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第33話 新種

「わたしの考えた作戦。それは――この泉を、泥で濁らせることです」


 わたしの提案に、コニーが困惑の表情を浮かべた。


「ど、どういうことかしら。川の汚染を解決しに来たのに、どうしてさらに汚すようなことをするの?」


「説明しますね。この泉は、毒で汚染されているにも関わらず、不気味なほど澄み渡っています。これはつまり、錬金術師が流している毒は無色透明だということです」


 わたしは水面を指し示し、言葉を続ける。


「そして、これほど大きな泉を2週間以上も汚染し続けるには、膨大な量の毒が必要です。犯人の錬金術師が液体状の薬や毒(ポーション)しか作れないと仮定すると……大量の毒液をバケツに入れて、1日に何十回も泉まで運ばなくてはいけません。でも、それを毎日するのは大変なので……泉のどこかに毒を自動で垂れ流す装置があるんだと思います。だからシャノンとラモーナの魔法で泉の底の土を巻き上げて泥水にしてしまえば……」


「……なるほど。泥水の中で、無色透明の毒が流れ込む場所だけが水の流れとなって可視化されるというわけですね」


 わたしの意図を汲み取ったシャノンが、感心したように頷いた。


「そういうことだったんだね! さすが教祖様!」


 ラモーナもぱあっと顔を輝かせる。


 

 作戦が決まれば、実行あるのみだ。


「では、やりますよ。『炎弾(フレイムバレット)』」


「うん、任せて! 『着火(イグニッション)』!」


 2人の手から灼熱の炎が放たれ、凄まじい音を立てて泉へと叩きつけられた。底に溜まっていた土砂が一気にかき混ぜられ、透明だった泉があっという間に泥水へと姿を変える。


「どうでしょうか……?」


 祈るような気持ちで茶色く濁った水面を凝視すると、泉の奥の一点から透明な水が流れ込んでくるのが筋となって見えた。


「シャノン、あそこです!」


「『隠蔽解除(ディスペル)』!」


 目の前の空間がぐにゃりと歪む。やがて泉の奥に現れたのは、鉄で作られた巨大な工場のような施設だった。


「見て、あのパイプ! あそこから毒が流れ込んでる! 錬金術師のアジトは絶対にあの工場だよ!」


 ラモーナが指し示した先では、工場の背面から突き出た太いパイプの先端から、無色透明の液体が泉へと注ぎ込まれていた。


「ええ、皆さんのおかげです!」


「いえ、リオラさんの作戦あってこそですよ」


 3人が駆け寄ってきて、微笑みかけてくれる。その笑顔を見て、わたしも自然と笑みがこぼれた。

 

 隠れ家が見つかれば、後は錬金術師を捕まえるだけだ。


 

 わたし達が工場の入り口へ向かうと、正面の扉は鈍い光沢を放つ銀色の金属――ミスリルでできており、その表面には複雑な魔法陣が描かれていた。


「これは……魔力を吸収する術式ですね。非常に高度な術式です。並大抵の魔法攻撃は無効化されてしまうでしょう」


 シャノンが感心したように呟く。


「では、私達の出番ね」


 コニーがわたしの方をちらりと見て、自信に満ちた笑みを浮かべた。魔法が駄目なら物理でこじ開けるということか。


「触手ちゃん、お願いできますか?」


 わたしの呼び声に応えるように、修道服から1本の黒い触手が伸びた。


 コニーが拳に雷を纏わせ、バチバチと激しい火花が散る。


「山賊スキル『雷鳴月砕』!」


「『邪神の黒鞭(アビス・ウィップ)』」


 雷光を纏ったコニーの拳と黒い触手が同時にミスリルの扉を殴りつける。


 鼓膜を突き破るような轟音と共に、扉はベコベコに凹んで工場の奥へと吹き飛んでいった。


「よし、これで中に入れますね。気を引き締めていきましょう」


 わたしの言葉に、3人が真剣な表情で頷いた。



 工場の中へ足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。


 広々とした建物の中には巨大なガラス製の水槽がずらりと並び、その中では人間の3倍ほどの大きさのスライムが培養されている。


 血のような体色の禍々しいスライムや、芳醇な香りを漂わせるオレンジ色のスライム。中には、電気そのものが形になったかのような、絶えず放電しているスライムもいる。


 ざっと数えるだけでも100匹以上。どれも見たことのないスライムだらけだ。


「これは……スライムを育てているのかな?」


「確か、魔物の繁殖は違法だったはずだけれど……」


「スライムを培養し、研究する施設のようですね。錬金術師は、このスライムから毒を抽出していたのでしょうか」


 シャノンが水槽に手をつけ、毒々しい紫色のスライムを凝視する。



 その時だった。

 天井からシャノンの頭上をめがけて、半透明の液体が音もなく落下した。


「――ッ!?」


 粘着質の液体がシャノンの顔を覆い、呼吸の自由を奪う。それは、天井と同化するような体色のスライムだった。


「ピイィィィィィ!!!!」


 スライムが甲高い笛のような音を発した。耳元で直接それを聞いたシャノンが苦痛に顔を歪ませる。



 ――ガシャン!!


