第32話 川の探索
14時の鐘が鳴り響くのを合図に、わたしとシャノンは集合場所へと戻った。
聖導教の教会の前では、既に到着していたコニーがちょこんと座り込んでいる。
「コニー、お待たせしました」
「ええ。おかえりなさい、教祖様。シャノンさん」
コニーがパッと顔を上げて迎えてくれる。それから少し遅れて、息を切らしたラモーナが駆け込んできた。
「うぅ、遅れてごめんなさい! 何も掴めなかったよ〜……」
両手を合わせて謝るラモーナに、わたしは安心させるように微笑みかける。
「大丈夫ですよ、ラモーナ。気にしないでください。わたしとシャノンは、有力なヒントを見つけましたから」
「私も、ざっくりとした場所は分かったわ」
コニーが自信ありげに胸を張る。それを聞いたラモーナはぱっと顔を輝かせたかと思うと、次の瞬間にはまたしょんぼりと肩を落とした。
「えぇ!? じゃあ成果なしなのは私だけ!? わ、私が一番年上なのに……。うぅ、今日の晩御飯は私だけ草でも食べてようかな……」
「そんなに落ち込む必要はありませんよ? 誰か1人でも手がかりを掴めれば、それで目的は達成できますから」
「あっ、この草美味しそう」
もう探してる!
わたしはしゃがみ込んで草を吟味し始めたラモーナの頭を優しく撫でた。
「毒草かもしれないのでやめてください。それより、錬金術師の居場所について話しましょう。わたしは、川の上流が怪しいと思うのですが……」
「ええ、私もそう思うわ」
コニーが小さく頷きながら肯定してくれる。やはり、結論は同じだったか。
「ではまず、わたしから理由を説明しますね。聞き込みをしたところ、街に来ていた役者の方が『馬が川で水を飲んでから元気をなくしてしまった』と証言してくれました。さらに、今回の毒の症状が最も重かったのは、染物屋のリンと皮なめし職人のダッドでした。お二人とも、川の水をたくさん使う仕事です」
わたしの説明に、シャノンが静かに頷く。続いて、コニーが口を開いた。
「私は出店がたくさん出ている大通りで聞き込みをしてたの。そしたら『最近川の魚が大量に死んでて、面白いように獲れる』と聞いたわ。それがこれよ」
そう言ってコニーが取り出したのは、串に刺さった魚の塩焼きだった。こんがりと焼けていて美味しそうに見えるが、よく見ると腹の部分が不自然に溶けて崩れている。
その中からはどろりと溶けて粘液状になった内臓が覗いていた。
「市場で売られていた魚は、どれもこの状態だったわ。だから錬金術師は、川に毒を流しているんじゃないかと思ったの」
なるほどね。……というか、この魚が普通に売ってるのまずくない? 川の水を直接飲んだ人だけでなく、川魚を食べた人も被害に遭ってしまう。
早く錬金術師を探して解毒薬を作ってもらわないと、大変なことになりそうだ。
「これは急いだほうがよさそうですね。すぐに出発しましょう」
わたしがそう言うと、全員が力強く頷いた。
◇
街の門を抜け、川へと到着する。川の流れは穏やかで、一見すると何の異常も感じられない。
「うーん。見ただけじゃよく分からないね」
ラモーナが道端から平たい石を拾い上げ、川面に向かって投げる。
――コン、コン、コン、ポチャ。
石は軽快な音を立てて水面を跳ね、やがて水中に姿を消した。
「まあ、地道に探しましょう。きっと何か見つかるはずですよ」
わたし達は川の流れを遡るように上流へと歩を進めた。
しばらく進むと、十数匹の魚が水面に口を出し、苦しそうにパクパクとしているのが見えた。岸辺には力尽きた魚が何匹も打ち上げられている。
「これは……」
「魚が苦しそうだよ! 可哀想……」
ラモーナが悲しそうに顔を歪ませる。確かにこれは、悍ましい光景だな。
「この辺りから、水中の毒の濃度が上がっているようですね。汚染源はそう遠くないはずです」
シャノンが冷静に分析する。さらに上流へ向かうにつれて、川の惨状は酷くなっていった。
