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第34話 スライムに変身するポーション

「あなたが、泉に毒を流した錬金術師ですね?」


 わたしの問いかけに、白衣の女性はビクリと肩を震わせた。扉の影に隠れるようにして、怯えるような目でわたしを見つめてくる。


「は、はい……。そうです。私がやりました……。こ、ころ、殺さないでください!」


「殺しませんよ。わたし達は解毒薬を作ってほしいだけです」


「そ、それは……できません」


「どうしてですか? 毒を作ったあなたなら、解毒薬も作れるはずでしょう?」


 錬金術師は疑いの目を向けるわたしから目を逸らすと、荒く不規則な呼吸を整えながら答えた。


「領主様から、お金を稼いでくるようにと言われているんです。だから解毒薬は作れません……」


「脅されている、ということかしら」


 コニーの鋭い視線が錬金術師を射抜く。だが錬金術師はガタガタと体を震えさせながらも、不満そうな顔つきでコニーを睨み返した。


「脅されてなど、いません。あの方は恩人なんです。ろくに薬も作れずスライムの研究ばかりしていた、何の役にも立たない私を拾ってくださった……。だから、あの方の期待には、応えないと」


 彼女は俯きながら、床にこびり付いたスライムの残骸に目を落とす。その瞳には狂信的な光が宿っていた。


「あの毒は、私が新しく作り出したポイズンスライムの毒を抽出して作ったものです。スライムは研究次第でどんな方向にも進化することができる可能性の塊。普通のポーションでは治らない毒も、簡単に作ることができてしまう。この柔軟性こそが、スライムの魅力なんです」


「その毒のせいで苦しんでいる人がいるんだよ!?」


 ラモーナが悲痛な声を上げる。だが錬金術師には響いていないようだった。彼女は興味なさげに首を傾げると、わたしに視線を移す。


「貴女の瞳を見ると、何だか心の奥が温かくなって、自然と従いたいと思ってしまいます。……貴女が最近勢力を広げているという、ノクヴァル教の教祖様ですね」


「ええ。わたしは教祖リオラ。あなたを救い、導く者です」


 錬金術師はわたしの声を聞くと、恍惚とした表情で手を合わせた。


「やはり……。私の推測通り、貴女は強力な催眠能力を持っている。普通の手段では、こんな短期間で街の住民のほとんどを信者にすることなどできませんからね」


 洗脳スキルに気づかれたか。いつかは勘づく人も出てくるとは思っていたが、街を完全に支配する前に見抜かれるとは。


 洗脳スキルを持っていることがバレたら処刑されてしまうから、気づいた人は早く洗脳しないとね。


 わたしは両手を胸の前で組み、優しく語りかけた。


「邪神ノクヴァルはどんな罪も赦します。あなたには更生する権利があるのです。皆のために、解毒薬を作っていただけませんか?」


「い、意思の弱い私では、貴女の命令には逆らえない。解毒薬を作れと言われたら、作りたくなってしまいます……」


 錬金術師は頬を赤く染めながら、ふらりと立ち上がった。その手にはいつの間にか、極彩色に輝く虹色のポーションが握られている。


「でも、領主様を裏切ることはできない。だから――私に意思なんていりません」


 錬金術師がポーションをゴクリと飲んだ。瞬間、彼女の体が内側から膨れ上がる。


 ――メキメキメキッ!


 骨が砕ける音が響き、彼女の皮膚が緑色の粘液へと変わっていく。


 どろりとした緑色の液体は凄まじい勢いで体積を増し、天井まで届くほどの巨大なスライムになった。


「う、嘘でしょ!? あんなに大きくなるなんて……」


 ラモーナが腰を抜かし、その場にへたり込む。


「オ゙オ゙オ゙ヺオ゙オ゙ヺヺオ゙オ゙オオオ゙オ゙ヲオ゙オオ゙オ゙オ゙オ゙オオオ゙オ゙オオヺオオオオ゙オ゙オ゙オ゙ヺ!!!!」


 怪物の悍ましい咆哮が工場を震わせた。

 

 これ、洗脳したら人間に戻るのかな……。意思なんていらないと言ってたけど、一生スライムのままだったら困るぞ。


 

 スライムの巨体が大きく波打ち、その中心から緑色の液体を砲弾のように撃ち出してくる。


「させないわ! 『魔力障壁(プロテクション)』!」


 コニーが素早く呪文を唱え、わたし達の前に半透明の壁を展開した。緑色の液体が障壁に弾かれ、ジュウウッ!と激しい音を立てて鉄製の床を溶かしていく。


 よく見ると、スライムが踏んでいる床も溶けて窪みのようになっている。


「全身が酸でできている……ということかしら。触ったら危険ね」


「それなら、私に任せて! 『着火(イグニッション)』」


 ラモーナの掌から放たれた特大の火球がスライムの体に直撃する。凄まじい熱量に巨体の一部が蒸発し、大きく穴が空いた。

 

