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第31話 演劇を見た

 その後、わたしは邪神の眷属が気に入った服を5着買うことにした。シャノンは青いワンピースが入った紙袋を宝物のようにぎゅっと抱きしめている。


「ありがとね! 『アリシア洋服店』をぜひ、ご贔屓に!」


 満面の笑みで出口まで送ってくれる店主のおばさんに、最後に一つ尋ねてみた。


「あの、ところで……この辺りで怪しい錬金術師を見かけませんでしたか? 最近流行ってる風邪や、毒に関する情報でも構わないのですが」


 おばさんは顎に手を当てて、少しだけ考え込む。


「ああ、そういえば……染物屋のリンと皮なめし職人のダッドが酷い風邪を引いたって言ってたねぇ。もう2週間も会ってないけど、元気になったのかしら」


 その2人の名前には聞き覚えがあった。先ほど見た病人の中でも、特に症状が重かった2人だから覚えていたのだ。


「……今のところ、命に別状はなさそうですよ」


 わたしがそう伝えると、おばさんは安心したように胸を撫で下ろした。


「ああ、そうかい。ずいぶん風邪が流行ってるみたいだから、あんた達も気をつけるんだよ」


「お気遣いありがとうございます。また近いうちに寄らせていただきますね」


 おばさんに別れを告げ、アリシア洋服店を後にする。



 その後もわたし達は街の調査を続けた。大通りを抜けて広場まで来ると、噴水の前に人だかりができていることに気づく。


「あっ、シャノン! 見てください、旅の劇団ですよ! これから演劇が始まるみたいです。少し見ていきませんか?」


 わたしが弾んだ声で言うと、シャノンは呆れたようにやれやれと首を振った。


「リオラさん。私たちは調査の途中ですよ?」


「むぅ、これも調査の一環です! 街の外から来た人なら、わたし達が知らない情報を持っているかもしれませんから!」


 わたしは劇の準備をしている男に話しかけた。


「すみません、少しよろしいでしょうか?」

 

「おや、嬢ちゃんたち。どうしたんだい? 劇なら今からちょうど始まるところだよ。見ていくだろ?」


「はい、ぜひ。その前に少しだけお尋ねしたいのですが……」


 陽気な笑顔で応じてくれた男性に、錬金術師や毒のことについて尋ねてみた。すると彼の笑顔がふっと曇り、困ったように眉をひそめる。


「錬金術師とやらは見てないが……そういや、この街に来てから馬の調子が悪くてな。どうも川の水を飲んでからすっかり元気がなくなってしまったんだ」


 彼の視線の先では、荷馬車に繋がれた1頭の馬がぐったりと地面に倒れ込んでいる。その原因が毒なのだとしたら、錬金術師は川の水に毒を混ぜて流したのだろうか。


 それならば、わたし達貧民窟の住民が無事だったことにも説明がつく。シャノンが下水道に作った浄化装置が、街の水に混入した毒を濾過してくれたのだろう。


 わたしは馬に近づき、その鼻先をそっと撫でた。


「ブルルル……ッ!」


 馬の体が淡い金色の光に包まれる。すると先ほどまでぐったりとしていた馬が、よろよろとふらつきながらも自分の足で立ち上がった。


「し、シルフィが……元気になった!? お嬢ちゃん、一体何をしたんだい?」


「わたしのスキルでこの子の生命力を強化したんです。毒が消えたわけではありませんが、少しは楽になるはずですよ」


 役者の男は目を丸くして驚いていたが、やがて納得したようにわたしに向き直った。


「そうか。すごい力を持ってるんだな! ありがとう、助かったよ!」


「いえ、できることをしただけです。完全に治療できたわけではありませんし……」


「とんでもない、本当に助かったんだ! お礼と言っちゃなんだが、劇は一番良い席で見ていってくれ! もちろん無料だ!」


「いいんですか? ありがとうございます!」


 わたしが笑顔でお礼を言うと、シャノンは男に向けてすっと右手を挙げて尋ねる。


「すみません、少し聞きたいのですが……毒で体調を崩したのは、馬だけですか? 貴方たちは川の水を飲んでも平気だったのでしょうか?」


「ああ、俺たちは魔術師でもあるからな。普段は水魔法で作った水を飲んでるから、川の水は飲んでないんだ。劇でも派手な魔法を使うから、楽しみにしててくれよな!」


 彼はにっと笑うと、舞台へと戻っていった。やがて物悲しいリュートの音色と共に物語が始まる。


 

 劇の内容は、敵対する国の騎士と姫が禁断の恋に落ちるという悲恋の物語だった。

 

