第27話 奴隷商人
山賊とシャノンが連れてきたのは、手錠をかけられ粗末な服を着せられた男女が5人と、上等な服を着た男が1人。
「――ぐっ、離せ! 無礼者がッ!」
上等な服を着た男は山賊に羽交い締めにされ、苦しそうにもがいている。
「教祖様! 街道の警備を終え、戻ってきやした!」
山賊の1人が片膝をついて威勢よく報告してくる。わたしは穏やかな笑みで彼らを迎え入れた。
「お帰りなさい、皆さん。ご苦労様です」
最近この街は人の出入りが活発になり、それによって悪人も街に入ってくるようになった。そこでわたしは、改心した山賊たちに街の警備を任せることにしたのだ。
山賊はニヤリと口元を吊り上げ、報告を続けた。
「奴隷商人を捕まえやした。この街の人間をよそに売り飛ばそうとしていたようです。それとこっちで震えてるのが、被害者の奴隷共です」
「奴隷ですか? この国では奴隷の売買は違法なはずですが……」
連れてこられた男女5人に目をやると、彼らは怯え切った目で山賊とわたしを交互に見ている。
「な、なんで山賊が教会に……?」
「このシスターとグルなのか? どういう関係だ?」
「助けるふりしてもっと酷いところに売り飛ばすつもりよ……!」
可哀想に。ガタガタと震えるその姿は、かつての自分を思い出させた。
わたしも奴隷だったときに、美少女に助けられたと思った瞬間邪神への生贄にされた経験がある。彼らの疑心暗鬼は痛いほどよく分かった。
わたしは彼らを安心させるように胸の前で手を組み、できるだけ優しく話しかけた。
「ご安心ください。皆さんはもう安全です。まずはスープとお水を用意しますね。食事も、お風呂も、清潔な寝床も、全てノクヴァル教が保証しましょう」
うん、完璧だ。これぞ教祖に相応しい、包容力に満ちた慈悲深い言葉。さあ、君たちもノクヴァル教の信者となるのだ!
しかし、奴隷たちの反応はわたしの予想とはまるで違っていた。彼らは互いの顔を見合わせ、先ほどよりもさらに青ざめた顔でガタガタと震え始める。
「そ、そんな都合のいい話があるか! 絶対に裏があるに決まっている!」
「優しすぎて逆に怖い」
「こんな可愛い子が俺に話しかけてくれるわけないだろ!」
……あれ?
おかしいな。安心させるつもりが、何だか怖がらせてしまったようだ。
「わたし達は酷いことなどしませんよ。何も恐れる必要はありません。ただ幸せになってくれればいいんです。ノクヴァル教は全人類を幸福にするために活動しているのですから」
「怪しすぎる……絶対普通の教会じゃない……!」
「ああ。この心地よい声も、きっと精神に作用する魔法か何かだ……!」
「どうせお前が山賊の親玉なんだろ!!」
なぜだ……。善意で救おうとしているだけなのに……。
見たところ、彼らの頬は赤くなり、目はとろんとしている。洗脳が効き始めている証拠だ。でも経験上、相手が警戒してるときは信仰心を抱かせるまでに時間がかかるんだよな。
わたしはがっくりと肩を落とした。
「まあ、仕方ないですね。辛い目に遭ったばかりなのにすぐに信じろという方が無理な話です」
わたしは気を取り直して、信者たちに指示を出した。
「皆さん。この方々の手錠を外し、清潔な服と食事を用意してください」
「はい! 教祖様のお心のままに!」
貧民窟には鍵を開けることに特化した者が何人もいる。彼らが恭しく頭を下げると、奴隷たちは「ヒッ」と息を呑んだ。彼らを仲間にするには、もう少しだけ時間がかかりそうだ。
その時だった。羽交い締めにされていた奴隷商人が忌々しげに叫んだ。
「おい! たかが新興宗教の分際で俺を捕らえてただで済むと思うなよ! 衛兵に差し出したところで無駄だッ! 俺はすぐに釈放される!」
すぐに釈放される? どういう意味だろう。これはきちんと事情を聞く必要がありそうだな。
「お話を伺ってもよろしいでしょうか。あなたは何故このような非道な行いを?」
「そんなことを話すつもりはない。さっさと俺を解放しろ!」
「もしお金にお困りでしたら、わたし達が助けになりましょう。あなただって、好きで奴隷商人になったわけではないはずです。何があったんですか?」
「黙れ! お前みたいなガキに心配される筋合いはない!」
……うーん、話が通じないな。相手は1人だし、強引に洗脳するか?
