第24話 生活魔法
<Dランク冒険者:ラモーナ視点>
自分より5歳は年下の女の子が山賊と戦っているのを、私は何もできずに眺めていた。
「囲め! ガキ1人に何を苦戦しているッ!」
怒声が響き渡り、山賊たちが錆びた斧を振り回して少女に襲いかかる。
鋼のように鍛え上げられた肉体は彼らが百戦錬磨の猛者であることを示している。私のようなDランク冒険者が戦いに混ざれば、5秒も持たないだろう。
「はっ!」
鋭い呼気と共に、少女の拳が山賊の顎を打ち砕く。背後から迫る山賊の斧を振り向きもせずに躱わし、後ろ回し蹴りを叩き込んで昏倒させた。艶やかなネイビーアッシュの髪が激しい動きに合わせて優雅に揺れる。
彼女は風のような速さで戦場を駆け、敵の意識を刈り取っていく。しかし、敵の数があまりにも多い。徐々に少女を包囲する輪が狭まっていき、ついに彼女の逃げ場がなくなった。
「ああっ……」
思わず声が漏れた。巧みに攻撃を捌いていた少女の肩が、山賊の斧によって深く切り裂かれる。
少女は悲鳴を上げなかった。血を流し、息を切らしながらも瞳の光だけは失わず、敵を睨みつけている。
「ガハハ、散々手間取らせやがって。俺たちに逆らうからこうなるんだよ」
動きの鈍った少女に、容赦のない連撃が叩き込まれる。殴られ、斧で額を割られ、地面に倒れて動かなくなってからも山賊は少女を蹴り続けた。
私は動けなかった。Dランクの自分では何もできずに殺されるだけ。唯一生まれ持ったスキルも『生活魔法を魔力消費なしで使うことができる』という地味なものだ。
このスキルに攻撃力は皆無で、戦闘では何の役にも立たない。だが、冒険の旅では意外と重宝された。
六属性全てに適正のある魔術師というのは驚くほど少ない。いつでも清潔な水が飲め、薪が無くても火を出し続けることができ、どんな環境でも最適な温度の寝床を確保することができる私は、パーティーの生存率を格段に引き上げた。
私は弱いが、このスキルのおかげで様々な場所に冒険に行くことができた。戦いとは遠く離れた、サポート要員としてだが。
もちろん、他の冒険者たちが語る華々しい英雄譚に胸が躍らなかったわけではない。村の危機を間一髪で救った話や、巨大なドラゴンを打ち倒した話。私だって、そんな英雄譚に憧れて冒険者になったのだ。
でも、諦めた。私には才能が無かった。できることをするしかない。サポート要員だって立派な仕事だ。尊敬する冒険者たちの旅路を支えることができる、それでいいじゃないか。自分にそう言い聞かせた。
今回の山賊討伐も、そうしたサポート要員として参加したものだ。Aランクの冒険者が30人も集い、街道に出没するという山賊を壊滅させる大規模な作戦。
私は後方で待機し、彼らの野営地でバックアップをしていればいい。そのはずだった。
強い冒険者たちの活躍を間近で見れて嬉しいな、なんて甘く考えていた数日前の自分を殴りつけてやりたい。
邪神の森の奥から現れたのは、100人を超える山賊たち。歴戦の猛者であるAランクの冒険者たちがなすすべもなく蹂躙されていく様子はまるで地獄のようだった。
私は抵抗することもできずに捕えられ、奴隷として売られるためにここまで連れてこられた。絶望の淵にいた私を救ってくれたのが、今目の前で血を流しているこの少女だ。
それなのに、私は見ていることしかできない。殺されるのが怖いのだ。恩人が目の前で死にかけているというのに。
「おい、このガキどうするよ」
「ハハッ、こんだけ傷だらけじゃ、もう売り物にならんだろ。親分に見つかる前に殺して埋めちまおうぜ」
心臓がドクンと跳ねた。動け。あんなに幼い少女が私たちのために戦っているんだぞ。