岸に打ち上げられた魚の死骸が、数匹から数十匹へと増えていく。辺りには鼻を突くような腐臭も立ち込めていた。誰もが顔を顰め、口数は減っていく。
「……っ」
ラモーナが再び石を拾い、川面に叩きつけた。やり場のない怒りをぶつけられた石が、ドボンと鈍い音を立てて沈む。
やがてわたし達は、川の源流である大きな泉へとたどり着いた。泉の周囲の植物はことごとく枯れ果て、岸辺にはおびただしい数の魚の死骸が打ち上げられている。
それだけではない。その魚を食べたのだろうか、鳥やクマの死骸が何匹も転がっている。
こんなに異常な状況なのに、泉の水は不自然なほど透明に澄み渡っていて気味が悪かった。
「予想以上に深刻な状況ですね……」
街ではあの内臓の溶けた魚が大量に売られている。このサイズのクマでも死んでしまうほどの毒となると、あれを食べた人々が一斉に命を落とす可能性も高い。
「ごめんなさい。街の人に、魚を食べないように言って回るべきだったわ」
コニーが唇を噛み締め、声を震わせる。わたしも気づくべきだった。だが、今から街に戻って危険を知らせるのにも時間がかかる。
「まだ間に合います。川魚を食べた人たちが亡くなる前に、錬金術師を見つけて解毒薬を作ってもらえれば……」
これだけの毒を2週間以上も流し続けているということは、錬金術師はこの泉の周辺に住んでいる可能性が高い。だが辺りを見回しても、泉の周りには見渡す限りの草原が広がっているだけだ。
「どこにもそれらしい建物はないですね……。見落としたのしょうか?」
わたしがそう呟くと、隣にいたシャノンが静かに首を振った。
「隠れ家があるとしても、隠蔽魔法で隠されている可能性が高いです」
「ああ、そういえば叡智の尖塔のアジトもそうでしたね」
「あれは単に視覚を欺くだけでなく、探知魔法を阻害する効果もあります。もし同系統の魔法が使われているなら、この泉や川の周辺の膨大な土地に、隠蔽解除の魔法をしらみ潰しにかけて回るしか探す方法はありません」
シャノンの説明に、場の空気が一気に重くなる。
その時だった。
「ねぇ、教祖様。この石……なんだか変な模様が書いてあるよ」
また水切りでもしようとしたのだろうか。ラモーナが手のひらサイズの平たい石を持ってきた。
4人でその石を覗き込む。表面には、幾何学的な模様がびっしりと刻まれていた。
「この術式は……探知魔法ですね。それも、相当広い範囲を探知できるタイプです。込められている魔力量が尋常じゃありません」
シャノンがそこまで言うということは、この術式を書いた錬金術師はかなりの魔力を持っている……?
いや、錬金術師本人が書いたとも限らないか。ポーションを売ったお金で、魔術師に依頼することも可能だ。
「探知魔法ってことは、まさか……私たちがここに来た時から、ずっと監視されていたということかしら」
「そうでしょうね。錬金術師は今頃、私たちを迎え撃つ準備か、逃げる準備をしていることでしょう」
「に、逃げられたらまずいよね?」
ラモーナが顔を青くする。
現状、この事件を解決する唯一の手がかりは、その錬金術師本人だけ。シャノンでも解毒薬を作れない以上、もし逃げられてしまったら解決の手立てがない。
……いや、でも。
「逆に考えれば、探知魔法を使ってまで警戒しているということは、重要なものがこの周辺に隠されているということですよね?」
「その通りだと思います。目立たないように小さな石に魔法陣を刻むことで発見を遅らせようとしたのでしょうが……。そこまで手の込んだことをするということ自体が、錬金術師の隠れ家が近くにあるという何よりの証拠です」
そうと分かれば話は早い。錬金術師が逃げるのが先か、わたし達が隠蔽魔法を解除して隠れ家を見つけるのが先か。時間との勝負だ。
「一つだけ、確実な方法があるのですが……」
少し荒っぽいやり方にはなるけど、今は手段を選んでいられる状況ではないよね?
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