 笛のような音を合図に、培養されていたスライム達が一斉に水槽のガラスを突き破り、床へと溢れ出してきた。


 シャノンは顔を覆うスライムを氷の魔法で内側から凍らせ、強引に引き剥がす。


「ゲホッ、ゲホッ……!」


「シャノン、大丈夫ですか!?」


 100匹以上の巨大なスライムに囲まれ、思うようにシャノンに近づけない。その間にも、スライム達は四方八方から炎や冷気、緑色の酸を吐き出して攻撃してくる。


「……ッ!」


 間一髪で酸を避ける。背後でジュワッと音がして、鉄製の床にぽっかりと穴が開いた。



「レッドスライムにアシッドスライム……。見たことないのもいっぱいいるよ!」


 ラモーナが『着火(イグニッション)』で数体のスライムを焼き払いながら叫ぶ。


 冒険者である彼女でも知らないということは、これは錬金術師が作り出した新種なのだろうか。


「触手ちゃん、力を貸してください」


 修道服から6本の触手が現れ、空気を切り裂く鋭い音を響かせながらスライムの群れを薙ぎ払っていく。


 レッドオーガの一件以来、わたしは毎日森に入り邪神の眷属と一緒に魔物を狩って食べている。そのおかげで、以前よりもスムーズにコミュニケーションを取れるようになった。


 やはり食事。一緒に食事をすれば、人は仲良くなれるんだなあ。


 

「山賊スキル『瞬脚』『雷鳴月砕』!」


 コニーが高速で戦場を駆け抜け、雷を纏った拳でスライムの核を打ち抜いていく。目で追えないような速度。だが、彼女が20体目のスライムを殴りつけた、その瞬間。


 ――ドオォォォォン!!


 コニーが殴った黄色いスライムが、衝撃に反応して大爆発を起こした。


「きゃあっ!」


 彼女の小さな体が爆風を浴びて軽々と吹き飛ばされる。

 

 スライムにとっては絶好の好機。一斉にコニーに群がり、攻撃を仕掛けようとする。


 雷のスライムが電撃を放ち、体がミスリルでできたスライムが口から槍を吐き出し、岩のようなスライムが大きく飛び跳ねてコニーを押し潰そうとする。


「――『空間転移(テレポート)』!!」


 岩スライムがコニーに激突する寸前、彼女の姿が掻き消え、わたしの隣へと転移してくる。


 ズシンッ! と地響きを立てて岩スライムが床を砕き、深い亀裂が走った。


「大丈夫ですか、コニー」


 懐からポーションを取り出して渡す。彼女はそれを受け取ると、グイッと飲み干して安堵の表情を浮かべた。


「ええ、危ないところだったわ。転移が間に合ってよかった」


 コニーはわたしのスキルで強化された身体能力と、山賊に叩き込まれた戦闘技術を併せ持つ一流の戦士だ。


 そしてそれに加えて、シャノンに弟子入りして魔法を学ぶ魔術師でもある。


 彼女は瞬く間に知識を吸収し、僅かな期間で上級魔法である『瞬間転移(テレポート)』を習得した。


 少々自分を追い込みすぎるところはあるが……どんな技術も貪欲に身につけようとするその姿勢こそが、彼女の最大の武器だ。


 

「見たことのないスライムばかりで厄介ですね。性質が分からなければ、対応が後手に回ります」


 シャノンが巨大な氷塊で数十匹のスライムを押し潰しながら、忌々しげに呟いた。


 彼女の言う通りだ。どんな能力を持っているか分からない相手に時間をかけるのは危険。


「では、一掃しましょうか。『邪神の黒槍(アビス・ジャベリン)』」


 わたしの言葉に応え、触手が鋭い槍へと姿を変える。


 6本の槍が宙を舞い、黒い軌跡が暴れ狂う。伸縮自在の黒槍は正確に核を突き刺し、僅か十数秒でスライムを狩り尽くした。


「すごい……! 教祖様、かっこいい!!」


「一瞬で片付けたわね……」


 信者たちに羨望の眼差しを向けられ、照れ臭くなる。


「いえ、触手ちゃんが頑張ってくれただけですよ。最近この子が可愛くて可愛くて……あれ?」


 邪神の眷属を撫でながらふと視線を上げると、奥の扉に隠れるようにして、1人の女性がこちらを覗き込んでいるのが見えた。


「ええと……あなたは?」


 短く切り揃えられた黒髪に、研究者風の白衣。わたしが声をかけると、女性はガタガタと震えながらその場にへたり込んだ。


「ヒィッ! み、みみみ見つかってしまいました……!」

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