「心配される筋合いがないだなんて、そんな悲しい事を言わないでください。わたしは全人類を幸せにするつもりなんです。つまり、どんな悪人も救うということですよ」
わたしはそう言って、ゆっくり男に近づく。
「ひっ……! く、来るな!」
「遠慮なさらないで。邪神ノクヴァルはあなたの罪を赦します。あなたは救われるのです!」
怯える男の汗ばんだ手を、そっと両手で包み込む。
「……!?」
男の体がビクンと跳ねた。全身から金色の光が溢れ出し、彼の瞳から憎悪が消えていく。
「さあ、話してください。あなたは何故こんなことを?」
「……教祖様に真実を話すのは正しいこと、だよな? そうだ。そのはずだ。俺は何で抵抗していたんだ? あれ、でも俺は領主様に忠誠を誓っていたはずじゃ……」
奴隷商人はまだ多少混乱しているようだったが、ゆっくりと自分に起きた変化を咀嚼し、話し始める。
「……俺はジェイク。この街の役人だ。街の財政は破綻寸前で……領主様の命令で住民を奴隷として売り、資金を作っていた」
えぇ……。この街、想像以上に真っ黒だな。領主が自分の領地の住民を売るとか、腐敗してるにも程がある。
「その領主とは、どのような方なのですか?」
「そうだな……。いつも上質な深紫の服をお召しになり、指には幾つもの指輪を嵌めている。最近は金のネックレスも好んで着けているな」
「……あれ?」
その特徴を聞いた瞬間、脳裏に苦い記憶が蘇った。
それって、わたしのことをシャノンに売った奴隷商人と同じ人じゃないか?
ハッとしてシャノンの方を見ると、彼女は気まずそうに目を逸らした。その反応がわたしの確信を裏付ける。
「……シャノン?」
「……はい。私が貴女を買った奴隷商人と同じ人物かと。まさかこの街の領主だったなんて……」
「知らなかったのですか?」
「はい。私が情報屋から買ったのは奴隷商人の居場所だけで、詳しい素性までは知らないんです。ごめんなさい。貴女を買ったことや生贄にしたことは……その、後悔しています」
彼女の肩が小さく震えている。わたしは静かに首を横に振った。
「シャノンがもう同じことをしないなら、それで大丈夫ですよ。邪神ノクヴァルも新たな生贄は望んでいませんから」
ノクヴァル教には元々犯罪者だった者も多い。彼女が過去にどんなに酷いことをしていようと、わたしは全人類を救うと決めているのだ。
シャノンはビクッと体を震わせ、深く頭を下げた。わたしは山賊たちに向き直り、今後の方針を告げる。
「領主には護衛もいるでしょうし、本人に会って直接事情を聞くのは難しいですよね。まずは街の見回りを強化してください」
「へへっ、お任せください! 奴隷商人は俺達が1人残らずぶちのめしてやりやす!」
山賊たちは獰猛な笑みを浮かべ、拳を握りしめた。
△▼△▼△▼△
<バロミアの街の領主:ダグラス視点>
「申し訳ありません。奴隷を輸送中の馬車が、またしても山賊に……」
「また捕まっただと? いい加減にしろッ!!」
執務室に響き渡る俺の怒声に、報告に来た部下の肩がビクリと震えた。
役立たずめ。いちいち怯えている暇があるのなら、もう少しマシな報告でも持ってきたらどうだ。
「これで何回目だ? 護衛は以前の3倍の数に増やしたはずだろうが!!」
「は、はい。間違いなく……」
「チッ……」
思わず舌打ちが漏れる。3倍でも足りなかったというのか?
解せないのは、山賊たちの動きだ。以前の奴らは、手当たり次第に商人を襲っていた。それがここ最近になって、我々の馬車だけを執拗に狙うようになった。
「奴らの狙いが分からん。恨みを買うようなことはしてないはずだ。何か情報はないか?」
「それが……確かな情報ではありませんが、山賊どもは最近、貧民窟に頻繁に出入りしているという噂があります」
「ノクヴァル教、か……」
それは、最近あの掃き溜めで勢力を伸ばしている新興宗教の名だ。
民衆の心を掌握し、俺の領地を内側から蝕む寄生虫。
社会の底辺を寄せ集めて何をしようとしているのかは知らんが、ろくでもないカルト教団であることは間違いない。
あの叡智の尖塔の連中が教祖に忠誠を誓ったという噂もある。山賊たちもノクヴァル教の手駒となったのか?
「それで、山賊に捕まった者はどうしている? 奴隷商人に偽装しているとはいえ、元はこの街の役人だ。それなりに機密情報を保持している。何としてでも連れ戻せ」
「それが……。接触を試みたところ、彼らは口を揃えて『ノクヴァル教の信者になった。今の生活がこの上なく幸せだから、もう戻るつもりはない』と……」
「何だと?」
耳を疑った。彼らは俺が見出し汚れ仕事のために育て上げた、特に信頼のおける駒だ。
忠誠心は誰よりも高く、金や地位で簡単に裏切るとも思えない。
それが得体の知れないカルト宗教に心を奪われただと? ふざけるな。
あいつらとはこの街の命運を左右する重要な秘密を2つも共有しているのだ。
「救済者気取りの、社会の寄生虫がッ……!」
怒りのままに机の上の書類を床に叩きつける。今すぐにでもあの教団を潰してやりたい。
だが噂が本当なら、ノクヴァル教は既に魔術結社『叡智の尖塔』と山賊『アルフ団』という2つの戦力を手に入れている。
慎重に事を運ばねば、こちらが火傷を負うだろう。教団を倒すためにも、資金は必要だ。
「馬車の護衛を5倍に増やせ。それと……錬金術師に仕事を急がせろ。計画は1週間後に実行に移す。絶対に失敗するなよ」
「は、はい……!」
部下は転がるようにして部屋を退出していった。
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