第20話 必殺技
シャノンと別れ収穫した野菜を抱えながら帰っていると、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「あ、リオラ様!」
振り向くと、そこには先日洗脳した信者の1人、ネイトが立っていた。
「こんにちは、ネイト。ちょうど良かったです。畑で野菜がたくさん採れたんですよ。よかったら召し上がりませんか?」
そう言って、わたしはトマトを手渡す。彼は「いいの!?」と目を輝かせ、元気よく受け取った。そして小さな口でぱくりと頬張る。
「うわっ! なにこれ、甘い! すっごく美味しい!」
その反応が嬉しくて、わたしも思わず笑顔になった。
「あの、リオラ様! この野菜、お姉ちゃんにも食べさせてあげたいんだけど……貰ってもいいかな?」
ネイトは炊き出しのときも、毎回お姉ちゃんの分の食事を持ち帰っている。
「ええ、もちろんです。せっかくですし、一緒に家まで持って行きましょう」
ネイトは「本当!?」と満面の笑みを浮かべ、小さく飛び跳ねた。2人で並んで歩いていると、ネイトがぽつりぽつりと話し始める。
「実はお姉ちゃん、足が悪くて外に出られないんだ」
「ああ、それでネイトが代わりにご飯を持って帰っていたんですね」
「そうなんだ。リオラ様が来てくれるまでは僕が、その……スリとかして暮らしてたんだけど……。でも、今はその必要もなくなった。リオラ様、本当にありがとう」
ネイトはまっすぐな目でわたしを見つめ、それから頭を下げる。
「僕、お姉ちゃんの分までリオラ様のお役に立つから! 何でも言ってね!」
「ありがとうございます。ですが、気にしなくてもいいんですよ。これは助け合いですから」
わたしの目標は世界中の誰もが幸せに生きることのできる世界を作ることだ。その中には、病気で働くことができないような人も当然含まれている。
ネイトが負い目を感じる必要は全くないのだ。
……でも、ネイトのお姉ちゃんも洗脳させて貰うけどね。
争いをなくすためには、全人類をノクヴァル教に入信させて思想を統一する必要がある。だから洗脳スキルが使えそうな機会は見逃すわけにはいかない。
そしてわたしは貧民窟での布教活動の中で、ある必殺技を編み出していた。今日もまたその技が活躍してくれるだろう。
ふふふ……と薄く微笑んでいると、やがてボロボロの廃屋に到着した。
軋む扉を開けて中に入ると、部屋の奥の粗末な寝台に少女が横たわっていた。
枕に広がるネイビーアッシュの髪が暗い室内でもほのかに艶を放っている。ネイトより少し歳上に見えるから、この子がお姉ちゃんなのだろう。
「お姉ちゃん、教祖様だよ」
ネイトが駆け寄ると、少女がゆっくりと身を起こした。その肌は青白く、痩せ細ってはいるものの、整った顔立ちは儚さの中に凛とした美しさを宿している。真っ直ぐにこちらを見据える澄んだ瞳は、知性と芯の強さを感じさせた。
「あなたが教祖様……。話は聞いてるわ。私はコニー。いつもご飯をくれていたのが、あなたでいいのよね?」
来た……!!
さっそくだが、ここが絶好の機会だ。必殺技を発動しよう。
「ええ、ノクヴァル教の教祖をしているリオラです。よろしくお願いしますね」
わたしは微笑みながら、自然な動作でそっと右手を差し出した。
そう、これこそがわたしの編み出した、最も効率的に洗脳するための必殺技。『自己紹介しながらにこやかに握手を求める』だ!!
