


 人々の間からは、こんな囁き声も聞こえてくる。


「あれがヒュドラ30匹を素手で殴り倒したっていう英雄か……」


「一粒の涙で毒の泉を浄化した奇跡の少女よ! ああ、神々しい……」


 なんだか、随分と話が盛られているな……。

 

 内心で冷や汗をかきながらもわたしがこの大げさな噂を否定することができないのには、理由があった。


 泉に毒を流していた元凶がクイムだと知られたら、彼女が街に居づらくなってしまうからだ。


 その事実を隠すため、信者たちには「毒の原因は見たことのない魔物でした」と濁して伝えていたのだが、まさかこんな想定外の方向に噂が広まってしまうとは。


 ヒュドラと戦ったことなんて一度もないし、聖水を出したのもクイムだよ……。


 人々の視線から逃れるようにふと目を逸らすと、広場の中心に建てられた真新しい銅像が目に入った。

 

 それは巨大なヒュドラに立ち向かう、凛々しいわたしの銅像だ。

 今では街の至る所にわたしの銅像が建てられ、泉のほとりで涙を流すわたしや、6本の触手を自在に操るわたしなど、そのバリエーションは日に日に豊かになっている。


 最初は自分の銅像が次々と増えていくことに戸惑い、恥ずかしさで悶絶しそうだった。


 けれど今では遠方から訪れた人の観光名所になっているし、街の活性化に繋がっているのならこれはこれで良いかと思えるようになってきた。


 ぶーちゃんを撫でるわたしとか、なかなか癒されると評判だよ。



 ……っと。そんな呑気なことを言っている場合ではなかった。教会にお客さんが来ていると信者から報告を受け、帰っている途中だったのだ。


「また領主の部下でしょうか……」

 

 最近、異常に高い税金を取り立てに来る役人や、教会の内部を嗅ぎ回ろうとする兵士の訪問が後を経たない。どうもきな臭い気配がする。


 人々の間をすり抜け急ぎ足で教会に帰ると、薄暗い廊下の隅でクイムがぽつんと三角座りをしていた。その背中がなんだかとても寂しそうに見える。


「クイム? こんなところで何をしてるんですか?」


 声をかけると、クイムはゆっくりと顔を上げた。そのぼんやりとした虚ろな目がわたしを捉える。


 次の瞬間、彼女が勢いよく立ち上がり、わたしに抱きついて頭をスリスリと擦り付けてきた。

 

 わたしより身長が高いから、何だか大型犬とじゃれ合っているみたいだ。


「……しらない人、いた。きけん」


 クイムがたどたどしく伝えてくる。頭を撫でながら、わたしは納得した。


「ああ、お客さんが来ていたんですね。それでここに?」


 どうやら来客に驚いて廊下に避難していたようだ。クイムは意外と、警戒心が高いのかもしれない。

 

 ふと、彼女の手に小さなカードの束が握られていることに気づいた。単語カードだ。


「単語の勉強をしていたんですね、偉いです」


「うん、覚えた」


 最近わたしは、クイムに言葉を教えている。絵と文字が描かれた手作りのカードを使い、まずは身の回りの物の名前を覚えているところだ。


「では、少しテストしてみましょうか」


 わたしはまず、机の絵が描かれたカードを指差す。


「……つくえ」


「正解です。では、これは?」


 カードをめくり、コップの絵を指差す。クイムは少しだけうーんと唸った。


「…………コップ」


「良いですね。じゃあ、これはどうでしょう?」


 わたしがオムライスの絵が描かれたカードを指差すと、クイムはしばらくそれを見つめた。


 そして、次の瞬間。


「…………!」


 クイムがカードをひょいと摘み、パクンと食べてしまった!


