第21話 レッドオーガ
最近「教祖リオラに足を触ってもらうと足の病気が治る」という奇妙な噂が広まっている。
その噂は「貧民窟の奇跡」として瞬く間に広がり、今ではわざわざ隣町から訪ねてくる人もいる始末。
最初はただの迷信だと思っていたのだが、実際にわたしが触れると彼らは歩けるようになり、「足の痺れが消えた」「孫より足が速くなった」とわたしを崇めては満面の笑みで帰っていく。
何度か試したところ、おそらくはこれも信者強化のスキルが作用しているようだ。
このスキル、今までは相手の長所を伸ばすものだと思っていたのだが、どうやら正確には違うらしい。本人の「こうなりたい」という願いを汲み取り、その望んだ部分が強化される傾向にあるようだ。
結果としては皆喜んでくれるし、わたしも信者を増やせるしで大助かりなのだが、しかし、いったい誰がこんな都合のいい噂を流してくれたのだろうか。
そんなことをベッドの上でぼんやり考えていると、不意にペチペチ、と柔らかなもので頬を叩かれた。
「あれ……? もう朝ですか?」
眠い目を擦りながら瞼を開けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
わたしが着ている修道服から6本の黒い触手が伸びて、わたしの頬を優しく叩いている。
「この触手は、あの怪物の……」
そう、森で戦った邪神の眷属の触手にそっくりだ。この修道服は元々邪神の眷属が変化したものだから、触手が生えても不思議ではないのかもしれないが……。
しかし、何度話しかけても何の反応もなかったのに、どうして急に触手なんて生やしたのだろう。
驚きはそれだけではなかった。修道服の腹のあたりが大きく裂け、子どもの頭くらいなら丸呑みできてしまいそうな大きな口が生えている。中からは、肉食獣のような鋭い牙が覗いていた。
「邪神の眷属には、口は無かったはずですが……」
あまりに非現実的な光景に思考が停止する。困惑しながら眺めていると、目の前の触手は何かを訴えるようにクネクネと動き出した。
腹の口からは涎がじゅるり……と溢れ、シーツに染みができていく。その様子を見て、一つの可能性に行き着いた。
「もしかして、お腹が空いたんですか?」
わたしの問いかけに、6本の触手がぶんぶんと激しく縦に揺れる。どうやら正解だったようだ。
邪神の眷属と呼ばれてはいても、魔物の一種であることに変わりはない。生物である以上お腹は空くはず。
何日もご飯をあげてなかったし、悪いことしたなあ。というか、生きてたなら返事してよ。
「畑に美味しい野菜があるんです。よかったら食べませんか?」
わたしはベッドから起き上がり、先日作った畑に向かった。そこには何種類もの作物が実っている。
トマトを収穫し、腹にできた口へとそっと差し出してみる。しかし、さっきまで涎を垂らしていた口は固く閉ざされてしまい、食べてくれる気配はなかった。
「うーん。肉食なんですかね?」
お肉は……叡智の尖塔のメンバーが収納魔法で保存してくれているんだった。
だが、真夜中に叩き起こして「わたしの服が肉を食べたいと言っているんです」などと説明するのはあまりにも意味不明すぎる。
「……邪神の森でホーンラビットでも狩りましょうか」
あまり強くないわたしだが、奴隷になるまでの数ヶ月は森で暮らしていた。弱い魔物であればわたしでも捕まえられるはずだ。
トマトを齧りながら森へと足を踏み入れると、木々の枝葉が月明かりを遮り、辺りは息が詰まるほどの闇に包まれていた。
遠くで響く獣の咆哮がやけに不気味に感じる。シャノンに付いてきてもらえばよかったかな……。
――ズシンッ!!
地面が大きく揺れる。それと同時に、木々を乱暴に薙ぎ倒す音が鼓膜に響いた。見上げると、3つの巨大な影がわたしの行く手を塞いでいる。
「グルオオオオォォォォ!!!!」
レッドオーガが3匹。その血走った目に明確な殺意をたたえてわたしを睨みつけている。
まずいな。オーガ種の中でも特に凶暴で知られる魔物だ。その全身は異常に発達した筋肉に覆われていて、血管が赤黒く浮かび上がっている。
驚異的な身体能力を誇る彼らだが、最大の特徴は灼熱のブレスを吐き出すことだ。
その威力は直線上のもの全てを焼き尽くし、鉄の鎧さえも一瞬で蒸発させる。
わたしが咄嗟に身構えた、その瞬間だった。
3匹のレッドオーガが、示し合わせたかのように同時に息を吸い込んだ。
腹が風船のように膨らむ。ブレスの前兆だ。
――わたしの足で逃げ切れるか?