この技は相手が複数人いる場面では使えない。握手した瞬間相手が金色の光に包まれながら跪いたりしたら、周りの人達に不気味がられてしまうからだ。
だが、相手が1人なら話は別。自己紹介して握手をするだけで簡単に洗脳できると気づいたのだ。
わたしの目論見通り、コニーは何の疑いもなく握手に応じてくれた。
彼女の体から金色の光が溢れ出す。
ふっふっふっ。実に簡単な仕事だったな。このスキルの使い方も、だんだん上手くなってきた。わたしは満足感を噛みしめ、密かに頷いた。
△▼△▼△▼△
<コニー視点>
「不思議な人だったわね……」
寝床に横たわりながら、私は昼間のことを思い出していた。リオラと名乗る、修道服の教祖様。
彼女が差し出してくれたカゴの中には、瑞々しい野菜がぎっしりと詰まっていた。今日の食事にも困っていた私たちにとって、それは喉から手が出るほど欲しかったもの。
ありがたい、と思うと同時に、申し訳なさが胸を締め付ける。
昔からいつもそうだ。私のせいで周りのみんなに迷惑ばかりかけている。
この足が動かないのは生まれつきのことだ。物心ついたときから、ずっと私はベッドの上で過ごしてきた。
「彼女の足には悪魔の呪いがかけられておりますな。解呪には100万ゴールド必要です」
かつて両親が家に招いた聖導教の神父は、そう言って朗らかに笑った。
両親はごく普通の農民だ。そんな大金を払えるわけがない。だが、彼らは自分たちの食事を切り詰めて節約し、儀式を受けさせてくれた。
足は治らなかった。
「悪魔の呪いは強力です。一度や二度の儀式で治そうなどと浅ましいことを……。ですが、150万ゴールド払えばこの貴重な聖水を使いましょう。娘さんの足も治るやもしれませんな」
200万ゴールド、500万ゴールド、1000万ゴールド。儀式のたびに、神父が要求する金額は上がっていった。
両親は借金をしてでも儀式を受けさせてくれた。それでも足は治らない。
「お前が悪いんだぞ? 悪魔に呪われるというのは、お前自身が悪しき心を持っているからに他ならない。だからこれほどまでに解呪に時間がかかるのだ」
神父は蔑むように言い放ち、冷ややかな笑みを浮かべた。
結局、両親は膨れ上がった借金のせいで奴隷として売られてしまった。次は私の番だ。奴隷商人が家に押し入ってきた瞬間、弟のネイトが私を背負って逃げ出してくれた。
それから私とネイトはこの貧民窟の廃屋に住み着いた。ネイトは毎日どこかへ出かけては、いくらかのお金を手に入れて帰ってくる。
10歳のネイトがまともな仕事に就けるとは思えない。きっと良くないことをしている……。
「ねえ、ネイト。貴方、違法な仕事をしてるわよね」
私はネイトを問い詰めた。だが、彼はじっと黙って、苦しそうな顔をするだけだった。
彼は私のことを責めなかった。彼が犯罪に手を染めたのは、私のためなのに。私がいなければ、ネイトは今も両親と3人で幸せに暮らせていたはずなのに。
それ以来、私はネイトの目を見ることができなくなってしまった。
ネイトは人から物を盗んで喜ぶような、そんな人間じゃない。誰よりも人の痛みが分かる優しい子だ。
私のたった1人の、大切な弟。その彼を、私が犯罪者にしてしまったんだ。
悔しくて、情けなくて、涙がこぼれそうになる。やり場のない気持ちをどこかにぶつけたくて、ベッドの上で身じろぎした、その時だった。
ぐっ、と足に力が入る。
「え……?」
いつもは感覚すらないはずの足先に、確かな感触があった。恐る恐る、ベッドの縁に腰掛けて、足を床につけてみる。そして、ゆっくりと体重をかけた。
「立てる……」
自分の足で、私が、立っている。
信じられなくて、一歩、前に踏み出す。少しぎこちないが、歩ける。歩けている。
「お、お姉ちゃん……!? なんで、立って……」
床で横になっていたネイトが、驚きと戸惑いの入り混じったような表情でこちらを見上げる。その顔を見た瞬間、数日前に彼が言っていたことを思い出した。
――「ノクヴァル教に入信してから、僕すごく足が速くなったんだよ! リオラ様にも褒められたんだ!」
あの時は、成長期なのだろうと軽く流してしまった。でも、それは違った。
教祖様に触れられたときの、身体中から力が湧いてくるようなあの感覚。おそらく彼も、教祖様の手に触れたのだ。それで足が速くなった。
――あの少女は、奇跡の手を持っている。
悪魔の呪いを解き、人に力を与える不思議な手。
きっとその力で、このどうしようもなく救いのない世界を救って回ろうとしているんだ。
涙が溢れ出す。私は自分の足で大地を歩き、ネイトを抱きしめた。
この命は、教祖様に捧げよう。私たち姉弟を救ってくれた彼女を、これからは支え続けよう。
そのために必要な力は、既に教祖様が与えてくださったのだから。
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