 しかし、焼け飛んだ部分からすぐに酸の粘液が湧き出し、スライムは瞬く間に元の大きさに戻ってしまう。


「そんな……。再生した……!?」


 ラモーナが愕然とする。


「痛いのは嫌ですが……これでは埒が明きませんね。わたしが救済します!」


 右手1本を犠牲にする覚悟でスライムに向かって突進する。攻撃しても再生されるのなら、洗脳スキルに頼るしかない。


 酸でぬかるんだ床を駆け抜け、緑色の巨体へと右手を突き刺した。


「ぐうぅぅっ!」


 途端に激痛が走り、右手の肉が焼け爛れる。


「……え?」


 しかし、何も起こらない。洗脳完了の合図である黄金の光はいつまで経っても放たれず、スライムはわたしの腕が刺さっていることにすら気づいていないのか、ピクリとも動かなかった。


「洗脳スキルが、効きません……!」


 右腕を引き抜き、後退する。ポーションを傷口に振りかけながら、わたしは困惑していた。


「確かに触れたはずなのに、何故……?」

 

 

 その時だった。スライムの巨体がバネのように収縮し、凄まじい勢いで真上へと跳躍した。


 ゴシャアン!とけたたましい破壊音が響き、天井が突き破られて瓦礫が降り注ぐ。そして重力に従って、大質量の酸の塊がわたし達4人を目掛けて落下してきた。


「皆さん、私のところに集まってください!」


 シャノンの鋭い声が響く。全員がシャノンのそばに集まると同時に、ドーム状の魔力障壁が展開された。


 直後、世界が大きく揺れる。スライムの巨体が障壁に着弾し、工場全体が地震のように激しく振動した。


 床が砕け、立っていることすらままならない。


「な、なんか……体が大きくなってない!?」


 ラモーナがスライムを指差し、震える声で呟いた。

 

 その通りだった。一見すると分かりにくいが、スライムの体が先ほどよりも一回り大きくなっている。

 

 このままでは、工場ごと飲み込まれてしまうだろう。この場所で戦い続けるのは得策ではないな。



「オ゙オ゙オ゙ヺオ゙オ゙ヺヺオ゙オ゙オオオ゙オ゙ヲオ゙オオ゙オ゙オ゙オ゙オオオ゙オ゙オオヺオオオオ゙オ゙オ゙オ゙ヺ!!!!」


 スライムが再び身を縮めて飛び上がり、天井の穴へと消える。シャノンが魔力障壁を解除した。


「皆、走って! 『重量軽減(ウェイトリダクション)』!」


 ラモーナの魔法が全身を包み込み、体が羽のように軽くなる。わたし達は窓の外を目指し、一斉に駆け出した。


 圧迫感。地面に黒い影が差し、大質量の塊が空気を切り裂いて落下してくる音が聞こえる。


 このままでは、間に合わない。


「触手ちゃん! お願いします!」


 修道服から伸びた3本の触手が仲間たちの体に巻きつき、2本の触手が窓枠をがしりと掴む。


 まるで投石器のように、触手はわたし達全員を窓の外へと投げ飛ばした。


 スライムが地面に激突する寸前、間一髪で窓ガラスを突き破り、工場の外へと転がり出る。


「はぁっ……、はぁっ……」


「ありがとうございます、リオラさん。助かりました」


「いえ、危ないところでしたね……」


 地面に手をつき、互いの無事を喜びあう。だが、そんな安堵は一瞬で打ち砕かれた。



 ――ドゴオォォォン!!


 背後で、工場の壁が内側から破裂した。


 そこから現れたのは、もはや工場よりも大きくなった緑色のスライムだった。


「ど、どうしよう。私の魔法は効かなかったし……」


「そもそも、倒していいのかしら。解毒薬を作れるのがあの錬金術師しかいない以上、殺すわけにもいかないわよね」


「とはいえ、洗脳も通用しませんでしたし……できることがありませんね」


「ならば、一度動きを封じます。対処法はそれから考えましょう」


 シャノンはそう宣言すると、呪文を唱え始めた。周囲の空気が急速で冷えていき、吐く息が白くなる。


「――合成魔法『氷獄(コキュートス)』」


 絶対零度の冷気が世界を白く染め上げた。スライムの動きが止まり、山のような大きさの氷の彫像と化す。工場の周辺は一面氷の世界となった。


「ふぅ、これで時間を稼げ――」


 シャノンが安堵の息を吐いた、その時だった。



 ――バキッ。


 氷塊の中心に、1本の亀裂が走った。


「……え?」


 亀裂が瞬く間に全体に広がり、轟音と共に氷の牢獄が砕け散る。


 酸の体では、絶対零度の氷を突破することなどできないはず。だが、実際にスライムは強引に氷を突き破って外へと脱出している。


 その原因は……。


「スライムの色が、変わってます……!」


 ヌメヌメとした緑色の液体から、鈍い光沢を放つ金属のような銀色に。スライムはその体を別の性質へと変化させていた。


「ミスリル……だよね。これ、どういうこと……?」


 ラモーナが呟いた瞬間、ミスリルのスライムは再びその姿を変えた。今度は雷そのもののような、青白い電気の塊に。


 大きさこそ桁違いに大きいが、バチバチと放電を繰り返すその姿には見覚えがあった。


「酸を放つスライムも、ミスリルのスライムも、電気のスライムも……全てあの工場の中で見たものと同じです」


 つまり、目の前のこの怪物は――あの錬金術師が生み出した100種類以上のスライム、全ての性質に変化することができるということか。

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