第22話 山賊退治
レッドオーガ3匹をぺろりと平らげた邪神の眷属は、それでもまだ腹を空かせているようだった。6本の触手が次々と魔物を狩り、腹の口へと放り込んでいく。
「凄い食欲ですねえ」
自然と口元が綻ぶ。一心不乱に魔物を頬張るその様子を見ていると、黒く蠢くこの触手もなんだか可愛く見えてきた。
「ふふ、明日からは毎日たっぷり餌をあげないといけませんね」
新たな餌場を求めて森の奥へと進んでいくと、不意に触手が目の前にあった倒木を豪快に薙ぎ払った。
轟音と共に土砂が舞い上がり、その下から人工物が現れる。
「これは……階段でしょうか」
苔むした石の階段が地下へと続いている。こんな森の奥深くに、一体誰が何のために?
首を傾げて考えていると、周囲の茂みがガサガサと揺れ、野蛮な雰囲気の男たちが姿を現した。
彼らの手には鈍く光る剣や斧が握られ、略奪によって集めたのであろう統一感のない装備に身を包んでいる。
50人ほどの山賊の集団に囲まれてしまった。
「おい、俺たちの隠れ家に何の用だ? ここはシスターなんかが来るところじゃないぞ」
「近頃アジトの周りをちょろちょろしてる奴がいるとは聞いてたが、こんな小娘だったか。場所を知られちまった以上、生かして返すわけにはいけねえ」
どうやらあの階段は、山賊のアジトへと続いているようだ。こんなところに入り口があったのか。
山賊たちはギラついた目でわたしを睨みつけ、じりじりと包囲の輪を縮めてくる。
……人数が多すぎるな。だが、洗脳スキルは集団に対しても効果を発揮する。完全に敵対される前に手を打つべきだ。
「こんばんは。わたしはノクヴァル教の教祖、リオラ。あなた達を救い導く者です。怪しい者ではありませんよ。この出会いは運命です!」
わたしの声を聞いて、殺気立っていた山賊たちの敵意がふっと霧散する。
「なあ、怪しい者じゃないってよ」
「馬鹿、信じるな。あの気色悪い触手が見えないのか」
「でも、あんな可憐なシスターが言ってるんだぞ? 本当に運命かもしれん」
「なんだこの胸の高鳴りは……」
困惑がさざ波のように広がっていく。
わたしは1人1人と目を合わせ、優しく微笑んだ。好意を植え付けることができれば、戦わずにこの場を収められるかもしれない。
しかし――。
「おいおい、こんなガキに妙にドキッとしちまったぜ」
山賊たちは一瞬柔らかい表情を浮かべたが、それは次第にいやらしさを帯びた品のない笑みに変わっていく。
「……こんな上物、殺すのはもったいねえな」
髭面の男が下卑た笑みを浮かべてわたしの全身を舐め回すように見た。その目はどす黒い欲望に染まっている。
「殺すなんてとんでもねえ。売っぱらうのも惜しいくらいだ。おい小娘。お前は今日から俺たちのペットになるんだ。一生可愛がってやるよ」
「ヒャハハ! そいつは良い。親分もきっと喜ぶぞ!」
山賊たちが下品な笑い声を上げて騒ぎ始める。
……失敗か。
彼らに植え付けた好意は、わたしの思惑とは別の方向に作用してしまったようだ。
「麻痺矢を使え。生け捕りにするぞ」
合図と共に、数人の山賊が弓を構えた。ヒュン、と空を裂く音が連続し、四方から矢が殺到する。
心臓がバクンと脈打つ。戦闘用のスキルを持たないわたしでは、1本でも当たったら死んでしまうからだ。この人たち本当に生け捕りにする気あるのか?