私が弱くなければ。あの子を守る力があれば。心の中で言い訳ばかりして、震える足は一向に動いてくれない。
情けなさが私の心を黒く埋め尽くしていく。
力が、欲しい。
今この瞬間だけでいい。もう冒険者なんてできなくなっても構わないから。
「何を捧げてもいい。あの子を守る力が――」
「――力が欲しいですか?」
いつの間にか、私のすぐ隣にシスターが立っていた。透き通るような白い肌に、腰まで届く艶やかな桃色の髪。
恐ろしく整った顔立ちはこの血生臭い戦場にはあまりに不釣り合いで、現実離れしていた。
「貴女は……いつからそこに?」
掠れた声で尋ねた。今はそんな事を考えている場合ではないのに。少女の赤い瞳を見ていると、彼女のことしか考えられなくなる。そんな不思議な引力があった。
「彼女を救う力が欲しいですか?」
少女は表情を変えず、もう一度尋ねた。脳髄に直接響くような、甘い声。吸い寄せられるように私は頷いた。
「欲しい……! あの子を助ける力が……!」
少女がふわりと微笑んだ。私は無意識に、彼女に手を伸ばしていた。少女はその小さな両手で、私の手を包み込む。
「――ッ!」
瞬間、世界が変わった。私の全身を金色の光が包み込み、力が溢れ出してくる。
流れ込んでくる情報が、私の脳を書き換えていく。そうして私は全てを理解した。
目の前に立っているこの桃髪の少女が、偉大な教祖様だということを。そしてこの偉大な存在から、強大な力を授かったのだということを。
「これが……力……!!」
「ええ、あなたが望んだ力です。今なら彼女を救えるでしょう」
金色の光が収まったとき、私の目に映る世界は以前とは全く違って見えた。さっきまでは恐ろしかった山賊たちが、ひどく矮小で取るに足らない存在に思えてくる。
私は右手を真っ直ぐに突き出し、山賊へと向けた。
「『着火』」
指先から放たれた特大の業火が洞窟の狭い通路を駆け抜ける。
「ぎゃああああ!!」
「ぐあっ、熱いぃぃぃ!」
タンパク質の焼ける嫌な匂い。炎に飲み込まれた山賊が次々と倒れていく。
「こいつ、ただの奴隷じゃなかったのか!?」
「てめえ、よくも仲間を! ぶっ殺してやるッ!!」
残った山賊たちが怒声を上げながら斧を振りかざし、突進してくる。
私は指先をくいっと動かし、呪文を唱えた。
「『遠隔操作』」
山賊たちの持つ斧が手からすっぽ抜け、宙を舞った。呆気に取られる彼らを尻目に、私は指揮者のように指を振るう。
宙に浮いた斧が一直線に持ち主を襲い、喉元を掻っ捌いて血飛沫を上げる。
「う、うわあああ!!」
「くそ、何が起こってやがる!!」
混乱する山賊たちがヤケクソ気味にこちらに殴りかかってくる。
「『重量軽減』」
ふわり、と体が羽のように軽くなる。私は彼らの頭上を飛び越え洞窟の天井近くまで舞い上がると、彼らを仕留める最後の魔法を紡いだ。
「『草刈り』」
振り下ろされた風の大鎌が山賊たちを纏めて薙ぎ払う。鮮血が洞窟を赤く汚した。
「うぅ……」
静寂が訪れた洞窟の中で、弱々しい少女のうめき声が聞こえた。まだ生きている。
「ごめんなさい。私、貴女に任せることしかできなくて」
もつれる足で少女に駆け寄り、傷だらけの身体を抱きしめる。私がもっと早く覚悟を決めていれば、彼女がこんなに傷つくことはなかった。
「『修復』」
震える手で彼女の傷に魔法をかける。この魔法は、元々は服にできた小さな穴を塞ぐ程度の、取るに足らない魔法だった。
でも、教祖様に力を授かった今なら。彼女の傷も塞ぐことができるはずだ。
「お願い、治って……!」
祈るように魔力を注ぎ込む。焦点の合わなかった彼女の瞳が、泣きじゃくる私を捉えて瞬いた。
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