第35話 毒の泉
「オ゙オ゙オ゙ヺオ゙オ゙ヺヺオ゙オ゙オオオ゙オ゙ヲオ゙オオ゙オ゙オ゙オ゙オオオ゙オ゙オオヺオオオオ゙オ゙オ゙オ゙ヺ!!!!」
天を裂くような咆哮と共に雷スライムが一際眩く輝き、青白い雷撃がわたし達を襲った。
人間の反射神経では到底対処できない速度。だが、邪神の眷属はそれよりも疾い。
「――『邪神の黒盾』」
わたしがそう囁くと、修道服から伸びた6本の触手が瞬時に硬質化し、黒い盾となった。
刹那の速さで迫った雷撃は6枚の黒い盾に阻まれ、バチバチと音を立てながら霧散する。
「ありがとうございます、触手ちゃん」
邪神の眷属は触手を変化させて、様々な武器へと姿を変えることができる。わたし達はその能力を効果的に使うため、いくつかの合言葉を設定していた。『邪神の黒盾』もそのうちの1つだ。
雷スライムは間髪入れずに次の攻撃を仕掛けてくる。複雑な軌道を描く雷の砲弾が嵐のように降り注ぎ、しかし6枚の黒い盾は空中を自在に飛び回ってその全てを的確に弾き返す。
すると、スライムの体が放電を収め、淡い黄色へと変化していく。その色には見覚えがあった。
「あれは……工場の中で私が殴ったスライムと同じね。衝撃を与えたら爆発するわ」
コニーが身構えるのと同時に、スライムの足元が閃光と共に爆ぜた。自身の爆発を推進力にして、巨大な黄色の塊が榴弾となって迫る。
想像を絶する速度。迎撃すれば、4人まとめて爆発に巻き込まれてしまう。どうすれば……?
わたしが思考を巡らせるより早く、動いたのはコニーだった。
「山賊スキル『飛拳空牙』ッ!!」
コニーの拳から放たれた空気の弾丸がわたし達の足元で炸裂した。衝撃波に突き上げられ、4人の体はバラバラの方向へと吹き飛ばされる。
次の瞬間、わたし達がさっきまでいた場所をスライムの巨体が通過し、背後の木に激突する。
途端に辺り一面が真っ黒に焼け焦げるほどの大爆発が起こり、わたし達は爆風に煽られて再び宙を舞った。
鼓膜を揺さぶる轟音にめまいを覚えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「皆さん、大丈夫ですか……?」
「はい、何とか……」
「コニーちゃん、凄かったね! ナイス判断だよ!」
「ありがとう。でも、少し強引だったかしら」
悔やむような顔をしているコニーに、優しく微笑みかける。
「いえ、助かりましたよ。あのまま直撃していたら、無事では済みませんでしたから」
爆心地では、あれほど巨大だったスライムの体は跡形もなく吹き飛び、もうもうと黒煙が立ち昇っていた。そのクレーターの中心で、小さな何かがポト、と地面に落ちる。
「あれは……スライムの核、でしょうか」
拳ほどの大きさの魔石が、黒く焦げた地面に落ちている。倒した……というより、自滅か。
スライムが死んでしまったら、解毒薬を作ってもらうこともできない。勝手に死なれると困るな……。
わたしが頭を抱えていると、魔石の表面からいくつもの岩石が生み出されて、魔石に覆い被さるようにして巨大化していく。
あっという間に、魔石は家一軒分ほどもある巨大な岩のスライムへと生まれ変わった。
その異様な光景に、シャノンがハッとした顔でこちらに駆け寄ってくる。
「リオラさん。あのスライム……変だと思いませんか?」
「変……ですか? 確かに、身体が吹き飛んでもすぐに再生するのも、わたしの洗脳が効かないのも、おかしいとは思いますが……」
わたしのぼやきに、シャノンは頷く。
「私の推測ですが、あの岩や酸はスライムの身体ではなく、スライムが生み出した『生成物』でしかないのだと思います。いわば、核である魔石が作り出した着ぐるみのようなもの。だから貴女の洗脳が効かないし、身体を吹き飛ばされても核さえ無事なら復活することができるんです」
そういうことか。本体はあくまでも核の魔石で、その周りを覆っている酸も、電気も、あの岩の塊もスライム本体ではないのなら……。
「わたしがあの核に触れることができれば、洗脳できるということですね?」
「その通りです。30秒だけ、時間をください。私とラモーナでスライムの体を吹き飛ばします」
「え? わ、私!?」
突然名前を呼ばれ、ラモーナが素っ頓狂な声を上げる。
「時間がありません。やりますよ」
「だ、大丈夫かなぁ……。私の『着火』は通じなかったし……」
「これは私たちにしかできないことです。練習する時間は無いですが……やるしかありません」
シャノンはラモーナの手をぐいと掴み、少し離れた場所へと引っ張っていく。
……そういえば、わたしはシャノンと手を繋いだことないな……。
洗脳スキルを警戒して、彼女はわたしに直接触ることを避けている。わたしのスキルは自分の意思で止めることができないから仕方がないとはいえ、2人の姿を見ているとやっぱり少し寂しい。
戦闘の最中なのに、こんなことを考えるべきではないな。
頭を振り、思考を切り替える。
「2人の魔法の準備が整うまでは、わたしとコニーで凌ぎましょうか」
わたしがそう言った瞬間、巨大な岩スライムが地響きを立てながら突進を開始した。
「『邪神の黒鞭』」