「食べちゃダメですよ! それは本物のオムライスじゃありません!」


 焦って上擦った声が出てしまう。クイムはもぐもぐとカードを咀嚼しながら、わたしを見上げて言った。


「……おむらいす」


「今さら言っても遅いです! 分からないときは分からないと言ってください。怒らないですから!」


 クイムは「うん」と頷き、またわたしの腰にぎゅっと抱きついてくる。その金色の髪を一通り撫でてから、わたしは応接室へと向かった。



 部屋に入ると、中央に置かれたソファーに温厚そうな雰囲気の若い男性が座っていた。


「お待たせして申し訳ありません。ノクヴァル教の教祖を務めているリオラです」


 わたしが頭を下げると、男は慌てて立ち上がった。


「いや、こちらこそ突然押しかけてすまない。俺はウェス。旅の商人だ」


 ウェスと名乗った男は、少し緊張した面持ちで口を開いた。


「実は、貴女の教団の信者の方が街で聖水を配っているところを目撃してな……。俺にも売ってもらえないかと思って来たんだ。もちろん代金はいくらでも払う。どうか、お願いできないだろうか?」


 無料で配っているものをわざわざ買いたいとは。随分と律儀な人だ。


「お代は結構ですよ。その代わりもしよろしければですが、聖水を買った方にノクヴァル教のことを軽く宣伝していただけると助かります」


 信者の数が増えて教団の財政がかなり潤ってるから、お金はあまり必要ないんだよね。

 

 病気や怪我で苦しんでいる人からお金を取るつもりもないし、教会を訪ねてきた人にはこれからも無料で聖水を渡すつもりだ。


「いや、そういうわけにはいかない。これほど価値のある品だ。生産者に敬意を払い、正当な対価を払わねば俺の気が済まない」


 そうは言っても、生産したのはわたしじゃないしな……。

 

 どうしたものかと思案していると、ガチャリとドアが開き、クイムがお盆を持って部屋に入ってきた。


 お盆の上には、黄金色の液体が入ったグラスが2つ。


「……のんで」


 クイムがこてんと首を傾げながら、わたしとウェスに1つずつグラスを手渡す。おそらくは彼女の能力で作ったリンゴジュースだろう。


 クイムはわたしが仕事をしていると、こうしてよく差し入れを持って来てくれるのだ。


「う、美味い!! 凝縮された果実の甘さと、それを引き立てる絶妙な酸味……! 王侯貴族が飲む高級品でもこれには敵わないだろう!!」


 ウェスがグラスを掲げ、絶賛する。わたしもそれを飲んでいると、クイムがとてとてと歩いてきて、わたしの膝の上にちょこんと乗ってきた。


 そして、じーっとわたしの顔を見つめてくる。

 どうしたんだろう……。


 もしかして、感想を言ってほしいのかな?


「……とても美味しいですよ、クイム」


 わたしがそう言うと、クイムはぱあっと顔を輝かせた。どうやら当たりだったようだ。


「そうだ、クイムに聞きたいことがあったんです。こちらの商人の方が聖水を買いたいそうで……。あれを作ったのはクイムですから、許可を取ろうと思っていたんです」


 その言葉に、ウェスがハッとしたようにクイムを見た。


「君があれを作ったのか! 頼む! その聖水があれば沢山の人を救うことができるんだ! どうか譲ってほしい!」


 ウェスが床に膝をつき、クイムを必死に説得する。彼女はしばらく無言で考え込んでから、小さく頷いて言った。


「…………すきに、つかって」


「おお……! 本当にありがとう、心から感謝する!!」


 ウェスが感極まった声を上げ、深々と頭を下げる。そして彼は感謝の言葉を繰り返しながら、希望に満ちた表情で教会を後にした。

 


 2人きりになった室内で、わたしはクイムに尋ねる。


「そういえば気になっていたのですが、クイムは何種類くらい飲み物を出せるのですか?」


 わたしが知っているだけでも、リンゴジュース、マンゴージュース、ぶどうジュースの3種類はある。


 クイムは自分の指を折りながら、たどたどしく数え始めた。


「あいすこーひー、はーぶてぃー、ふるーつ牛乳、いちごみるく、れもねーど、コーンスープ……」


「結構多いですね!? スープまで作れるとは……」


 あの錬金術師は、飲み物にこだわるタイプだったのかもしれない。


 わたしが目を白黒させていると、クイムが安心したような表情でわたしの膝に乗り、胸に顔をうずめてくる。


「しらない人、はなせた」


「ええ、ちゃんとできていましたよ。とても偉かったです」


 わたしが優しく頭を撫でると、クイムは心地よさそうに目を細めた。


「ことば、教えてくれてありがと」


 そう小さく呟くと、彼女は膝からぴょんと降りて嬉しそうに部屋を出ていった。

お読みいただきありがとうございます!

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