第30話 全自動で服屋に行った
皆と別れたわたしは、錬金術師がポーションを売っていたという市場で聞き込みをすることにした。
さっそく、露天を営む人たちに話を聞いて回る。
「すいません、少しお尋ねしたいのですが」
「なんだい、お嬢ちゃん!」
威勢よく振り向いたのは、瑞々しい果物を山積みにして売っている恰幅のいい店主だ。
「この辺りで、ポーションを売っている錬金術師を見かけませんでしたか?」
「ああ、あのフードを目深に被った怪しい奴かい? それなら、1週間前にあそこでポーションを売っていたよ」
店主が遠くを指差す。やはりこの市場に来ていたようだ。わたしは店主にお礼を言い、次の露天へと向かう。
次に話を聞いたのは、煌びやかな宝石を扱う商人だ。
「錬金術師、ねぇ。間違いなくうちの隣で売ってたよ。やけに高価なポーションだったが、飛ぶように売れていたな。小柄だったし、仕草からして女だろう」
最後に声をかけたのは、カステラ屋の陽気なおばさんだった。
「不思議な子だったわね。錬金術師なのに、売ってたのがポーションだけだったのよ。普通はもっと軟膏だの粉薬だの、色んな種類の薬を置いてるものなんだけどねぇ。……そんなことよりお嬢ちゃん! カステラはどう? 今なら安くするわよ!」
「ありがとうございます。では1つ頂きますね」
おばさんの勢いに押され、カステラを購入した。
「さて。得られた情報を整理すると……錬金術師はローブで顔を隠した小柄な女性。取り扱っていたのはポーションのみで、錠剤や塗り薬、粉末状の薬などは売っていなかったようですね」
ポーションというのは、液体状の薬や毒のこと。それしか扱っていなかったということは、つまり――。
「もしかして、液体しか作れない錬金術師なんですかね?」
……まあ仮にそうだとして、そんな未熟な錬金術師がなぜ領主に雇われているんだという疑問はあるけど。
わたしの推測が間違っているのか、それとも何か別の事情が隠されているのか。判断するにはまだ、情報が足りないな。
温かいカステラを頬張り、次はどこを調査しようかと思考を巡らせた、その時だった。
わたしの足が、わたしの意思に反して一歩前へと踏み出した。
「えっ? ……えっ!?」
必死に踏ん張ろうとするが、足は止まってくれない。自動で動き、一歩、また一歩と進んでいく。
体を乗っ取られたかのような奇妙な感覚。
「――リオラさん、どうかしたんですか?」
不意に、頭上から聞き慣れた声がした。見上げると、飛行魔法で上空から錬金術師を探していたシャノンが心配そうな顔で降りてくるところだった。
「シャノン、大変です! 歩きたくないのに歩いてしまうんですよ!」
「……どういうことですか?」
「体が勝手に動いて……いえ、これはもっと別の感覚ですね。乗り物に乗っている感じに近いです」
そう、動いているのはわたしではない。わたしが着ている修道服のほうだ。
修道服に変身した邪神の眷属が自らの意思で歩き始め、その結果中にいるわたしの体も動いてしまう、という感じだろうか。
……慣れてくると割と楽しい。でもこれ、どこに向かっているんだろう。
ヒョコヒョコとまるで操り人形のように歩かされていると、今度は背中がモゾモゾと蠢き、そこから6本の黒い触手が生えてきた。
触手はまっすぐに伸びて近くの店の扉を開け、わたしはそのままカランとベルを鳴らして入店してしまう。
「ここは……?」
その店はお洒落な服がずらりと並ぶ服屋さんだった。衣服の他にも、色とりどりのアクセサリーや帽子が所狭しと置かれている。
するとカウンターの奥からおばさんが出てきて、わたしの背中に生えている触手を見て目を丸くした。
「おや、いらっしゃい。……ふふ、随分と奇抜なファッションだねぇ」
「……これはファッションじゃないですよ」
どちらかと言えば、呪いの装備のようなものだ。抵抗しようと試みたが、脱ぐどころか身じろぎひとつすることもできない。
わたしの体を操る修道服は我が物顔で店内を闊歩し、ハンガーにかけられた服を6本の触手で次々と持ち上げて吟味し始めた。
「あの、リオラさん。何故服屋に? 調査はどうしたんですか? というか、その触手は……?」
遅れて店に入ってきたシャノンが困惑しながら尋ねてくる。だが、わたしにも全く分からない。
「この触手は、勝手に生えてきたんです」
「そんなことあります?」
それがあるんだよ……。もしかしたら、最近ご飯をあげすぎたせいかもしれない。
邪神の森でレッドオーガを仕留めてからというもの、邪神の眷属には毎日魔物の肉を与えていた。そのせいで力が有り余っているのだろうか。
