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第23話 山賊スキル

<コニー視点>


「――いいか、お嬢ちゃん。俺たちアルフ団の戦闘員は全員がAランクの冒険者並みの実力を持っている。命が惜しけりゃ、抵抗はしないほうが賢いぜ?」


 山賊が楽しそうに笑った。圧倒的な体格に、鍛え抜かれた筋肉。軽薄そうな言葉とは裏腹に、その身から放たれる圧力は尋常じゃない。


 ごくり、と唾を飲み込んだ。私の背後では捕えられた女性たちが怯えた目でこちらを見つめている。ここで私が不安そうな顔を見せるわけにはいかない。


「随分な自信ね。でも、貴方はとても強そうには見えないわ。その様子だと仲間も大したことはなさそうね」


「ハッ、言ってくれる。ちなみに俺たちの親分はSランク以上の猛者だぜ。お前が何人束になっても親分の足元にも及ばない」


「そんなに強い人が、なぜこんな薄暗い洞窟で山賊なんてしているのかしら?」


「さあな。俺たちみたいな小物には親分の考えてるこたぁ分かんねえよ。……っと。お喋りはここまでだ」


 男の目が獣のように細められた。

 

「山賊スキル『瞬脚』『気配隠蔽』『忍び足』」


 呟くような声と同時に、ふっ……と彼の存在感が薄まった。男の姿がブレるようにして消え、背中に衝撃が突き刺さる。


「ぐっ……!」


 私は吹き飛ばされながらも空中で身を捻り、壁に着地した。鋭い痛み。だが、耐えられないほどではないな。


 息を整えながら振り返ると、男は少し驚いたような顔で立っていた。


「おいおい、頑丈な奴だな。これでも本気で蹴ったんだぜ」


「確かに強かったわ。でも、教祖様に力を頂いた私ほどじゃない」


 問題なのは力ではなく、彼のスキルのほうだ。彼が何かを呟いた瞬間、気配が薄まったように見えた。あれを攻略できなければ、一方的に攻撃されるだけだ。


「『瞬脚』『気配隠蔽』『忍び足』」


 男の気配が再び消える。見えているのに、上手く認識できない。不思議な感覚だった。


 私はぐっと腰を落とし、彼の攻撃が来るのをじっと待つ。



 瞬時に視界から男の姿が消え、脇腹に硬い拳がめり込む。私は内臓まで響く痛みに顔を歪めながらも、即座にその方向に蹴りを放った。


「ぐあっ!」


 確かな手応え。縄で両手を縛られた不自由な体で必死にバランスを取り、追撃の蹴りを連続で叩き込む。


「貴方のそのスキル、気配が消えるだけで完全に姿が見えなくなるわけではないのね。一度捉えてしまえば、見失うこともないわ」


 おそらくは、高速移動するスキルと組み合わせて真価を発揮するものだ。連続攻撃で移動の隙を与えなければ、気配が消えたところで何の問題もない。


 

「あぁ、痛えな……なんて力してやがるんだこいつ……!」


 男は苦悶に顔を歪め、連撃を浴びながら後退していく。だが、男の動きが少しずつ変わっていった。徐々に私の蹴りに対応し、巧みに受け流すようになる。


 力も速度も明らかにこちらが上。それなのになぜか攻撃が当たらない。男は最小限の動きでこちらの攻撃を捌き、その合間に的確な殴打を差し込んでくる。


 

 ――肌を焼くような強烈な殺気。男が一歩後ろに後退し、何もない空間に向けて拳を打ち込んだ。


「山賊スキル『飛拳空牙』」


 男の拳から不可視の衝撃波が放たれる。咄嗟に飛び退いて回避すると、背後の壁が轟音と共に削り取られた。冷や汗が頬を伝う。



「チッ、これも避けるか。奴隷にするのが惜しいな。ツラの良い女でさえなけりゃ、俺が鍛えてやったものを」


「誰が貴方なんかに……」


「そうかい? お前はずいぶん、力に振り回されてるように見えるがな」


 怒りに任せて蹴りを放つ。だが男は熟練の格闘家のような動きでその内側へと潜り込み、私の軸足を払って体勢を崩した。無防備になった顔面に岩のような拳がめり込む。

 

 鼻の奥で何かが砕ける感触。鉄の味がする熱い液体が口の中にまで流れ込んだ。手を縛られている私では、鼻血を拭うことすらできない。


「やっぱりお前、戦い慣れてないな」


「当たり前でしょう。貴方たちのような野蛮な人とは違うのよ」


 男は侮蔑するように鼻を鳴らした。


「だから奪われる。弱者は強者に支配されるのが自然の摂理。強くなろうとしない怠け者は奪われて当然だ」


「貴方に何がわかるの……!」


 ほんの2週間前まで、私は歩くことすらできなかった。教祖様から力を頂くまでは、鍛える権利すらなかったのだ。


「分かるさ。どうせ身体強化のスキルでも持っているんだろ? 力だけは立派で技術は赤子同然だ。どんなに強力なスキルだろうと、使い手がヘボけりゃ宝の持ち腐れだな」


 男の言葉がグサリと突き刺さる。確かに私は、この力を鍛えようとしなかった。歩けるようになったことに満足して、それを磨くという発想がなかった。


 無理に動こうとしては危ないという今までの常識が抜けきっていなかったのだ。


「スキルってのは生まれ持っての才能だけじゃねえ。鍛錬によって身につけることができる。俺は何のスキルも持たずに生まれたが、親分に鍛えられて山賊スキルを身につけた。才能に甘えてるだけのお嬢ちゃんが勝てる相手じゃねえんだよ!!」