 舞台の上で水しぶきが上がり、炎が燃え盛る。魔法を駆使した大迫力の演出は観客の心を鷲掴みにし、誰もが物語の世界に引き込まれていった。


 クライマックスで政略結婚を強いられた姫が毒を飲み、駆けつけた騎士がその亡骸を抱きしめるシーンでは、思わずわたしも涙ぐんでしまった。


 ふと隣を見ると、シャノンもまた瞳を潤ませて食い入るように舞台を見つめている。



 舞台の幕が閉じ万雷の拍手が鳴り響く中、わたしはシャノンに話しかけた。


「面白かったですね、シャノン」


「……面白い、などという感情はありません。ですが、この劇の構成と演出のクオリティが高かったことは認めざるを得ないでしょう」


 素直じゃないな……。

 潤んだ瞳でそっぽを向きながら理屈をこねるシャノンがとても可愛らしく見えた。


「前から気になっていたのですが、シャノンはなぜ自分の感情を否定するのですか? 劇を見て感動するのは、決して悪いことではないと思いますよ?」


 シャノンは少し悩んでから、静かに口を開く。


「理由、ですか。真理を探究する上で、感情は不要だからです。邪魔にしかなりません」


「そうですか?」


「はい。真理の探究には、時に人体実験や禁忌とされる魔導書の解読が不可欠です。倫理や道徳に従っていては、真理には辿り着けません」


 その言葉に、胸がちくりと痛んだ。わたしを生贄にしたことは後悔していると言ってくれたのに、彼女の倫理観はまるで変わってない。

 

 根底にある思想は、わたしを殺したあの時のままだ。


「そういう、誰かが傷つくような研究はもうやめませんか?」


「ここで私が歩みを止めれば、研究のために犠牲になった人の命も無駄になります。叡智の尖塔(ルミナスコード)の使命は、この世の全てを犠牲にしてでも誰か1人が真理へと到達すること。私たちは進み続けることでしか彼らに報いることができないのです」


「犠牲になった方々は、本当にそれを望んでいるのでしょうか。さらなる犠牲の上に成り立つ真理を見て、彼らは喜ぶと思いますか? むしろ、『もう誰も自分たちのような目に遭わせないでくれ』と、そう願っているのではないでしょうか?」


「……っ」


 シャノンが息を呑んで黙り込む。彼女の水色の瞳が動揺により激しく揺れた。


「シャノン。わたしに、あなたの研究を手伝わせてください。きっと別のやり方が……誰も傷つけずに真理に至る方法が必ずあるはずです」


「それは理想論です。世界は貴女が思うほど甘くはありません。私のやり方が最善です」


「それでも、諦めたくありません。わたしはシャノンに笑っていてほしいんです。真理のためだけに心を殺して、苦しんでほしくありません!」


「でも……」


 シャノンの肩が僅かに震えた。


「わたしだけでは不安だと言うなら、皆で研究しませんか? 世界征服が完了すれば、世界中の信者たちがあなたに協力してくれます。そうすれば、人体実験のような非道なやり方に頼らなくても真理に辿り着けるはずです。もしわたしが死んだら、この約束は無かったことにして構いません。だからそれまでは……非道な実験はしないと約束してください」


 わたしの言葉に、シャノンは長く沈黙した。そして、諦めたように小さく息を吐く。


「……わかりました、約束です。貴女が生きている間は、人を犠牲にする研究はやめることにします」


「本当ですか!? よかった……! これでシャノンも、心置きなく笑うことができますね!」


 わたしが満面の笑みでそう言うと、シャノンは静かに首を横に振った。


「いえ、笑いませんよ。私に感情はありません」


 その言葉とは裏腹に、彼女の声はどこか寂しげだ。


「それに私が笑えば、死んでいった者たちを裏切ることになります」


「そう……でしょうか」


「はい。彼らはもう、二度と笑うことができません。だから私も笑ってはいけないんです。誰よりも早く真理へと到達すること。それが私にできる、唯一の償いです」


 ……つまり犠牲にした人への贖罪のために、感情を殺してひたすら真理だけを追い求めているというわけか。


 けれど、傍から見ればそれはただの自己満足だ。シャノンは自分が苦しむことで、本当に向き合わなければいけないことから目を逸らしているのではないか?

 

 それに、わたしの目標は全人類を幸福にすること。シャノンが過去にどんな罪を犯していようと、笑顔になってもらわねば困るのだ。

 

 何か、良い方法はないだろうか。わたしは必死に思考を巡らせ、一つの答えに辿り着いた。

 


 そうだ。彼女が最も優先しているのは「真理の探究」。ならば――。


「シャノン。感情が真理の探究の邪魔になるかは、まだ誰にも証明できてないのではありませんか?」


「……どういうことですか?」


 シャノンが不思議そうに首を傾げる。


「無理に感情を抑えながら研究するよりも、皆で楽しく研究したほうが効率も上がるに決まってます! あなたは、真理のためなら何でもするのでしょう?」


「……っ!」


 シャノンが雷に打たれたかのように大きく目を見開いた。その瞳の奥に、僅かな好奇心の光が宿る。


「……確かに、感情の有無による研究効率の変化について、私は定量的なデータを持っていません。その理論が正しいかどうか、確かめてみる価値はありそうですね」


 その言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。どうにか彼女の心を動かすことができたようだ。


「ありがとうございます。あなたがそう言ってくれて、凄く嬉しいです」


 わたしが笑顔を向けると、シャノンは急に落ち着きなく視線を彷徨わせ、顔を赤くして俯いた。そして小さく息を吸うと、消え入りそうな声で呟く。


「本当は、私には許されないことです。誰かの前で笑う資格などありません。ですが、もし貴女が許してくれるなら……」


 彼女は小さく震える手で服の裾をぎゅっと握りしめ、期待と不安が入り混じったような目でわたしを見つめる。


「貴女の理論が正しいかどうか……検証のために、その。……貴女の前でだけは、笑っても、いいですか?」


 そう言って彼女はぎこちなく、はにかむように笑った。

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