6本の触手がしなやかな鞭となり、黒い残像を描きながら岩の体を削り取っていく。
しかし……。
「再生速度が、早くなっています……」
叩き割ったそばから新しい岩が生成され、突撃の勢いを全く削ぐことができない。それどころか、どんどん大きくなっている。
やはり、シャノン達の魔法で一気に消し飛ばすしかないか。
スライムはわたし達の目前で動きを止めると、天高く跳躍した。
「オ゙オ゙オ゙ヺオ゙オ゙ヺヺオ゙オ゙オオオ゙オ゙ヲオ゙オオ゙オ゙オ゙オ゙オオオ゙オ゙オオヺオオオオ゙オ゙オ゙オ゙ヺ!!!!」
その巨体は空中にいる間にも成長を続け、やがて山のようになった巨大な岩の塊が落ちてくる。
「『邪神の大盾』ッ!」
6本の触手がわたしの頭上に集い、重なり合って1つの巨大な盾を形成した。直後、岩スライムの巨体が盾に叩きつけられ、衝撃で地面が大きく陥没する。足元の土が砕けて、バキバキと音を立てた。
「コニー、押し返します!」
「分かったわ! 山賊スキル『飛拳空牙・乱舞』!!」
コニーが上空の盾に向かって目にも留まらぬ速さで拳を連打する。無数の空気の弾丸が邪神の大盾を後方から押し、触手はその推進力を利用してスライムごと大盾を振り抜いた。
放り投げられた岩の巨体が放物線を描いて泉へと落下し、盛大な水しぶきを上げる。
だが。
「……最悪、です」
泉の水が、見る見るうちに禍々しい紫色に染まっていく。毒だ。ぶくぶくと泡が立ち、鼻を突く悪臭が辺りに立ち込める。
毒沼と化した泉の中心から、紫色の巨大なスライムがぬらりと姿を現した。
あれはわたしでも見たことがある。ポイズンスライムだ。
バロミアの街の近くには川が1つしかない。川の源流であるこの泉がここまで汚染されてしまったら、もうこの土地に人が住むことなどできないだろう。
解毒薬を作ればいい、という規模の話でもなくなってきたな……。
「――準備が完了しました」
シャノンの声で、わたしは現実へと引き戻された。隣では、ラモーナが決意を固めた表情で頷いている。
「生活魔法をこれほどの出力で使える魔術師はラモーナさんしかいません。だから、自信を持ってください」
「う、うん! いくよ、シャノンちゃん!!」
2人は固く手を繋ぎ、それぞれがもう片方の手をスライムへと向けた。
「「合成魔法『焼却』ッ!!!」」
2人の声が重なった瞬間、太陽と見紛うほどの極大の火球が出現した。
――ゴオオオオオオオオッ!!!
火球は一直線に飛んでポイズンスライムを飲み込み、その巨大な体を一瞬で消し飛ばした。
後は、再生される前にあの核に触れればいいだけだ。
だが爆風で上空に投げ出された核は、落下しながらも新たな毒液を吐き出し始めている。
普通に走っていては、泉に辿り着く前に核は水中に沈み、元の巨大なスライムへと再生してしまうだろう。
「でも、わたし自身が走る必要はないですよね。触手ちゃん、お願いします。わたしの体は壊れてもいいので」
修道服のブーツがぐにゃりと歪み、疾走に特化した流線型のフォルムへと変形する。
「『邪神の黒脚』」
邪神の眷属に合図を送ると、わたしの体が爆発的な速度で加速した。変形したブーツが地面を蹴り砕き、人間では不可能な速さで走り出す。
「わ、わわ、わああああ!」
凄まじいスピードで景色が後ろに飛んでいく。恐怖で叫ぼうとしたが、顔にかかる風圧で上手く口が開かない。
そう、これはアリシア洋服店に行ったときと同じだ。
わたしの着ている修道服が、わたしの手足を操って高速で走らせている。修道服がパワードスーツのように働くことで、わたしの体を目的地まで自動で運んでくれているのだ。
わたしは毒で汚染された泉の水面を滑るように駆け抜け、空中に浮かぶ核へと一直線に突進する。
そしてそのまま右手を伸ばし、毒を纏いつつある魔石の表面に触れた――。
瞬間、核がまばゆい黄金の光を放った。邪神の眷属が走りを止め、わたしは勢いを殺しきれずに泉の中へと落ちる。
毒で汚染された水が修道服の内側に入り込み、全身を焼くような痛みが襲った。呼吸が苦しい。
「ぐ、うぅぅ……っ」
だが、その苦しみは一瞬で消え去った。泉全体が、核から放たれた光と同じ、黄金色に輝き始めたのだ。
毒の苦しさが、ゆっくりと癒えていくのを感じる。わたしは心地よい波に流されながら水面を揺蕩った。
不意に、ふわりと体が浮き上がる感覚。誰かの腕が背中と膝の裏に差し入れられ、優しく抱き上げられた。
わたしはお姫様抱っこをされたまま、ゆっくりと岸辺に運ばれていく。
やがて、柔らかな地面にそっと降ろされた。
「ありがとうございます。助かりました」
お礼を言いながら顔を上げると、そこに立っていたのは見知らぬ少女だった。
どこか儚げな印象のある、金髪の美少女だ。緩やかなウェーブのミディアムボブが風でふわりと揺れている。
なぜか服を着ていないその少女は、わたしの困惑に気づいたのか小さく微笑んで口を開いた。
「オ゙オ゙オ゙ヺオ゙オ゙ヺヺオ゙オ゙オオオ゙オ゙ヲオ゙オオ゙オ゙オ゙オ゙オオオ゙オ゙オオヺオオオオ゙オ゙オ゙オ゙ヺ!!!!」
………………え?
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