「ま、まあ、何故か服が気になるみたいですし、しばらく見ていれば満足するでしょう。シャノンも服を見ながら待っていてください」
「服、ですか……。あまり興味はありませんが」
シャノンが素っ気なく答えると、店主のおばさんが目を見開いて彼女の手を掴んだ。
「おや、それならアタシが見立ててあげようじゃないか! こんなに可愛い子が服に興味がないだなんてもったいないよ!」
「いえ、結構です。私は服を買いにきたわけでは――」
「まあまあ、そう言わずに! この店も昔は、領主様の娘さんが常連になるくらいの名店でね。あそこに飾ってるフラヴィア様はそれはもう服がお好きで……。20年前の戦争で亡くなられるまでは、毎日のように通ってくださったんだよ」
おばさんは壁に飾られた色褪せた写真を懐かしそうに見つめると、有無を言わさぬ勢いでシャノンの手を引き、試着室へと連れて行った。
残されたわたしは、レースのついた可愛らしいワンピースをうっとりと眺めている6本の触手に不安になりながらも、シャノンを待つことにした。
しばらくすると、試着室のカーテンがシャッと勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは、襟元に控えめなフリルがついた真っ白なブラウスに、黒のハイウエストパンツを合わせたシャノンだった。
いつものだらっとしたローブ姿とは打って変わって、洗練された都会的な魅力が際立っている。
「わっ……! すごい、かっこいいです!」
わたしが素直に賞賛すると、シャノンは恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。
「……そうですか。ですが、やはりいつものローブが一番です。この服装では実験のときに汚れてしまいますから」
ぶっきらぼうにそう言うが、その口元はほんの少しだけ緩んでいるように見える。
「はい次! あんたの魅力はそんなもんじゃないよ!」
おばさんが声を張り上げる。シャノンはため息をつきながらも、再びカーテンの奥へと姿を消した。
次に出てきた彼女は、深い紫色のロングドレスに身を包んでいた。肩の部分が大胆に開いたデザインで、普段は隠されている白い肌が惜しげもなく晒されている。
「大人っぽくてすごく綺麗です!」
いつもの彼女からは想像もつかない、蠱惑的な雰囲気に思わず息を呑む。
「……っ、恥ずかしい、です……」
シャノンは自分の肩を隠すように腕を交差させ、顔を真っ赤にしている。
「まだまだ! 次はとっておきだよ!」
おばさんの声がますます熱を帯びていく。そしてカーテンが開かれた瞬間、私は言葉を失った。
そこにいたのは、深い青のワンピースを纏ったシャノンだった。繊細な生地が彼女の華奢な体を上品に包み込み、その透き通るような肌を際立たせている。
不安げにこちらを窺う潤んだ瞳は、いつもの彼女からは想像もつかないほどか弱く、愛らしさに満ちていた。
「綺麗……。まるでお姫様みたいです」
わたしの呟きに、シャノンの肩がびくりと震えた。彼女はわたしの視線から逃れるように顔を背けると、試着室の壁に手をつく。その顔は、首筋まで真っ赤に染まっていた。
「ほらごらん! 言った通りだろう? あんたは自分がどれだけ可愛いか、わかってないんだよ!」
おばさんが満足げに胸を張る。
シャノンはしばらく黙り込み、鏡に映る自分と、隣で目を輝かせているわたしを交互に見比べていた。
やがて、彼女が意を決したようにわたしの方へと体を向ける。
「……あなた、は」
躊躇いがちに紡がれる、小さな声。
「……この中で、どれが一番私に似合うと、思いますか?」
その問いかけは予想外で、わたしは一瞬きょとんとしてしまった。
だが、シャノンがわたしに選択を委ねてくれている。その事実が胸の奥をじわりと温かくした。
わたしは少しだけ考えてから、自信を持って答える。
「そのワンピースが一番良いと思います!」
「……っ!?」
「だって、今のシャノンが一番輝いて見えますから」
わたしの答えを聞いて、シャノンは大きく目を見開いて固まった。そして次の瞬間、まるで沸騰したかのように顔を赤らめて俯いてしまう。
彼女はワンピースの裾を小さな手でぎこちなく摘むと、おばさんの方を向いた。
「……では、これを、頂けますか」
消え入りそうな、けれど確かな意志の籠った声。
その横顔は、今まで見たどんな彼女よりも綺麗だった。
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