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第17話 下水道を魔法で作る

<シャノン視点>


 私が生まれ育った叡智の尖塔(ルミナスコード)は、世俗から隔絶された魔術研究機関だ。その内部では様々な研究が行われるが、どれも表の世界では許されない違法な研究である、ということだけが共通している。


 魔力回路移植実験の唯一の適合者である私は、そこで「研究対象」として生きてきた。


 埋め込まれた魔力回路は他人のものだ。拒絶反応による激痛、投与される薬物の副作用に耐え、幾度も身体を切り刻まれた。


 実験は辛く苦しかったが、他人の気持ちを汲み取ってくれるような場所ではない。重要なのは真理の探究に役立つかどうか、その一点のみ。


 不要と判断されれば他の実験体と同じようにその場で廃棄されるだけだ。だが、自分の有用性を示せば生き残ることができる。必死で努力し、魔導書を読み漁った。


 

「感情や人間性など必要ない。全てを捨てて真理を探究しろ」


 先代の指導者からはそう教え込まれた。倫理観などを気にしていては、真理に到達することはできないからだ。


 私は人間性を捨て、多数の実験体を犠牲にして研究を重ねた。


 

 そうして私は誰よりも強くなった。

 やがて先代の指導者が亡くなり、私は周囲の兄弟子たちを差し置いて最年少で指導者に抜擢された。


 戸惑いはあった。兄弟子たちのことを尊敬していたからだ。


 彼らは私ほど強くはなかったが、研究への姿勢は他のどの魔術結社よりもストイックだった。真理のためなら自らの命すら躊躇なく差し出す、生粋の探究者だ。


 私は彼らに恥じないよう、誰よりも叡智の尖塔(ルミナスコード)の魔術師に相応しくなれるように鍛錬を重ねた。感情を捨て、誰よりも冷酷であろうと努力した。



 元は実験体であった私を認め、指導者へと推薦してくれた兄弟子たち。そんな尊敬すべき仲間は今――。


「うおお! ここのヘドロはすごく臭いな!」


「だが、こうやって汗を流すのも悪くない。これも教祖様の教えのおかげだ」


 ――貧民窟の片隅で泥に塗れながらスコップを振るい、満面の笑みでドブ攫いをしている。


「ふぅ、やっと片付きましたね。皆さん、次の区画に移動しましょう!」


「「「はい!!!」」」


 誇り高き叡智の尖塔(ルミナスコード)のエリートだった彼らが、桃髪の少女の声に恍惚とした表情で応える。あの冷酷無比な魔術師たちが、だ。


 もっとも、変わってしまったのは彼らだけではない。この荒れ果てた貧民窟の住人たちもそうだ。ここは本来、法の及ばない犯罪者の巣窟だったはず。誰もが他者を蹴落とすことしか考えない、野蛮でどうしようもない連中だった。そんな彼らが、率先して街の浄化に勤しんでいる。


 信じられない光景だった。


 この異常な変化を引き起こした元凶――教祖リオラは桃色の髪を揺らしながら、自らも懸命に汚泥を運んでいた。側溝に膝まで浸かりながら詰まったヘドロをスコップで掻き出し、その美しい顔は跳ねた汚水の飛沫で汚れている。


 彼女のスキルの詳細を、私は未だ掴めずにいた。本人は「触れた相手を信者にする能力」だと言っていたが、その本質は明らかに違う。


 彼女の能力の核心は、圧倒的な範囲と強制力を持つ精神汚染だ。


 現に彼女は、貧民窟の誰にも触れることなく200人以上を洗脳し、この大規模な奉仕活動を成立させていた。その何よりの証拠が、私の左腕で鈍い光を放つ「聖王の銀輪インヴィクタス・シルヴァー」だ。

 

 このブレスレットは先代の指導者から受け継いだ迷宮遺物(アーティファクト)であり、元々はとある王国の国宝だったものだ。あらゆる精神干渉や状態異常を完全に防ぐ、絶対的な守りの至宝。


 だが、そのブレスレットに埋め込まれた純白の宝石は、今やその6割がどす黒く濁っている。


 本来、この宝石には強力な浄化作用が備わっている。たとえどれほどの精神汚染を受けようと、時間と共に穢れは浄化され、聖王の銀輪インヴィクタス・シルヴァーは元の清浄な輝きを取り戻すはずだった。


