第25話 親分
<山賊の親分:アルフ視点>
「がはははは! とんでもない儲けになった!」
金貨が大量に入りずっしりと重い革袋を揺らし、俺は上機嫌に笑った。
近ごろ、貧民窟に「ノクヴァル教」とかいう胡散臭い連中が住みついた。そのせいで、巷ではいくつかの奇妙な噂が流れている。
曰く、教祖が足の悪い少女に触れると、少女はたちまち歩けるようになった。
曰く、教団は一度植えれば無限に実がなる奇跡の野菜畑を持っている。
果ては、あの悪名高い叡智の尖塔の連中がノクヴァル教の傘下になったなどという馬鹿馬鹿しい噂まであった。
最初は鼻で笑ったが、真偽を確かめないわけにもいかない。実際に貧民窟に入ってみると、かつて汚水と瓦礫に埋もれ悪臭を放っていたあの場所は、綺麗な石畳と真新しい建物が整然と並ぶ、清潔な街へと生まれ変わっていた。
夜中に教団の畑に忍び込み、試しに例の野菜を収穫してみる。すると本当にまた実が生えてきた。
噂は本物だった。
土ごと掘り返して盗み、馴染みの商人に売っぱらったら目玉が飛び出るほどの大金になった。
「あんな宝の山をただ自分たちで食うだけで済ますとは、ノクヴァル教の連中も頭が悪い」
他の子分どもは今頃貧民窟で奴隷狩りの真っ最中だ。あいつらが景気の良い土産を持ってきたら、今夜は盛大な宴を開いてやろう。
もちろん、この大金もきっちり山分けだ。親分が独り占めなんてずるいからな。
気分良く邪神の森を歩いていると、俺たちのアジトの入り口が見えてきた。岩肌をくり抜いて作った、見慣れた階段だ。
だが、その階段の前に広がる光景に俺は思わず足を止めた。
「……あ?」
何十人もの人間が、折り重なるようにして倒れている。見覚えのある顔ぶれ。俺の子分たちだ。
「おい、てめえらしっかりしろ! いったい何があった!!」
全身の血が凍りつくような感覚に襲われ、俺は駆け出した。倒れているのは50人ほど。俺の子分の半数だ。
幸い死人はいないようだが、誰もが苦悶の表情を浮かべて気を失っている。
「ちくしょう、誰にやられた。ヒュドラか? それとも邪神の眷属か?」
子分たちは皆、俺が鍛え上げた一流の戦士ばかりだ。こいつらが全滅するなんてあり得ない。可能性があるとしても、噂でしか聞いたことがないような伝説級の魔物くらいだろう。
俺は懐からポーションの瓶を数本取り出した。1本1本が高価な、上物のポーションだ。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「起きやがれてめえら!」
怒鳴りながら、子分たちの傷にポーションを惜しみなく振りかけていく。みるみるうちに傷が塞がり、1人、また1人と意識を取り戻し始めた。
「お、親分……!? 申し訳ありやせん! こんな貴重なポーションを……!」
「馬鹿野郎ッ! お前が生きてただけで充分だ! くだらないこと気にしてんじゃねえ!」
「親分……!!」
目を覚ました子分たちが感激の声を上げた。
俺たち山賊は、世界中を敵に回して生きている。だからこそ、仲間内の結束だけは何よりも大切にしなきゃならない。
俺はSランクの冒険者も殺したことがある。子分たちの強さは俺の足元にも及ばない。だが、恐怖と暴力でこいつらを支配する気はなかった。
たった100人しかいない子分は、俺にとって家族同然の宝だ。仲間を大切にできないような奴に、人の上に立つ資格はない。
「さて。何があったのか知らねえが、まずはアジトに戻るぞ。残りの連中も心配だからな」
そう言って立ち上がると、アジトの中からやけに楽しそうな声が聞こえてくることに気づいた。宴会でもやっているかのような、陽気な騒ぎ声だ。
「……なんだ?」
なぜだか嫌な予感がする。急ぎ足で洞窟を進むと、あり得ない光景が目に入ってきた。
アジトの広間で、子分たちが車座になって酒を酌み交わしている。勝手に始めやがってと思ったが、ここまではいい。
問題はその先だ。その輪の中には本来なら縄で縛られ、恐怖で震えているはずの奴隷の女が混じり、子分たちと楽しそうに笑い合いながら飯を食っていた。
誰もが幸福に満たされ、恍惚の表情を浮かべている。あまりに異常で、歪な光景だった。
そしてその輪の中心では、桃色の髪をしたシスターが穏やかな笑みを浮かべて座っている。
白磁のような肌に、宝石のように輝く赤い瞳。あどけない顔立ちに反した、修道服の上からでも分かるほどの柔らかな起伏。
およそ人間とは思えないほどに完璧な美貌の少女だった。
その膝の上では、ネイビーアッシュの髪をした13歳くらいの女の子が安心しきった顔で頭を預け、すやすやと寝息を立てている。
俺が呆然と立ち尽くしていると、さっき治療した子分たちが背後で歓喜の声を上げた。
「教祖様!」
そう叫ぶなり、彼らは俺を置き去りにして桃髪の少女の元へ駆け寄っていく。
「お前ら……何を……」
