第18話 パッシブスキル『信者強化』
あれから2週間ほど経ち、貧民窟は見違えるほど綺麗になった。
ゴミや糞尿で汚れていた道は磨き上げられた石畳に変わり、悪臭の原因だった汚水は新設された下水道を通って浄化装置へと流れていく。
こんなに早く綺麗になるとはなあ。
そもそも、こんなにも急いで街の美化を進めたのには理由がある。単純に、貧民窟が臭すぎて眠れなかったからだ。
あまりの悪臭に耐えかねて真夜中に1人で掃除を始めたところ「教祖様に1人で働かせるわけにはいきません!」と、いつの間にか信者たちが集まってきてしまった。
自分の安眠のために皆を徹夜で働かせてしまうのは、あまりにも申し訳ない。だから少しでも早くこの状況を終わらせようと、無我夢中で作業に没頭したのだ。
そんな急ごしらえの計画で一番苦労をかけてしまったのがシャノンだろう。
わたし達も毎日必死に掃除したし、彼女が下水道の工事をしている間は他の地区の道を石で舗装したりと頑張ったんだけど……正直、信者200人とわたしが束になっても、シャノン1人の働きに敵わない。
彼女の魔法、凄すぎである。
「シャノンには無理をさせてしまいましたし、今度美味しいものでもご馳走して労ってあげないといけませんね!」
メロンとかが良いんじゃないかな。甘いし。
わたしが食べたいわけじゃないよ。
そんなことを考えながら街を見渡すと、貧民窟は以前の面影もないほど活気に満ちていた。
このバロミアの街は、基本的にどこもかしこも荒れ果てていて治安が悪い。その中でも特に危険だった貧民窟の犯罪者たちがノクヴァル教に入信し悪事を働かなくなったことで、今ではこの地区がバロミアの街で一番清潔で安全な場所になってしまったのだ。
その結果、噂を聞きつけた他の地区の住民たちがひっきりなしに訪れるようになった。
おかげで毎日行っている炊き出しも大盛況だ。食事をきっかけにした宗教勧誘も驚くほど順調で、信者の数はついに500人を超えた。
「教祖様、いつも本当にありがとうございます。この街がこんなに綺麗になるなんて、夢のようです」
「これも全て教祖様のおかげです。俺たちも、もっと教祖様のお役に立てるよう仕事に励みます!」
通りかかった信者たちが、きらきらした目で見つめながら話しかけてくれる。
「ええ。皆さんのおかげで、この街はどんどん立派になりますね。いつもありがとうございます」
わたしがそう微笑みかけると、彼らは感極まったように頷き、それぞれの仕事に戻っていく。
彼らが今取り組んでいるのは、貧民窟の住居の建て替え工事だ。
元々この辺りの家はどれもボロボロで、いつ崩れてもおかしくないような危険なものばかりだった。だから思い切って全部解体し、一から建て直すことにしたのだ。
また、それと並行して教会の建設にも着手している。これまでノクヴァル教には信者が集まって祈りを捧げるための場所が無かったから、これは大きな一歩だ。
立派な教会があれば信者の心の拠り所になるだろうし、何よりわたしの住処にもなる。
故郷の村が帝国に滅ぼされてからはずっと野晒しで暮らしていたので、完成が今からとても楽しみだ。
信者たちが頑張ってくれている一方で、わたしとシャノンは別の問題に取り組んでいた。食料確保のための畑作りだ。
最近街道に山賊が出没するらしく、商人たちが街に入って来れなくなったせいで、野菜が手に入らない状況が続いている。
一度シャノンと山賊を探しに行ったのだが……結果は空振り。わたし達が商人じゃないせいか、見向きもされなかった。
もし襲ってきてくれたら返り討ちにして洗脳することもできるのだが、山賊を見つけることができない以上仲間にすることもできない。
「おかげでここ最近の炊き出しは邪神の森で獲れる魔物の肉ばかりです。これでは皆が飽きてしまいますよね……」
「私は肉だけでも問題ありませんよ? ステーキにハンバーグ、唐揚げにローストビーフ……貴女の料理は毎日変化に富んでいて、飽きるどころか毎日楽しみです」
シャノンはそう言って微笑んでくれるが、やはり肉だけでは栄養バランスが気になる。
仕方がないので、自分たちで野菜を作ることにしたというわけだ。
幸い、畑はもうできている。余った土地をぶーちゃんが鋤で引き、ふかふかの土になるまで耕してくれたからだ。
巨大なイノシシが鋤を引く様子に、シャノンは絶句していたけど……。