 しかし、現実はどうだ。黒く汚染された宝石の濁りは一向に晴れる様子がない。これはつまり彼女の精神汚染が、この国宝級のブレスレットの浄化能力を上回る力で、絶え間なく私に降り注いでいるということに他ならない。


 これほど強力な精神汚染を常時発動し続ける能力など、聞いたことがない。


 このままでは私も洗脳される。もう時間がない。このブレスレットがいつまで持ちこたえてくれるのか、私にも分からないのだ。



 焦燥に駆られながらリオラのことを見つめていると、ふと彼女がこちらを振り向いた。


「シャノン。わたしは次の区画を掃除してきます。シャノンは、ここら辺一帯の地面に石を敷き詰めてもらえますか?」


「へ? 私がですか?」


「ええ。皆が土の上でそのまま用を足していたせいで、掃除が大変だったんです。石畳で舗装すれば、汚水が溜まりにくくなるでしょう? シャノンの魔法なら、きっとできると思ったんです」


 そう言われると、断ることはできない。元々、彼女に敗北し仲間を人質に取られたも同然の私が生かされているのは、彼女の気まぐれでしかないのだ。


「分かりました。3日で終わらせます」


「流石です! ……ああでも、わたしとはしばらく会えませんが、寂しがらないでくださいね?」


「誰が寂しがるんですかっ! たった3日ですよ!!」


 思わず声を荒げると、リオラが楽しそうに目を細めた。

 

 ……別に、彼女のことが嫌いなわけではない。叡智の尖塔の魔術師は強者には敬意を払うし、何より彼女の在り方はある意味では私の理想に近い。


 強力な洗脳スキルで民衆を自在に操り、世界を征服する。自らの野望のためなら非道な手段も用いるその姿勢は、叡智の尖塔の理念そのものだ。


 私はこうありたかった。彼女に、憧れに近い感情を抱いていたのだ。


 もっとも、彼女に負けたままでいる気は毛頭ない。仲間の精神汚染は必ず解除するつもりだ。……今は従うことしかできないが。



 それから私は3日間、地面に石の床を生成し続けた。昼も夜もなく魔法を使い続けたせいで思考が鈍り、コントロールが乱れ始める。


 そして最後の石をはめ込み、長く息を吐いたその時だった。


「お疲れ様です、シャノン。とても綺麗になりましたね」


 リオラに背後から声をかけられた。いつの間にか帰ってきていたようだ。

 

 後ろを振り向こうとするが、首が鉛のように重い。


「ありがとう、ございます。少し疲れました……」


 絞り出した声は、自分でも驚くほどにかすれていた。リオラは満足げに足元の石畳を踏みしめると、屈託のない笑顔を私に向けた。


「これで衛生環境は劇的に改善されるでしょう。流石はシャノンですね。……それで、次は公衆トイレと下水道を作ってくれませんか?」


「……え?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。下水道? 地下に広大な水路を張り巡らせるのには膨大な時間がかかる。

 

 それを、私1人にやらせるつもりか? 3日も寝てないんだぞ??


 感情のない私でも、疲れは感じるのだ。


「貧民窟全体に配置することを考えると、トイレは20個くらい必要ですね。納期は1週間でお願いします!」


「ま、待ってください。流石にそれは私1人では……!」


「大丈夫! シャノンならできます! これほど高度で精密な魔法を扱えるのはあなたしかいませんから!」


 その瞳には、子どものような無邪気さと絶対的な信頼が宿っている。この人、魔法を万能だと思ってないか?

