第28話 大岩スクワット5000回
ある日の午後、わたしとラモーナはコニーの特訓を見学していた。
「3243、3244、3245……」
コニーは淡々とした声で数字を数えながら、自分の体重の100倍はあるであろう巨大な岩を持ち上げ、スクワットを繰り返す。
「3246、3247、3248……」
「相変わらず凄いですねぇ」
木陰の椅子に腰掛けながらわたしが呟くと、隣に立つラモーナは心配そうに眉を寄せた。
13歳の少女が大岩を持ち上げている光景は、なかなかにインパクトがある。既にスクワットの回数は3000回を超えているのに、そのペースが落ちる様子はない。
「こ、コニーちゃん。もうそのくらいで……。やり過ぎだよ!」
ラモーナが悲鳴に近い声を上げる。Dランクの冒険者である彼女には、コニーがどれだけ常識外れなことをしているのかがよく分かるのだろう。
「3253、3254……。いいえ、まだ足りないわ。私は弱いもの」
汗を滴らせながらも、コニーの瞳は揺るがない。その強い意志に、ラモーナはさらに狼狽えた。
「そんなに追い込んだら死んじゃうよ……」
彼女はたまらずコニーに駆け寄り、その小さな体に覆い被さるようにして動きを止めようとする。
しかし、コニーはそんなのお構いなしにスクワットを続けた。
「……動きにくいわ」
「だってぇ……」
ラモーナは18歳で、ここにいる中では一番年上だ。そんな彼女がオロオロと心配している様子に、思わずクスッと笑ってしまう。
「コニーは最近、『大岩スクワット5000回』を毎日やっているんですよ。だから大丈夫です」
「そうよ。ラモーナは大人なんだから、そんなに心配しないでちょうだい。私は弱いから、人よりも鍛錬が必要なの」
コニーは謙遜するが、その光景を見て弱いと思うのは無理がある。
「いえ、コニーは充分強いと思いますよ? こんなに大きな岩を持ち上げてスクワットできる13歳なんて、見たことがありません」
わたしがそう言うと、コニーは一瞬動きを止めてこちらを向いた。
「でも、この前の山賊討伐のときは教祖様とラモーナに迷惑をかけてしまったわ。私がもっとちゃんと鍛えていれば、あんな事にはならなかったもの」
あれだけ多くの山賊を1人で打ち倒したというのに、コニーは満足していないらしい。流石は教団でも屈指の戦闘狂だ。
「迷惑だなんて思ってないよ! 私なんて教祖様から力を頂くまで、コニーちゃんが戦ってるところを見ていることしかできなかったんだから。コニーちゃんのためなら私、何でもするよ?」
「それを言うなら私も同じよ。教祖様と出会うまで、私は歩くことさえできなかった。だからこそ、この力で教祖様に恩返しがしたいの」
その気持ちは嬉しいが、別に気にする必要はない。
「わたしの目的は、全人類を幸せにすることです。お二人が笑っていてくれるだけで充分ですから、どうか気にしないでください」
そう伝えても、コニーは首を横に振る。
「……でも。私もシャノンさんみたいに、教祖様のお役に立ちたいわ。だから、頑張るの」
コニーはそう言うと、再び特訓に意識を集中させた。
しかし、スクワットの回数が4000回を超えたあたりで流石のコニーも動きが鈍り始める。
「4315、4316、4316……」
あ、今数字を数え間違えた。
「大丈夫? 疲れた? 私も手伝うね!」
ラモーナが心配そうに声をかける。
「手伝ってもらったら、特訓にならないわ」
コニーの呆れた声も気にせず、ラモーナは「むんっ」と気合を入れる。そしてコニーの持つ岩にそっと手を添えた。
「よいしょっと。う、重い! 『重量軽減』!」
「軽くしたら特訓にならないわ……」
わたしは木陰でりんごジュースを飲みながら、微笑ましい二人のやり取りを眺めていた。
結局、ラモーナの手伝いを受けながらもコニーは日課のメニューをやり遂げた。
「お二人とも、お疲れ様です」
冷たいりんごジュースの入ったコップを手渡す。2人はそれを受け取り、美味しそうに飲み干した。
やがて日が傾き、道に長い影が伸び始める。わたし達は荷物を纏め、3人で教会に帰ることにした。
「ん? あれは誰かしら」
歩いていると、コニーがふと何かを指差す。目を凝らすと、教会の入り口の前で誰かが仁王立ちしていた。
近づくと、それは怖そうな顔をした筋骨隆々のおじさんだった。光沢のある黒い鎧を身につけ、その背中には身の丈ほどもある大剣を担いでいる。
「あんたが、この教会の教祖様か?」
イカつい顔に反して、想像していたより穏やかな声音だった。わたしは少しだけほっとしながら頷く。
「はい。ノクヴァル教の教祖を務めている、リオラです。何かご用でしょうか?」
「俺はオルジフ。この街の冒険者ギルドでギルドマスターをしている。実はあんたに……頼みたいことがあってな」
頼み事か。ノクヴァル教の活動の噂を聞きつけて来たのかな?