「ありがとうございます、ぶーちゃん。あっという間に終わりましたね」
わたしは感謝を込めて、ぶーちゃんの身体をわしゃわしゃと撫で回す。ぶーちゃんは気持ちよさそうに目を細め「ぶもっ」と鳴いた。
「ひっ……!」
その鳴き声に、小さな悲鳴が重なる。振り返ると、シャノンが木の陰に隠れ青ざめた顔でこちらを覗いていた。その体は小刻みに震えている。
「シャノン? どうかしましたか?」
「い、いえ、その……。グレートボアがあまり、近くにいると……」
彼女はぶーちゃんから決して目を離さず、へっぴり腰になって固まっている。
……もしかして、ぶーちゃんが怖いのだろうか。彼女は以前戦ったとき、ぶーちゃんの攻撃で大怪我を負っている。
「大丈夫ですよ。ぶーちゃんは指示しない限り、人に危害を加えたりしませんから」
「それは重々承知してますし……私に恐怖などという感情はありませんが……ひゃっ!」
ぶーちゃんが軽く鼻を鳴らしただけで、シャノンの肩が大きく跳ねる。
その姿に思わずくすくすと笑っていると、不意にぶーちゃんがわたしの手から離れ、傍らに置いてあった袋にずぼっと顔を突っ込んだ。
そして中に入っていた野菜の種をボリボリと食べ始める。
「ぶーちゃん、それは食べちゃ駄目ですよ? これから畑に蒔いて育てる、大事な種なんですから」
わたしが止めようとしても、ぶーちゃんは構わず袋の中身を貪り続ける。むしゃむしゃもぐもぐと小気味よい咀嚼音が響いた。
「シャノン、魔法でなんとかしてもらえませんか?」
助けを求めようと振り返るが、彼女は先ほどよりもさらに顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震えているだけだった。
「む、無理です……。身体が言うことを聞きません……!」
その瞳は涙でうるみ、今にも泣き出しそうな顔でぶんぶんと首を横に振っている。
ノクヴァル教の最高戦力であるシャノンが、トラウマで機能不全になってしまった……。
仕方ない。わたしは覚悟を決めて袋に手を伸ばし、渾身の力で引っ張った。
「ぶもっ!?」
なんとかよだれでベトベトになった袋を取り返すことに成功する。だがあれだけ沢山あった種はわずか20粒ほどしか残っていなかった。
「……うーん。仕方ありませんね。この20粒を大切に育てましょう」
気を取り直して、袋に残った僅かな種を掌の上に乗せた、その時だった。
じんわりとした熱と共に、種が黄金色の光を放ち始めたのだ。
「その光は……?」
いつの間にか木の陰から出てきたシャノンが尋ねてくる。
「これは、洗脳が完了しノクヴァル教の信者になったときに出る光です。でも、なぜ植物の種から……?」
まさかわたしのスキルは、植物も洗脳できるのだろうか。
だが、仮にできたとしてそれに何の意味があるんだろう。
植物が動き出しノクヴァル教に忠誠を誓うという可能性もゼロではないが、流石にそこまで不可思議なスキルではないはず。
まあ良いか。とりあえず植えてみよう。わたしはふかふかの土に小さな穴を掘った。そこに種を1粒落とし、優しく土をかける。
――ニョキニョキ。
たちまち土が盛り上がり、そこから小さな双葉がひょっこりと顔を出した。
「えっ……!?」
シャノンが目を丸くして固まる。
「い、今植えたばかりですよ!? どうしてもう芽が……?」
混乱する彼女を横目に、わたしは答えに辿り着いた。
おそらくこれは、わたしの「信者を強化するスキル」が原因だろう。洗脳した瞬間ぶーちゃんの身体能力が上がったり、叡智の尖塔のメンバーの魔力が増えたのと同じように、この種は「成長速度」が強化されたのではないだろうか。
……ちなみに貧民窟の住民たちはスリの腕が上達したり、家の鍵を針金1本で開けられるようになったりと、犯罪系の技能が向上する人がやたら多かったよ。
例外といえば、純粋に足が速くなっただけのネイトくらいだ。
――ニョキニョキニョキ。
わたしが思考を巡らせている間にも、目の前の小さな双葉はぐんぐんと茎を伸ばして成長し、葉を広げていく。
このまま成長を続けたら、本当に動き出してノクヴァル教に忠誠を誓う可能性もゼロではない……かもしれない。
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