掠れた声が漏れる。目の前で起きていることがまるで理解できない。
思考を巡らせようとするが、彼女の赤い瞳から目を離すことができず、頭に深い靄がかかったかのように上手く働かない。
桃髪の少女は駆け寄ってきた子分たちに聖母のような微笑みを向けた。
「よかった、目が覚めたのですね。さあ、あなた達もこちらへ。一緒に食事をいただきましょう」
子分たちは嬉しそうに歓声を上げ、宴の輪の中に加わっていく。得体の知れないシスターがアジトを乗っ取っているというのに、誰も疑問に思う様子がない。この空間で正気なのは俺だけだ。頭がおかしくなりそうだった。
「……おい。こいつ、何者だ」
なんとか声を絞り出し、一番近くにいた子分に問いかける。すると、彼は心底不思議そうな顔で俺を見返した。
「何って、教祖様じゃないすか。親分も早く、教祖様にご挨拶申し上げてください」
「早く。さあ早く」
「ご挨拶を」
「教祖様からの、祝福を」
周りの子分たちが口々に俺を促す。その表情には、かつて俺に向けていたはずの尊敬や畏怖の色は欠片もなかった。
ただ、あの少女へ向けられた狂信的な光だけが、瞳の奥で不気味に揺らめいている。
じっとりとした汗が頬を伝う。すると、桃髪の少女が真っ直ぐな目で俺を見つめた。
「あの……申し訳ないのですが、もしポーションをお持ちでしたらこの子に少しだけ分けていただけませんか? 傷は塞がったのですが、血を流し過ぎてしまったみたいで……」
少女は膝の上に乗せた女の子の頭を優しく撫でて、心配そうに眉を寄せる。
駄目だ、渡すものか。こんな得体の知れない女に貴重なポーションは渡せない。
「ああ、持っている。大切に使ってくれよ」
俺の意思に反して、体が勝手に動いていた。彼女の声を聞いただけで脳が甘く痺れ、思考が溶かされていく。
「ありがとうございます。コニーが死んでしまったらと思うと、不安で……」
修道服の少女がポーションの栓を抜き、膝の上の女の子に飲ませる。
幸せだ。少女に感謝されただけで温かい気持ちが胸を支配し、彼女への殺意が薄れて消えていく。
異常な空間だ。子分たちの様子は明らかにおかしく、俺の頭も正常ではないのが自分でも分かる。
何とかしなければ。そう思うのに、彼女に対して敵意を抱くことができない。
俺は強い。ここに居る全員を斬り伏せ、あの少女の喉笛を掻き切ることなど造作もないはずだ。Sランクの冒険者でさえ俺の敵ではなかった。
だが、殺したところで何になる?
仲間がいたから、山賊稼業は楽しかった。馬鹿な話で腹を抱えて笑い合い、俺を「親分」と慕ってくれる大切な仲間たち。彼らがいたから俺はこの糞みたいな世界で生きていられたんだ。
だがその子分たちは今、あの桃髪の少女を新たな主として崇め、心からの幸福に浸っている。俺のことなど、もはや頭の片隅にすらないのだ。ここにはもう、俺の居場所はない。
……ああ、そうか。俺はまた独りになったのか。
「俺を……」
「俺を置いていかないでくれ……ッ!!」
少女の前に膝をつき、震える手を差し出す。瞬間、金色の光が全身を包み込み、俺の心は今まで感じたことのないほどの多幸感に満たされた。
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「さて、そろそろ帰りましょうか」
うっとりとした顔でわたしを見つめる山賊たちに、にこりと微笑みかける。
まさかこんなに大所帯で帰ることになるとはなあ。人生何が起こるか分からないものだ。
夜中に邪神の森を歩いていたら、偶然にも山賊のアジトを発見。中に入るとコニーが山賊に負けそうになっていたので、慌てて近くにいた冒険者を洗脳して助けてもらった。
それからコニーの怪我の手当てをしつつ山賊たちが用意したご飯を食べていると、山賊の親分が戻ってきてポーションを分けてくれたのだ。
「本当に危ないところでした。タイミングが少しでもズレていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれませんね」
予想外の出来事が次々と起きたが、その中でも一番の衝撃はコニーがここに忍び込み、山賊を討伐しようとしていたことだ。
何のために忍び込んだのかは分からないが、あの戦いぶりは見事なものだった。
――単身敵のアジトに潜入し、格上にも果敢に挑むその気概。
「幼い見た目に反して、コニーは戦闘狂だったんですね!」
うむうむと頷きながらふと外に目をやると、雲一つない青空が広がり、太陽は完全に昇りきっていた。
何も言わずに夜中に抜け出したから、シャノンもきっと心配しているはずだ。
……しているよね?
わたしはちょっとだけ不安になりながら、新たな信者たちを引き連れて帰路についた。
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