 

 数十年壊れない建物を作るには、大量の魔力と複雑な術式が必要となる。それほど高度な魔法がどれほど精神を磨耗させるのか分かっていないのだろうか。


 だが仲間を人質に取られている。役に立たなければ、私は廃棄されてしまうだろう。あの時と同じだ。


「分かり……ました。やりましょう」


 

 私は貧民窟の区画を均等に分け、20個の建築予定地を選定した。


「まずは1つ目、です」


 膝を地面につき、両手を大地に押し当てて目を閉じる。魔力を足元に向けて集中させながら、ゆっくりと詠唱を始めた。


 すると石の壁が低く唸るような音を立てて隆起し、粘土のように形を変えていく。瞬く間に個室が区切られ、便器と手洗い場が形作られていった。



 1つ目のトイレが完成した時点で、目眩がしてよろめいた。全身から汗が噴き出す。


「これを、あと19個……」


 それからの記憶は、正直なところ曖昧だった。歯を食いしばりながら呪文を詠唱し、ふらつく足で次の現場へと向かう。


 20個目の公衆トイレが完成したときには、私は立っていることすら困難になっていた。


「下水道を作って……それから浄化装置の設計もしなければ……」


 20個のトイレの真下から、汚水を導くための水路を作る。土を魔力で押し広げてトンネルを作り、その内壁が崩落しないように石で固めた。


 次に、この水路を地下に張り巡らせ、街の外にある川へと流れていくように調整する。


 最後に、霞む意識の中で設計図を作り、汚染された水を清浄化する魔道具を開発した。


「やっと……終わりました……」


 ぼやけて霞む視界に、見慣れた影が入り込む。リオラだ。


「素晴らしい下水道ですね。まさか浄化装置まで作ってくださるとは!」


 その声はいつものように穏やかだったが、全身から疲労の色が滲んでいた。頬はやつれ、目の下には濃いクマがくっきりと浮かんでいる。そして何より、彼女の修道服は吐瀉物や汚泥で見るも無惨に汚れていた。


 あれから何日経ったのか分からないが、彼女もずっと働いていたのだろうか。


 ……なぜ?


 純粋な疑問が浮かんだ。彼女は腕力も弱いし、魔法も使えない。彼女の強みは、強力な洗脳能力にこそある。彼女自身が働く必要などないのだ。

 

 何故そこまで焦って作業を進めようとするんだ……?



「シャノン、立てますか? お願いがあります」


「…………」


 その言葉で、全てを察した。彼女はまだ私を働かせるつもりなのだ。連れてこられたのは、貧民窟の中央に位置する広場だった。


 そこには、この数日間で街中から集められたのであろう、ありとあらゆるゴミや汚物が天まで届くほど高く積み上げられていた。


「ええと……これは?」


「これが貧民窟の全てです。このゴミ山を、あなたの魔法で燃やしてください。これが最後の仕事です」


 もはや、反論する気力もなかった。諦観にも似た感情で私は頷いた。


 彼女に頼られるのは嫌いではないが、今は一刻も早く寝たい。だが、このゴミ山を普通の魔法で燃やし尽くすのには時間がかかる。


 ……いいだろう、どうせなら見せてやる。


「教祖リオラ。これが最後だというのなら、貴女に私の奥義を披露しましょう」


 2つの魔力回路で、火の魔法を同時に発動させる。身体の中で魔力を融合させ、長々とした詠唱を紡いだ。


 凝縮され高密度となった魔力に空気がビリビリと悲鳴を上げる。

 


「――合成魔法『獄炎(ヘルフレア)』」


 生み出された地獄の業火がゴミ山を黒く、黒く塗り潰していく。音も衝撃もなく、漆黒の炎は一瞬でゴミ山を焼き尽くした。


 膨大な魔力と長時間の詠唱を必要とするこの魔法は、灰すら残さないほどの絶対的な破壊力を持つ。


 これが合成魔法。2つの魔力回路を持つ私にだけ許された、禁断の術式だ。


 

 少しは私の魔法の恐ろしさが伝わったか?

 そう思ってリオラの顔を覗き込むと、彼女は宝石のような赤い瞳をキラキラと輝かせて喜んでいた。


「すごい! なんて綺麗な炎でしょう! まるで夜の闇を切り取ったみたいです!」



 その一点の曇りもない笑顔を見た瞬間、脳裏に最悪の可能性が浮かんだ。

 

 ……ああ、そうか。

 聖王の銀輪インヴィクタス・シルヴァーを蝕む精神汚染の進行が、私の予想よりも遥かに早いのは。私が無意識のうちに、彼女に好意を持ってしまったからか。


 全身の力が抜ける。私は1人絶望し、地面に崩れ落ちた。

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