三方向からの同時攻撃に対処しようと一歩踏み出した、その時。
わたしの目の前を、無数の黒い線が迸った。
何かが肉を断ち切る悍ましい音。それから一拍置いて、レッドオーガの巨体が細切れになって崩れ落ちる。
修道服から伸びた6本の触手が、レッドオーガ3体を切り刻んだのだ。目で追うことすらできない一瞬の出来事だった。
呆然とするわたしをよそに、触手はレッドオーガの死体を掴み腹部の大きな口へと放り込んでいく。
――バリッ、ゴリッ、グチャッ!!
静寂を取り戻した森に、肉を噛み砕く音だけがやけに大きく響いた。
△▼△▼△▼△
<コニー視点>
「起きて。ねぇ、起きて」
誰かに肩を叩かれて、私は目を覚ました。
頬に触れるのはヒヤリとした硬い感触。顔を上げると、そこはじめじめと湿った洞窟の中だった。
「ここは……?」
体を動かそうとして、手首に強い違和感を覚える。どうやら後ろ手に縛られているらしい。
「やっと起きた……」
耳元で弱々しい声がした。振り向くと、同年代くらいの黒髪の少女が不安そうに座り込んでいる。
「覚えてる? 私たち、山賊に攫われたんだよ」
その言葉で、一気に記憶が蘇った。そうだ。家の中に突然人が入ってきて、後頭部を殴られたのだ。
辺りを見回すと、他にも少女たちが数名、縄で縛られている。その中には冒険者と思しき装備をしている人もいて、うな垂れたまま悔しさの滲む顔をしていた。
だが、その中には大切な人の姿がなかった。
「ネイトがいない……」
私が攫われたとき、部屋にはネイトも居たはずだ。しかしどれだけ周囲を見回しても、洞窟の中には女性しか居ない。
不安に胸が締め付けられる。まさか殺されたんじゃ……。
「脱出しましょう。街の場所は分かる?」
嫌な考えを振り払うように頭を振り、少女に問いかける。その瞬間、不意に洞窟の奥から足音がした。
現れたのは、粗末な鎧を着込んだ大男だった。無精ひげを生やし、汚い歯を剥き出しにして下品な笑みを浮かべている。
「へっ、上玉が揃っているじゃねえか。これなら高く売れるぜ」
男は値踏みするように私たちを眺め、やがて冒険者の女性の前で足を止めた。
「弱かったなあ、お前の仲間は。必死に剣を振り回しちゃいたが、俺の一撃で簡単に沈んじまった。あれでAランクとは、ギルドも見る目がねえ」
嘲笑を浮かべる男を冒険者の女性が睨みつける。だが、彼は楽しげに笑いながら続けた。
「お前みてえな雑魚でも、娼館なら喜んで買ってくれるだろうよ。山賊退治なんて不相応な依頼を受けた馬鹿には、お似合いの末路だなぁ!」
男は腹を抱えて一通り笑うと、今度は私の隣にいる黒髪の少女にねっとりとした視線を向けた。
「へへへ……親分が帰ってくるまで、まだ時間あるよな」
独り言のように呟き、少女へと歩み寄る。そして彼女の服に指をかけた。
「ひっ……! や、やめて……!」
「いいじゃねえか、ちょっと味見するだけだ。どうせ明日にはクソ貴族共のおもちゃになるんだ。その前に、俺みたいな男に抱かれるのも良い経験になるだろうよ!」
男の指が、少女の服を乱暴に引き裂く。その瞬間、私は彼の体を蹴り飛ばしていた。
「がふっ」
洞窟の壁に叩きつけられ、男が短く悲鳴を上げる。しかし、すぐに立ち上がると肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「あぁ? なんだテメェ。俺の楽しみに水を差しやがって。お前も味見してほしいのか?」
「ネイトは……。いえ、貴方のような下っ端に聞いても無駄ね。二度とその口が開かないようにしてあげる」
手は縛られているが、足の調子はすこぶる良い。教祖様から頂いた力のおかげだ。
病弱だった私の体は、以前と比べて遥かに強化されている。
彼女たちを助け出し、親分とやらが帰ってくる前にここを脱出する。街へと帰ることさえできれば、教祖様は絶対にネイトを探してくれるだろう。
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