わたしは最近、教会に来た信者の悩みを聞いたり、解決したりといった活動をしている。
もちろん、まだ信者じゃない人からの悩みも大歓迎だ。いずれは全人類を幸せにするんだし、彼もまたその中の1人であることに変わりはないからね。
「わたしにできることであれば、何でもお聞きしますよ。立ち話も何ですし、中へどうぞ」
オルジフを促し、4人で教会の中に入る。応接室のソファに腰を下ろしたオルジフは、単刀直入に本題を切り出した。
「さっそくだが、このバロミアの街で妙な風邪が流行ってるのは知ってるか? ポーションでは治せない、たちの悪い病気なんだが」
「うーん。私は知らないかな。コニーちゃんは?」
「私も初耳ね。そんな病気聞いたことないわ」
2人は不思議そうに首を傾げる。大抵の風邪は、ちょっと高いポーションがあれば治るからね。わたしもそんな病気は聞いたことがない。
オルジフは頷き、重々しく口を開く。
「知らないのも無理はない。風邪が流行ってるのは主に街の東側でな。貧民窟のある西側では、まだほとんど影響が出ていないんだ」
「東側……」
その言葉で、わたしは思い出した。
「そういえば、先日炊き出しで東側に行ったときに風邪が流行ってると聞いた気がします。そこまで気にしていませんでしたが……」
なぜ気にしていなかったのかというと、信者の中で感染者が出なかったからだ。
炊き出しの準備にはわたしも含めて数十名の信者が参加していたが、不思議と1人も風邪を引かなかった。
だからそこまで重いものだとは思っていなかったのだが……。
「風邪の症状は、高熱と止まらない咳。それから赤い蕁麻疹ができるのが特徴だ。一応領主お抱えの錬金術師が専用のポーションを作ったんだが……それを飲んでも多少症状が和らぐだけで、完治はしない。おまけにかなり高価でな。貧しい者には手が出せん」
彼はテーブルに肘をつき、深くため息をついた。
「この街には、ノクヴァル教以外の教会がない。つまり、聖魔法で病気を治療できるのはあんたらしかいないんだ。金ならギルドが払う。だからどうか、東側の連中を助けてやってくれないか?」
「あー……」
わたし、魔法は使えないんだよな……。それに少数の例外を除いて、聖魔法を使うことができるのは聖導教の聖職者だけだ。
何やら特別な修行をこなすことで習得できるらしいが、その修行法は外部には一切明かされていない。
この国では聖導教が圧倒的に有名なせいで、聖職者なら誰でも聖魔法が使えると勘違いされがちなんだよね。
だが、魔法とは別の解決法を提供することはできるかもしれない。
わたしの『信者を強化するスキル』は、相手の望む方向に相手を強化する傾向がある。もしも相手が『風邪に負けない丈夫な体』を願えば、風邪に打ち勝つこともできるのではないだろうか。
「魔法が使えるわけではないので、必ず治せるとはお約束できませんが……わたしにできることがあるかもしれません。その病気が流行っている場所へ行ってみましょう」
「本当か!? ありがてぇ!」
オルジフが安堵の表情を浮かべた。
「それでは各々準備を整えるとして……出発は明日の朝7時でいいですか?」
「ええ!」
「うん! できることがあるか分からないけど、私も頑張るね!」
2人の顔を見渡すと、力強く頷いてくれる。
「あとは……シャノンにも来てほしいですね」
山賊討伐のときは一緒にいれなくて寂しかったし、実はここ数日彼女に会えていなかったのだ。
最近シャノンは、腕のブレスレットの黒い濁りが限界に達すると研究室に引き篭もるようになった。
そしてたった1人で何日か過ごし、次に会うと彼女のブレスレットの濁りは僅かに晴れている。
わたしと会わなければ洗脳スキルによる汚染は一定時間で浄化されるということなんだろうけど……数日間も会えないのは単純に寂しい。
シャノンはもう仲間だから無理に洗脳する必要はないんだけど、わたしのスキルはパッシブスキルだからオフにすることはできないんだよねぇ。
ともかく、今回は久しぶりにシャノンも誘って、4人で頼み事を解決するぞ!
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