 男に足の内側を蹴り上げられ、体勢が大きく崩れる。慌てて顔を上げると、男の姿が再び消えていた。


「山賊スキル『瞬脚』『気配隠蔽』『忍び足』『雷鳴月砕』」


 気づいたときには、雷を纏った拳が目前に迫っていた。


 ――避けられない。

 

 全身を雷が駆け巡り、衝撃で視界が真っ白になった。体を地面に叩きつけられ、呼吸すらままならない。


 朦朧とする意識の中、男に首を掴まれて軽々と持ち上げられた。抵抗しようにも、手足が痺れて上手く動かない。


「山賊だからと甘く見てたんじゃねえか? 俺たちは世界を敵に回しながら20年もの間生き残ってきた戦闘のプロだ。寄せ集めの孤児でしかなかった俺は、何も持たないところからここまで強くなった」


「そう。それは素敵ね。貴方のような非力な人間でも強くなれるなんて」


「俺のことを非力だと言える人間は親分とお前だけだろうよ」


 男が呆れたように笑う。だが、私は本心から感心していた。


 男の力は私より明らかに劣っている。それなのに純粋な技術と経験だけでその差を覆された。


 私が貰った力に満足して、それを使いこなす技術を身につけようとしなかったからだ。


「……これからはちゃんと鍛えることにするわ」


 男が嘲笑を浮かべる。


「後悔なら娼館のベッドの上でするんだな」


「1つ、訂正させて頂戴。体を鍛えてなかったからといって、何もしていなかったわけではないの。教祖様の役に立つために、ちゃんと学んでいたわ」


「お勉強か? それが戦場で役に立つかよ」


「いえ。言ったでしょう。貴方が二度と口を開けないようにすると」


 私は全身の痺れに抗い、大きく足を振り上げた。


「体が宙に浮いてたら力が入らないだろ。自慢の蹴りもその状態じゃ意味がねえな」


 渾身の力で足を振り下ろす。私の足先に水が集まり、研ぎ澄まされた鋭利な刃となった。


「――『水刃(アクアブレイド)』」


 水の刃が音もなく宙を駆けて、男の腹を深々と貫く。


「ぐっ……あっ……?」


 男が私を掴んでいた手を離し、信じられないといった表情で自分の腹を見つめる。


「これは……ま、ほう……?」


「ええ。教祖様の役に立つために、シャノンさんから魔法を教わっていたの。本当は貧民窟の整備のために使う予定だったのだけど」


 男はごぼっと血を吐きながら、それでも私を睨みつけた。


「クソが……。こんなもんを隠してやがったのか……!」


 私はそのまま水刃(アクアブレイド)を横一閃に振り抜いた。男の胸がパックリと切り裂かれ、呻き声を上げながら崩れ落ちる。


「ハァ……。だが……俺1人を倒したところで無駄だ。俺の仲間が貧民窟に女を攫いに行ってる。あいつらが帰ってきたら、お前1人なんか」


「どうせ失敗して逃げ帰ってくるわ。皆強いもの」


「何を……言ってやがる? お前みたいに強力なスキルを持った人間は極一部だ。俺たちアルフ団は100人全員がAランクの冒険者並みの強さを持つ……! 貧民窟の住民程度に苦戦するわけがないッッ!」


「ノクヴァル教の信者は皆、教祖様の力で強化されているの。私なんて弱いほうよ。それに……私たち全員が叡智の尖塔(ルミナスコード)の魔術師に師事して魔法を学んでいる」


 私は冷ややかに男を見下ろし、最後の言葉を告げた。


「生まれも、育ちも、スキルにも恵まれなかった貧民窟の住民たちは、教祖様の役に立つために500人もの魔術師集団となった。私たちはもう、烏合の衆ではないわ」


 私1人にすら勝てない山賊が100人集まったところで、ノクヴァル教の信者500人に勝てるはずがない。



 私は水刃で自分の縄を断ち切り、捕まっている少女たちの縄を解いていった。


 その中の一人、簡素な鎧を纏った茶髪の女性が申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめんなさい。私、冒険者なのに助けられて……」


「いいのよ。さあ、早くここから……」


 その時、洞窟の奥から荒々しい足音が響いてきた。現れたのは、30人ほどの山賊たち。


「……ッ! 下がって」


 女性たちを背に庇い、一歩前に出る。


「なんだぁ? 女が逃げ出してるじゃねえか。見張りは何をしている?」


 山賊たちは鎧を無惨に砕かれ、その全身に生々しい傷を負っていた。私の予想通り、貧民窟を襲って返り討ちにされたのだろう。


 だが、脱出を図っていた私たちにとっては逆風だ。


「あの男と同格の山賊が30人も……」


 手が自由になったとはいえ、こちらも満身創痍。私1人でこの数を相手にできるだろうか。

 

 私は深く息を吸いこみ拳を握りしめると、山賊の群れに突っ込んだ。

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