わたしは咄嗟に身を屈め、頭を手で覆った。
――コツン。
全身に軽い衝撃があった。顔を上げると数本の矢が地面に落ちている。
「なんだ!? 矢が弾かれやがった!!」
修道服の生地が硬質化し、矢を防いだようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。すると、修道服から伸びる6本の触手が怒りを爆発させたかのように蠢き始めた。
「「「ぎゃあああっ!」」」
黒い嵐が吹き荒れ、山賊が森の木々へと叩きつけられていく。骨の砕ける鈍い音が響いた。
「くそっ、何人やられた!?」
「ありえねえ。あいつ、化け物を使役してやがる」
「シスターのやることじゃないだろ!?」
吹き飛ばされた山賊は地面にうつ伏せに倒れ、ピクリとも動かない。邪神の眷属が本気を出したら、彼らは一瞬で死んでしまうだろう。
「触手ちゃん、どうか穏便にお願いします。殺さないでくださいね」
わたしが死ぬのは困るが、他の人が死ぬのも許容できない。取り返しがつかないことになる前に、山賊たちを仲間にしたほうがいいな。
必要なのは会話量。洗脳が蓄積すれば、彼らの情欲も信仰へと変えることができるはずだ。
「皆さん、ここはお互いに矛を収めませんか? わたし達は手を取り合うことができます。ノクヴァル教に入信すれば幸せな生活を約束しますよ」
「俺たちに、幸せな生活? なんて優しい子だ……」
「俺、山賊やめよっかな……」
「そう言うなら触手を止めてくれ! 言ってることとやってることが違うだろ!」
わたしが説得している間にも、邪神の眷属は暴れ回り山賊を薙ぎ倒していく。
その中の1人が顔を引き攣らせながら怒鳴り声を上げた。
「怯むなてめえら! このままじゃやられるだけだ! 殺す気でかかれ!!」
「「「うおおおおおおおッ!!!」」」
山賊たちが雄叫びを上げて突撃してくる。だが6本の触手は縦横無尽に動き回り、まるで弾幕を張るようにして山賊を殴り飛ばす。
その猛攻の僅かな隙間を縫って、1人の大男がわたしの懐に辿り着いた。彼の持つ斧が雷を纏ってバチバチと放電する。
「喰らいやがれッ!! 山賊スキル『雷鳴月砕』!!」
狙いはわたしの右肩。丸太のように太い腕を振り上げ、網膜を焼く青白い閃光を打ち下ろした。
――ガキィィィンッ!!
斧が修道服に弾かれ金属音を鳴らす。衝撃に斧を手放した山賊がよろめいて一歩後ずさった。
「な、なんだぁ……?」
驚愕に染まった男の顔が、次の瞬間には触手に薙ぎ払われて視界の外へと消える。
あっという間にあれほどいた山賊は10人ほどにまで減っていた。
「だ、駄目だ! こいつはヤバすぎる! 全員撤退だ! 逃げるぞ!!」
「待ってください。わたしはただ、あなた達を救いたいだけなのです。どうか耳を貸していただけませんか?」
逃げようとするその背中に優しく語りかける。
「奴の言葉を聞くな! 1人でも多く逃げろ!」
だが、言葉に反して、彼らの足は地面に縫い付けられたかのように動かない。
「ようやく話を聞いてくれる気になりましたか? とても嬉しいです」
「ち、違う……。お前なんかと話したくない。そのはずだ。なのに……心が浄化される。この声を聞き逃してはいけないと、魂が訴えてきやがるッ!!」
「俺もだ……。身体が言うことを聞かねえ。あの女から、目を離せない……!」
洗脳が一定の値まで蓄積したのだろう。山賊たちは恐怖と恍惚が入り混じった顔でうっとりとわたしを見つめている。
「悪かった、降参だ! 助けてくれ!」
6本の触手がしなやかに動き、抵抗する意思を失った山賊たちを1人、また1人と吹き飛ばし、意識を刈り取っていく。
「命だけは……! この化物を止めてくれ!」
男たちが涙ながらに懇願する。しかしわたしには困ったように微笑むことしかできなかった。
「そう言われても、この子をどう止めたらいいか、わたしにも分からないんです」
わたしのスキルは、あくまで好意や信仰心を植え付けるだけ。
「嫌がる邪神の眷属に無理やりトマトを食べさせることができないように……無理やり行動を制御できるわけではないんです」
穏便にと頼んだはずの触手が暴れ回っているのも、スキルの特性からして仕方のないことなのだ。
「そん……な……」
山賊たちの顔が絶望に染まる。
荒れ狂っていた邪神の眷属は最後の1人を昏倒させると、満足そうに触手を引っ込め、ただの修道服へと姿を戻した。
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